

三島由紀夫が『山の音』を川端のベストスリーと顕彰したごとく、成瀬巳喜男監督『山の音』もまた、『浮雲』『流れる』と相並ぶ成瀬映画のベストスリーといっても過言ではあるまい。
蓮實重彦が「寡黙なるものの雄弁――戦後の成瀬巳喜男」でテーマ・アップした成瀬映画の「曖昧」「生活空間」「病に倒れること」「並んで道を歩くという運動」「遁走」「せっぱつまった」「おだやかな凄惨さ」が『山の音』でも見てとれるが、成瀬の抑制が川端作品の「性」のある種の過激さを回避した。小説の「頽廃と背徳」は、脚本と配役(とりわけ修一役の上品なだけにより罪深い上原謙に負うところが大きい)において、「光と影の戯れ」の監督術によって映画の底に残った。
映画でラストシーンとなる信吾と菊子が新宿御苑を並んで歩く場面は、小説では中ほどの「都の宛」章にある。小説と映画の最大の構成的な差異であるばかりか、映画では、菊子が修一と別れるのを決心していると信吾が指摘する。菊子が自由の身となることを後押ししている、自分もまた信州に隠居しようかと思う、と信吾が告げるというように、小説の結末「秋の魚」章の曖昧な一家団欒とは大きく異なる改変がある。
それもこれも、小説『山の音』は、昭和24年(1949年)の「山の音」章で始まってから5年近く、昭和25年、26年、27年と複数の文芸誌に断続的に連作的に掲載され、その後、昭和28年1月号の「都の苑」章からも順次「雨の中」、「蚊の夢」(のち「蚊の群」)、「蛇の卵」、昭和29年4月号に「鳩の音」(のち「秋の魚」)が掲載されて、昭和29年4月に単行本として刊行されたのに対し、映画は昭和29年1月15日に封切りされている。つまり原作の完結前に映画が製作・公開されている。映画の結末は、シナリオを手がけた水木洋子によって描かれた(水木は菊子を鎌倉の家から「自由に羽ばたかせてやろう」と考えた(旺文社文庫『山の音』「映画『山の音』を担当して」、昭和四十三年)という)。成瀬自身の発案によるという『山の音』映画化を、すでに『乙女ごころ三人姉妹』(原作『浅草の姉妹』)(1935年)、『舞姫』(1951年)に次ぐ三作目になるとはいえ、未完成にもかかわらず川端はどういう心持ちで了承したのか、『乙女ごころ三人姉妹』撮影当時に対談もした監督の力量を信頼していたのであろうか。
『山の音』を精読する前に、須賀敦子による「ちくま日本文学」『川端康成』解説、「小説のはじまるところ 川端康成『山の音』」から引用する。
<須賀敦子「小説のはじまるところ 川端康成『山の音』」>
《川端が長篇を仕上げるのにながい時間をかけたのは、論理的な構想に欠陥があるためではなくて、抒情の連想がじゅうぶんなふくらみをもつのに必要な、内的な時の流れを作者が必要としたからなのだ、と。まず最初に、ひとつの章が書かれ、そのあとは、つぎつぎと連想をバネにして書きつがれていく。そして、川端の作品に時として見られる書き出しと結末の可能なずれ(・・)は、連歌や俳諧の運び方をみればわかるだろう。日本古来の座の文学においては、これに参加した詩人たち自身も、最後の句がどのようになるかは、発句が詠まれた時点ではわからない。連想が詩のながれをどのように変えていくかを、ただ待つ以外に知る手だてはない。川端の場合も、これに似たことがいえる。》
《主人公尾形信吾の家族は、戦いに敗れた国の文化の伝統が崩れていくのを象徴するかのように、時代の波にほんろうされている。戦争から帰った息子は、素直でうつくしい妻の菊子をうらぎって、戦地に夫をうしなった女性と関係を持っているし、離婚寸前の娘は二児までもうけながらも、親が選んだ相手に嫁がせられたことを恨んでいる。信吾自身、妻の姉で、彼にとっては初恋の相手だった女性を想う日が多く、その埋め合わせでもあるかのように、嫁の菊子に心をかよわせる。老いの兆しが信吾に死の近いことを想わせる反面、彼をかこむ自然は、脅威をおぼえさせるほどの生命力にあふれている。しかし、季節がめぐり、秋がきて、決定的な破局は避けられたかにみえる。夫への気持のこだわりから、一度は妊娠を中絶してしまう菊子も、夫の修一も、時の経過とともに夫婦らしく落ちついていくようである。
こう書いてくると、まるで『山の音』は家庭ばんざいのやや通俗的な小説のように思えるかもしれないが、川端は彼らしい象徴性や落し穴を貴い毒のようにあちこちにひそませて、作品にほのかな頽廃性と気品をたきこめる。》
<『山の音』の「死」>
成瀬の映画では、「死」のテーマは菊子の中絶を別とすれば、信吾の友人鈴本が旧友水田の形見の能面を持参して、温泉宿で女と頓死したので極楽浄土だと噂し合う場面ぐらいだが、川端作品では、「死」への連想、逸話は執拗なほど表れる。「死」とはつまり生の限られた「時間」のことであり、かつての生の「記憶」であるから、「時間」と「記憶」の作家川端にとって重要なことであった。
「山の音」章
小説の始まり近く、死の予兆である。三島由紀夫が、頻繁な改行、音の突然の断絶と中断、転調、変調、構成の乱雑さ、故意の重複による、一種の「鬼気」と称した蒼古な味の文章である。
《八月の十日前だが、虫が鳴いている。
木の葉から木の葉へ夜露の落ちるらしい音も聞える。
そうして、ふと信吾に山の音が聞えた。(中略)
鎌倉のいわゆる谷(やと)の奥で、波が聞える夜もあるから、信吾は海の音かと疑ったが、やはり山の音だった。
遠い風の音に似ているが、地鳴りとでもいう深い底力があった。自分の頭のなかのようでもあるので、信吾は耳鳴りかと思って、頭を振ってみた。
音はやんだ。
音がやんだ後(あと)で、信吾ははじめて恐怖におそわれた。死期を告知されたのではないかと寒気がした。
風の音か、海の音か、耳鳴りかと、信吾は冷静に考えたつもりだったが、そんな音などしなかったのではないかと思われた。しかし確かに山の音は聞えていた。
魔が通りかかって山を鳴らして行ったかのようであった。》
《十日ほど前、新築の待合で客を待っていた。客は来ないし、芸者も一人だけ来ていて、あとの一人か二人かはおくれた。(中略)
二月あまり前に、芸者はこの待合を建てた大工と、心中しかかったのだそうである。しかし青酸加里を呑む時になって、この分量で確かに工合よく死ねるのかという疑いが、芸者をとらえた。》
