映画批評 濱口竜介監督『ドライブ・マイ・カー』のエモーションを感じとるために(ノート)

  

 

 

 

 映画『ドライブ・マイ・カー』の濱口竜介監督の卒論は「ジョン・カサヴェテスの時間と空間」であり、学生時代にレイ・カーニー編『ジョン・カサヴェテスは語る』を読みこんだと述懐している。『ジョン・カサヴェテスは語る』はカサヴェテスが自作について、さまざまな媒体で語った発言の引用から構成されている。

 それにならって、シナリオ、チェーホフ『ワーニャ伯父さん』の経糸に、インタビュー、濱口による映画評論や対談・鼎談、『ドライブ・マイ・カー』に対する批評の横糸を織り込み、『ドライブ・マイ・カー』について知っておくべき事柄の引用の織物(テクスチャ―)を織りあげる(引用文献名は、最後尾の「引用または参考文献」リスト番号で示す)。織物から聴こえてくる「声」、「言葉の力」、「見る」こと、なめらかなカメラの視線、演技とは何か、それらの「重ね合わせ」は、エモーションを追及し、記録した映画を深く感じとるためにいくばくか役立つだろう。

 まず濱口の二つの映画評論をみておく。一つは、蓮實重彦について語りつつも自分語り的な要素を持って、溝口健二『残菊物語』を論じている。もう一つは小津安二郎東京物語』の原節子に関して。どちらも、「映画になりたい」濱口の基本的な態度、関心を宣言している。

 

溝口健二『残菊物語』/森赫子=お徳の言葉と声のエモーション>

 濱口竜介の24蓮實重彦論「遭遇と動揺」(工藤庸子編『論集 蓮實重彦』)は、濱口の蓮實との遭遇と動揺について自分語り的要素をもって書かれている。

 まず「遭遇」。

《ついに果たした「蓮實重彦」との遭遇は、小津安二郎によってもたらされたものだ。私にとって、事態は必ずしもその逆ではない。

『監督 小津安二郎』は己の視線をカメラに漸近させ続ける著者のみが可能にした潜在的な小津作品として存在している。(中略)それは「見る」ということだ。カメラという自動機械への予め決められた敗北を生きながら、それでも「見る」ということを通じてしか映画が制作されえないというごく根本的な事実を『監督 小津安二郎』は示している。カメラが撮影現場で写し取ったものを、映写機はそのままスクリーンへと映し出す。つまりカメラと観客は同じものを見るという最早ほとんど意識さえされない事実を、何度でも生起する「できごと」へと一対の瞳が組織し直した書物、それが『監督 小津安二郎』だ。》

 ついで「動揺」。

《ここで話題にしたいのはその『国際シンポジウム 溝口健二――没後五〇年「MIZOGUCHI 2006」の記録』に収められた蓮實重彦の『残菊物語』論だ。

「言葉の力」と題されたこの『残菊物語』論を読んだ時の鈍い動揺を忘れることができない。それまでに目を通していた蓮實重彦の批評とは一読して手触りの違うものだったからだ。それこそ「蓮實的」な批評の代名詞とも言うべき映画の画面における「主題」の発見、及びその列挙的な反復とそこからの飛躍、すなわち魔術的な説得力をこの『残菊物語』論が欠いていたからだと思う。

 そこで顕揚されているのは、主演のひとり・お徳を演じる森赫子に宿った「言葉の力」である。(中略)

 当然いつも通り、論の中には溝口作品における画面の濃密な叙述が存在する。しかし、溝口が一シーン一ショットを手法として完成させたとも言えるこの作品において画面=ショットの叙述は必然的に映画における「物語の解説」というおそらくは筆者自身が最も忌むべきものへと危うく接近していく。

 この法外のアプローチは「主題論的批評」が小津安二郎に対して理想的に機能したようには、決して溝口に対しては機能し得ないということへの蓮實重彦自身の深い自覚に基づくものだろう。》

《では、溝口健二の「重ね合わせ」とは何か。それは想像し得る最もオーソドックスな方法である。現場において脚本に基づき、その立体化を図る全スタッフ・キャストの力を「凝集」することだ。そして、蓮實重彦の『残菊物語』論はまさに溝口の「重ね合わせ」を解くための現場への旅としてある。

  「そのことなら、……覚悟は決めてきております」の一行は、数ある台詞のなかで もひときわ寒々と孤立し、他との温度差をきわだたせている<脚本>。それが可能なのは、そうとひと息に口にする森赫子の緩やかな声(・)の抑揚であり<演技・録音>、すらりと伸びた彼女の首筋であり<造作・照明・撮影>、誰かを見ているとも思えぬその動かぬ横顔の思いつめた孤独なのであり<立ち上がったキャラクター=フィクション>、ここにしかないという肝心な瞬間にそうした細部を画面に結集してみせる溝口健二の演出の力(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)があったからにほかならない。(<>。傍点は引用者)

 照明・美術・衣装・メイク等々現場のあらゆる要素が反映して役者の演技ができあがる。それがフィクションという現実の空白地を出現させることがある。カメラ、そしてマイクが狙い定めるのはその出現したフィクション、それを立ち上げる「現場」そのものの記録であり、以上でも以下でもない。そして、フィクションを必ずや立ち上げるべくカメラそばを頑として動かない溝口がそのすべての不動の中心となる。》

《図像による例示さえ許されない音声それ自体の叙述は、当然どこまで言っても曖昧であり、それを同定する言葉は必然的な貧しさをまとわざるをえない。森赫子=お徳の声を描写する「凛々しさ」も「なだらかさ」も「晴れがましさ」も、どれだけ周到に選ばれたとしてもその貧しさから逃れることはできないし、そのことを彼が自覚していないわけもない。にもかかわらず、彼は「貧しさ」の側に立ちながら叙述を続ける。そのことが人をこのうえなく動揺させる。》

《小津作品を見返したときの『監督 小津安二郎』がそうであったように、『残菊物語』を見返すこと、その中のお徳の声を聞き取ることは、「言葉の力」が『残菊物語』――溝口を語る無二のテキストであることを確信させる。叙述によってシーンのすべてを漏らさず立ち上げようとする蓮實重彦の執念に、カメラ脇を陣取ってそこから動かなかったという溝口健二自身の像が重ね合わせられる。そこにはやはり「映画になりたい」という馬鹿げた欲望をきわめて厳密な手続きでもって遂行しようとする極めて愚直な男の肖像が浮かび上がるのみだ。ここでも彼は、数十年前の自身の宣言(筆者註:『表層批評宣言』)を相も変わらず実行している。

  真に機能した「方法」が人目に触れたりはせず、時空を超えた事件としてあり、いつまでも醜い「原理」や「体系」として抽象空間に残骸をさらしたりはしないということ、つまり「方法」は「批評」の前にも後にもなく、「批評」と同時的に体験されるものであって、その時にのみ積極的な価値を生きうる[…]

 これは「批評」を「制作」と置き換えてもまったく同様だろう。この『残菊物語』論を読んだ動揺が、今も私を次なる場所へと誘っている。》

 

小津安二郎東京物語』/カメラの前の原節子のエモーション>

 濱口竜介は「『東京物語』の原節子」という文章を、二〇一五年九月の原節子逝去を受けた27『ユリイカ 特集 原節子と<昭和>の風景』(2016年2月号)に寄せている。

《このような追悼文めいた文章を書く資格があるかどうかも怪しい。にも拘らず、私は書かなくてはならない。そして、書くとすれば小津安二郎監督の『東京物語』の原節子=紀子について語る、ということ以外にはあり得ない。それを見て得た驚きは、私がこの文章を書き得る極めて限定的な、しかし決定的な理由だ。そのことは今、私が映画を撮り続ける理由の一つですらある。

 私が、驚いたものは、それ自体珍しくもない。おそらく誰しもが、驚きはしないでも心を揺さぶられる『東京物語』の最終部における原節子笠智衆のやりとりだ。その中で原節子がカメラを正面にして見せる表情に、驚いた。映画作りを続けながら、今の驚きを深めている。一体、人はあのような表情をし得るものなのだろうか。いや、し得るのだ。その証拠映像が残っている。疑いようはない。

 明らかに演技をしているにも拘らず、いやもしかしたらそのことによって、ただ信じることしかできないような人がそこに映っている映像。いわゆる「人間」を描いたとか。そういうことではない。むしろ新たにここで人間が創造されており、その瞬間にカメラが間に合っている、ということ。『東京物語』の原節子は私が知る限り、このように表現し得る世界にたった一つの映像なのだ。なぜそのようなことが可能なのか。

 その問いに身を浸すならば、原節子に捧げるこの文章は、避け難く小津安二郎の方法を巡る小論にもなる。私にとっては原節子について語ることは、小津安二郎のカメラの前に立った原節子について語る以外ではあり得ない。そのようなアプローチを取るのは、間違いなく小津自身が「映画の演技」を巡る不可能性を十二分に自覚した上で、あのカメラの位置を選択したからだ。あの原節子は偶然写ったものではあり得ない。そこには明確に、小津の選択した方法がある。》

《紀子が「いいえ」の人であったように、周吉は「いやあ」の人だ。「いやあ」もまた、ここまで場を和らげるために発されてきた。その点で二人は似ている。先ほど「いいえ」は一定の距離間を前提としていると書いたが、ここで為される「いいえ」「いやあ」という気遣いの応酬は、距離を作るより、本当にわずかずつだが二者を近づけてしまう。際限ない気遣いが、互いの示す柔らかさが、それまでとは違う自分を表す素地となる。紀子は「いいえ」で覆い隠していた自身の秘密を露わにしようとする。「いいえ」が「でも」に変わる瞬間がやってくる。

①紀子「いいえ(・・・)。あたくし、そんな、おっしゃるほどのいい人間じゃありません。お父さまにまでそんな風に思って頂いてたら、あたくしの方こそ却って心苦しくって」

②周吉「いやあ(・・・)、そんなこたあない」

③紀子「いいえ(・・・)、そうなんです。あたくし狡いんです。お父さまやお母さまが思ってらっしゃるほど、そういつもいつも昌二さんのことばかり考えてるわけじゃありません」

④周吉「ええんじゃよ(・・・・・・)、忘れてくれて(・・・・・・)」

⑤紀子「でも(・・)このごろ、(目下げて)思い出さない日さえあるんです。忘れてる日が多いんです。あたくし、いつまでもこのままじゃいられないような気もするんです。このままこうして一人でいたら、一体どうなるんだろうなんて、ふっと夜中に考えたりすることがあるんです。一日一日が何事もなく過ぎてゆくのがとっても寂しいんです。どこか心の隅で何かを待ってるんです。狡いんです」

⑥周吉「いやあ(・・・)、狡うはない」

 ④の周吉の台詞は元々台本では「いやあ、忘れてくれてええんじゃよ」となっていたが、小津の手で書き換えられて「いやあ」が削除され、周吉が紀子へぶつけるより直接的な(しかし気遣いの)台詞となっている。そのことが紀子の「でも」を引き出すための小津の最後の一矢だろう。ここにおいて紀子の感情の発露を助けることと、原節子の表現を助けることに、ほとんど違いはないはずだ。先ほどのような「世の理」を説く理知的な態度ではない。自身の、誰にも見せなかった秘部を晒そうとしている。「いいえ、今のままでいいんです」と言った紀子ではない。「でも」「このままじゃいられないような」「寂しい」「何かを待ってる」紀子が顔を出そうとしている。

東京物語』を見直して幾度目かに⑤の部分が、紀子の正面ショットではなく、一貫して周吉の背中を手前に、奥に紀子を配する形のワンショットで撮られていることに気づき、驚いたことがある。紀子が自身を晒け出していくその過程、そこにはやはり目の前の周吉=笠智衆の反応を、演技の助けとして必要とすると小津は考えたのだろうか。カット割りは、現在映像で確認できる通りに台本に書き込まれている。ただ、シナリオ上の指示は(目下げて)とあるだけだが、映像上の紀子=原節子は一度顔を上げて、笠を見る。笠もその時は原の動きと呼応するように顔を原の方に向ける。二人は見つめ合い、最後の「ずるいんです」で原はまた顔を下げる。声にはそれまでにない激しい抑揚が具わるが、それを大げさなものとは感じられない。

 原の演技はできあがった。しかし、まだ映画は完成ではない。小津はここでかつての自分が言った通りに映画劇が「現実そのものよりもつと完全な、そしてもつと納得のできるやうなものであらうとする努力」を自ら実践する。原の正面にカメラを据えるのだ。それがいかに過酷なことであろうと、それをしなくてはならない。果たして、原はカメラに向かって、面を上げる。その瞳には涙が輝いている。

  紀子「いいえ、狡いんです。(目に涙)そういうことお母さまには申し上げられな かったんです」

  周吉「ええんじゃよ。それで。やっぱりあんはええ人じゃよ、正直で」

  紀子「(目下げ)とんでもない」

 誰しもがここで「とんでもない」と目を反らす紀子=原節子を記憶している。シナリオ上の(目下げ)の指示以上の瞬発力を持って彼女が目を反らすのは、「とんでもない」が「いいえ」を否定とし得ない彼女が咄嗟に選び取る否定と拒絶の言葉だからであり、結果選ばれたその強い言葉は誰も見たことのなかったその首筋を浮き立てるほどの勢いを彼女に与えた。原がカメラから目を反らすのは、その瞬間、紀子=原が自身の最も柔らかな秘部を晒すことの限界と、映画が映画であることの臨界が同時に訪れるからだ。どれだけ優しい義父も、どんな観客もその先を目にすることは許されてはいない。

 ただ、ここに及んで個人的な感慨を、誤解を恐れず述べるならば、私はその紀子=原節子の表情を見たときに「まるで自分のよう」に感じたのだ。他者から見たら笑って肯定し得る程度の「秘密」であることを理解しつつ、それを決して差し出せないこと、そのことが尚更恥ずかしく、しかしそれを勇気をもって差し出そうとして起こるすべての仕種の中に、年齢・性別・生きた時代・あらゆるプロフィールの違いを超えて、私は自分自身のうちに在る最も高貴な一片を見せてもらったような、その存在を教えてもらったような気がするのだ。それは今も私の中の他者としてある。ごく勝手に思うのは、この映像を、この紀子=原節子を見た人には誰でもそれが起こるのではないか、ということだ。「あらゆる人の中の私」をこの瞬間、原節子は垣間見せてくれているのではないか。

 小津は最後に、もうひと足掻きしてみせる。目を逸らした紀子を前にして、周吉は立ち上がり、亡妻の形見の時計を紀子に渡す。ここで、小津の撮影台本には周吉の一言が書き加えられている。「なあ 貰うてやっておくれ」。映画の中で、この一言は紀子の表情に乗せて響く画面外の音としてある。ここまで示したすべてのやり取りの中で発話者が映らないのはこの瞬間だけだ。この小津にとってはずいぶん例外的な音声を聞き取って、原の表情は震える。そして面を下げ、泣き顔を見られないように顔を両手で完全に覆ってしまう。しかし「貰うてやっておくれ」がもたらす猶予の間だけ観客は、台詞の響きに呼応して瞳の涙が揺れるのを見つめることを許されている。我々は束の間、しかし確かにそれを見る。何度でも見ることができる。

 どうすれば映画は、このような瞳を収め得るのか。結局、どこまでもわからない。笠はカメラが自身に向いていないときも、カメラ脇で自身の台詞を原に実際に与えただろうか。そうして原が、この遊戯じみた撮影の中で演じることを励ましたろうか。わからない。それについて述べた資料は見つけられなかった。ただひとつ言えるのは、カメラの脇には常に小津がいたであろう、ということだ。この日のためにあらゆる準備をした小津がいる。小津が見ている。そのことが原をどれだけ励ましたか、計ることはできない。》

 

 さて、本線の『ドライブ・マイ・カー』に戻ろう。

 

<ファーストシーン>

 32「シナリオ『ドライブ・マイ・カー』」(『シナリオ 2021年11月号』)から。

1 家福のマンション・夫婦の寝室(早朝)

薄明の外光が徐々に入り込んでくる寝室。女が裸の上半身を起こし、フレームインしてくる。

ダブルベッドの上に座る女の肩のラインを、薄明かりが白く浮かび上がらせる。逆光で女の表情や乳房は確認できない。女は家福の妻、音(45)だ。音が口を開く。

音 「彼女は時々、」

家福「うん」

音 「山賀の家へ空き巣に入るようになるの」

家福「山賀?」

音 「彼女の初恋の相手の名前。同じ高校の同級生。でも山賀は彼女の想いを知らない。彼女も知られたくないから、それで構わない。でも、山賀のことは知りたい。自分のことは何も知られずに、彼のことは全部知りたいの」

  ベッドに横たわり、頬杖をついて女を見つめる家福(45)

家福「それで空き巣に入る」

音 「そう。山賀が授業に出てるとき、彼女は体調が悪いと言って早退する。山賀は一人っ子で、父親はサラリーマン。母親は学校の先生。家に誰もいないこともクラスメイトから聞いて知ってる」

家福「どうやって中に入る? 普通の女子高生が」

音 「彼女は当たりをつけてた通り、玄関脇にある植木鉢の下を探る。そこに鍵がある」

家福「(笑う)不用心だな……」

(後略)》

 

11-1木下千花「やつめうなぎ的思考」より。

濱口竜介の『ドライブ・マイ・カー』は、やわらかく青みがかった大きな窓を背景に、ぬらりと身を起こしたまま語る女の黒いシルエットで始まる。女は言う。「続き、気になる?」

 本作が村上春樹の同名作品ばかりではなく、短編集『女のいない男たち』(文春文庫、2016年)にいっしょに納められた他の短編からも想を得ていることを知っている者なら、すぐに思い当たるはずだ。「ああ、「シェエラザード」だ」と。シェエラザードは、同名の短編小説において、ある秘密組織の「ハウス」に滞在している語り手の男性の元に1、家事と性的サーヴィスを提供するため週に2回ほどやってくる30代の主婦であるが、性行為のあと、あたかも『千夜一夜物語』の美妃のように面白い話を語って聞かせるのだ。

 しかし、類似はすぐに疑問を招き寄せる。なぜこの女、音(おと)(霧島れいか)は、ベッドの上に半身を起こして語っているのか。夫であり、この映画の主人公である家福悠介(西島秀俊)が裸身をベッドに横たえて耳を傾けているさまが、すぐにミディアムクロースアップで続くというのに。Postcoitusの寝物語というものは、親密なけだるさに身を任せて水平姿勢で行うものであり、「シェエラザード」でもそうなっているではないか。なお、ここで問うているのは、「原作」や現実世界における慣習との当然ありうべき些末な差異ではなく、身体と演出をめぐる主題系である。取り急ぎこう答えることで本論を語り起こそう——だって、音はやつめうなぎだから。》

 

11-2坂本安美「音という旅」より。

《夜が明けようとしている時間帯だろうか、大きな窓の外には水に滲んだインクのように濃い青色がぼんやりと空を染め、その下に広がる街がうっすらと見えてくる。形を帯びようとしている世界を背後に、黒いシルエットが私たちの目の前に現れる。音(霧島れいか)、それが女の名前であり、影絵のように動くそのほっそりとした身体からは低い声が響いてくる。彼女と共にベッドにいる男、夫の悠介(西島秀俊)は、微睡みながらもその声が語る「恋する空き巣の少女」の物語に聞き入っている。人間関係の深淵なる部分、「親密さ」を映画でとらえるという、現在の日本映画においては稀有な試みを続けている濱口竜介の最新作『ドライブ・マイ・カー』は、一組の男女のまさにもっとも親密で、秘められた場面、セックスの後のベッドでの会話から始まる。》

 

11-3ティエリー・ジュス「喪に服し、エロティシズムに満ちた長い精神の旅」より。

《『ドライブ・マイ・カー』はかなり長いプロローグで幕を開け、ここで喪と心を揺さぶるエロティシズムが刻まれた精神的な冒険の基盤を築いてみせる。それは、淀みなく素晴らしい最初のシーンで表現される。セックスの後のベッドにほとんどささやくような声が響き渡る場面に観客は浮遊させられるだろう。そこから、濱口はゆっくりとわれわれを驚きに満ちた迷宮に誘う。》

 

12「対談 濱口竜介×野崎歓 異界へと誘う、声と沈黙 <映画『ドライブ・マイ・カー』をめぐって>」より。

野崎歓:まず、うかがいたいと思うのは冒頭の場面についてです。試写で観ていて、周りの人たちも息をのむ感じがありました。女性の裸体が映るけれども、背後から撮られていて、かつ逆光でもあり顔が見えない。霧島れいかさん演じる家福音という女性が夫婦でのセックスの後、寝室で夫に向かって不思議な物語を語り出すのですが、あそこで決定的に何かが刻印された感じがしました。あのシーンはいつ生まれたのでしょう?