信吾はよく夢を見る。ほとんどが今では死んでしまった人の夢だ。
《「今朝目が覚める前に、死んだ人の夢を二度も見ちゃったよ。」と信吾は保子に言った。
「たつみ屋の小父さんに、そばを御馳走になったんだ。」
「あなた、そのそばを召し上ったんですか。」
「ええ? さあ? 食べるといけないのか。」》
「雲の炎」章
夫相原とうまくゆかない娘の房子が二人の子供、里子と赤ん坊の国子をつれて鎌倉に帰ってきた。風呂敷から手拭や着替えを出す。信吾が風呂敷包に見覚えがあると妻保子に言うと、私が嫁に来る時に、なにかくるんで来たと言い、
《「もっと古いんですよ。姉の形見なんでしょうね。姉が死んでから、植木鉢をつつんで、実家へ返して来た風呂敷ですから。大きいもみじの盆栽でした。」
「そうかね。」と信吾は静かに言ったが、みごとな盆栽のもみじのくれないが、頭いっぱいに照り明るんだ。(中略)
信吾が少年のころ、保子の姉にあこがれたことが、保子と結婚して三十幾年後、まだ古疵なのだろうかと、もみじのくれないのある頭の一方で思った。》
「栗の実」章
《鳥山の告別式で、大学の同級生にでも会えるかと、信吾は焼香をすませてから、寺の門の横に立っていたが、一人も見えなかった。》
「島の夢」章
《水田は温泉宿で頓死(とんし)をした。葬式の時に、旧友たちは鈴本のいわゆる極楽往生だとささやきあった。しかし、若い女を連れこんでいたからと言って、水田の死がどうしてそうと推量されるのか、後(あと)で考えると少し怪しい話だった。》
「朝の水」章
息子の修一に、お父さんの頭も大方白くなったと言われた時、信吾は北本を思い出した。信吾の学校仲間と言えば、戦争の半ばから敗戦の後に、運命の転落をしたものが少なくなかった。息子を戦争で死なせる年齢でもあって、北本も三人の息子を失った。鏡の前で、白毛を抜いているうちに、頭が狂ってきて精神病院へ入れられたが、すべて抜いたところで黒々とした毛が房々と生えて来たものの、いのちは延びずに死んだ、と友人は話すのだった。
「春の鐘」章
養子夫婦と孫にあてた遺書を残して行方不明になっている年寄り夫婦についての新聞記事に、信吾が細君の遺書はなかったのかと保子に問うとともに、嫁の菊子に「仮に、修一と心中するとして、菊子は自分の遺書はいらないか。」とうっかり言う。
「鳥の家」章
修一を問いつめて、菊子が中絶した、しかもその日のうちに医者から帰ってきたと知る。
「傷の後」章
房子の夫相原が伊豆の蓮台寺で二十五六の女給風の女と心中し、女は死んだが、男は生命はとりとめるみこみ、と新聞に出る。
「蛇の卵」章
信吾の大学の同期生で、肝臓癌(かんぞうがん)の友人を病院に見舞いに行ったところ、宮本の工場で青酸加里を使っているから、もし不治の癌にでもなればその毒薬をもらおうという同窓会での話を思い出した友人に、宮本からあれを頼んでくれと言われる。
「秋の魚」章
出戻りの房子と二人の子どももそろって、鮎の塩焼きに箸をつけつつ、昔、田舎で、保子の姉にすすめられて、俳句をひねったことがある、という話題になる。
《「今は身を水にまかすや秋の鮎、とか、死ぬことと知らで下るや瀬々の鮎、とかいう昔の句があってね。どうやらわたしのことらしい。」
「わたしのことですよ。」と保子が言った。
「卵を産んで海にくだると、死んでしまうんですか。」
「たしか死ぬんだと思った。川の淵にひそんで年を越す鮎もたまにはあって、とまり鮎と言ったかな。」
「わたしはそのとまり鮎かもしれませんね。」
「私はとまれそうはないわ。」と房子は言った。》
<『山の音』の「性」と「頽廃と背徳」>
川端文学の思わせぶりだがあからさまな含みがある「性」描写は、成瀬において、映画の検閲ゆえというより、監督の資質から抑制的となっている、というのが一般的な解釈だろう。
『山の音』の撮影が始まる前の「座談会 ちかごろの日本映画」(「婦人朝日」(朝日新聞社、1954.2))で、成瀬が、プロデューサーの藤本真澄と交わした会話があって興味深い。
《藤本 文学と映画の限界の難しさと勝負しているようなものです。
成瀬 まあ、あの作品のなかには一見簡潔な文章の中になかなかの含みがあるのです。性的描写も川端文学にはいやらしさがない。しかし、映画ではどうしてもそれをある意味でださなければならない。文章の味の難しさというか、要するに文字と絵の感覚の違いという気がします。
(中略)
藤本 夫婦のセックスを直接描かないで、ただ菊子は子供みたいだといっているが、そこにセックスの問題はあきらかに提出されているのが「山の音」のよさだと僕は思うね。
成瀬 それじゃますます映画化が難しく、怖くなってきます。》
映画『山の音』で性愛を連想させる映像シーンはふたつある。
ひとつめは、小説の時系列では「山の音」章四~五に相当するが小説には具体的な描写はない。酔っ払って帰ってきた修一が風呂に入らずに寝室で仰向けになる。菊子が絞ったタオルを持ってきてから襖を閉め、台所に戻る。「菊子」という修一の声。「菊子」という呼び声がまた聞える。菊子は振り向いて寝室の方を見る。明りがついている窓の屋外のロング・ショットでフェード・アウトする
ふたつめは、小説の「雲の炎」章二の《修一と菊子の話し声が聞えた。菊子は甘えていた。》に相当するのだが、ここでも小説には具体的記述はなく、水木洋子の脚本のなせる術である。颱風の夜、布団に入って目をつぶっている修一、寝巻きに着替える菊子。激しく雨が降りそそぐ屋根瓦と明りが灯った窓のロング・ショット。菊子が窓の方に目を向け、布団に横になろうとすると、こちらを向いて来た修一に「菊子」と声をかけられる(木下千花「妻の選択――戦後民主主義的中絶映画の系譜」によれば、映倫の審査記録に「寝室に於ける(いきなり菊子の手をぐっと引き寄せる)ところ扇情的にならぬよう演出上十分に注意して戴きたい」と記されており、最終的な成瀬映画にも菊子の手をぐっと引き寄せる演出を見ることはない)。上体を起こした菊子が不安げに修一を、ついで外(窓の方あるいは義父のいる方)に視線と想いをめぐらすミディアム・ショット。庭で雨に打たれる観音像にカット・アウェイしてフェード・アウトする。