濱口:冒頭部分はプロットの段階ですでに書き込んでいました。短篇「ドライブ・マイ・カー」を映画化するうえでの様々な変更について、まずは原作者である村上春樹さんに許諾を取らなければいけない。頻繁にやり取りするのは難しいので、「映画化するうえでこういうことをやりたい」というのをできるだけ最初に村上さんに提示しなければいけない。

 話をどう膨らませていくか、まず短篇集『女のいない男たち』を繰り返し読むところから始めました。そして短篇「ドライブ・マイ・カー」以外に、同書に入っている短篇「シェエラザード」「木野」を新たに取り入れようと決めました。「シェエラザード」のほうは、短篇「ドライブ・マイ・カー」にはない主人公の妻の描写を足す必要性から、そして主人公の家福悠介(西島秀俊)が最終的にどこへ向かっていくのかと考えたときに、「木野」の要素を加えようと思いついた。家福は具体的にどういう仕事をしているのかというと、原作に「ワーニャ伯父さん」の話が出てきますから、ならば彼はこの戯曲の演出をしているんだと考えていきました。

 ただ、妻がセックスの後に物語を語りだすという、「シェエラザード」を基にした設定は、映画の途中で突然出てきたらすごく奇妙なわけです。そこでまずこの状況を当然のこととするようなリアリティの地平を最初に設定する必要性があります。実際この映画は――というより村上春樹さんの小説自体がと言ってもいいのですが――リアリズムではあるけれども、気がついたら現実から浮遊して別の世界へ行ってしまうようなところがある。それを成立させるため、この映画のリアリズムの基準がどのへんにあるのかを設定しなければいけない。冒頭は「こういう映画で、ここから始めます」という、観客への宣言なんです。(中略)

野崎:冒頭のシーンがどうしてここまでインパクトがあるのか、それはある種の乖離を含んでいるからです。女性の声が聞こえてくるけれども、我々はまだ彼女の顔もちゃんと見ていないので、聞こえてくる声と今見ている女性の姿が一致しているのかどうかよくわからない。しかも声が語る内容が「彼女」という三人称なので、物語と寝室の中の現実がどう結びついているのかもわからない。何か危うさを経験させられるんです。そこで存在感を放つのは「声」です。この女性がその後どうなるかまでは我々は予測できないけれども、何かがズレているという印象は強く受ける。まるで巫女のように、彼女の謎の声の力が魅惑的に働いています。》

 

21「特別鼎談 濱口竜介(映画監督)×三宅唱(映画監督)×三浦哲哉(映画批評家) 映画の「演出」はいかにして発見されるのか――『ドライブ・マイ・カー』をめぐって」より。

三宅唱:映画をどんな場面から始めるのか、重要だと思うんです。『ドライブ・マイ・カー』のファーストシーンはシナリオ通りですか? なぜあの場面から映画を始めたんでしょう。

濱口:シナリオ通りだし、そもそもプロット通り。基本的に映画の始まりって、観客にとってのリアリティの水準をどこに設定するかにおいて重要だと思っています。この映画の家福夫婦には昼と夜の生活があって、昼は普通に妻の家福音(おと)(霧島れいか)は脚本家として、夫の家福悠介(西島秀俊)は俳優として生活しているんだけど、夜になると二人はセックスし、そのあとで妻の音がトランス状態に入って物語を話し出すという設定がある。これを昼から始めると夜の場面で「おいおい、どういうことだ」となると思うんですけど、夜の場面から始めると、観客にとってその場面がこの映画のリアリティの基準というか「そういうものだ」という受け止め方になるのではないかと。普通の流れでは受け入れづらい要素を、ある種の映像の強度とともに最初に示すことで、観客にまずそれを受け入れてもらうことから始められる、逆にそうしないとこの話を進めるのが難しくなるということはすごく考えていました。(中略)

三浦哲哉:「これ何?」「これ誰?」ってなって、1時間後に初めてわかるみたいな。そういう息の長さを受け入れることを観客に期待している。この映画の冒頭も同様に大胆で過激な入り方ですよね。

濱口:ありがとうございます。実際のところ、こういう「わからなさ」を含んだ語りは『悲情城市』や『牯嶺街少年殺人事件』(1991)をイメージしてたりもしたので、ご指摘嬉しいです。ただ、こういう始め方が可能になるのは最後の方の展開との兼ね合いもやっぱりあるんですよ。

三宅:最後とは?

濱口:プロットを書いた時点で、最後の雪山の場面、家福が妻を思っていろいろな言葉が溢れてくるところまで、最後のセリフもプロットにはほとんどそのまま書いてあって、その段階で、喪失から再生へ、という非常にベタというか「王道」の語り方が見えた。観客も最終的には理解でき、もしかしたら共感もできる題材を扱っているんだなと。それがわかっていたからこそ、逆にここで負荷もかけられた。最終的には観客に報いるものにできるから大丈夫だと。だから実際に撮影する段階でも、けっこう語りの無理は効くはずだと思いながら前半は作っていた感じです。》

 

<音楽/音のエモーション>

6「石橋英子×濱口竜介、映画『ドライブ・マイ・カー』の音楽を語る」より。

《最初に石橋さんと音楽についてお話しをした時は、「風景みたいな音楽を」とお願いしたと思います。映画のなかに流れる空気と同化しているような音楽を、と。そうお話しをしたのは、まだ映画の形も見えてない頃でした。》

《音楽の方向性についてやりとりしていくなかで、終盤、「もう少しだけエモーションを感じられるものにならないか」とお願いしたんです。石橋さんの音楽に、映像と観客とを結びつける役割を担ってもらいたかった。》

《出来上がったエンディングテーマに、石橋さんは今までになくエモーショナルなメロディを入れたと思うんですけど、それがまったくトゥ・マッチではないというか、ほんとにこの映画にふさわしい、すごく微妙なラインを行くもので、本当に感激しました。すごく大変だったろうなと思いましたけど。》

 

30「『ドライブ・マイ・カー』濱口竜介監督インタビュー」より。

《──アンビエント的な音もあれば、エンディングテーマのようなメロディアスな楽曲もあります。特にエンディングテーマは余韻を損ねず、映画と程よい距離感を保っています。具体的なオーダーは出されましたか?

濱口:映画音楽に関しては、いちばん初めに「風景みたいな」「人間的な感情とは遠くにあるイメージで」とオーダーしました。それは撮影前のことで、そういうオーダーが石橋さんにも合っていると思ったんですが。ただいざ撮ってみるとその要素は映像が十分に持っていると気づきました。それで、より一般的な映画音楽に近い形の「映画と観客を一層感情的につないでくれるような音楽を」とオーダー変更しました。バンド編成の楽曲はそれに基づいてつくっていただいています。先ほど、西島さんの演技に関して「嘘じゃないエモーションを探りつつ、進んでいく」とお話ししましたが、エンディングテーマから受けた印象もすごくそれに近くて、開かれたメロディを持っているけれど、過剰にセンチメンタルやエモーショナルではない。石橋さんはもともと極端にメロディアスな音楽には抵抗をお持ちだったかとも思います。でも、上がってきたラッシュを見ていただいた際に「この映画自体、音楽のよう」と言ってもらえました。短い感想でしたが、熱が感じられて「石橋さんが感じた、その感覚を使ってエンディングテーマをつくってください」とお願いしました。結果としてエンディングテーマはみさきの表情とも響き合って、終わりというよりは始まりを感じさせるものになってくれたと思います。》

 

43「【単独インタビュー】『ドライブ・マイ・カー』で濱口竜介監督が拡張させた音と演技の可能性」より。

《──この作品に関してはどのようにサウンドデザインを考えられたのですか?

濱口:野村みきさんという、フランスで音を学んできた方に、音に関しては基本的に統括していただきました(※クレジットではリレコーディング・ミキサー)。日本だと、伝統ということなのか、台詞(声)、音楽、効果音の担当者それぞれがフェーダーのつまみを持っていると聞きます。よく聞くのは、自分の音を聴きたい、聴かせたいと思うのか、音を上げ合う傾向があると。ある種の競争関係があるんですけど、本作では野村さんが音全体をトータルに判断して、僕に提示してくれます。

──日本で映画を観る場合の理想的なサウンドデザインとは?

濱口:一般的な日本映画の場合、多少、行き当たりばったりの音響設計になっていることが多い気がします。音楽をべったり貼ったりとか、環境音を付けておけば良いだろう的な。声を聞かせるのと、ノイズを聞かせるのを同時にやるわけですが、どっちもちゃんと聞こえるというにサウンド設計しておくことが大事なことですね。

先ほど少し、カメラが捉える体のサインの話をしましたが、基本的に体に起きていることは、カメラはフレームの範囲内に関しては全部捉えてしまいます。それは拡大すれば、当然より良く見えるし、撮影現場では思いもよらなかったことも見えてしまいます。だから、どんな大きなスクリーンで観られても問題がないように、現場でやることを、ひたすらちゃんとやるようにしています。限界まで、よく見ようとすること。音も同じことで、大音量ではごまかせずに聞き取られてしまうことが多くあります。なので、できるだけ何度も聞き返しながら、細かい部分まで聞こえてくるように努力しています。》

 

44「濱口竜介監督インタビュー!『ドライブ・マイ・カー』の“サウンド”に込めた狙いと“特別な”村上春樹作品への想い」より。

《――監督は今までも音にこだわりがあったと思いますが、『ドライブ・マイ・カー』では特にそれが感じられました。

濱口:基本的には、車のサーブ(SAAB)のエンジン音というのが基本の音になっていて。あれを聴いているのがすごく気持ちいい、というのがあったので、その音がベースになっています。また、いくつかの場所を移動していく中で、東京と広島で鳴っている音が違うし、広島の音も都市部と島では違う。そして後半、別の場所に行くと無音のような空間もある、という感じですね。

――あの無音の空間がすごく印象的でしたし、いわゆるアンビエントサウンド(環境音)やルーム・トーンと言われるバーや室内の音も印象的ですね。普段はそういう音の存在は頭ではわかっていても、映画を観ながらあまり意識しないことが多いのですが、それが邪魔にならずに、なおかつ、そこにある音の存在を意識することが出来た。この音の素晴らしさが発見でした。

濱口:それは本当にありがたいですね。野村さんがやっているのも、そういうことなんです。日本ではセリフ、効果、音楽の担当者が個別に主張しつつ整音するという現場が多かったようです。3人が思い思いで“この音を聴かせたい”というのではなくて、それをミキサーの感性で総合的に音をミックスする、ということを野村さんはすごく考えていらっしゃった。その成果だと思います。もちろんセリフがすごく大事だということは前提として、その中で環境音というものがどう共存できるか、ということを配慮していただいたと思います。

――主人公の妻の名前が音(おと)というのは、やはりここに関係があるのですか?

濱口:いやあ、本当にダイレクトな名付け方というか(笑)。もちろん名付けた時に、大丈夫かなとは思ったんですが、変えられなかった。音の話であり声の話でしかあり得ない、という感覚があったからと思います。》

 

ちなみの、家福が音の不貞行為を目撃してしまうときにレコードから流れてくる音楽はモーツァルト「ロンド ニ長調 K.485」。ロンド形式とは異なる旋律を挟みながら、1つの主題を何度も繰り返す形式。

 

<家福(かふく) 音(おと)/霧島れいか

6《霧島さんの声はとても魅力的で、ずっと聴いていられるんですよ。嫌味なところがまったくないというか、“余計な意図”が感じられない。だから家福も聴いていられるんだと思うんですけど。彼女の声が流れていることで、あの車がどういう空間なのかもわかる。》

 

21《三浦哲哉:家福音のキャラクターは人間関係の要だからこの映画にとってすごく大事ですよね。彼女の描写でこけたら映画の骨格が揺らぐじゃないですか。おそらく細心の注意を払われたと思うんですが、キャストが決まってから当て書き的にどれくらい調整したんでしょうか。

濱口:ええ、細心の注意を払いました。当て書きというか、キャスティングが決まってから変えた部分はそんなに多くないんです。本読みをした結果で語尾とかは変えたりしますけど、内容に関してはほとんどそのまま。リハーサルには本読みに慣れてもらうっていう目的もあるし、家福と音の関係性を二人に理解してもらう目的もあるので、西島さんと一緒に自分たちの過去についてのテキストっていうのを作ってもらったりしました。たとえば娘が死んだあとの場面だとか、大学時代で二人が演劇サークルで出会った場面だとか、そんなにドラマティックなものではなく、ごく普通の会話を本読みして演技するっていう練習も兼ねてやってもらったんです。そうすれば二人の間で共有されるいろいろな記憶ができるんじゃないかと。

 もうひとつは『ハッピーアワー』のときに開発した「17の質問」〔映画におけるキャラクターの来歴、心情、関係性について記された脚本以外のテキストを濱口竜介監督は総称して「サブテキスト」と呼び、「17の質問」はその一つとして『ハッピーアワー』制作につながる「即興演技ワークショップ」内で発明されたもの。キャラクターに対し「幸せですか/それはなぜですか/何が大切ですか……」といった17の質問を与え、それに対しキャラクターの立場に立って答えを用意することで、その造形に深みをもたらすことを狙った手法。詳細は『カメラの前で演じること』(左右社)17-18頁を参照〕ですね。これは自分自身がシナリオを書く上でも多少助けになるんで、自分がどういうキャラクターを想定しているのかを理解するために、まず自分で書いてみる。ちゃんと見せられるものに整えてから、これを役者さんに渡して、「これは僕の考えたことなんでぜんぜん違うと思うんですけど」と伝えつつ、「ちょっとこれを自分でも考えてください」とメインキャラクターのキャストには全員やってもらってます。

 で、考えてもらうモチベーションとしてもアウトプットの場が必要で、確か霧島さんと岡田くんにはちょっとだけ互いにインタビューし合う〔役者同士が自身の配役を演じながらお互いにインタビューを行うことで配役への理解を深める、という方法も先述した「即興演技ワークショップ」内で発明されたものとのこと。その試みの厚みを高めるために、先に記したいくつかの「サブテキスト」が大きな力となったという。『カメラの前で演じること』16-17頁などを参照〕ってこともしてもらいました。ただ、それでもやっぱりこの音という女性を演じる上では難しいところは残るので、霧島さんは岡田さんとも楽屋で出会って会話をするといった場面の本読みとリハーサルをしてもらったり、そこにプラスして「たとえば二人の間にはこういうことがあったんじゃないか」という内容の書かれたサブテキストを渡してます。そういうのが演技の基盤にならないかな、と。

三浦:なるほど。音役にはカリスマ的な人物をあてたい、というのが普通の発想だと思うんですよ。理想を言えばケイト・ブランシェットのような女性がいて、みんながその人を崇拝するという感じであればわかりやすい。でもこの映画の音という人物像は、あくまで関係性で成立してるのが本当に素晴らしい。そこで伺いたいのは、岡田さんが演じる高槻との関係は、サブプロットを作る段階でどれぐらい踏み込んだのかなんです。二人が肉体関係を持っていたのかどうかが中盤の、家福と高槻の会話劇の焦点になるわけじゃないですか。これは演出の水準ではどうしていたのかなと。

濱口:岡田さんへの演出としては「高槻が音と関係を持ったかどうかはわかりません」と伝えてます。実際、家福が浮気現場を発見するシーンで、霧島さんは(岡田さん以外に)別の男性キャストとも浮気現場の場面を演じてます。「編集上どっちを使うかわかりません」と岡田さんにも伝えていまして、「関係があったかもしれないしなかったかもしれない」ということを前提にいました。先ほどお話ししたように、リハーサル段階では高槻と音は会話程度の関係性しか作っていなくて、高槻が音を素敵だなって思うぐらいのステージに留めていました。とは言ってもこういう話の展開だとやっぱり関係があったんじゃないかと岡田さんは認識してしまうと思うので、「セックスではないけれどこういうシチュエーションで音の話を聞くはあった」という内容のサブテキストを渡して、それも合理的に起こりうると伝えています。後々の話になりますけど、高槻の演技についてはテイクごとに「いまのはちょっと関係があったっぽく見える」とか「ちょっといまのはイノセント過ぎる」みたいなことを話し合っていて、最終的にはそれを編集も含めて調整しているんです。岡田くんにとっては正解がなさすぎて申し訳なかったですが、結果的に曖昧さを保ったまま、とても素晴らしく演じてくれたと思います。1度観た人の解釈の多くは高槻と音は関係があったという意見に落ち着きがちですけど、いやいや、はたしてそうでしょうか……というのは言っておきたいところです。》