どちらもフェード・アウトしても(するからこそ)、修一が性的な欲求を抱き、これから夫婦の営みが行なわれると観客に暗示してやまない。
してみると、川端の文章こそ性行為に結びついた具体的描写はなく(女の美しさ、性戯を思わす表現は毒の花のように潜むとはいえ)、成瀬が性描写を抑制したというのは思い込みで、むしろ具体的な水木の脚本と成瀬の演出によって、川端が余白の文章で秘した性愛を映像で浮き上がらせたというのが真実なのではないか。とりわけ視線の動きで内面を滲ませる演技が、新妻菊子(貞節を売りとする原節子)の女の複雑さを、あたかも能面を重ねて顔を上下させることによる変化のように、エロティシズムとして感じさせたのではないか。
「山の音」章
はじめに登場するシーンは、いたって普通の月夜の情景かもしれないが、川端ならではの病的なエロティシズムがあるのではないか。しかも、死の匂いを纏ってもいる。
《信吾は夜なかに保子のいびきで目がさめたのかと思うことがある。電燈をつけると、保子の顔を横目で見ていた。咽をつかまえてゆすぶった。少し汗ばんでいた。
はっきり手を出して妻の体に触れるのは、もういびきをとめる時くらいかと、信吾は思うと、底の抜けたようなあわれみを感じた。
枕もとの雑誌を拾ったが、むし暑いので起き出して、雨戸を一枚あけた。そこにしゃがんだ。
月夜だった。
菊(きく)子のワン・ピイスが雨戸の外にぶらさがっていた。だらりといやな薄白い色だ。洗濯物の取り入れを忘れたのかと信吾は見たが、汗ばんだのを夜露にあてているのかもしれぬ。》
小説『山の音』には敗戦後の世相を反映して、アメリカ人相手の女(「娼婦」と表現される)が背景のように登場する(映画には出てこない)。
信吾が鎌倉駅からの帰りがてら、さかな屋でさざえを買う場面では、
《「あの海老、土曜日まであるかしら。私の人が好きなのよ。」
うしろの娘はなにも言わなかった。
信吾ははっとして娘をぬすみ見た。
近ごろの娼婦である。背をまる出しにして、布のサンダルをはき、いい体である。
さかな屋の亭主はきざんだ身をまな板の真中にまとめて、三つの貝殻へ分けて入れながら、
「あんなのが鎌倉にもふえましたね。」と吐き出すように言った。》
《菊子が嫁に来た時、信吾は菊子が肩を動かすともなく美しく動かすのに気づいた。明らかに新しい媚態(びたい)を感じた。
ほっそりと色白の菊子から、信吾は保子の姉を思い出したりした。
信吾は少年のころ、保子の姉にあこがれた。姉が死んでから、保子は姉の婚家に行って働き、遺児を見た。献身的につとめた。保子は姉のあとに直りたかったのだ。美男の義兄が好きでもあったが、保子もやはり姉にあこがれていたのだ。同じ腹と信じられぬほど姉は美人だった。》
形代として菊子。
《息子の嫁に菊子が来て、信吾の思い出に稲妻のような明りがさすのも、そう病的なことではなかった。
修一は菊子と結婚して二年にならないのに、もう女をこしらえている。これは信吾にはおどろくべきことだった。(中略)
相手の女はこんな小娘ではないのだろう。信吾はなんとなく菊子からそれを感じた。女が出来てから、修一と菊子との夫婦生活は急に進んで来たらしいのである。菊子のからだつきが変った。
さざえの壺焼の夜、信吾が目をさますと、前にはない菊子の声が聞こえた。
菊子は修一の女のことをなにも知らないと、信吾は思った。》
からだつきの変化を観察し、知らずに夫婦生活を聴き耳できてしまう日本家屋の生活空間で、そう病的なことではなかった、とは逆説以外のなにものでもなかろう。
「蝉の声」章
《房子がブラウスを下から持ち上げて、乳を飲ませた。
房子は不器量だが、体はよかった。胸の形もまだくずれていない。乳をふくんで乳房が大きく張っていた。》
『山の音』の「性」は、隠微で病的なそればかりではなく、生殖、出産の「性」でもあって、菊子は八人きょうだいの末っ子で、《母もこの年でと恥じ、自分の体を呪(のろ)ったほどで、堕胎をこころみたがしくじった》のであり、「島の夢」章では、床の下でのら犬テルが五匹の子犬を生む逸話にかなりの頁を割いている(映画では、菊子にまだ子供ができないという菊子を傷つける話題の他はとくに触れられない)。
よその家の日まわりを見上げて信吾は、信吾の背に立っていた菊子の買物籠の縁から枝豆が出ていたのに気づく。
《花は人間の頭の鉢廻りより大きい。それの秩序整然とした量感に、信吾は人間の脳を、とっさに連想したのだろう。
また、さかんな自然力の量感に、信吾はふと巨大な男性のしるしを思った。この蕊の円盤で、雄しべと雌しべが、どうなっているのか知らないが、信吾は男を感じた。》
『山の音』で、信吾はたびたび夢を見る。もともと川端は夢を多用するが、あまりの頻繁さに、精神分析を読者にうながそうとしているのかと思うほどである(しかし、成瀬は映画『山の音』で「性」的な夢を採用しなかった)。
三四年前に七十過ぎで死んだ指物師のたつみ屋には娘ばかりが六人あった。
《その六人の娘のうちの一人であったかどうか、信吾は夕方の今はもう思い出せないが、夢で一人の娘に触れたのだった。
触れたことはたしかに覚えている。相手が誰であったかは、まったく思い出せない。思い出す手がかりをなに一つ覚えていない。(中略)
もっとも、目をさますような刺激はなかったのである。
これも筋道はなにも覚えていない。相手の姿も消えてしまって、思い浮かばない。信吾が今覚えているのは、ゆるい感覚だけだ。からだが合わなくて、答えがなかった。まがぬけていた。
信吾は現実にもこれほどの女を経験したことはない。誰かはわからないが、とにかく娘なのだから、実際にはあり得ないことだろう。
信吾は六十二になって、みだらな夢を見るのもめずらしかったが、みだらとも言えぬほど、それが味気ないものであったのには、目覚めてからもけげんに思った。》
会社の女事務員の谷崎英子の乳房の小ささに関する叙述がたびたび出てくる。もともと川端は乳房への拘りが強いけれども、必ずしも母恋しではなく、少女の幼い乳房への愛着も強い。
《英子は二十二なのに、ちょうど掌(てのひら)いっぱいくらいの乳房らしい。信吾はふと春信(はるのぶ)の春画(しゅんが)を思い出したりした。》
「雲の炎」章
《女事務員の英子が信吾の帰り支度を手つだってから、自分もいそいで支度した。白い透き通る雨外套(あまがいとう)を着ると、なお胸がぺちゃんこに見えた。
踊りにつれて行って、英子の乳房の貧弱なのに気づいて以来、かえって信吾はついそれが目につくのだった。》
颱風の夜、信吾と保子が房子のことを話していると、
《修一と菊子の話声が聞えた。菊子は甘えていた。》
前述したように、川端のたったこれだけの文章の秘め事を、成瀬は抑制しているように感じさせつつ、性愛を暗示する映像として表象した。
《英子が白いブラウスを着て、白いリボンを結んでいるのを、信吾は見た。(中略)
耳や耳のうしろの生え際のあたりが出て、ふだん髪にかくれた青白い肌に、毛はきれいに生え揃っていた。
薄い毛織の紺のスカアトをはいていた。スカアトは古い。
乳房の小さいのも気にならぬ服装だった。》
乳房うんぬんもさることながら、耳のうしろの生え際を「見る」眼が怖ろしい。
《「君は修一の女を知ってるんだろう。」
英子は困った風だ。
「ダンサアか。」
答えなかった。
「年上なの?」
「年上って? お宅の奥さまよりは上です。」
「美人だね?」
「ええ、おきれいですわ。」と英子は口ごもっていたが、
「でも、ひどくしゃがれ声のひとですね。しゃがれ声って言うより、声が割れているようで、二重になって出るようで、それがエロチックだっておっしゃいますの。」
「ふうん?」
英子が口をわりそうになると、信吾は耳をふさぎたくなった。
自身に恥辱も感じ、修一の女や英子の本性の出そうな嫌悪(けんお)も感じた。
女のしゃがれ声がエロチックという、話の切出しにも、信吾はあきれた。修一も修一だが、英子も英子だ。
信吾の顔色を読んで、英子は黙ってしまった。》
信吾の眼は、なにも女たちだけを観察するのではない、男を透して好色の影を見る。
《その日も、修一は信吾といっしょに早く帰り、戸じまりして、一家四人で映画の「勧進帳(かんじんちょう)」を見に出た。
ワイシャツを脱ぎ、シャツを着替える時、修一の乳の上や腕のつけ根が赤くなっているのを、信吾は見て、嵐のなかで、菊子がつけたのかと思った。》
「島の夢」章
信吾は行ったこともない松島を夢に見るが、松蔭の草原で非常に若い娘を抱擁していた。
旧友水田の遺品の能面(慈童)を英子の顔にあてていろいろに動かせる。また信吾は慈童の面に触れるほど顔を重ねてみた。
「冬の桜」章
《「奥さまのことを、子供だ、子供だって、よくおっしゃってましたわ。」
「君にか?」と信吾は声がとがった。
「はあ、私にも絹子さんにも……。子供だから、おやじに気に入っていると、おっしゃってましたわ。」
「馬鹿な。」
信吾は思わず英子を見た。
英子は少しあわてて、
「でも、このごろはおっしゃいません。このごろは、奥さまのことはおっしゃいませんわ。」
信吾は怒りにふるえて来そうだった。
修一は菊子のからだのことを言っていたのだと、信吾は察した。
修一は新妻に娼婦をもとめていたのだろうか。おどろいた無知だが、そこにはまたおそろしい精神の麻痺があるように、信吾には思えた。
修一が妻のことを絹子や、また英子にまでしゃべる、つつしみのなさもこの麻痺から来ているのだろうか。
信吾には修一が残忍に感じられた。修一ばかりではなく、絹子や英子も菊子に対して残忍であるように感じられた。
修一は菊子の純潔を感じなかったのか。
末っ子で、ほっそりと色白の菊子の幼な顔が、信吾に浮んで来た。
息子の嫁のために、息子を感覚的にも憎むのは、信吾も少し異常だと気づきながらも、自分がおさえられなかった。
保子の姉にあこがれたために、その姉が死んでから、一つ年上の保子と結婚した信吾は、そのような自分の異常が生涯の底を流れていて、菊子のためにいきどおるのだろうか。
菊子は修一にあまり早く女が出来たので、嫉妬のすべにも迷うありさまだったが、しかし修一の麻痺と残忍との下で、いやそのためにかえって、菊子の女は目ざめて来たようでもある。》
映画では、信吾の内心の声を、「無理ですわね、若奥さまに娼婦みたいなこと」とまで英子に言わせる。
「朝の水」章
《「お父さま。まあお早い。」
菊子は自分が顔を洗おうとしていた水を捨てて、信吾のために、洗面器へ新しい水を出した。
その水に血がぽたぽたと落ちた。血は水のなかにひろがって薄れた。
信吾はとっさに、自分の軽い喀血を思い出し、自分の血よりきれいだと思い、菊子が喀血したと思ったが、鼻血だった。
菊子はタオルで鼻をおさえた。
「仰向いて、仰向いて。」と信吾は菊子の背に腕を廻した。菊子は避けるように、前へふらついた。信吾は肩をつかんで、うしろへ引くと、菊子の額に手をやって、仰向かせた。
「あ、お父さま、よろしいんですの。すみません。」
菊子がものを言ううちに、血が掌(てのひら)から肘(ひじ)へ一筋伝わった。
「じっとして、しゃがんで、横になりなさい。」
信吾に支えられながら、菊子はそこへうずくまって、壁にもたれた。
「横になりなさい。」と信吾はくりかえした。
菊子は目をつぶって、じっとしていた。気を失ったように白い顔が、なにかをあきらめた子供のようにも見えた。前髪のなかの薄い傷あとが、信吾の目についた。》
この場面を、蓮實重彦は成瀬がラヴ・シーンとして演出していると論じている、
《息子の嫁の原節子が、ただならぬ気配で白いタオルを顔にあて、義理の父親の不意の出現に驚いたようにこちらに瞳を向けているからである。彼は、顔をタオルでおさえたままの嫁の肩に手をそえ、かかえるようにその場にすわらせる。台詞はほんのわずかしか口にされず、鼻血かという父親の言葉に、嫁は詫びながらうなずくのみだ。
山村聰はその場に横たわるようにうながすのだが、もちろん、彼が床に臥せった義理の娘のかたわらに親しくかがみこむような画面を成瀬が挿入したりするはずもない。朝の淡い光に照らされる家の前庭の光景をとらえたものも含めて、すべては十ショットもないほどの短さのうちに終わってしまう。だが、愛しあってもいない息子の子供を宿した嫁の肉体的な変調に立ち会い、手をかざして介護するという父親の立場の微妙さが、この場面に抑制のきいたエロチックなサスペンスを漂わすことになる。(中略)