 

43《──この小説には、真ん中に妻の「不在」があり、それはある意味主人公よりも大きな存在です。その大きな穴のようなものを映像化するのは、チャレンジだったのでは?映画では、霧島れいかさんが演じる妻・音を登場させていますね。

濱口:映画では、実像を出さない限り、存在をビビッドに感じることはできないので、妻の音を描くことは自然な決断でした。「不在」を表現するためには、映像においては「実在」を描くべきだと思いました。誰かに語られる物や人は、基本的に実像から離れています。誰かに語られた時点で、その人の肉体ではないわけです。一方で、実像を撮るということは、本人が(スクリーンに)登場するということ。家福が何を語ろうと、実像の方が(観客にとって)重くなります。映画において、言葉を用いた「語り」というのは相対的に弱いものであって、原作の通りに語りのみで構成すると、家福が音について語っていることがかなり突拍子もないので、本当にそうなのかという疑問が残ったでしょう。

──映画では音は、より主体性をもって登場しますが、音の人物像をどのように作り上げていったのでしょうか。

濱口:音は理解し難い存在ですが、生身の役者さんに演じていただく以上、ある程度理解の糸口がないと演技はできません。演じた霧島さんと共有したのは、二人にとって娘を亡くしたというのが決定的なターニングポイントとなって今に至っているのだろう、ということでした。原作だと家福の視点で語られた「妻」だけが出てくるのですが、実際にこの女性を見ていれば、観客が、家福が言うことに「それは違うんじゃないの?」という視点を持つこともできます。その観客の違和感のようなものが、家福の気づきとともに解消されるようなところまで話をもっていこうとしました。》

 

44《――霧島れいかさんが音を演じていますが、同じく村上春樹さん原作の『ノルウェイの森』のレイコのイメージがあるせいか、どこか村上ワールドの匂いがしますね。

濱口:音は、ぜひとも素敵な人にやってもらわねばならない役だ、と思って霧島さんにお願いしました。『ノルウェイの森』もやられていたので、それが吉と出るか凶と出るかは判断つかないところがあったんですが、霧島さんにお話をしたら「すごくやりたい」と言っていただいて。とてもリスクのある役でもあるのに。》

 

<エモーション>

30《──ラスト近くの長回しに関してもお聞かせください。実は最初に見たとき、西島さんの演技にそれまでと違う印象を受けて、少し戸惑ったんです。物語の流れからすれば違ってないとおかしいのですが、俳優が俳優を演じる「演技の二重化」とも異なる、何か独特のエモーションが宿っているように感じました。

濱口:撮影現場で感じていたことを素直に言うと「西島さん、本当に繊細にやってくれた」ということです。あの雪山の場面は、企画開発初期のプロットの段階からセリフも含めて書いていて、何というか複雑な構造を持つこの物語を「誰にでも届く」ものにしてくれるものだと感じました。プロデューサーたちが、この企画がいわゆる「商業映画」として成立すると判断するうえでの拠り所にもなっていたと思います。だからこそ、すごく危険なセリフでもあって、もっと大きく演じられてしまう可能性もありました。でも実際の演技を観ながら、僕が撮影現場で感じていたのは、西島さんが一言一言を自分にとって嘘にならないよう、それこそテキストと自分の「折り合い」をつけながら進んでいっているような感覚でした。それは家福というキャラクターにとっても必要なことだと思えた。撮影現場でも感動しましたが、先日のカンヌ映画祭で観客と一緒に観た時に改めて自分でも感動しました。何というか、西島さんがこの役を演じることを、自分自身にとってもとても重要なものとして感じてくれていたんだな、と思いました。あそこには過剰な形ではない、正確なエモーションと呼びたくなるものがあると感じています。》

 

12《野崎:雪の中でのシーンは第一のクライマックスだと思いますが、すでに我々は冒頭のベッドシーンや車の中で、あれだけすごい語りを見せられています。それが雪の中での語りとなると、今度は二人とも突っ立ったまま延々と台詞を言っている、という感じが強く出てしまう可能性がありますね。演出家としてはこの困難にどういう覚悟で臨まれたんでしょう。

濱崎:たしかに一番怖いところではありましたね。いかにも日本映画的と言うとあれですが、説明的になりかねない台詞の積み重ねで、感情的な解決まで果たして到れるか。他に何の仕掛けもなく、とにかくこれでやるしかないと。個人的には、この場面が二人にとっての舞台のように見えたらよいと思っていました。「演技」にしか見えないかも知れない。でも、これは彼らが生きるために必要な言葉なんです。

 俳優の最良の演技はまさにそういう言葉として響きます。それが起きれば、この困難も克服できると思いました。》

 

 ベタな雪山のシーンのシナリオ。トタン屋根がわずかに土から露出している小高い場所で、母にはサチという別人格があった、とみさきが語り始める。ここにも「演技」という言葉が出てくる。

32《77 北海道・みさきの家の跡地(昼)

(前略)

みさき「母が本当に精神の病だったのか、私をつなぎとめておくため演技をしていたのか、わかりません。ただ、仮 に演じていたとしても、それは心の底からのものでした。サチになることは、母にとって地獄みたいな現実を生き抜く術(すべ)だったんだと思います」

  土にタバコを差し込む。煙を出すタバコを見つめる。

みさき「地滑りが起きたあのとき、私は母が死ぬことは、つまりサチが死ぬことだと理解していました。それでも、私は動かなかった」

  みさきは立ち上がり、手をはたく。斜面を登る。

  家福が手を差し伸べる。

みさき「汚いです」

  家福はそのまま手を差し伸べる。みさきはその手を握る。家福はみさきを引き上げる。無言の二人。

  みさきは、家福の手を離さずに言う。

みさき「家福さんは、音さんのこと、音さんの、そのすべてを、本当として捉えることは難しいですか?」

  家福はみさきを見つめる。

みさき「音さんに何の謎もないんじゃないですか。ただ単にそういう人だったと思うことは難しいですか。家福さんを心から愛したことも、ほかの男性を限りなく求めたことも、何の嘘も矛盾もないように私には思えるんです。おかしいですか」

  家福は答えられない。みさきは手を解く。

みさき「ごめんなさい」

家福「僕は、正しく傷つくべきだった。本当をやり過ごしてしまった。僕は、深く、傷ついていた。気も狂わんばかりに。でも、だから、それを見ないフリをし続けた。自分自身に耳を傾けなかった。だから僕は音を失ってしまった。永遠に。今わかった」

  みさきは家福を見つめる。

家福「僕は、音に会いたい。会ったら、怒鳴りつけたい。責め立てたい。僕に嘘をつき続けたことを。謝りたい。僕が耳を傾けなかったことを。僕が強くなかったことを。帰ってきて欲しい。生きて欲しい。もう一度だけ話がしたい。音に会いたい。でも、もう遅い。取り返しがつかないんだ。どうしようもない」

  みさきは首を振り、家福を抱きしめる。

  家福は肩を震わせる。みさきは肩に顔をつける。

  家福は顔を上げる。家福がみさきを抱きしめる。

家福「生き残った者は死んだ者のことを考え続ける。どんな形であれ。それがずっと続く。僕や君は、そうやって生きてかなくちゃいけない」

  強く抱き合う二人。

家福「生きていかなくちゃ」

  家福はみさきの背中を強くさする。

  みさきも家福を強く抱きしめる。

家福「大丈夫。僕たちはきっと、大丈夫だ」

  二人は同じ方向にそっと目をやる。》

 この最後の「生きていかなくちゃ」は、次のシーンとなる本公演舞台の最後の、ソーニャ(ユナ)の「生きていきましょう」に対応する。

 

31「『ハッピーアワー』濱口竜介監督インタビュー「エモーションを記録する」」より。

《——最近の濱口監督の作品を拝見していると、見えないものに対する興味が非常に強いように感じるんです。『親密さ』や『不気味なものの肌に触れる』にしても、タイトルだけ見てもカメラに映るものでは決してないわけです。『ハッピーアワー』で言うと、途中にいなくなってしまうある人物が他の人物たちにその後もずっと影響を与え続けます。見えなくなったものが登場人物たちを縛りつけるとさえ言ってもいいかもしれません。

濱口:この大構造が何から発想されているかというとジョン・カサヴェテスの『ハズバンズ』なんです。4人の親友同士の男性がいてひとりが死んでしまう。残りの3人が三日三晩遊び回るわけですけど、そのときに遊べば遊ぶほど、騒げば騒ぐほど、観客には悲しみが体感されるということが起きるような気がしました。そのとき僕は映画の中に、人生よりもずっと濃密な感情を見たような気がするんですね。僕は『ハズバンズ』というものに、もしくはすべてのカサヴェテス作品に「エモーション」を感じるわけです。そして、実のところそれを見なければきっと映画を作るという選択肢自体そもそもなかったような気がします。このエモーションというものを追求しない限り、僕には映画を作る意味というのはないんです。そうきちんと思えるようになったのは最近のことですけど。なので、答えになるかはわからないんですけれど、エモーションというのは当然見えないんだけれど、見えるもの、聞こえるものを通じて感知されるものだと思うんです。その点では、風みたいなものですね。映画の中で木や衣服が揺れたら風が見えなくても、「風が吹いてる」って思うでしょう。それは実は観客の中に吹いている。同様にエモーションが観客のうちに生まれるのも、見ているもの、聞いているものを通じてです。『ハズバンズ』みたいに設定が見え方に影響を与えることも、もちろんあります。でも、間違いなく僕は演じているベン・ギャザラやピーター・フォークを通じてエモーションを感じた。

 つまり、演者を通じてエモーションは現れる。そのためには映っている演者の身体をその次元に至らせないといけない。どうやったら常にそれが起こるかというのは未だにわからないです。それでも、演者の身体から生まれてくるようなエモーションを直に捉えたいということはずっと考えています。演者を介してエモーションが観客のうちにまで生まれるということは、他者でしかない人と人の間に「つながり」が生まれるということです。センチメンタルな言い方になりますけどそうなんだと思います。それは例えばジーナ・ローランズや『東京物語』の原節子が見せてくれたものだとも思います。それは人の人生を変えるぐらいの体験なんです。僕もまた、エモーションを直接的に撮りたい。作劇ということはもちろん重要なんだけど、究極的には風を撮るみたいにエモーションを記録したい。そういう、すごく単純な欲望があります。》

 

37「石橋英子×濱口竜介インタビュー「素晴らしい映画音楽は隠されたエモーションを引き出してくれる」より。

《濱口:音楽はやっぱり、映像以上に観客の心情と密接であり得ますよね。(ジョン・)カサヴェテス映画の音楽を手がけているボー・ハーウッドという作曲家がいて、映画におけるエモーションを音楽が全く邪魔しないんですよね。ハーウッドはカサヴェテスと一緒にサウンドデザインもやっていたらしく、ゴダールみたいに『ここだ!』ってタイミングで音楽が入ってくる。『こわれゆく女』(1974)でジーナ・ローランズが子どもをバス停で迎えるシーンでかかるのが、爽快な音なんです。それがその空間全体を表しているようでもあり、入ってくる1音で雰囲気を変えることができている。あの感じはなかなか出せないなと。ボー・ハーウッドは今に至ってもそこまで有名な音楽家ではないと思いますが、ぜひもっと再評価されてほしいです。

石橋英子:結構埋もれている映画音楽家は多いと思います。でも映画の音楽として機能している以上、それは仕方のないことだとも思います。カサヴェテスは音色、音が出てくるタイミングなど、本当にジャストですよね。

濱口:音楽がそのシーンをつくっていくようなところもあるんだけど、それが全然過剰じゃなくて、この画面からこういう感情を読み取っていいんだと翻訳してくれる。そうやって、隠されたエモーションを引き出してくれるのが素晴らしい映画音楽なのではないかと思います。単に映像とその場で撮った音響を組み合わせただけでは表現できない部分を、映画音楽に助けに来てもらうみたいな。

石橋:私は人生の中でいちばん大事な映画が『オープニング・ナイト』(1977)なんです。10代のときに観て衝撃を受けて。最後の舞台上の、カサヴェテスとジーナ・ローランズのやり取りを見て、どんなに歳をとって経験を積んでもあのようにはみ出して踏み出して生きていかなきゃいけないんだと思いました(笑)。

濱口:僕も人が生きるってこんなにもポテンシャルがあるんだ、とカサヴェテスの映画を観て理解したというか。それは本当に現実を捉えてつくられたものであり、現実の中にそういう可能性があるということだから、すごく力付けられますよね。『ドライブ・マイ・カー』でも演劇を扱っていますが、『オープニング・ナイト』は話の流れとは全然つながらない演劇を即興でやっているんですよね。舞台にも観客が入っていて、実際の客席の反応があってラストシーンとして成り立っているし、強度を持つ。何より、実際の観客の前であの即興をする勇気がすごいなと。

石橋:破綻しちゃってますもんね。

濱口:そう。でもそこで突き抜けて、ジーナ・ローランズが演じる女優の生きる力が回復したと本当に感じることができる。だから、そこへの道は遥か先だなと。自分に時間がたっぷりあるとは思ってはいけないというか。カサヴェテスが『オープニング・ナイト』を撮ったのは、自分が生まれた年だったんですよね。たぶん撮影当時カサヴェテスは47歳くらいで、僕は今年43歳なので、そこまで年齢は変わらないんですよね。》

 

43《──例えば、ジョン・カサヴェテスは感情を引き出す演出に長けていることで、彼の作品での俳優の感情表現をひとつのロールモデルという若い俳優も多いですね。濱口さんとしては、同じことをやっていると思いますか?それとも正反対のことをやっていると?

濱口:それはどちらかと言うと、アメリカ人と日本人の違いではないかと感じています。例えば、フランス人はこんな風にしゃべるし、アメリカ人はこんな風にしゃべる、あるいは身体のふるまいによって出てくるものがありますよね。僕もジョン・カサヴェテスのような感情表現に非常に憧れた時期があるし、今も実際に憧れはあります。でもそれは、日本人の極めて抑制的な身体からは普通は出てこない表現だと今は考えています。日本人にそのような感情表現を課して表現してもらったとしても、かなり無理した形にしかならないから、あまり意味がありません。まずは自分たちが使っている身体を出発点にしないと、(良い感情表現には)辿り着けないでしょう。》

 

<脚本/テキスト/サブテキスト>

7「祝・カンヌ映画祭脚本賞! 映画『ドライブ・マイ・カー』濱口竜介監督インタビュー」より。

《もともと、脚本はなるべく共同で手がけたほうがいいというのが僕の考えです。複数の視点が入ったほうがいいだろうと。それでプロデューサーの山本晃久さんに相談したところ、それなら大江さんはどうか、と紹介していただきました。この作品は当初、韓国の釜山で撮る予定だったので、まずは山本さん、大江さんと僕とで釜山に行きシナリオ・ハンティングをしながら構想を練っていきました。そうして僕がプロットを書き上げ、大江さんにそれを見てもらい、その都度意見をもらいながら直していく。脚本も、基本的にそういう作業分担で進んでいきました。ただ、冒頭で妻の音が語る「やつめうなぎ」の話は、ここは他とはまったく別のものとしてあったほうがいいと思い、大江さんにまず書いていただきました。》

7《高槻という男は、決して観客にわからせてはいけない、複雑な部分がある。岡田さんにも高槻のキャラクターについては何度か話し合いましたが、結局は「わからないですよね」と言うしかない。その「わからなさ」が映画に必要なので。かといって単純に「わからないなりに演じてみましょう」とはできない。

 これは僕の他の映画でもそうなんですが、役者さんたちには、いつも脚本の他に役の背景や性格などが想像できるようなサブテキストをお渡ししています。岡田さんにも「高槻がこういうことを口にする背景にはこんなことがあったかもしれない」ということを書いたサブテキストを渡して拠り所があるようにしました。そういうふうに演技の環境をつくっていって、結果として岡田さんの演技は素晴らしかった。》

 

<会話/言葉>

7《なぜ会話劇か、ということには2つの理由があると思います。大前提として、会話を書くことで僕自身が書く物語を理解していくところがあるからです。プロットの段階では、「本当にこんな展開ありえるかな?」という思いがどこかにある。それが会話を書いていくことで「なるほど、こういうこともあるかもしれない」という気持ちに変わっていく。自分が書いているものが何なのか、会話を書くことでようやく本当に理解できるんです。

もうひとつは、自分がよく見ていた90年代くらいのある種の日本映画が、あまりにも“しゃべらなさすぎ”という感覚を自分が持っていたことです。実際は、我々はもっと会話をして生きていますよ、という思いが昔からありました。

沈黙の状態と、何かをしゃべっている状態。どっちが嘘がばれやすいかといえば、やはりしゃべっている状態です。だから役者にたくさん台詞を言わせることは、リアリズムの映画にとっては弱点にもなる。ただ、「本読み」の手法を始めてからは、その弱点を克服できるような、別種のリアリティが加わった気がしています。本読みというのは基本的に反復練習であり、それが役者の体に与えるものをこれまで探ってきました。その繰り返しのなかで、ふと役者から出てくる言葉やリアクションのリアリティに、毎回驚かされるんです。》

 

18「村上春樹の芯を食うために努力したこと 『ドライブ・マイ・カー』濱口竜介監督」より。

《我々の日常は、ルーティンから成り立っていて基本的には閉じられている。

 閉じているから安心できるけれど、閉じることで吹きだまることはある。

 言語化できない、なんだかわからないモヤモヤを、我々は少なからず抱えています。

 他人も同様に、別のルーティンのうちに閉じた状態にあって、互いにモヤモヤを抱えている。

 そんなある人とある人が出会ったとき、偶然それが新たな扉を開くことがある。

会話が互いのモヤモヤを解消するということがありますよね。

 「話せてよかった」っていうことは単純にあります。

 会話っていうのは言葉の意味だけをやり取りするのとは違います。

 他者と話して初めて引き出される言葉があるわけですけど、その言葉を通じて自分のモヤモヤした感情の正体をつかめることがある。

 本来なら同じ場所にはいないような二人が出会ってしまうということが、この映画では繰り返されます。

 偶然を通じて、出会うはずじゃなかった人が出会って、初めてこんな自分がいたんだと発見する。

 それが家福とみさきに起きていることです。

 劇中での西島さん演じる家福と、岡田将生さん演じる高槻の会話は、より激しいものです。

 会話というよりは、お互いがお互いの秘めた感情を出し尽くすように言葉をぶつけ合う場面です。

 ここでは言葉による解放があります。

 ようやく互いに抱えていた違和感を吐き出せている場面だとも思います。

 二人の演技も素晴らしい。》

 

30《──家福と岡田の対峙が終わり、みさきがその会話を受けてあるセリフを口にします。それは観客にもそう信じさせないといけない言葉で、傍観者的な位置にいた彼女が家福の人生に介入するポイントでもあります。そこで失敗すると、たとえ劇映画でも、そのなかのリアルが破綻するわけですよね。

濱口:脚本に書いた時点では、公園のリハーサルで家福が「いま何かが起きた」と言うのと同様に、「これは本当にそう聞こえるのか」と、かなり不安になりました。でもこういうのって、やっぱり脚本を読む役者やスタッフへの宣言でもあったと思いますね。ここはそうでなきゃいかんのだ、という。ただ、原作にある高槻の言葉は、そういうことを起こし得るものだと感じてもいました。あそこは原作では、高槻の言葉が「彼のどこか深いところから出てきた。演技でないのは明らかだった」というふうに、ある種の真実の響きを持つものとして家福に解釈されています。自分も読みながらそれをまさに感じた。描写によって説明されたからではなく、高槻の言葉そのものに、既に「ろ過」されたような印象があったんだと思います。それは、村上さんが執筆時にまさにそのような境地に至って書かれたからではないかと想像します。その感覚があったので、テキストをきちんと身体化して口にするときにそれは起きるのではないか、という期待があったんだと思います。実際にあの場面での岡田くんは素晴らしい。原作の核とも言える部分を素晴らしく表現してくれました。》

 

12《濱口:家福と高槻の対話シーンは、おっしゃったように、みさきが運転席で聞いていることがとても大事でした。原作と違い、家福と高槻は、バーでは決してああいうふうには話さない。彼女が聞いていることが、あの二人にドライブをかけている部分がきっとある。また二人のあの話を聞くことによって、みさきの物語内での地位も特権的なものになってくる。そうすることで、後に行われる家福とみさきのドライブがそれまでとは何か違うものを共有しているように見える。そうなってくれたらよいなと考えていました。》

 

 車内での、家福と高槻の対話シーンのシナリオ。「異界」が出現したような。

32《66 ~サーブ・走行車内(夜)

  無言の車内。高槻が口を開く。

高槻「家福さん」

高槻「僕は空っぽなんです。僕には何もないんです。テキストが問いかけてくる。そのことは、僕が音さんのホンに感じていた気がします。それを求めて、僕はここまで来たんです。だから、音さんが僕たちを引き合わせてくれたっていうのは、やっぱり本当です。やっとわかりました」

  家福は高槻を見る。そして車窓を見る。

  口を開く。

家福「僕と音の間には」

高槻「はい」

家福「娘がいた。四歳の時に肺炎で死んだ。生きていれば二十三歳だ」

  みさきがバックミラー越しに家福をちらと見る。

家福「娘の死で、僕らの幸せな時間は終わった。音は女優を辞めた。僕はテレビの仕事をやめて、舞台に戻った。音は数年間、虚脱状態だった。それが、あるとき突然、物語を書き始めた。いや、語り始めた。音の最初の物語は……、僕とのセックスから生まれた」

  高槻、家福をじっと見つめる。

家福「セックスの直後に、音は突然語り始めた。でも翌朝、彼女の記憶はおぼろげだった。僕は全部覚えていたから、語り直した。彼女はそれを脚本にして、コンクールに送った。それが受賞して、彼女の脚本家としての第一歩となった。セックスをすると時折、『それ』は彼女に訪れた。『それ』を語って、僕に覚えさせた。次の朝、僕が語り直す。彼女はそれをメモしていく。いつしか、それが習慣になった。セックスと、彼女の物語は強くつながっていた。一見関係がないような話でも。オーガズムの端っこから話の糸を掴んで、紡いでいく。それが音の書き方だった。すべてじゃない。でも、彼女のキャリアのピンチに、『それ』はいつもやってきた。その物語は、娘の死を乗り越えるための僕たちの絆になった」

高槻「……」

家福「僕たちは相性のいい夫婦だったと思う。生きて行くのに、お互いを必要としていた。日々の暮らしも、彼女とのセックスも、とても満ち足りたものだった。少なくとも僕にとっては。でも、音には別の男がいた。

  家福は高槻を見る。

  高槻は目を逸らし、みさきをちらと見る。

家福「彼女なら、大丈夫だ」

  目が合う家福とみさき。

家福「音は別の男と寝ていた。それも一人じゃない。おそらくは彼女が脚本を書いていたドラマの俳優たちと。一つの関係はドラマの撮影が終わると終わって、次のものが始まると、また別の関係が始まった」

高槻「……証拠はあるんですか」

家福「目撃したこともある。音は自宅に彼らを連れてくることもあった」

  高槻は家福を見ている。

家福「それでも僕は、彼女の愛情を疑ったことはないんだ。疑いようがなかった。音はすごく自然に僕を愛しながら、僕を裏切っていた。僕たちは確かに、誰よりも深くつながっていた。それでも、彼女の中に僕が覗き込むことができない、どす黒い渦みたいな場所があった」

高槻「家福さんはそのことを、音さんに直接聞いたことはないんですか」

家福「僕が一番恐れていたのは音を失うことだった。僕が気づいていることを知ったら、僕たちは同じ形ではいられなかったろう」

高槻「音さんが聞いてもらいたがっていたという可能性はないですか?」

家福「……君は何か、聞いているのか? 音から」

  家福は高槻を見つめる。車内に沈黙が降りる。

  高槻が口を開く。

高槻「僕が音さんから聞いた話をしてもいいですか?」

家福「ああ」

高槻「とても不思議な物語です。女子高生が、初恋の男の家に空き巣に入るんです」

家福「その話なら……、僕も知っている。前世がヤツメウナギだった少女の話」

高槻「そうです。少女は空き巣を繰り返し、自分の『しるし』をそこに置いていきます」

家福「彼女はある日山賀の家のベッドで自慰行為をしてしまう。誰かが帰ってくる。それが誰だかわからないまま話は終わる」

高槻「いえ。……終わっていません」

  家福は高槻を見つめる。

家福「君は、この先を知ってるのか」

高槻「ええ」

家福「じゃあ、誰なんだ。階段を昇ってきたのは」

高槻「もう一人の空き巣です」

家福「もう一人の」

高槻「はい、それは山賀でも父でも、母でもありませんでした。ただの空き巣です。そして、その空き巣は半分裸の彼女を見つけて、強姦しようとします。彼女はそこにあった山賀のペンを男の左目に突き立てました。彼女は必死に抵抗し、こめかみや首筋に何度も何度も、ペンを突き立てます。気がつけば空き巣はそこに倒れていた。彼女は空き巣を殺したんです」

  家福はふと、自分の頬に触る。

高槻「返り血を浴びた彼女は、シャワーを浴びて家に帰ります。(中略)」

  家福は高槻を見る。高槻は一息つく。

高槻「僕の知っている話はここまでです。話はこれで終わっているのかもしれませんし、続いているのかもしれません。後味のいい話ではないですけど、それでも僕はこの話を伺った時に、何か大事なものを音さんから受け渡されたような気がしました」

  家福は何も言えない。高槻は家福を見る。

高槻「家福さん」

  高槻は息を吸う。

高槻「僕の知る限り、音さんは本当に素敵な女性でした。もちろん僕が知っていることなんて、家福さんが知っていることの百分の一にも満たないと思います。それでも僕は確信を持ってそう思います。そんな素敵な人と二〇年も一緒に暮らせたことを、家福さんは感謝しなくちゃいけない。僕は、そう思います。でもどれだけ理解し合っているはずの相手でも、どれだけ愛している相手でも、他人の心をそっくり覗き込むなんて無理です。自分が辛くなるだけです。でもそれが自分の心なら、努力次第でしっかりと覗き込むことはできるはずです。結局のところ僕らがやらなくちゃならないことは、自分の心と上手に、正直に折り合いをつけていくことじゃないでしょうか? 本当に他人を見たいと思うなら、自分自身を深く、まっすぐ見つめるしかないんです。僕はそう思います」

  家福は高槻を見つめ、答えない。高槻はため息をつく。車内に再び沈黙が降りる。》

 

 次のシーン67で、ホテルで高槻が降り、家福はみさきの助手席に座りなおす。

32《68 サーブ・走行車内(夜)

  家福も、みさきも黙っている。

  車内の沈黙を破って、みさきが口を開く。

みさき「嘘を言っているようには聞こえませんでした」

  家福がみさきを見る。

みさき「それが真実かどうかはわからないけど、高槻さんは自分にとって本当のことを言っていました」

  家福は答えない。

みさき「わかるんです。嘘ばかりつく人の中で育ったから。それを聞き分けないと生きていけなかった」

  家福はタバコを取り出し、みさきに示す。

みさき「いいんですか」

家福「ああ」

  家福はタバコに火を点け、みさきのくわえたタバコにも火を点ける。タバコを吸う二人。

  家福は風を当てるようにサンルーフから手を出す。

  タバコを指に挟んだ家福の掌が風を受ける。

  みさきの手もサンルーフから出てくる。

  風を受けるふたつの掌。車は街を抜けていく。》

 

 音の語りの中で、彼女が山賀のペンを突き立てたのがもう一人の空き巣の左目だったことには注意を払ってしかるべきだろう。家福が自動車事故を起こしたのは、左目の緑内障による視野の狭窄(盲点)だったからであり、その話を聞いて「家福はふと、自分の左頬に触る」のだ、意識下で何か(音を理解できない盲点)が働いて。

 家福が終わっていると思った音の物語を高槻はいつ聞いたのかという問題がある。シナリオのシーン20で、音は家福とセックスしながら、前世がヤツメウナギだったと話し、山賀の家で誰かが帰ってくるのが誰かわからないまま物語は終わってしまう。シーン21の翌日の朝、「昨日の話」「覚えてる?」と音に聞かれた家福は「ごめん、昨日のはよく覚えてない。僕もほとんど眠っていたから」と嘘をついて家を出ようとすると、音は「今晩帰ったら少し話せる?」と家福に言う。シーン22で家福は音との対峙から逃げるように車内で時間をつぶす。シーン23でようやく戻ってきた夜、音が倒れているところを発見する。したがって、高槻が話した物語の続きは、家福が出かけていた昼間(シーン22の裏)、音が高槻に(セックスしながら?)話す(しかし、「今晩帰ってきたら少し話せる?」が、もし音の告白の予兆だとすれば、心理的には腑に落ちない)時間しか存在しえない。あるいは音は、家福に話す前に、続きも含めて物語をすでに高槻に語っていて、家福にはその前半部だけを死の前日に語ったというのか。単なるシナリオの時間的な齟齬かもしれないが、物理的な時間の窮屈さ、不自然さを感じさせない力があるとだけ言っておこう。

 

<喪失と再生/村上春樹

10インタビュー「いま、「弱さ」でしか男を描けない――村上春樹原作でカンヌ脚本賞受賞の濱口竜介監督が語る」より(以下同)。

《僕もその点(筆者註:主人公の男性が「女性に去られる」という設定)は、村上作品の面白さの一つだと思っています。今回の作品でもその設定をいただきつつ、「女性に去られた男性が自分と向き合う」までをきちんと描きたいと思いました。

「女性に去られる」というのは、未だに男性の根源的な恐怖でしょう。男性にとって自分が一番信頼していた他者である女性がいなくなってしまうのは、人生が土台から揺らいでしまうことです。もちろん、女性が男性に去られる場合もありますが、どこかニュアンスが異なる気がします。今回は男性が、そこからどう抜け出して人生を立て直すか。それがこの映画の基本的な運動になります。》

《その本(筆者註:『村上春樹河合隼雄に会いにいく』(「井戸を掘って掘って掘っていくと、そこでまったくつながるはずのない壁をこえてつながる」ことがコミットメント(人との関わり合い)の本質))は僕も好きで20代前半の頃読んでいました。特段そのことを意識して来たわけではないのですが、原作『ドライブ・マイ・カー』の中の「どれだけ理解し合っているはずの相手であれ、どれだけ愛している相手であれ、他人の心をそっくり覗き込むなんて、それはできない相談です。(中略)本当に他人を見たいと望むなら、自分自身を深くまっすぐ見つめるしかないんです」という岡田将生さん演じる俳優の高槻の言葉は、彼自身の深いところから発せられた言葉として家福に受け取られるし、村上さんが書かれたその高槻の言葉自体が、きっとそうなんだろうという説得力を持つものでした。

 なので、そのシーンは映画の中で実現したいと思いましたし、結果的に映画の核となる部分にもなりました。》

 

32《74 道路(夜)

  口を開く家福。

家福「音が死んだ日」

みさき「はい」

家福「出掛けに彼女が、『帰ってきたら話がしたい』と言った。柔らかな口調だったけど、決意を感じた。何の用事もなかったけど、ずっと車を走らせ続けた。帰れなかった。帰ったらきっと、もう同じ僕たちではいられないんだと思った。深夜に帰ると、音が倒れていた。救急車を呼んだけど、意識はそのまま戻らなかった。もしほんの少しでも早く帰っていたら。そう考えない日はない」

みさき「……私、母を殺したんです」

  家福、みさきを見る。みさきの次の言葉を待つ。

みさき「家が地滑りに巻き込まれたとき、私もそこにいました。私だけが崩れた家から、這い出すことができました。這い出したあと、しばらく半壊した家を眺めていました。そうしていたら次の土砂が来て、家は完全に倒壊しました。母は土砂の中から遺体で発見されました。私は母が中に残っていることを知っていました。なぜ助けを呼ばなかったのか。助けに行かなかったのか、わかりません。母を憎んでいたけど、それだけではなかったので」

家福「……」

みさき「この頬の傷はその事故のときについたものです。手術をすればもっと目立たなくできると言われました。でも、消す気になりません」

家福「もしも僕が君の父親だったら」

みさき「え」

家福「君の肩を抱いて言ってやりたい。『君のせいじゃない、君は何も悪くない』って」

みさき「……」

家福「でも、言えない。君は母を殺し、僕は妻を殺した」

みさき「はい」

  サーブが走っていく。》

 

14インタビュー「濱口竜介監督が明かす『ドライブ・マイ・カー』創作の裏側、「村上春樹の長編小説の手法を参考に」」より。

長編映画にするにあたって、村上春樹さんが長編小説でやられているようなことは意識をしました。村上さんのインタビューを読むのはとても興味深くて、大いに参考にした面もあります。複数の世界が同時に走っているような感じというか。一番わかりやすいのは本作の中にも登場した演劇『ワーニャ伯父さん』です。『ドライブ・マイ・カー』の世界と『ワーニャ伯父さん』の世界、そしてもう一つ、家福の妻の音が紡ぐ物語が同時進行しています。それがお互い世界の見え方をちょっとずつ翻訳し合って、多くは語られないキャラクターの内面まで示唆する。最終的にそれが一致していく、そしてなにか希望のようなところまでたどり着くという、村上さんが長編小説でやられるような手法が、結果的にですけれど、すごく参考になったと思います。》

 

18《僕は2016年に1年間ボストンに住んでいました。ハーバード大学ライシャワー日本研究所に、文化庁の支援制度を使って行ったんです。

 そのライシャワー研究所に村上さんも在籍されていたことがあったそうで「ここが村上春樹が走った道か」と思ったりしました。

 勝手ながら、どこにいても異邦人的な感覚があるのは似ているのかもしれないと思います。

 読んでいて、どこにいたとしても埋めることができない違和感みたいなものが、おそらくあるんじゃないかと。

 村上さんの文章は、その違和感を原動力にして、他者とのつながりをすごく求めるように書かれている印象です。

 村上さんの小説はファンタジー的な要素がふんだんにあるのに、リアリズムという印象を受けるのが不思議。

 「マジックリアリズム」的と評する人もいるようですけれど、ありえないことが繰り返されるのに、「あ、あるのかも」と納得してしまう。

 それは僕自身も目指すところではあります。》

 

 村上春樹の『ドライブ・マイ・カー』が収録された、4短編小説集『女のいない男たち』から、映画にアダプテーションされ、台詞となった重要なセンテンスをピック・アップする。

 

『ドライブ・マイ・カー』:

《「そのとおり」と家福は言った。「いやでも元に戻る。でも戻ってきたときは、前とは少しだけ立ち位置が違っている。それがルールなんだ。完全に前と同じということはあり得ない」》

《かなり長いあいだ高槻は黙っていた。それから言った。

「僕の知る限り、家福さんの奥さんは本当に素敵な女性でした。もちろん僕が知っていることなんて、家福さんが彼女について知っていることの百分の一にも及ばないと思いますが、それでも僕は確信をもってそう思います。そんな素敵な人と二十年も一緒に暮らせたことを、家福さんは何はともあれ感謝しなくちゃいけない。僕は心からそう考えます。でもどれだけ理解し合っているはずの相手であれ、どれだけ愛している相手であれ、他人の心をそっくり覗き込むなんて、それはできない相談です。そんなことを求めても、自分がつらくなるだけです。しかしそれが自分自身の心であれば、努力さえすれば、努力しただけしっかり覗き込むことはできるはずです。ですから結局のところ僕らがやらなくちゃならないのは、自分の心と上手に正直に折り合いをつけていくことじゃないでしょうか。本当に(・・・)他人を見たいと望むのなら、自分自身を深くまっすぐに見つめるしかないんです。僕はそう思います」

 高槻という人間の中にあるどこか深い特別な場所から、それらの言葉は浮かび出てきたようだった。ほんの僅かなあいだかもしれないが、その隠された扉が開いたのだ。彼の言葉は曇りのない、心からのものとして響いた。少なくともそれが演技ではないことは明らかだった。それほどの演技ができる男ではない。》

 

『独立器官』:(言及されないが)

《「そして僕は思うのですが、僕らが死んだ人に対してできることといえば、少しでも長くその人のことを記憶しておくくらいです」》

 

『木野』:

《「僕もやはり人間だから、傷つくことは傷つく」と木野は答えた。でもそれは本当ではない。少なくとも半分は嘘だ。おれは傷つくべきときに十分に傷つかなかったんだ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)、と木野は認めた。本物の痛みを感じるべきときに、おれは肝心の感覚を押し殺してしまった。痛切なものを引き受けたくなかったから、真実と正面から向かい合うことを回避し、その結果こうして中身のない虚ろな心を抱き続けることになった。》

 