実際、クローズ・アップでとらえられた二人の表情は、瞬時の非日常性を招き寄せるにふさわしい微妙な翳りにつつまれている。彼らの存在が父親と義理の息子の嫁という関係を超え、単なる男と女として画面に生なましく露呈されるのはそのためである。抱擁を擬するかのように床に崩れおちる二人の背後に低い抒情的な音楽を響かせる成瀬巳喜男は、これをまぎれもなくラヴ・シーンとして演出している。》としたが、最後に信吾が菊子をみつめる視線に、欲望に躊躇っているのか不穏な揺らぎを感じさせるショットではあるものの、ラヴ・シーンとまではどうだろうか。
信吾役を演じた山村聰は回想している。
《山村 それと成瀬さんとこれだけは話し合いました。私は原作を読みまして、あれは男性対女性の話、義理のお父さんと嫁との男女の話なんだと。これは、川端康成さん独特の世界で、そういう色を出すとか、そういう意識を持ってやるかどうかということを相談したんです。そうしたら成瀬さん、簡単に言いましたよ。「いやらしいからやめましょう」って。いやらしいから、その話はやめましょうって言うんで、もう、そういうことなしに、いいお父さんといい嫁ということで通したんですよ。あとは別にどこを工夫したということもないし、自然にと。ただ後で見ると、やっぱり作ってるなと。何もあそこまで作らなくてもすんだのになと、自分では思いまして……異様にかったるくて、賞をもらう(筆者註:第一回東南アジア映画祭で主演賞受賞)ほどの出来ではなかったと思いますよ。》
《昼飯の時、修一を近所の洋食屋に誘って、
「菊子の額の傷は知ってるだろう。」と信吾は言った。
「難産で、医者が鉤(かぎ)をかけたあとだろう。生れる時に苦しんだ名残(なごり)というわけでもあるまいが、菊子が苦しい時は、あれが目立つようだね」
「今朝ですか。」
「そうだ。」
「鼻血を出したからでしょう。顔色が悪くなると、あれが見えるんです。」
鼻血を出したと、菊子がいつのまに修一に話したのか、信吾はちょっと拍子抜けしたが、
「昨夜(ゆうべ)だって、菊子は寝てないじゃないか。」
修一は眉をひそめた。しばらくだまっていて、
「お父さんはなにも、よそから来た者に遠慮なさらなくてもいいんですよ。」
「よそから来た者とはなんだ。自分の女房じゃないか。」
「だから、息子の女房に、遠慮なさらなくともいいと言ってるんです。」
「どういうことだ。」
修一は答えなかった。》
このように、《「昨夜(ゆうべ)だって、菊子は寝てないじゃないか。」》となぜ知っているのか、《遠慮なさらなくともいい》の真意とは、「どういうことだ」と問わずにいられない、曖昧な日本の川端。
修一の女絹子と同居している女池田を、英子が無理に会社の応接間に連れてきた。同じ戦争未亡人の池田は、絹子に修一と別れた方がいい、と言っていたと言い、
《「男のかたも、修一さんだって、お酔いになるといけませんわ。絹子さんにずいぶん手荒いことをなさって、歌をうたえとおっしゃるんですの。絹子さんは歌がきらいですから、しかたなしに私が小さい声で歌うこともございます。そうでもして修一さんを鎮(しず)めないと、隣り近所にみっともなくて……。私はうたわせながら、侮辱されているようでくやしかったんですけれど、これは酒癖じゃなくて、戦地の癖じゃないかしらと思いつきましたの。戦地のどこかで、修一さんはこんな女遊びをなさったのじゃないかしら。そうしますと、修一さんの乱れた姿が、自分の戦死した夫が戦地で女遊びをしている姿のように見えるんでございます。胸がきゅうとなって、頭がぼうっとして来て、なんですか、自分が夫の相手の女のような錯覚をおこして、下品な歌をうたって泣いてしまいました。後で絹子さんに話しますと、自分の夫に限って、そんなことはと思うけれど、そうかもしれないわ。それからは、私が修一さんにうたわせられますと、絹子さんも泣くようになりまして……。」
信吾はその病的なのに、暗い顔をした。》
「夜の声」章
《「菊子う、菊子う。」とまた門の音がした。
信吾は枕もとの明りをつけて、時計を見た。二時半に近かった。
横須賀線の終電車が鎌倉に着くのは、一時前だが、それからまた修一は、駅前の飲み屋でねばっていたのだろう。
今の修一の声を聞くと、東京の女とのあいだも、もう先が見えていると、信吾は思った。
菊子が起きて、台所から出て行った。
信吾はほっと明りを消した。
ゆるしてやれよと、菊子に言うように、信吾は口のなかでつぶやいた。
修一は菊子にぶらさがって来るらしかった。
「痛い、痛いから、放して。」と菊子が言った。
「左の手で、わたしの髪をつかんでらっしゃるのよ。」
「そうか。」
台所に二人はもつれ倒れて、
「だめよ。じっとして……。膝にのっけて……。酔うと足がふくれるのよ。」
「足がふくれる? 嘘つけ。」
菊子は修一の足を自分の膝(ひざ)にのせて、靴を脱がせてやっているらしい。
菊子はゆるしている。信吾が案じるまでもなく、夫婦のあいだでは、菊子もこんな風にゆるせる時を、むしろよろこんでいるのかもしれない。
修一の呼ぶ声を、菊子もよく聞いていたのかもしれない。
それにしても、修一が女のところから酔って帰ったのに、その足を膝に抱き上げて、靴を脱がせてやる、菊子のやさしさというものを、信吾は感じた。
菊子は修一を寝かせてから、勝手口と門とをしめに行った。
修一のいびきが信吾にまで聞えた。
妻に迎え入れられて、修一がたちまち寝入ってしまったとすると、さっきまで修一の悪酔いの相手をさせられていた、絹子という女の立場はどうなるのだろう。修一は絹子の家で飲むと荒れて、絹子を泣かせるというではないか。
まして、修一が絹子を知ったために、菊子はときどき青ざめながらも、腰まわりなども豊かになって来たのだ。》
信吾は十四五の少女が堕胎をしたという夢を見る。「そうして、なになに子は永遠の聖少女となったのである。」という言葉が残った。昨夜の夕刊の記事が夢のもとだった。
信吾は菊子が妊娠しているのか、みちみち聞いてみたかったが、言いそびれそうだった。妻の保子から、女の生理について聞かなくなってしまったことを、信吾も忘れて過ごしていた。
「春の鐘」章
菊子が、お茶をしている友だちにいただいた黒百合を花入に立てようとしていた。