<『ワーニャ伯父さん』>

14《(筆者註:『ワーニャ伯父さん』が置かれた理由は)原作に書かれていたからです。そして明らかにワーニャは家福と、ソーニャはみさきと対応付けられています。読んでいるうちに、それを意義深く思うようになりました。村上さんも、意識的にかはわからないけれど、その対応関係があってこの原作にこの戯曲のことを書き込んでいるように感じました。そもそも自分が『ドライブ・マイ・カー』をやりたいと思った理由は、『演じること』を取り扱っているからでした。演じるということはなんなのか、未だによくわからないんです。台詞やト書きは脚本家なり劇作家が書いたものです。つまりは役者は基本的に『言われたことをやっている』というのが演技の実態です。役者自身にはそれをやったり言ったりする内発的な理由がない。それが、本当に稀に、信じるに値する演技を目にすることがあります。ある人が、まったく違う人格として振る舞い、言葉を発するのを見て、それを信じざるを得ないような心境になる。このメカニズムって一体なんだろう、それはまだ全然わかっていない。そのメカニズムについて考えたいんだけど、それを商業映画の枠組みでやるのは難しいことです。ただ、原作自体がそれを扱っているので、おもしろい物語を作ることを試しつつ、演技のメカニズムについて考えられる。それがこの物語を選んだ最も大きな理由の一つです。》

 

15「カンヌで4冠受賞!『ドライブ・マイ・カー』濱口竜介 × 三宅唱 × 三浦哲哉 鼎談」より。

《『ワーニャ伯父さん』の上演されるのも観ていたし、戯曲も読んでもいたんですが、ものすごく印象に残っている劇でもなかったんです。でも『ドライブ・マイ・カー』を読んで、家福がワーニャを演じるという前提で『ワーニャ伯父さん』を読んでみると、想像がどんどん膨らんでいって。家福がこれを演じるのはつらいだろう……という視点で読んだときに改めて、チェーホフのテキストの強度や普遍性に打たれる体験をしました。誰が思ってもおかしくないようなことがセリフになっている。みんなの根っこにそのまま届くような「すべての人の言葉」とでもいうものが、ここには書かれている、と気づきました。この映画が約3時間になった理由として、チェーホフのテキストにものすごく引っ張られたっていうのがあると思います。》

 

18《原作で主人公・家福は俳優である、そして(三浦透子演じる)みさきは運転手である、と示されているんですけど、運転手は車を運転するのでいいとして、では俳優は具体的に何をするのか。

 原作の中で、家福が「ワーニャ伯父さん」を演じると書いてあって、ここに注目しました。

 僕の前作映画『寝ても覚めても』ではチェーホフの「三人姉妹」をちょっとだけ引用しているんですけど、その頃からチェーホフには興味を持っていました。

「ワーニャ伯父さん」は観劇もしたし、原作を読んだことも多分あったんですけど、あらためて家福が演じるという仮定で読み始めたら「これは面白い」と。

 多くを語らない、家福という人の内面を示すものになると思いました。

 映画の中で、村上さんの文章をそのまま使う部分はほぼないんですけど、チェーホフの戯曲はむしろそのまま引用しました。

 「チェーホフ」のテキストの強度や場面が、この映画を違う次元に押し上げてくれました。

 最初「ワーニャ伯父さん」はディテールでしかなかったけれど、やがて本筋となって、最後のシーンにつながっていきました。

 起承転結での「結」の部分を、チェーホフの「ワーニャ伯父さん」が担うことになったんです。》

 

30《──劇中劇の演目であるチェーホフの『ワーニャ伯父さん』のテキストは、多くのシーンに使われています。これはどう振り分けたのでしょうか。テキストが「強い」ぶんだけどこにでも使える、あるいは慎重な作業が求められたのではないかと想像しました。

濱口:結局、普遍的な部分を選ぶ、ということだと思います。端的に言えば「これ、俺じゃないか、私じゃないか」と思ってしまうような場面が核になります。照明助手で来ていただいた方が、スタッフ間で話していたときに「いや、もう、(自分たち)皆ワーニャでしょ」と言ったらしくて、それはすごく納得できる気がしました。ワーニャって本当に情けない、悔やんでばかりの人間で、思っていたとしても口に出すのが憚られるようなことばかり言うし、彼自身も後でそのことを恥じたりもする。それはエレーナやソーニャもそうですが、誰もが腹の底で感じているけど口には出せていないような感覚が、あの戯曲ではあられもなく言語化されています。読んでいてそういう箇所にたどり着くたびにメモしたりすると、自然と当時のロシアの風俗に関わる部分は捨象されて、今の日本で誰かが思っていたとしてもおかしくない言葉が残る、という感じだったと思います。

 あとはメインの物語で流れている感情との関わりですかね。たとえば嫉妬であったり、苦悩であったり、その言葉が口にされることで、自身のことを語ることの少ない登場人物たちがより立体的に見えるようなものを選びました。

 最後まで悩んだのは、車のなかで響く音の声です。ここはいかようにも編集の可能性があったので、霧島さんにもすこし多め・長めに録音してもらったものを、先に言ったような立体性を目指しつつ、『ワーニャ伯父さん』の内容も少しわかるよう、補完的に配置していった、という感じです。》

 

『ワーニャ伯父さん』の台詞は、車の中で響く音の声、葬式直後の舞台、2年後の広島でのオーディション、本読み、立ち稽古、舞台稽古、本舞台で口に出される。車内と舞台の、ある場面で特定の台詞が口にされて意味を持ち、しかも反復されることで意味が深まり、映画のライトモティーフを表象する。いかに巧みに引用されているか、シナリオを追ってゆこう。

なお、原作(クレジットにあげられた4チェーホフ『ワーニャ伯父さん/三人姉妹』浦雅春訳(光文社古典新訳文庫))とシナリオの台詞の差は少ないが、あえて言えば簡略化の方向にある。

 

32(以下、同)《6 家福のマンション・居間(早朝)

(前略)

音 「これ」

 音がカセットテープを手に持って、家福に差し出す。

音 「『ワーニャ伯父さん』」

家福「ああ」

音 「吹き込んどいたやつ。もう要るでしょ?」

家福「ありがとう」

  二人はまたキスをする。(後略)》

シーン6ではじめて『ワーニャ伯父さん』という名前が出てくる。この時点では二人の間には仲睦まじさしか感じられない。

 

7 走行車内(午前)

  信号で止まるサーブ。家福はポケットからカセットテープを取り出す。テープを車のデッキに入れる。

  再生すると、音の声が流れてくる。

音の声「どうぞ、おひとつ。……何だか飲む気がしないな。……じゃあ、ウォッカに?

  複数の声色を微妙に使い分けて、複数人を表現しているが、過剰ではない。

  •     *     * 

  車は高速に乗っている。家福は運転しながら、無感情に自分の台詞を暗唱する。

家福「誰にも僕の気持ちはわからない。夜も眠れない。悔しさと、怒りで。むざむざ時間を無駄にした。その気になれば、僕だって、何でも手に入ったのに、この年になったら、もう無理だ

音の声「おじさん、つまんないわ。そんな話

  •     *     *

  サーブは、成田空港に近づいていく。

音の声「お前、なんだか以前の自分の信念を責めているようだね。でも悪いのは信念じゃありません。悪いのはお前自身です」》

「どうぞ、おひとつ」は『ワーニャ伯父さん』の第一幕冒頭のマリーナ(年老いた乳母)とアーストロフ(医者)の台詞であるから、これから『ワーニャ伯父さん』が始まると意識される。

次いで、家福の声と音の声が、ワーニャとソーニャに対応し、台詞の言葉は『ワーニャ伯父さん』のテーマの基調を暗示させて、観るもの、聴くものに届いて来る。これが映画の基調でもあると、すぐ後に続くシ-ン11の音の不貞シーンで感じられる、というようにサスペンスめいた展開で観客を後押しする。

 

シーン21で、音が「今晩帰ったら少し話せる?」と聞くと家福は「もちろん。何でわざわざそんなこと聞くの」と答える。

22 東京の街・走行車内(昼)

  車を走らせる家福。

  台詞を呟きながら、運転をしている。

音の声「あの人は、それで身持ちはいいのかい?

家福「そう、残念ながら

音の声「どうして、残念ながらなんだ?

家福「それは、あの女の貞淑さが徹頭徹尾まやかしだからさ。そこにはレトリックがふんだんにある。が、ロジックはない

  ゆっくりと、時間を稼ぐように走らせる家福。

  •     *     *

  夜になっても、家福はまだ運転をしている。

  赤信号で止まる車。

家福「……人生は失われた、もう取り返しがつかない。そんな思いが昼も夜も、悪霊みたいに取り憑いて離れない。過去は何もなく過ぎ去った。どうでもいい。しかし現在は、もっとひどい。ぼくの人生と、愛は、どうしたらいい? どうなってしまったんだ……

  クラクションが鳴らされる。

  信号は青に変わっている。車を発進させる家福。

音の声「あなたが愛だとか、恋の話をされると、私、頭がぼーっとして何をお話すれば良いのかわからなくなるの

  •     *     *

  家福のマンション駐車場。

  サーブは自動ドア前で待つ。ブザーが鳴り響く。

音の声「あー……くわばらくわばら

家福「ソーニャ、なんてつらいんだろう。この僕のつらさがお前に分かれば

音の声「仕方ないの。生きていくほかないの。ワーニャ伯父さん、生きていきましょう

  家福はポケットから目薬を取り出し、左目に差す。

  パーキングのドアが開き、サーブは中に入っていく。

音の声「長い長い日々と、長い夜を生き抜きましょう。運命が与える試練にもじっと耐えて、安らぎがなくても、ほかの人のために、今も、年を取ってからも働きましょう。そして最期の時がきたら大人しく死んでゆきましょう。そしてあの世で申し上げるの、あたしたちは苦しみましたって、泣きましたって、つらかったって

  車外でブザー音が鳴り響き続ける。》

  

「身持ちはいいのかい?」「あの女の貞淑さが徹頭徹尾まやかしだからさ」の言葉が家福の心の中で音に向かっている。

「長い長い日々と、長い夜を生き抜きましょう」は劇の最後の台詞であり、かつ映画の終盤、今度は本舞台で演じられる台詞でもあって、ここで一度聴かせておくことで、効果を上げるだろう。そして、劇の最後までテープを回していたことから、長い時間、家福が車を乗り回して家に帰ろうとしなかったかがそれとなくわかる。次の23のシーンで、家の中に入った家福が倒れている音を発見することで、よりドラマチックに残響してくる。

 

25 劇場(昼)

  『ワーニャ伯父さん』第一幕。ワーニャを演じる家福。アーストロフを演じるドイツ人俳優。テレーギンを演じるマレーシア人俳優が舞台上にいる。

(中略)

家福「ああ、そうとも、大いにやっかんでいるさ!

  家福、大きく息を吸い込む。台詞が出てこない。

家福「……やつの最初の細君、つまりぼくの妹だけれど、それはすばらしい、やさしい女性だった。……その妹は、やつのことを心底愛していたよ。汚れを知らない崇高な人間が天使を愛する愛し方だった。……で、やつの後妻というのが、君たちも今しがた見かけたとおり、美人で聡明な女性だ。……どうしてなんだ?

  家福は、アーストロフ役を見る。アーストロフ役は戸惑う。

アーストロフ役「(ドイツ語)あの人は、身持ちはいいのか?

家福「そう、残念ながら

アーストロフ役「(ドイツ語)どうして、『残念ながら』なんだ

家福「それはあの女の貞淑さが徹頭徹尾まやかしだからさ……

  家福は大きく息をつき、舞台袖にはけてしまう。

テレーギン役「(マレー語)ワーニャ、そんなことを言わないでおくれ、頼むよ……

  相手のいないテレーギン役は二の句が継げず、アーストロフ役と目を見合わせる。

アーストロフ役(ドイツ語)黙れ、このあばた面

テレーギン役「(マレー語)いや言わせてもらう。私は妻に逃げられた。別の男と結婚式の翌日に。私が、平凡だから

  舞台袖で、頭を抱える家福。》

 舞台でワーニャを演じることの苦しみが示される。バーでの高槻との会話で、家福は「チェーホフは、恐ろしい」「彼のテキストを口にすると、自分自身が引きずり出される」「そのことにもう、耐えられなくなってしまった。そうなると僕はもう、この役に自分を差し出すことができない」と語り、のちに逮捕された高槻の代役として家福自身が演じたらと提案されるや、「無理です」と答えることとなる。

テレーギンもまた「女のいない男たち」の一人である。

 

27 アヴァン・タイトル

  夜。部屋の電灯に照らされた音の唇が呟く。

音 「私は思うの。真実というのは、それがどんなものでも、それほど恐ろしくはないの。いちばん恐ろしいのは、それを知らないでいること……

  回るカセットテープ。テープの回転とサーブ900の車輪の回転がディゾルブする。車を走らせる家福。》

 ここだけ、音の声だけではなくて、暗闇の中で電灯に照らされ、幻影か回想のように音がテープに台詞を吹き込むシーンが映像化されることから、この音の言葉「いちばん恐ろしいのは、それを知らないでいること」の重要性が強調されている。

 

39 劇場・オーディション会場(稽古場)(午前)

  立ち上がり、見つめ合う高槻とジャニス。高槻がジャニスを指差す。

高槻「(以下、高槻は日本語)ははーん、あなたはずるい人だ

ジャニス「(以下、ジャニスは北京語)どういう意味?

高槻「ずるい人だ。百歩ゆずって、ソーニャさんが苦しまれているとして、まあ、その仮定はよしとしましょう。でも

ジャニス「何をおっしゃっているの

  高槻はジャニスの方ににじり寄る。ジャニスは後退する。

高槻「あなたはよくご存知だ、どうして私が毎日こちらに伺うのか。どうして、誰に会いたくってここにやって来るのか。あなたは魔物だ。かわいい顔した魔物だ

ジャニス「(高槻の台詞とかぶる)ケモノですって?

高槻「きれいな毛並みの、妖艶な魔物だ……。あなたのような魔物には生け贄が必要なんだ

  高槻はジャニスの顔を掴む。

ジャニス「気でも違ったの?

  ジャニスはそれを振り払う。笑う高槻。高槻はジャニスの両腕を掴む。会場の鏡に押し付ける。

高槻「ずいぶん遠慮深いんだなあ

ジャニス「私は誓って、あなたが考えてらっしゃるような人間じゃない。そんな低俗な女じゃないの。絶対に

  逃げようとするジャニス。抑え込む高槻。

高槻「誓うことなんかありません。余計な言葉はいらない。美しい人だ! このきれいな手!

  高槻はジャニスの手にキスをする。ジャニスは手を引き離す。

ジャニス「もうたくさん

高槻「(ジャニスの腰を抱き寄せ)いいですか。これは避けがたい運命です

  ジャニスにキスをする高槻。すっかり見入る家福。

  ジャニスはキスを受け入れかけて、拒む。

ジャニス「お願いです。やめてください。放してください

  高槻はジャニスを離さない。またキスをする二人。

高槻「明日、森までいらっしゃい。二時に。いいですね? いいですね? いらっしゃいますね?

ジャニス「行かせて

  高槻がもう一度キスをする。ジャニスは拒みながらも受け入れていく。家福は立ち上がる。

  パイプ椅子が倒れる。高槻とジャニスが家福を見る。

家福「そこまで。失礼。ありがとう。Thanks

  二人は会釈し、会場を出る。家福はため息をつく。》

 もちろん家福は、高槻の行為に音の記憶を呼び覚まされて動揺している。

 

44 劇場・地下駐車場(夜)

音の声「お別れに際して、老人から謹んでご忠告申し上げる。みなさん、大切なのは仕事をすることです。仕事をしなくてはなりません」》

 

50 劇場・稽古場(昼)

リュウ女が男の親友になるのには、順序がある。まずはお友だちから、次に愛人、そしてようやく親友ってわけだ

高槻「凡庸な哲学だ

家福「高槻、一度、自分のテキストに集中してみろ。ただ読むだけでいいんだ」》

 

61 トンネル

家福「どうにかしてくれ。ああ、やりきれん。僕はもう47だ。仮に60まで生きるとすると、まだ13年ある。長いなあ。その13年を、僕はどう生きればいいんだ

  トンネルを抜けるサーブ。トンネルを抜けると海が広がる。窓外の青空と海を見る家福。》

 

62 平和記念公園(昼)

  移動する俳優たち。稽古場所を探している。(中略)

  陽光のもと、野外で稽古をしている家福と俳優たち。少し離れたところでみさきも見ている。

  エレーナ(ジャニス)とソーニャ(ユナ)の場面。

ジャニス「(以下、北京語)涙ぐんだりして、どうしたの?

ユナ「(以下、手話)別に。なんでも。なんだか勝手に(涙を指す)出てきたの

(中略)

ジャニス「(ユナの頬にキスする)私、心底願っているの、あなたには幸せになってもらいたいって……。(立ち上がる)私は平凡な、添え物みたいな存在なの。音楽をやっても、夫の家でも、恋をしていても。どこにいても私は、添え物でしかない。正直に言うわね、ソーニャ

ジャニス「よくよく考えたら私、とっても不幸なの。この世には、私の幸せなんてない。……何を笑ってるの?

ユナ「あたし、幸せ。とってもとっても幸せ

  感情が高ぶってきて辺りを歩き回るジャニス。

ジャニス「……なんだかピアノでも弾きたくなってきた

  ユナは強く、ジャニスを後ろから抱きしめる。

ユナ「弾いて。聞かせて

家福「OK」

  緊張を緩めるユナとジャニス。じっと見ていた周囲の面々も姿勢を崩す。

家福「今、何かが起きていた。でも、まだそれは俳優の間で起きているだけだ。次の段階がある。観客にそれを開いていく。一切損なうことなく、それを劇場で起こす」》

 演劇法についての成果が見えた瞬間。エレーナ(ジャニス)に音の影がある。

 

78 劇場

  満員の観客、『ワーニャ伯父さん』の公演が行われる。ワーニャを演じているのは家福だ。

(中略)

ジャニス「(以下北京語)こんなの地獄よ! 私、今すぐ出て行く!

家福「ぼくだって才能もあれば、頭もある。度胸だってあるんだ。まともに人生を送っていれば、ショーペンハウエ  ルにだって、ドストエフスキーにだってなれたんだ。戯言はもうたくさんだ! ああ、気が狂いそうだ。母さん、ぼくはもうダメです。ダメだ!

駒形「教授の言うとおりになさい!

  ユナは衛藤にすがりつく。

家福「母さん! ぼくはどうすりゃいいんです? いや、いい、言わなくっていい。どうすりゃいいか、いちばんぼくが分かってる。(ロイに向かって)いいか、今に思い知らせてやる!

駒形「ジャン!

  家福は勢いよく退場する。舞台袖で荒い呼吸を整える。ユンスや木村が心配そうにそれを見る。

  拳銃を手に取り、再び舞台へ出ていく家福。》

 

80 劇場

  ワーニャを演じる家福。

  ソーニャを演じるユナと向かい合う。

家福「ソーニャ、なんてつらいんだろう! このぼくのつらさがお前に分かれば!

  手話で語りかけるユナ。字幕が舞台上に示される。

ユナ「仕方がないの。生きていくほかないの

  ユナが家福の顔に両手を当て、自分の方を向かせる。

ユナ「ワーニャ伯父さん、生きていきましょう。長い長い日々と、長い夜を生き抜きましょう。運命が与える試練にもじっと耐えて、安らぎがなくても、今も、年を取ってからもほかの人のために働きましょう。そして最期の時がきたら大人しく死んでゆきましょう。そしてあの世で申し上げるの、あたしたちは苦しみましたって、泣きましたって、つらかったって

  家福は、ユナを見て涙を流す。

ユナ「そうしたら神様はあたしたちのことを憐れんでくれるわ。そして、伯父さんとあたしは明るくて、すばらしい、夢のような生活を目にするの。あたしたちは嬉しくて、うっとりと微笑みを浮かべて、この今の不幸を振り返る。そうしてようやくあたしたち、ほっとひと息つくの! あたしたちそう信じてる、強く、心の底から信じているの…………。その時が来たらあたしたち、ゆっくり休みましょうね……

  ユナが家福を抱きしめる。

  二人は顔を観客席の側に向ける。

  二人越しの客席を、カメラは捉える。

  徐々に暗転し、客席から拍手が聞こえる。》

 

<演じること/本読み/多言語演劇>

15《「本読み」をして、大まかなことを決めたら、基本的に本番での演技は、俳優にお任せしています。なのであの場面に限らず、演技のニュアンスは基本的に、俳優自身から出てきたものなんですよ。もちろん動きや方向は、指示をしますけど感情的な面は、俳優から「たまたま」出てくるものだと考えています。結果的に「俳優からたまたま出てきたものをたまたまうまく捉えられたな」というテイクのみをつなげていきます。そういう偶然を映画のなかでどう位置づけていくか、を考えて編集していきました。》

15《役者みんな素晴らしい演技をみせてくれた、と思っているんですが、一番基盤となったのは、やっぱり西島さんがちゃんと相手役を見聞きしてくれたことだと思ってます。基本的に『ドライブ・マイ・カー』は「家福が誰かを見ている映画」なんです。俳優一人一人見せ場があって、各々その場でちゃんと爆発してくれているんだけど、その支えは「家福、と言うか西島さん本人がちゃんと見て聞いてくれていた」ってところにある。撮っていて、それはすごく幸運なキャスティングだと思いました。一方で、その西島さんが心情吐露するクライマックスでは、三浦さんがその役割を担ってくれた気がしています。》

 

19「映画『ドライブ・マイ・カー』濱口竜介監督インタビュー」より。

《――劇を作っていく過程で、俳優たちの演技のグラデーションが描かれていきますよね。高槻(岡田将生)の演技が最初は上手くいっていないのがだんだん良くなってきたり、女性二人の演技でたしかに何かが起きた、という感動的な瞬間が描かれたり。俳優さんたちはこうした演じ分けをどのように行っていたんでしょうか。

濱口:演じ分けというものはないです。もちろん、そこに脚本を読んできた役者さん自身の解釈は入ると思いますが、それも「本読み」でふるい落とした上で撮影に入るので、本当に単純に、どのシーンも「一生懸命やってもらう」ということです。重要なのはカメラの置き方、映し方。演技のどこに焦点を当てるかによって見え方は全然違ってくるので、あとはこちらの撮り方によって物語に当てはめさせてもらうわけです。たとえば、カメラに背中を向けていたら、どれだけいい演技でもそういう風に見せることは難しい。それは舞台の観客にとってもそうでしょう。その感覚を利用したりしたと思います。

――すると演技自体が変わるのではなく、撮り方の違いで変化を見せるということですか。

濱口:そこはすごく複合的です。どれだけ準備したかで演技はまったく変わってきますから。たとえば公園でのジャニス(ソニア・ユアン)とユナ(パク・ユリム)のシーンはみんなでしっかり準備してやったからこそあれほど素晴らしい演技になったわけです。一方で、高槻とジャニスの演技が上手くいかない場面では、ある程度ぶっつけ本番でやる必要がありました。幸か不幸か、演技って普通にやったら上手くいかないもの。ただ、実際やったら「あれ、意外といいじゃないか」と現場ではなってしまった。少なくともわかりやすく「ひどい」演技にはならなかった。ただ、たとえこちらが思ったような演技にならなくても、「いや、もっと下手にやってくれ」とは絶対に言わないですね。役者を演じて、かつわざわざ下手に演じることは、役者さんには非常につらい体験になりますから。だから撮れたものを受け入れた、ということのほうが実際かも知れません。結果的に、その場面がそこまで良くないように見えるとしたら、後半の場面における演技の伸びが素晴らしかったからだと思います。カメラと演技の関係も後半になるほど、研ぎ澄まされていく印象がありました。》

 

21《三宅唱:楽屋で岡田将生さん演じる高槻という人物と出会うわけですが、なんで楽屋に設定されたんでしょう?

濱口:基本的に構造としてあそこしかないって考えていたんです。なぜかといえば、高槻と家福(悠介)の接点は家福の妻である音にしかないから。ああいう形で家福の仕事場に音が連れてくるっていう状況でしか基本的には会いようがないと考えていまして。とは言いつつ、基本的には楽屋というかメイクルームというのかな、たぶんそこが好きなんです。舞台を取り扱った映画は多々あって、名シーンというほどのものはパッとはあまり思いつかないけど……。

三浦哲哉:『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』(1976)(筆者註:カサヴェテス作品)とかね。

濱口:そうですね、『オープニング・ナイト』(1977)(筆者註:カサヴェテス作品)もそうだし、鏡見て付け髭をつけてるような奴らというのを、我々はいろんな映画で何度も見たような気がするじゃないですか。そんな空間が撮りたくてこの題材を選んでいるところもあるし、こういう空間がないと俳優には仕事もプライベートもないだろうと思うんですよね。あの空間で着替えたりメイクをしたり落としたりしないと、プライベートに戻れない。俳優の仕事はわかりやすくそうですけど、単純に仕事ってそうじゃないですか。ある種の準備段階や儀式がないと向かえない。単純にそういうものを撮りたかったんだと思う。後半でも同じような空間は撮りたかったけど、一番最後にちょろっと出てくるぐらい。鏡がある空間だということも含めて、メイクルームは演劇を扱っているこの映画と密接に結びついている場所なんじゃないかと考えていました。

三浦:二人の応答で気づかされたんだけど、後半で高槻が警察に捕まるときに「着替えていいですか」って言うじゃないですか。それもこことつながってますよね。》

 

43《──映画中、家福が演出しているのは「ワーニャ伯父さん」の多言語演劇です。この多言語演劇という要素を取り入れようと思ったのは、今日なトピックスでもあるダイバーシティを意識したのでしょうか?

濱口:そういう風に観てもらえもするものとは思いましたが、「多様性」ということを特に考えてはいません。多言語演劇については、もともと「演技」の視点で発想したものです。

多言語演劇においては、まず相手の言葉がわからない。ただ、本読みをやっていると、段々とこの音の後に自分はこういうことをするんだという理解ができてきます。相手の言うことを、言語によってではなく音で理解していき、また、相手がどういうニュアンスで話しているのかは、相手をよく見ていないと把握できないので、「相手を見る、聞く」ということにフォーカスができるようになる。相手の声や体といった、言葉の意味以外の要素にフォーカスすることで、おそらくより良い演技が生まれやすいと思いました。良い演技をするために一番シンプルな方法を考えたときに、思いついた方法です。》

 

<カメラ>

19《原理原則は、古典映画に倣って、カメラを一番ものごとがよく見えるところに置くことです。一番よく見えるところにカメラを置き、かつ一番よく見えるところに置き続ける。それさえちゃんとできれば、あとはもう実際にカメラの前で起こっていることを調整していけばいい。映画の現場では、基本的にそれをひたすら繰り返しているんだと思います。自分もできるだけ、カメラに近いところから見る。一番ものごとがよく見えるところである以上、悪い面も隠しようなく映ります。だから、よく見えるところから被写体が十分に魅力的に見えるところまで持っていかなくてはならない。それができたら、それを積み重ねていく。

 ただそうはいっても、じゃあ向かい合っている二人の視線をどう撮るのか、という問題は残る。特に二人が二人とも魅力的な場合、それを撮るベストなポジションとはどこなのか。どちらを見るべきなのか、編集段階まで決められないとも感じます。そういうときは申し訳ないけど、演じ直してもらい、それぞれにカメラを向けて何度も撮ることになります。

二人の役者が演技するなかで、ある相互反応みたいなものが起きたとします。その相互反応は外側から捉えればある程度は映る。ただ映画というのは、その捉えたものを常に再構成しないといけない。そのために、切り返し場面を撮ったり引きで撮ってみたりと色々な素材を用意するわけですが、じゃあいわゆる「編集素材」が十分にあればいいかというとこれがまたそうでもない。やはり一個一個の断片のなかで相互作用による「何か」が確かに記録されていなければ、編集時にどれほどがんばろうとその相互作用としての「何か」は再び立ち現れてはこない。切り取り方や編集で映画はどうとでも作れる、ということはありえない。やはりまずは現場で「何か」を起こさないといけない。それは映画を作る上で常に感じていることです。

――この映画でまさにすごい「何か」が起こっているシーンは、高槻と家福が、車の中でお互い正面を向いて喋るシーンだと思います。あそこは、それぞれ車の中に置いたカメラに向かって喋っているわけですよね。

濱口:はい、ただ一応相手役にはカメラの脇にいてもらいました。岡田くんが話しているときは、西島さんにはカメラの横のトランクみたいなところにすごく無理な体勢でいていただき、岡田くんにもその逆をやってもらいました。ただ、それ以上に大事だったのは、一度お互いに見合いながら通しで演じてもらうことです。一度は通してみないと真正面に入っても演じるのが難しくなるし、通しのテイクでOKが出ない限り真正面に置くことはありません。

――普段も、切り返しの場面を撮る際には必ず通しでまず撮るんですか。

濱口:最近の作品ではほぼそうですね。まずテスト代わりに引きで撮り、次に切り返しで、という進め方が多いです。引きで撮った場面が思いがけず一番よく撮れていた、ということもあるので、よほど危険なシーンでない限りは兎に角テストはそこそこに、いきなり本番から始めることが多いです。現場でNGを出すことも滅多にない。実際通しの演技のどこかには必ずよいところがあります。舞台公演みたいな感じです。もちろんどの公演も良し悪しはあるでしょうけど、お客さんにとっては一回きりの演技なのだからすべての公演はOKでないといけない。あらゆるテイクで、とにかく一回一回一生懸命演じてもらい、ひたすら繰り返すうち気づいたらカメラの位置が変わっている、というのが役者さんの感じ方ではないかと思います。ただ通しの演技は役者さんにとって演じやすい部分もある半面、繰り返しがあまりに多いと本当に疲れるはずなので、どこでバランスを取るかは未だに難しい問題ですね。》

 

30《──みさきが運転する車内で家福の座る位置が変化していきます。それに伴い、ふたりが似た葛藤を持つこともだんだん明らかになる。ポジションと移動のタイミングは、脚本の段階で練られていましたか?

濱口:ある程度は脚本段階で考えました。でも、それが正しいと確信するのは現場においてですかね。微妙に位置調整をすることはありましたが、基本的には最初に考えたとおりです。初めに家福が座るのは助手席の後ろで、みさきの運転の手さばきが見えるポジションです。バックミラー越しに表情も見えるけれど、監視するようなポジションでもある。次は運転席の後ろ、相手が見えない席に移ります。これは信頼の証のひとつだし、まだお互いをよく知らないふたりが居心地よくいられるためのポジションでもあります。彼らが深い話を始めるとしたら「ここしかない」と思いました。そこでのふたりは、まだお互いに見つめ合う関係性ではないし、相手を十分に認識していない。でも共に「知りたい」と思って話し始めるなら、このポジションだろう、と。それを経て助手席に移ります。タイミングとしては、家福はとっさにそこに座ってしまう。高槻(岡田将生)と距離を置きたい衝動に準じて助手席に乗り込みますが、それによってみさきとの関係が一歩進む。そこからポジションの移動はありません。だからどちらかといえば、関係からポジションが生まれるというよりも、その逆ですね。座った席から関係が生まれていきます。

先日、伊藤亜紗さん、北村匡平さんと鼎談した折に、伊藤さんがすごく腑に落ちることを言ってくださいました。「濱口さんの映画は人間関係から捉えられがちだけど違う気がする。存在があって、それが互いに影響を与え合っているのではないか」と。そして、おそらく物理的な近さはやはり、その影響力を左右するのだとも思います。車内のポジションも、距離が近くなることで存在同士の影響が強まります。また存在が与え合う影響は、言葉や実際に何かを受け渡すことでも生まれます。その影響があっちへ行ったりこっちへ行ったり、また自分のもとへ戻り帰ってくる。それは脚本を書くうえで、構築するというより「物語を見つけ出す」作業なんです。その、存在同士の影響関係を発見できれば、物語がしっかり進行すると考えています。逆に言うと、それを発見するまでは十分に進まない、というところもあります。》

 

<ロード・ムーヴィー/空間と時間>

40「濱口竜介の理知的な語り、独自の映画論に唸る。『ドライブ・マイ・カー』における“間”の解釈とは?」より。

村上春樹の原作小説と映画の「間(あいだ)」について「映画とはそもそもフィクションと現実の間にあるもの」とする。

濱口:カメラを使って映画を作る最小の単位に“ショット”があり、空間と時間を区切るものです。まず、フレーム(画角)によって空間を区切らなくてはいけない。そしてカメラの回し始めと終わりにより、時間を区切らなくてはいけない。どこからどこまでを区切るかが監督の仕事だと言ってもよいと思います。

 この作業において、現実とフィクションの間(はざま)がすでに発生します。というのは、カメラというのは人間の知覚能力より遥かに優れた光学的記録能力を持っているので、現実そのままの知覚的記録がなされます。一方で、これは現実のすべてを記録したものではなく、空間的・時間的断片としてしか捉えることができません。これは現実の映像ではなく、フレームの外側やカメラを回し始める前になにが起きているかわからないので、そこには常にフィクションの可能性があります。ショットを撮るという映画の最小単位の中に、すでにフィクションと現実が存在しています。この断片と断片を組み合わせ、現実とはまったく違うもう一つの現実みたいなものを作り上げていくのが劇映画、フィクションになります。》

40《劇中、家福(西島秀俊)とみさき(三浦透子)を乗せた赤い車は、映画の前半では安芸灘大橋を渡り、後半ではいくつかのトンネルを抜けていく。その「間」についての考察に対し、濱口監督はこう答えた。

濱口:橋は、レイヤーを一望できる場所です。一つのレイヤーがあり、もう一つのレイヤーに向かい、その先にはまたレイヤーがある。トンネルは、それが目隠しをされている状態で、どこを走っているのかわからないぶん、抽象度が高い空間になります。後半に行くにつれてトンネルの描写が増えていくのは、この映画の抽象度が上がっていくことと比例しています。空間も時間も凝縮されたものになり、昼のショットからトンネルを抜けると夜になり、晴れている空間からトンネルを抜けると雨が降っているなど、トンネルを抜けるとすでに変わってしまっているところを編集で選びました。トンネルを潜り抜けることで、キャラクターも変わっていき、それが観客にも届く変化になると思っています。》

 

43《──車の中の会話ということでいえば、イランのアッバス・キアロスタミの『そして人生はつづく』などいくつか名作が思い浮かびますが、参考にした作品などはありますか?

濱口:キアロスタミのことは、考えました。というか、キアロスタミ映画のような場面が撮れるんじゃないか、というのがこの原作を映画化のために提案した大きなモチベーションのひとつでもありました。

 撮影方法で言えば、車でのシーンの撮り方って“あるようでないような”ものなんですね。ある程度よく見えなくてもいいと考えれば、いくらでもある。ただ、よく見えるポジションは限られている。こういう画面でないと気持ちが悪いという尺度が自分の中にあるので、そう考えていたら自然とキアロスタミのカメラポジションは参考になりました。

──具体的には、どのようなカメラワークだったのですか?

濱口:できるだけツーショットを撮らない。車の中というのは独特の空間で、特にこういう4、5人乗り程度の車であれば、誰か一人を撮っても観客はみんな席の配置が理解できるという稀有な空間なんです。普通の部屋だったら、部屋全体を撮って、各人の切り返しに入らないと観客はその位置関係がわからないのですが、車の中の場合は、引きの画を撮らずとも位置関係がわかる。引きの画は、観客に安定感を与えるのですが、圧倒的な安定感は観客の想像力の働きを鈍くするものでもあります。車というのは誰もが基本的な空間の構造を理解しているからこそ不安定な空間にすることができ、引きの画を撮らずに、そこできっとこう座っているんだろうなという想像だけで進んでいくことができます。このことで観客を巻き込んでいきたかったんです。

──西島さんは最初、後部座席に座りますね。

濱口:車の中で座れる場所はすべて使わないと、画面があまりに単調になってしまいます。助手席に座るというのはある程度特別な関係だとすると、家福が助手席に座るのは後半まで延ばしたい。》

 

<ベッドシーン/浮気シーン>

20「カンヌ4冠『ドライブ・マイ・カー』の誠実さ 濱口竜介に訊く」より。

《――映画『ドライブ・マイ・カー』は、霧島れいかが演じる音(おと)と西島秀俊の演じる家福(かふく)が裸でベッドにいるシーンから幕を開けます。劇中のベッドシーンはどれも、過剰に身体を映さず、女性が受け身にばかりなっていない点が印象的でした。撮影にあたり、監督が留意された点はありますか?

濱口:役者が少しでも嫌がっていれば、身体に現れるのがどれだけ些細な兆候であってもカメラはそれを捉えます。そして、それを映画から見て取る注意深い観客も必ず出てきます。ですからまずは役者と脚本の相性をキャスティングの段階で考慮しました。霧島さんがこの役を受けてくれたのはとても幸運だったと思います。

 カメラの前で肌を見せて、映像として記録に残るということには、基本的にとても高いリスクがあります。ですから脚本には「この程度の演技や表現が必要になる役です」ということを最初から明記して、その条件を前提に役を受けてもらいました。

 ベッドシーンをきちんと撮るのはぼくにとっても初めての経験だったので、普段は描かない絵コンテを描いたり、過去の映画のワンシーンを見せたりして、「このように撮ります」とできるだけ具体的にお伝えしました。事前に着衣の状態で、動きをリハーサルもしました。役者さんに明確にイメージを持ってもらうだけでなく、これ以上の演技は必要がないのだと知ってもらい、その点では安心してもらうためです。》

――実際の撮影現場ではいかがでしたか?