《信吾は花を嗅(か)いでみて、
「いやな女の、生臭い匂いだな。」と、うっかり言った。
みだらな匂いという意味ではなかったが、菊子は目(ま)ぶたを薄赤らめて、うつ向いた。
「匂いはがっかりだよ。」と信吾は言い直して、
「嗅いでごらん。」
「お父さまのように、研究はしないことにしますわ。」》
《菊子は慈童の面を顔にあてた。
「この紐をうしろで結ぶんですの?」
面の目の奥から、菊子の瞳(ひとみ)が信吾を見つめているにちがいない。
「動かさなくちゃ、表情が出ないよ。」
これを買って帰った日、信吾は茜色(あかねいろ)の可憐な唇に、危く接吻しかかって、天の邪恋というようなときめきを感じたものだ。
「埋木(うもれぎ)なれども、心の花のまだあれば……。」
そんな言葉も謡にあったようだ。
艶(なま)めかしい少年の面をつけた顔を、菊子がいろいろに動かすのを、信吾は見ていられなかった。
菊子は顔が小さいので、あごのさきもほとんど面にかくれていたが、その見えるか見えないかのあごから咽(のど)へ、涙が流れて伝わった。涙は二筋になり、三筋になり、流れつづけた。
「菊子。」と信吾は呼んだ。
「菊子は修一に別れたら、お茶の師匠にでもなろうかなんて、今日、友だちに会って考えたんだろう?」
慈童の菊子はうなずいた。
「別れても、お父さまのところにいて、お茶でもしてゆきたいと思いますわ。」と面の蔭ではっきり言った。》
『山の音』は「重ね」(「襲(かさ)ね」)の物語(『源氏物語』の若紫、浮舟のような)でもあって、義姉と菊子の「重ね」が、能面を重ねさせるところに象徴的、重層的にあらわれる。知人、友人のたび重なる死の通知は信吾自身の死の予感に重なる。
「鳥の家」章
菊子の体調が悪そうなので、修一を問いつめると、菊子は昨日医者へ行って流産をし(人工流産=中絶)、その日のうちに帰って来たのだと言う。
《「どうしてだ。どうして、菊子にそういう考えをおこさせるんだ。」
修一はだまっていた。
「お前が悪いんじゃないか。」
「それはそうでしょうが、今はどうしてもいやだと、片意地を張るもんですから。」
「お前がとめれば、とめられることだ。」
「今はだめでしょう。」
「その、今というのはなんだ。」
「お父さんもごぞんじのように、つまり、僕が今のままでは、子供を産まないというんです。」
「つまり、お前に女があるうちは?」
「まあそうです。」
「まあそうですとは、なんだ。」
信吾は怒りで、胸苦しくなった。
「それは菊子の、半ば自殺だぞ。そうは思わんのか。お前にたいする抗議というよりも、半ば自殺だぞ。」
修一は信吾の剣幕にひるんだ。
「お前は菊子の魂を殺した。取りかえしがつかないぞ。」
「菊子の魂は、なかなかあれで、強情ですよ。」
「女じゃないか。お前の女房じゃないか。お前の出方ひとつで、やさしいいたわりで、菊子はよろこんで産むにちがいないんだ。女の問題は別にしてね。」
「ところが、別でないんですね。」
「保子などが、孫を待ってることは、菊子もよく知ってるはずだ。いくらか子供のおそいのを、菊子は肩身狭く思ってるくらいじゃないのか。ほしがっているものを、産めなくさせるのは、お前が菊子の魂を殺すようにするからだ。」
「それは少しちがうな。菊子には菊子の潔癖があるらしいんですね。」
「潔癖?」
「子供が出来るのもくやしいというような……。」
「ふうむ?」
それは夫婦のあいだのことだ。
修一はそれほど菊子に屈辱と嫌悪(けんお)とを感じさせているのかと、信吾は疑ってみたが、
「それは信じられないね。そんなことを言って、そんな素振りがあったところで、菊子の本心とは思えないね。亭主が女房の潔癖を問題にするなんて、愛情が浅薄な証拠じゃないのか。女が拗(す)ねたのを、真に受けるやつがあるか。」と、いくらか気勢がくじけた。
「孫を見ぞこなったと知ったら、保子もなんと言うかしれない。」
「しかし、これで菊子も子供が出来るとわかったんですから、お母さんも安心でしょう。」
「なんだって? お前は後が産れると、保証出来るのか。」
「保証してもいいです。」
「そういうことが、天を恐れぬ証拠だ。人を愛さぬ証拠だ。」
「むずかしい言い方ですね。簡単なことじゃないんですか?」
「簡単なことじゃないぞ。よく考えてみろ。菊子はあんなに泣いてるじゃないか。」
「僕だって、子供はほしくないことはないんですが、今は二人の状態が悪いですから、こんな時には、ろくな子供は出来ないと思います。」
「お前が状態と言うのは、なんのことか知らないが、菊子の状態は悪くないよ。状態が悪いとすると、お前だけだ。菊子は状態の悪くなる時があるような性質じゃないよ。菊子の嫉妬(しっと)を、お前がほぐしてやらないからだ。そのために子供をうしなった。子供だけじゃすまないかもしれんぞ。」
修一はおどろいたように信吾の顔を見ていた。》
この場面は映画でもお寺の境内を信吾(山村聰)と修一(上原謙)の二人に並んで話しながら歩かせるロケで、《成瀬システムで行くと、一歩歩いて振り返る、次の方がまた一歩歩いて、また近づいて来る、で二人になるというふうに、成瀬独特の、あの振り返りのポジション》(『山の音』のキャメラマン玉井正夫談)によって、会話もほぼ忠実に再現される。ここだけで十分に『山の音』の「頽廃と背徳」の世界が「山の音」のように重層低音で響いてくる。
「都の宛」章
信吾と菊子が並んで新宿御苑を歩くところでも、アメリカ人夫婦の他に白人相手の娼婦(娼婦と決めつけるのもどうかと思うけれども)が登場する(映画では男女の二人づれが何組かエキストラとして通り過ぎるが、アメリカ人も娼婦も現れず、つまり成瀬は余計なものは見せないのだ)。
《池はやや日本風で、小さい中の島の燈籠(とうろう)に白人兵が片足をかけて、娼婦(しょうふ)とたわむれていた。岸のベンチにも、若い二人づれがいた。》
事務員を辞めて、今は絹子と同じ洋裁店で働いている英子が会社に信吾を訪ねて来た。
《英子は顔を上げて信吾を見ると、泣きそうに息をつめた。
「言ってよろしいでしょうか。私、義憤を感じて、興奮しているのかもしれませんから。」
「ふむ?」
「若奥さまのことですけれど。」と英子は言いよどんで、