濱口:「あれもこれも」と追加の要望をしないようにしました。ベッドシーンに限らず、お願いしていた前提を現場で崩さない人だと思ってもらうことは、役者さんとの信頼関係においてすごく大事なことです。

加えて、ベッドシーンは基本的にあまり人に見られたくないものだと想像できるので、撮影は各部署、できうる限り女性スタッフのみで、必要最低限の人数で行ないました。

「もし少しでも嫌だと思えば、言ってくだされば撮影を止めます」ということは、ご本人にお伝えして、全体にも共有しました。ちなみに同様のことは西島さんにもお伝えしました。男性はそういうシーンを恥ずかしがらない、というわけでもないと思ったし、ベッドシーンを演じるのがどれだけ怖いかということは、現場に行ってみないとわからないと想像したので。そういう段取りの結果、役者さんが演技に集中できるようになればと考えていました。》

 

30《今回は何よりも性描写に物語上の必然性がありました。原作を読んで、映画にそのような描写が明示的にないと信じられない話になるだろう、これはやらないといけない、と。なので「現場で俳優やスタッフに強いる緊張」は、今回は受け入れるべきと思いました。考えたのは、その緊張の負荷が俳優に偏らないように、ということでした。カメラの前に立つ人と後ろにいる人の負荷は埋めがたい差があるわけですが、せめて少しでもマシになるようにコミュニケーションは心がけました。

「愛し合うふたりのセックスにカメラが立ち会うのは不可能だ」というカサヴェテスの発言があります。僕はこれに概ね同意しているし、これからも撮る気はありません。僕はその言葉を「それに対応するカメラポジションがそもそも存在しない」とも解釈しています。三宅唱監督が『きみの鳥はうたえる』(2018)を撮ったあとにも、その問題に関して訊ねました(*注)。すると「撮れると思う。なぜなら彼らは『愛し合っているふたり』とは違うから」と答えが返ってきて、「まあ、確かに(笑)」と思ったんですが、本作ではそれに近い感覚がありましたね。家福と音(霧島れいか)は愛し合っている夫婦ではあるけれど、セックスの瞬間は──特に居間のソファで撮っている場面においては──肉体が触れていても、精神的には限りなく離れている。それなら撮れるのではないかと思いました。

*(『ユリイカ』2018年9月号 特集「濱口竜介」に「三宅唱監督への10の公開質問」として所収)》

 

43《──コロナ禍の影響で、『ドライブ・マイ・カー』の撮影が中断している時に『偶然と想像』を撮られたそうですが、同時期に撮ったことにより、それぞれの作品に影響はありましたか?

濱口:あったと思います。僕の場合、直近の長編に向けて短編という実験を行いますが、『偶然と想像』でチャレンジした細かな要素が、『ドライブ・マイ・カー』にも活かされました。

 小さなことでいうと、『偶然と想像』の第1話で車で話しているシーンがありますが、そのシーンを撮ったことで、車の中で話すシーンというのはどういうものになるのか、より理解できました。第2話では性的な場面がありますが、『ドライブ・マイ・カー』にもそれは活かされています。僕は直接的に性的な場面はそれまであまり撮ったことがなかったので、その経験は大きなものになりました。例えば俳優に対して(そのようなシーンを撮る際に)どのようにコミュニケーションをとるのが望ましいのか、ということを学びました。》

 

21《三浦:鏡といえば、その直後にある音の浮気の場面も鏡越しに撮られていました。

濱口:そうなんですよ。浮気の場面に関しては、ロケーションを見に行ったときに、どうやってこの現場を目撃するんだっていう問題があったんですが、あの家に実際に住んでいる方がまさにあの位置に鏡を立てていて、なるほど、これなら見えると思い、そのまま採用したんです。

三宅:浮気の場面、最初ってトラックインしてます?

濱口:してます。

三宅:浮気現場がちょっとずつ見えてきて、相手の男の顔はギリギリ見えないけど、二人がセックスしてることはわかる。そのカットの次は、それを見ていた西島さんの顔の正面カットじゃなくて、鏡の中の西島さんだっけ?

濱口:トラックインして、そこで一度レコードのヨリに行って、そこから抱き合う二人越しの鏡の中の西島さんの姿、そして表情のヨリがあって、もう一度西島さんの肩越しにまた鏡を撮って、そこから西島さんがフレームアウトするっていう流れ。

三宅:そうか、間にレコードカットが入るのか。

濱口:そうそう。で、ここは途中にレコードのカットを入れないとなんかね……入れなくてもいいはずなんですが、ああいう場面っていまだにどう撮ったら良いかわかんないんですよ、レコードのカットがないと居心地が悪かった。

三宅:それわかる感覚かもしれない。こういう場面ってシナリオ上はとてもわかりやすい出来事にも思えるから、簡単に撮れそうな気もするんだけど……なんて言えばいいんでしょうね。盛り上げようと思えば盛り上げられるし、そっけなくもできるんだけど、何が面白いのか、こういう場面をどこから見ればいいのか、どう段取りを組めばいいのか、映画そのものをゼロから毎回考えさせられちゃう。

濱口:セックスをしている二人は西島さんを見てないから、じゃあカメラはどこにあればいいのかと考えた結果、あのレコードのある位置がカメラの位置に近いんではないかと。この選択は本当に自分の居心地にしか理由がないんですけど。

三宅:考えに考えて、最後は自分の居心地や生理を根拠にするってことが、正しいというか、それでしかないのかもですね。最初のトラックインの直後にすぐ西島さんの顔カットにつながないのはなぜか、言葉にしてもらえますか?

濱口:それは直接性が強過ぎるってことなのかな、悪い意味でベタっていう。「妻の浮気を発見して驚いてる男」への寄りからの、妻と男の切り返しがやっぱりちょっと耐え難いというか、ワンクッション欲しくなった。

三宅:その感覚はよくわかります。それから、発見の瞬間の演技も難しいと僕は思うし、だからそれにOKをだすのもなんだか難しくて、僕はつい、発見後の行動だけを捉える方向にいくんだけれど、でも発見の瞬間が必要な場面かもなあ。悩む。

濱口:まさにそれを見てしまうっていう瞬間は、結局撮り得ないっていうことなんじゃないですかね。

三浦:西島さんへの指示はこのときどういう感じだったんですか?

濱口:ここは引きを先に撮ってるんです。東京編はロケーションの中で順撮り的に撮っているんですが、この場面もリハーサルをして妻との関係性もある程度わかってる状況で、西島さんが見ているところをまず引きで撮る。でも西島さんの寄りを撮るとき、霧島さんは目線の先にいない。基本的に役者さんがお芝居をするとき、相手にもフレームの外でも演技してもらうようにするんですが、これはさすがにそうしなかった。なので「これはさっきの記憶を使ってやってください、自分が出ていきたいと思ったタイミングで出て行ってください」ってことだけ伝えました。

三宅:よくここで正面の顔のカットを撮りましたね。

濱口:でも、編集で使わない可能性も当然あるわけですよ。ある種のベタさはやっぱりあるので。ただ、西島さんが非常に曖昧な表情をしてくれた気がしたので、これだったらいいんじゃないかと。》

 

<撮影現場/重ね合わせ>

20《言葉によって伝えられないことを、どうやったら尊重しあえるかというのはどこまでも悩ましいですが、違和感があるときに、たとえ具体的にならないとしても、できるだけそれを伝え合うということに尽きるのかなと思いました。「違和感がある」ということ自体を言葉にしたり、言葉以外の合図を出したりして。それは自分やこの現場にとっては、むしろウェルカムなことなんだということを共有することが大事だと思います。

 映画撮影の現場でも、どこかに違和感があるときには、でき得る限り、先に進まないようにする。そのようにしていかないと、撮影しても結局その違和感がどこかに映り込むことになります。それはフレーミングや編集では排除しきれないものです。だから、できる限り現場の全員が違和感を表明できる現場が望ましいと思っています。ただ、これは現場が大きくなれば当然難しい。本当にこの「NOと言える」感覚が現場の隅々まで行き渡るには、もっと時間的な余裕が必要だと感じています。》

 

21《最後に声を大にして言いたいのは、三浦さんには政治的な映画だと言っていただきましたが、実際それはそうで、こういう作品を作るには、そもそもの作り方を変えなければならない。で、作り方を変えるには、僕一人では足らなくて、それはたとえば先ほどの話にあった助監督の川井さんの現場運営やスケジュールを切ってくれた監督補の渡辺さんの仕事のおかげなんです。リハーサルの時間をきちんととるとか、どれだけ撮影の時間が詰まっていても本読みの時間は確保してもらうとか。ひいては、役者さんを尊重するとか、そういうことも含めて映画制作全体の理解が更新されなければつくれないタイプの映画なんですね。川井さんや渡辺さんの仕事は、そうした面でこの映画にものすごく根本的な力を与えてくれた。それがこの日本の映画業界でどれほど重要かというのはどれだけ強く言っても足りないぐらいだと思っています。この映画の撮影はいろいろと運が良過ぎたと言いましたけど、これをこの一本の幸運で僕自身は終わらせたくない。そのためには一人ひとりが作りながら変わっていかなくてはいけない。その変わっていく一つの実例として『ドライブ・マイ・カー』があるんだとも思っています。二人のおかげで、そういう「作り方」の面でこの映画が少なからず特異なものであるということを言う機会をもらって、それがとてもありがたく思いました。》

                                  (了)

      *****引用または参考文献(順不同)*****

1.DVD『ドライブ・マイ・カー』(ビターズ・エンド)

2.映画『ドライブ・マイ・カー』パンフレット(編集・発行:ビターズ・エンド)

3.村上春樹『女のいない男たち』(「ドライブ・マイ・カー」「シェエラザード」「木野」「独立器官」他所収)(文春文庫)

4.チェーホフ『ワーニャ伯父さん/三人姉妹』浦雅春訳(光文社古典新訳文庫

5.「『ドライブ・マイ・カー』で石橋英子が築く、静かなる映画音楽の革命とは」(「musit」すなくじら、Sep28.2021)

6.「石橋英子×濱口竜介、映画『ドライブ・マイ・カー』の音楽を語る」(「GQ JAPAN村尾泰郎、8.30,8.31,2021)

7.「祝・カンヌ映画祭脚本賞! 映画『ドライブ・マイ・カー』濱口竜介監督インタビュー」(「GQ JAPAN」月永理絵、8.18,8.19,2021)

8.「『ドライブ・マイ・カー』脚本の魅力を徹底解説 “解釈の遅延”という発想とジャンルの横断」(「Real Sound」小野寺系、2021.9.5)

9.「濱口竜介が描いてきた“わかる”感覚の特別さ 『ドライブ・マイ・カー』を起点に紐解く」(「Real Sound」野村玲央、2021.10.2)

10.インタビュー「いま、「弱さ」でしか男を描けない――村上春樹原作でカンヌ脚本賞受賞の濱口竜介監督が語る」(「Frau」熊野雅恵、2021.8.4)

11.「NOBODY 特集『ドライブ・マイ・カー』」((11-1)木下千花「やつめうなぎ的思考」、(11-2)坂本安美「音という旅」、(11-3)ティエリー・ジュス「喪に服し、エロティシズムに満ちた長い精神の旅」)

12.「対談 濱口竜介×野崎歓 異界へと誘う、声と沈黙 <映画『ドライブ・マイ・カー』をめぐって>」濱口竜介野崎歓(『文學界2021年9月号』)(文藝春秋

13.東浩紀「多視点的な映画『ドライブ・マイ・カー』に感銘受け、希望を見た」(「AERA」2022.2.21)

14.インタビュー「濱口竜介監督が明かす『ドライブ・マイ・カー』創作の裏側、「村上春樹の長編小説の手法を参考に」」(「MOVIE WALKER PRESS」取材・文:平井伊都子、2021.8.24)

15.「カンヌで4冠受賞!『ドライブ・マイ・カー』濱口竜介 × 三宅唱 × 三浦哲哉 鼎談」(「キネマ旬報 WEB」2021.8.20)

16.「『ドライブ・マイ・カー』対話の“壁”を越える、「言葉」への知的探求」(「CINEMORE」SYO,2021.8.20)

17.「西島秀俊が語る! カンヌ4冠『ドライブ・マイ・カー』の“チャレンジと驚きと喜び”に満ちた撮影現場」(「BANGER!!!」SYO,2021.8.20)

18.「村上春樹の芯を食うために努力したこと 『ドライブ・マイ・カー』濱口竜介監督」(「CLEA」文=CLEA編集部、2021.8.14)

19.「映画『ドライブ・マイ・カー』濱口竜介監督インタビュー」(「文春オンライン」月永理絵、2021.8.20)

20.「カンヌ4冠『ドライブ・マイ・カー』の誠実さ 濱口竜介に訊く」(「CINRA」井戸沼紀美、2021.8.20)

21.「特別鼎談 濱口竜介(映画監督)×三宅唱(映画監督)×三浦哲哉(映画批評家) 映画の「演出」はいかにして発見されるのか――『ドライブ・マイ・カー』をめぐって」(「かみのたね」2021.9.08(フィルムアート社))

22.三浦哲哉「批評『ドライブ・マイ・カー』の奇跡的なドライブ感について」(「群像」2021年9月号(講談社))

23.沼野充義「村上―チェーホフ―濱口の三つ巴――『ドライブ・マイ・カー』の勝利」(「新潮」2021年10月号)

24.濱口竜介「遭遇と動揺」(工藤庸子編『論集 蓮實重彦』(羽鳥書店))

25.蓮實重彦『監督 小津安二郎』(筑摩書房

26.蓮實重彦「言葉の力 溝口健二監督『残菊物語』論」(蓮實重彦山根貞男編著『国際シンポジウム溝口健二 没後50年「MIZOGUCHI2006」の記録』(朝日新聞社))

27.濱口竜介「『東京物語』の原節子」(『ユリイカ 特集 原節子と<昭和>の風景』2016年2月号(青土社))

28.レイ・カーニー編『ジョン・カサヴェテスは語る』遠山純生、都筑はじめ訳(ビターズ・エンド、幻冬舎

29.レイモンド・カーニー(レイ・カーニー)『カサヴェテスの写したアメリカ』梅本洋一訳(勁草書房

30.「『ドライブ・マイ・カー』濱口竜介監督インタビュー」取材・文/吉野大地、2021年8月(神戸映画資料館

31.「『ハッピーアワー』濱口竜介監督インタビュー「エモーションを記録する」」取材・構成:渡辺進也「NOBODY」)

32.「シナリオ『ドライブ・マイ・カー』 濱口竜介、大江崇充」(『シナリオ 2021年11月号』)(日本シナリオ作家協会

33.「Ryûsuke Hamaguchi on Drive My Car | NYFF59」(Film at Lincoln Center)

https://www.youtube.com/watch?v=-18rVXCD1f0

34.「RYUSUKE HAMAGUCHI Screen Talk | BFI London Film Festival 2021」(BFI)(https://www.youtube.com/watch?v=Lg4AfGxciz4

35.「Drive My Car Q&A (Long Version) - Ryûsuke Hamaguchi」(Backstory Magazine)(https://www.youtube.com/watch?v=1aoMRgQ295M

36.「Ryusuke Hamaguchi ('Drive My Car' writer and director) on the film's 'universal' theme of grief」(GoldDerby / Gold Derby)(https://www.youtube.com/watch?v=eX8ehGCge7Q

37.「石橋英子×濱口竜介インタビュー「素晴らしい映画音楽は隠されたエモーションを引き出してくれる」(「Numero TOKYO」2021.12.31)

38.村上春樹柴田元幸『翻訳夜話』(文春新書)

39.河合隼雄村上春樹村上春樹河合隼雄に会いにいく』(新潮文庫

40.「濱口竜介の理知的な語り、独自の映画論に唸る。『ドライブ・マイ・カー』における“間”の解釈とは?」(「MOVIE WALKER PRESS」2022.2.6、文/平井伊都子)

41.「卒業生インタビュー - 東京大学文学部・大学院人文社会系研究科 濱口竜介さん 2003年 文学部美学芸術学専修課程卒業 映画監督」(インタビュー日/ 2017.12.13 インタビュアー/ 野崎 歓、文責/ 松井 千津子)

42.「どこまでも明瞭で、だからこそ底知れない ――濱口竜介『ドライブ・マイ・カー』について」早川由真(

「悲劇喜劇」2021年09月号)

43.「【単独インタビュー】『ドライブ・マイ・カー』で濱口竜介監督が拡張させた音と演技の可能性」立田敦子Atsuko Tatsuta(「Fan’s Voice」2021.8.27)

44.「濱口竜介監督インタビュー!『ドライブ・マイ・カー』の“サウンド”に込めた狙いと“特別な”村上春樹作品への想い」(「BANGER!!!」 2021.08.19 、石津文子)

45.三浦哲哉『『ハッピーアワー』論』(羽鳥書店

46.濱口竜介、野原位、高橋知由『カメラの前で演じること――映画『ハッピーアワー』テキスト集成』(左右社)

47.『ユリイカ2018年9月号 特集=濱口竜介』(青土社

 

文学批評 不可能な「恋愛小説」として藤沢周平『蟬しぐれ』を読む

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f:id:akiya-takashi:20220309170117j:plain (井上ひさし作成「海坂藩城下図」)

 

 藤沢周平『蟬しぐれ』の文庫本(新装版)解説で、湯川豊は稀に見る「青春小説」と讃えている。

丸谷才一は『闊歩する漱石』中の一章「三四郎と東京と富士山」で、この小説を、始め、半ば、終りの三部に分けた上で、始めの部分を絶讃し、半ばの部分はどうも精彩を欠くと指摘し、要するに小説の後半部分は話が朦朧(もうろう)として鮮烈な感銘が残らない、といっている。その通りであろう。

 登場人物はもっと積極的に行動するのでなければならないはずだが、三四郎は初心(うぶ)な青年で慎しみ深いから、自分から進んで美禰子に何かする、ことがない。さらなるは、美禰子の在り方。当時の日本では、中流階級の娘から男に迫ることなどは普通はあり得ない。丸谷は、だから「……風俗の現実を重んじ、わりに写実的な味でゆかうとする以上、美禰子に奔放な行状をさせるわけにはゆかない」とていねいに説明している。