「中絶なさいましたでしょう。」
信吾は答えなかった。
英子がどうして知ったのか。まさか修一がしゃべりはすまい。しかし、英子は修一の女と同じ店にいる。信吾はいやな不安を感じた。
「中絶をなさるのはいいとしましても……。」と英子はまたためらった。
「誰が君にそんなこと言った。」
「その病院の費用を、修一さんは絹子さんのところから、お持ちになったのですわ。」
信吾ははっと胸が縮んだ。
「ひどいと思いましたの。あんまり女を侮辱した、なさり方ですわ。無神経ですわ。若奥さまがお可哀想で、私はたまりませんでしたの。修一さんは絹子さんにお金をお渡しになってるでしょうし、御自分のお金のようなものかもしれませんけれど、私たちはいやですわ。私たちと身分がちがうんですから、それくらいのお金、修一さんはどうにでもお出来になりますでしょう。身分がちがいますと、それでよろしいんですか。」
英子は薄い肩のふるえ出すのをこらえていた。
「お金を渡す絹子さんも絹子さんですわ。私にはわかりませんわ。腹が立ちますし、とてもいやですし、私は絹子さんと同じ店にいられなくなってもいいから、どうしてもお話に来たいと思いましたの。よけいなことをおしらせして、いけないんですけれど。」
「いや。ありがとう。」
「ここでよくしていただきましたし、私は若奥さまが、ちょっとお会いしただけで、好きですから。」
英子の涙ぐんだ目はきらきら光っていた。
「別れさせてあげて下さい。」
「うん。」
絹子のことにちがいないが、もしかすると、修一と菊子を別れさせろとも聞えた。
それほど信吾は突き落されていた。
修一の精神の麻痺と頽廃とにおどろいたが、信吾自身も同じ泥沼にうごめいていると思われた。暗い恐怖にもおびえた。》
この「麻痺と頽廃」のあまりに痴話めいた状況は映画ではカットされている。
「傷の後」章
信吾は邪悪な夢で目覚めた。
《乳房にふれているのに、信吾は女が誰かわからなかった。わからないというよりも、誰かと考えもしなかったのだ。女の顔も体もなく、ただ二つの乳房だけが宙に浮いていたようなものだ。そこで初めて、誰かと思うと、女は修一の友だちの妹になった。しかし、信吾は良心も刺戟(しげき)も、起きなかった。その娘だという印象は微弱だった。やはり姿はぼやけていた。乳房は未産婦だが、未通と信吾は思っていなかった。純潔のあとを指に見て、信吾ははっとした。困ったと思ったが、そう悪いとは思わないで、
「運動選手だったことにするんだな。」とつぶやいた。(中略)
「あっ。」と信吾は稲妻に打たれた。
夢の娘は菊子の化身ではなかったのか。夢にもさすがに道徳が働いて、菊子の代りに修一の友だちの妹の姿を借りたのではないか。しかも、その不倫をかくすために、苛責をごまかすために、身代りの妹を、その娘以下の味気ない女にかえたのではないか。
もし、信吾の欲望がほしいままにゆるされ、信吾の人生が思いのままに造り直せるものなら、信吾は処女の菊子を、つまり修一の結婚する前の菊子を、愛したいのではあるまいか。》
《信吾は戦争のあいだに、女とのことがなくなった。そしてそのままである。まだそれほどの年ではないはずだが、習い性となってしまった。戦争に圧殺されたままで、その生命の奪還をしていない。ものの考え方も戦争で狭い常識に追いこめられたままのようである。》
《修一に女が出来たために、菊子と修一の夫婦関係は深くすすんだ。菊子が堕胎をした後で、二人の夫婦なかは温かくなごんだ。はげしい嵐の夜、菊子は常よりも濃く修一にあまえ、修一が泥酔して帰った夜、菊子は常よりもやさしく修一をゆるした。
菊子のあわれさか愚かさか。
それらのことを菊子は自覚しているのだろうか。あるいはそれとさとられないで、菊子は造化の妙、生命の波に、素直に従っているのかもしれない。
菊子は子を産まないことで修一に抗議し、さとに帰ったことでも修一に抗議し、そこに自身の堪えがたいかなしみも現わしたわけだが、二三日でもどって来ると、自身の罪をわびるかのように、また自分の傷をいたわるかのように、修一となかよくなってしまった。
信吾にしてみれば、なんだ、つまらない、でないこともない。しかし、まあ、よかった、ということなのだろう。
絹子の問題はしばらく不問のまま、自然の解決を待てばいいのかと、信吾は考えもするほどだ。
修一は信吾の息子だけれども、菊子がこのようにしてまで修一と結ばれていなければならいほど、二人は理想の夫婦、運命の夫婦なのか、信吾は疑い出すと限りがなかった。》
信吾の奇妙な嫉妬のごとき頽廃した内面の深層心理描写。
「雨の中」章
英子がまた会社に来た。
《修一の女が妊娠していると聞かせられて、信吾はぎょっとした。
「産んではいけないと、私は言いましたの。」と英子は薄い唇をふるわせて、
「昨日、お店の帰りに、絹子さんをつかまえて、そう言ってやりました。」
「ふむ。」
「だって、そうじゃありませんの? ひど過ぎますわ。」
信吾は答えようがなく、暗い顔をしていた。
英子は菊子のことを思い合わせて言っているのだ。
修一の妻の菊子と愛人の来ぬことが、前後して妊娠した。世間にもあり得ることだが、自分の息子にあり得ようとは、信吾は思ってもみなかった。しかも、菊子は中絶してしまった。》
《菊子は修一に女のあるうちは、子供が出来るのもくやしいというような潔癖から、産まなかったらしいが、その女の妊娠は夢にも知らなかったにちがいない。
手術を信吾に知られてから、二三日さとへ行ってもどると、修一との仲がむつまじくなったと見え、修一は毎日早く帰って、菊子をいたわっているようだが、それはいったいなんなのだ。
善意に解釈すれば、子供を産むという絹子に、修一も苦しめられ、絹子から遠ざかって、菊子に詫(わ)びているのかもしれない。
しかし、なにかいまわしい頽廃(たいはい)と背徳の臭いが、信吾の頭にこもるようだ。
いったいどこから生まれて来るのか、胎児の生命までが魔ものとも思えた。
「生まれたら孫か。」と信吾はひとりごとを言った。》
映画では、信吾は絹子の子供のことは英子からではなく、本郷の大学の側にある絹子と池田の家を訪れたときにはじめて知ることで、この「頽廃と背徳」の臭いの場面はカットされている。
「蚊の群」章
絹子と池田の家。
《「戦争未亡人が私生児を産む決心をしたんですわ。なにもお願いするわけはないけれど、産ませてやっていただきたいわ。お慈悲ですから、見のがしていただきたいわ。子供は私のなかにいて、私のものですわ。」
「それはそうでしょうが、これから結婚なされば、また子供は出来るでしょうし……。不自然な子を今産まなくても。」
「なにが不自然ですの?」
「いや。」
「私がこれから結婚するときまっていませんし、子供が出来るとはきまっていませんわ。神さまのような予言をなさいますの? 前には、子供がなかったんですわ。」(中略)
「お宅のお世話にならなければ、よろしいんでしょう。絶対に泣きつかないって、私誓いますわ。修一さんと別れましたし。」
「そういうものでもないでしょう。子供のゆくすえは長いんだし、父と子の縁は切ってもつながることがありますよ。」
「いいえ、修一さんの子じゃありませんわ。」
「あなたも、修一の嫁が子供を産まなかったことは知ってるはずでしょう。」
「奥さんこそ、いくらでもお出来になりますわ。出来なければ、後悔なさいますでしょう。贅沢な奥さんに、私の気持はおわかりにならないわ。」
「あなたにも菊子の気持はわからない。」
信吾はつい菊子と名を言ってしまった。
「修一さんが、お父さんをおよこしになったんですか。」と絹子は詰問するように言って、
「修一さんは産むなと言って、私をなぐったり、踏んだり、蹴ったり、医者へつれて行こうとして、二階から引きずりおろされました。その暴力沙汰か芝居気で、修一さんの奥さんに対するお義理はすんでいるんじゃありませんの?」
信吾は苦い顔をした。
「ね、ひどかったわね。」と絹子は池田を振り向いた。池田はうなずいて、
「絹子さんは、洋服地のあまりぎれも、子供のなにやかやおしめになりそうなのは、今からためていますの。」と信吾に言った。
「足で蹴られましたから、子供が心配になって、後で医者へ行ってみました。」と絹子はつづけた。
「私は修一さんに言いましたわ。修一さんの子供じゃありません。あなたの子供じゃない。それで別れましたの。いらっしゃいませんわ。」
「と言うと、ほかの人の……?」
「そうです。そうお取りになって、結構ですわ。」
絹子は顔をあげた。さっきから涙を流していたが、新しい涙が流れつづいた。
信吾は困り果てながら、絹子が美しく見えた。目鼻立ちを仔細に見ると、いい形でないが、ぱっと来る印象は美人だった。
しかし、やわらかい見かけによらず、絹子という女は、信吾を寄せつけなかった。》
この修羅場においてさえ、《目鼻立ちを仔細に見ると、いい形でないが、ぱっと来る印象は美人だった》との美意識をもつ男の性(さが)、あるいは業の哀しさは川端の頽廃と背徳の世界である。
「蛇の卵」章
横須賀線の車内で、鶴見駅で事故があったのでとまってると車掌が言った。信吾の前の外人が、つれの青年にわけを聞いている。
《青年は外人の大きい片腕を両手で抱き、肩に頬をつけて眠っていた。目をあいてもその姿のままで、あまえるように外人を見上げた。目をとろんと薄赤く、目(ま)ぶたはくぼんでいた。髪を赤くしていた。しかし、根もとに黒いところが出て来ていて、茶色に汚ない髪だった。毛のさきだけ変に赤かった。外人相手の男娼だろうかと、信吾は思った。
青年は外人の膝の上の掌を上向けて、自分の手をそれに重ねると、やわらかく握った。いかにも満足したようだった。
外人は肩までのシャツで、赤熊のように毛だらけの腕を出していた。(中略)
信吾はこの青年が遠からず死ぬような気がした。目をそらせた。
臭い小溝のふちに、よもぎの列が青々と生いしげっていた。電車はまだとまっていた。》
「秋の魚」章
《からす瓜をながめていると、菊子も目にはいった。
あごから首の線が言いようもなく洗練された美しさだった。一代でこんな線は出来そうになく、幾代か経た血統の生んだ美しさだろうかと、信吾はかなしくなった。
髪の形で首が目立つせいか、菊子はいくらか面(おも)痩(や)せして見えた。
菊子の細く長めな首の線がきれいなのは、信吾もよく知っていたが、ほどよく離れて寝そべった目の角度が、ひとしお美しく見せるのだろうか。
秋の光線もいいのかもしれない。
そのあごから首の線には、まだ菊子の娘らしさが匂っている。
しかし、やわらかくふくらみかかって、その線の娘らしさは、今や消えようとしている。》
死と性を底に秘めた、美しさと哀しみをあわせもつ頽廃と背徳が川端の端正な文章から匂いたつ。
(了)
*****引用または参考文献*****
*川端康成『山の音』(『新潮日本文学15 川端康成集』に所収)(新潮社)
*川端康成『山の音』(山本健吉、辻原登解説)(新潮文庫)
*蓮實重彦・山根貞男『成瀬巳喜男の世界へ』(蓮實重彦「寡黙なるものの雄弁――戦後の成瀬巳喜男」、玉井正夫「成瀬さんの本領は、一歩歩いて振り返る、独特の振り返りのポジションですね」所収)(筑摩書房)
*「ちくま日本文学」『川端康成』(須賀敦子解説「小説のはじまるところ 川端康成『山の音』」所収)(筑摩書房)
*田村充正編『川端康成作品論集成 第八巻 山の音』(山本健吉「『山の音』の菊子」、三島由紀夫「横光利一と川端康成」、中村光夫「川端康成論(三)――好色について」、鶴田欣也「『山の音』」、他所収)(おうふう)
*「ユリイカ 特集成瀬巳喜男 2025年7月号」(紙屋牧子「肉体の軋 成瀬巳喜男監督『山の音』(一九五四年)における戦後的なもの」他所収)(青土社)
*黄也「成瀬巳喜男と<不確かさ>の映画 : 1951年以降の作品を中心に」(北海道大学)
*「座談会 ちかごろの日本映画」(「婦人朝日」(朝日新聞社、1954.2)
*村川英『新版 成瀬巳喜男演出術 役者が語る演技の現場』(ワイズ出版)
*千葉伸夫『監督成瀬巳喜男 全作品と生涯』(森話社)
*川本三郎『成瀬巳喜男 映画の面影』(新潮選書)
*ミツワ・ワダ・マルシアーノ編著『「戦後」日本映画論 一九五〇年代を読む』(木下千花「妻の選択――戦後民主主義的中絶映画の系譜」所収)(青弓社)
*折口信夫「山の音を聴きながら―川端康成氏の近業―」(『折口信夫全集27 評論篇1』に所収)(中公文庫)