 さらにその上で、漱石はドラマを毛嫌いしていたふしがあり、『三四郎』が若い男女のドラマである恋愛小説にはいよいよなりにくかった、ともいっている。

 この漱石のドラマ嫌いということについてはいま脇に置いて、明治末期の風俗として三四郎と美禰子の恋愛が成立しがたかったという事態はぜひ記憶にとどめておきたい。時代が、若い男女二人の関係を朦朧とさせているとすれば、江戸時代中期(と思われる)、東北の一隅にある海坂藩では(架空の藩であるとしても)、若い男女の恋が成立するのはさらにさらに厳しいと考えられる。しかも、『蟬しぐれ』の二人、文四郎とふくは、小禄下士とはいえ武士階級に属しているのである。

 江戸時代、とりわけ武家社会では、男女のことに関してはさまざまに大きな制約があった。藤沢周平はその制度的制約をきっちり守りながら、またときには制約を巧みに利用しながら、文四郎のふくへの思いを独自のしかたで書き切っている。そのことによって、『蟬しぐれ』が稀にみるほどの青春小説になっているのだが、それについてはこの解説がもう少し進んだところで詳しく考えてみることにしたい。(後略)》

 なるほど『蟬しぐれ』は「青春小説」であり、さらには「成長小説(ビルドゥングス・ロマン)」でもあろう。しかし「恋愛小説」として読むとき、さらに深みを増すのではないか。というよりも、実際に多くの読者は「恋愛小説」として本を閉じたのではないだろうか。

 それも湯川が指摘したような、《江戸時代、とりわけ武家社会では、男女のことに関してはさまざまに大きな制約があった。藤沢周平はその制度的制約をきっちり守りながら、またときには制約を巧みに利用しながら、文四郎のふくへの思いを独自のしかたで書き切っている》という時代の制約以上に、年齢的に恋愛をはっきりと自覚する以前に、別れの挨拶もできなかったという悔いのもと、恋愛対象が、遠い江戸で、藩主の側女になってしまうという、もはや困難な恋愛、不可能な恋愛、成就がかなわぬ恋愛についての「恋愛小説」として読みはしなかったか。

 湯川豊は解説を、《虚構の時間のなかで助左衛門とお福さまが、二人の青春の場面を手をたずさえるようにして確かめあうのである。確かめあっても、その後の行き場はない。二人は別れるしかない。そして二人のなかで生きつづけた青春の時間が、宙空に浮かぶように残る。完璧、と言いたいような青春小説がそのようにして残る。》と結んだが、不可能だった恋愛の時間が、宙空に浮かぶように残るのを、「恋愛小説」と呼ぶことに躊躇う必要はあるまい。

 ロラン・バルトは『恋愛のディスクール・断章』で恋愛のフィギュール(型)を80(「不在」「嫉妬」「待機」「破局」「追放」「憔悴」「狂人」など)列挙したが、『蟬しぐれ』にはそのうちの4分の1程度しかあてはまらないだろう。それらしくとも、普通の恋愛のフィギュールからずれている。あるいは該当しない(たとえば「嫉妬」「苦悩」「肉体」「いさかい」「恋文」など)。しかも該当、非該当以前に、主人公に「恋愛主体」としての自己認識は希薄であり、「恋愛対象」はずっと不在である。それでもなお、『蟬しぐれ』はエピソード、逸話、イメージ、後悔が育んだ「記憶」と「時間」「歳月」の魔力によって、不可能な「恋愛小説」を「恋愛小説」あらしめたことで読者を魅了する。

 同郷の丸谷才一藤沢周平への弔辞で、「小説の名手であり、文章の達人」と呼びかけた、洗練された文体の素晴らしさ、みずみずしい自然風景描写、ロマンチックな北方性とリアルな心理分析、知的な構成からなる『蟬しぐれ』(および同時期に書かれた『三屋清左衛門残日録』)の魅力は、同じく丸谷の言葉にそって言えば、藤沢が青春から中年にかけてのころ、ヨーロッパの文学に親しみ、影響されて、本式の方法を中心部に秘めることになり、おのづから作中人物に寄せる愛着の深さ、その造型の堅固さ、笑いとユーモアの方法で世界が安定し、奥行が深くなって、遠い昔の人物たちに隣人たちに寄せるような親しみを覚えることになった、という批評の最良の現れであろう。

『蟬しぐれ』に、藤沢文学の特徴である「時代小説」「青春小説」「成長小説」「剣客小説」「推理小説」「市井小説」「恋愛小説」が洗練された形で多層的に表現されていることは強調するまでもないが、ここでは「恋愛小説」(しかもその不可能性を超越しての)にフォーカスしたい。

 かくして、不可能な「恋愛小説」として、バルト『恋愛のディスクール・断章』の恋愛のフィギュールも参照しながら、『蟬しぐれ』を《「章」》を追って読み進めてゆく。

 

《「朝の蛇」》

「小川はその深い懐から流れくだる幾本かの水系のひとつで」

 中編小説『蟬しぐれ』は地理空間としての川の自然描写と、川岸の市井の人々(ここでは下級武士)の地に足の着いた生活描写ではじまり、小説の最終局面「逆転」での五間川の舟による脱出行によって、「川」というテーマの円環構造となっている。川はよくある隠喩だが、「時間」の流れを連想させるライトモティーフである。こういう構成の重要さを藤沢周平は若い頃のヨーロッパ文学愛読(シュトルム、カロッサ、チェーホフなど)から学んだのであろう。

9(以下、文春文庫(1971年刊、全一冊)のページ数を表示)《海坂(うなさか)藩普請組の組屋敷には、ほかの組屋敷や足軽屋敷にはみられない特色がひとつあった。組屋敷の裏を小川が流れていて、組の者がこの幅六尺にたりない流れを至極重宝にして使っていることである。

 城下からさほど遠くはない南西の方角に、起伏する丘がある。小川はその深い懐から流れくだる幾本かの水系のひとつで、流れはひろい田圃(たんぼ)を横切って組屋敷がある城下北西の隅にぶつかったあとは、すぐにまた町からはなれて蛇行しながら北東にむかう。

 末は五間川の下流に吸収されるこの流れで、組屋敷の者は物を洗い、また汲(く)み上げた水を菜園にそそぎ、掃除に使っている。浅い流れは、たえず低い水音をたてながら休みなく流れるので、水は澄んで流れの底の砂利や小石、時には流れをさかのぼる小魚の黒い背まではっきりと見ることが出来る。だから季節があたたかい間は、朝、小川の岸に出て顔を洗う者もめずらしくはない。

 市中を流れる五間川の方は荷舟が往来する大きな川で、ここでも深いところを流れる水面まで石組みの道をつけて荷揚げ場がつくってあり、そこで商家の者が物を洗うけれども、土質のせいかそれとも市中を流れる間によごれたのか、水は大方にごっている。その水で顔を洗う者はいなかった。

 そういう比較から言えば、家の裏手に顔を洗えるほどにきれいな流れを所有している普請組の者たちは、こと水に関するかぎり天与の恵みをうけていると言ってよかった。組の者はそのことをことさら外にむかって自慢するようなことはないけれども、内心ひそかに天からもらった恩恵なるものを気に入っているのだった。牧文四郎もそう思っている一人である。》

 

「いまのようにそっけない態度をとるようになったのはいつごろからか」

 下級武士の養子である牧文四郎十五歳、小柳ふく十二歳のときの些細なエピソードから物語は始まる。親友の小和田逸平と、もう一人の親友島崎与之助を性格描写とともに一筆書きしてみせる。

11《文四郎が川べりに出ると、隣家の娘ふくが物を洗っていた。

「おはよう」

 と文四郎は言った。その声でふくはちらと文四郎を振りむき、膝(ひざ)を伸ばして頭をさげたが声は出さなかった。今度は文四郎から顔をかくすように身体の向きを変えてうずくまった。ふくの白い顔が見えなくなり、かわりにぷくりと膨(ふく)らんだ臀(しり)がこちらにむいている。

 ――ふむ。

 文四郎はにが笑いした。隣家の小柳甚兵衛の娘ふくは、もっと小さいころからいったいに物静かな子供だったが、それでも文四郎の顔を見れば、朝夕尋常の挨拶をしていたのである。

 いまのようにそっけない態度をとるようになったのはいつごろからかと、文四郎は考えてみる。やはり一年ほど前からである。そのころに何かふくに疎(うと)まれるようなことをしたろうかと思うのだが、それにはまったく心あたりがなかった。

「そんなことは考えるまでもない。娘が色気づいたのよ」

 その話をしたとき、親友の小和田逸平が露悪的な口ぶりで断定し、またやはりそのとき一緒にいたまじめひと筋のもう一人の親友島崎与之助が色気づくという言葉の意味がわからず、それをわからせるのに小和田と一緒に大汗を掻(か)いたことを思い出したが、文四郎はいまでも小和田逸平の断定には疑いを持っている。

 ――ふくは、まだ十二だ。》

 

「文四郎はためらわずにその指を口にふくむと、傷口を強く吸った。口の中にかすかに血の匂(にお)いがひろがった」

 小説の舞台は北国にもかかわらず、『蟬しぐれ』には日射しと光が満ちあふれている。見晴るかす空間の広がりと空の高さ、そして序曲(プレリュード)のような蝉の鳴声。突然の、ためらいがちな接触を越えた行為の純粋さを裏切るかのような血の匂い。生殺ししなかった蛇のイメージは、小説の最後の緊迫した場面「逆転」での追手の男の頸をさぐって血脈を絶つ行為に回帰するだろう。

12《いちめんの青い田圃は早朝の日射しをうけて赤らんでいるが、はるか遠くの青黒い村落の森と接するあたりには、まだ夜の名残の霧が残っていた。じっと動かない霧も、朝の光をうけてかすかに赤らんで見える。そしてこの早い時刻に、もう田圃を見回っている人間がいた。黒い人影は膝の上あたりまで稲に埋もれながら、ゆっくり遠ざかって行く。

 頭上の欅の葉かげのあたりでにいにい蟬(ぜみ)が鳴いている。快さに文四郎は、ほんの束(つか)の間放心していたようだった。そして突然の悲鳴にその放心を破られた。(中略)

 悲鳴をあげたのはふくである。とっさに文四郎は間の垣根をとび越えた。そして小柳の屋敷に入ったときには、立ちすくんだふくの足もとから身をくねらせて逃げる蛇を見つけていた。体長二尺四、五寸ほどのやまかがしのようである。

 青い顔をして、ふくが指を押さえている。

「どうした? 嚙(か)まれたか」

「はい」

「どれ」

 手をとってみると、ふくの右手の中指の先がぽつりと赤くなっている。ほんの少しだが血が出ているようだった。

 文四郎はためらわずにその指を口にふくむと、傷口を強く吸った。口の中にかすかに血の匂(にお)いがひろがった。ぼうぜんと手を文四郎にゆだねていたふくが、このとき小さな泣き声をたてた。蛇の毒を思って、恐怖がこみ上げて来たのだろう。

「泣くな」

 唾(つば)を吐き捨てて、文四郎は叱った。唾は赤くなっていた。

「やまかがしはまむしのようにこわい蛇ではない。心配するな。それに武家の子はこのぐらいのことで泣いてはならん」

 ふくの指が白っぽくなるほど傷口の血を吸い尽くしてから、文四郎はふくを放した。これで多分大丈夫と思うが、家にもどったら蛇に嚙まれたと話すようにと言うと、ふくは無言で頭をさげ、小走りに家の方にもどって行った。まだ気が動転しているように見えた。

 やりかけの洗濯物が散らばっている洗い場に跪(ひざまず)くと、文四郎は水を掬って口をゆすいだ。それから立ち上がってさっきの蛇をさがした。やまかがしは無害だとも言われるが油断は出来なかった。いたら殺すつもりである。

 蛇は文四郎の家とは反対側の、山岸の家との境にある小暗い竹やぶの中で見つかった。尾をつかんでやぶから引きずり出すと、蛇は反転して歯むかって来たが、文四郎は蛇を地面にたたきつけ、最後に頭を石でくだいてとどめを刺した。生殺しはいけないと教えられている。》

 

「まるで田楽豆腐に見える」

 伝記的背景から、不遇な心情を表現するために初期は暗澹とした闇を抱えた作品の多かった藤沢だが、中期の『用心棒日月抄』あたりからユーモアの味を具えるようになって、この作品にも、ところどころで闇が迫るとはいえ、日射しと白い光、くっきりとおおらかな人物像を与えている。とはいえ、同時期の『三屋清左衛門残日録』などで読者を楽しませた「故郷の味」の描写を、『蟬しぐれ』にも食べ物のシーン、飲み食いの場がいくつかあるにも関わらず、散漫、冗長を警戒したゆえなのか、極端に筆を抑えていて(小説末尾のクライマックスではこばれるのは「膳の物」の一語)、藤沢の構成意識、文体の克己心には驚嘆すべきものがあると言わねばなるまい。

19《道場がある鍛冶町から、裏道を少し歩くと五間川のひろい河岸通りに出る。道場を出た文四郎と小和田逸平、島崎与之助は、まるめた稽古着を竹刀にむすびつけて、と言っても不精者の逸平は紐をむすぶ手間を嫌って稽古着に竹刀を突っ込み、それがまるで田楽豆腐に見えるのだが、それをかついで河岸通りを南に歩いて行った。

 大きな田楽豆腐をかついでいるような逸平を見て、すれちがう町びとが笑いをこらえる顔で通りすぎるのに、逸平はいっこう平気な顔をして歩いている。西にかたむいてもまだ暑い日射しが河岸通りに照りわたり、青々とした柳の枝の陰に入るとほっとするほどだった。》

 

「はじらいのいろがうかぶのを見て、自分もあわててふくから眼をそらした」

 まだ幼いとはいえ、徐々に自意識が成長してきている男女を藤沢は巧みに表現している。

30《文四郎は隣の小柳に何か変わったことはなかったかと聞きたかったが、我慢した。

 しかし翌朝、文四郎が頭上で蟬が鳴いている小川べりに出ると、ふくが物を洗っていた。ふくは文四郎を見ると、一人前の女のように襷(たすき)をはずして立ち、昨日の礼を言った。ふくはいつもと変わりない色白の頬をしていた。

「大丈夫だったか」

 文四郎はそう言ったが、ふくの頬が突然赤くなり、全身にはじらいのいろがうかぶのを見て、自分もあわててふくから眼をそらした。》

 

《「夜祭り」》

「ふくの顔にうかんでいる喜びのいろは、まったく無邪気なものだった」

 現実的な母と対比して、少女ふくの無邪気な喜びにはある種の救われがあって、小説全体を五感とともに幸福感で照らす。

31《一段落して、文四郎は水桶にひしゃくをもどすと、額の汗をぬぐった。日は西に回って、裏の雑木林の影が菜園の半ばを覆っているけれども、表の生垣、粗末な門のあたりにはまだ強い夏の日射しがはじけていた。空気は燃えるように熱く、その暑い空気を掻(か)き立てるように、雑木の中で蟬が鳴いていた。文四郎は全身に汗をかいていたが、はだしの足のうらだけは気持ちよくつめたかった。(中略)

 登世(筆者註:文四郎の母)は小柳の女房がまたしても無躾(ぶしつけ)な頼みごとをしに来たと思ったには違いないが、考えていることはそれだけではないだろう。登世は十二になったふくを、もはや子供とは認めていないのである。そのふくを夜祭りに同道しろという、小柳の女房の無神経さにも腹を立てているはずだった。

 だが文四郎が承知の返事をすると、ふくは顔を上げて文四郎と登世を見た。ふくの顔にうかんでいる喜びのいろは、まったく無邪気なものだった。ふくは顔ばかりでなく、全身で喜びを現していた。よほど祭りに行きたかったとみえる。文四郎は承知してよかったと思った。

 小柳の親子がこもごも礼をのべて門を出て行くのを見とどけてから、母が言った。

「いったいどういう了簡(りょうけん)でしょうね、あのひとは」

 文四郎は黙っていた。母の不機嫌がありありとわかり、へたなことを言ってそなたも祭りに行くのはおやめ、などと言われてはかなわないと用心していた。だが母はそれ以上は言わず、ふくをつれて行ったら、ひとに目立たないようにしろとつけ加えただけだった。》

 

「ふくは夜目にもわかるほど顔を赤くしたが、やがて文四郎の背に隠れながら水飴をなめた」

 与之助が対立する子供たちに連れ去られて殴られているのを文四郎と逸平が助けに走って、素手での乱闘となる。じっと待っていたのは、ふくだ。まだ子供だ、と思いこむことで安心する文四郎とは大人なのか子供なのか。明るい灯火による光と影、無言でうしろについて来る少女。いつしかこのイメージも忘れられないものとして最終章「蟬しぐれ」でふく(お福さま)の口から語られる。

41《どこかに連れ去られたという与之助を考えながら、文四郎はしばらく放心してまわりのそういう人びとを眺めていたようである。そしてはっと気がついてふくを振りむいた。

 ふくはどこにも行かず、文四郎のすぐうしろにいた。そして文四郎と眼が合うとはにかむように笑った。

「飴を喰うか」

 文四郎が聞くと、ふくは眼をみはり、すぐにはげしく首を振った。

「遠慮するな。金はあるんだ」

 と文四郎は言い、間もなく前に来た飴屋から、水飴をひと巻き買ってふくにあたえた。ふくは夜目にもわかるほど顔を赤くしたが、やがて文四郎の背に隠れながら水飴をなめた。

 ――まだ、子供だ。

 と文四郎はふくを思った。その感想には、なぜか文四郎を安心させるものが含まれていた。(中略)

 時どき傷む脇腹をおさえながら、文四郎はいそいで吉住町に引き返した。行列は通りすぎて、通りの人影はまばらになっていた。明るい燈火だけが、がらんとひろい道を照らしていて、その隅にふくが待っていた。

 ふくは鼻血の顔を見て眼をみはったが、文四郎が帰るぞと言うと無言でうしろについて来た。》

 

「嵐」

 五間川が嵐で氾濫しそうになって、外出中の父助左衛門に代わって文四郎が土手に駆けつける。遅れて現われた助左衛門が、土手を切ることで金井村の田が水没するのを防ぐため、切る場所を上流に変更するよう進言し受けいれられる様子を目の当たりに見て、文四郎は父のようになりたいと思う(のちに文四郎は、金井村の人々が、助左衛門が反逆罪で捕らえられたおりに助命嘆願書を提出していたことを知るという物語の伏線ともなっている)。

 

《「雲の下」》

「かすかな悲哀感のようなもの」

 文四郎はかすかな悲哀感のようなものを二度感じる。一度目はふくが大人になりつつあることに(ふくの臀(しり)のあたりと、裾からこぼれて見えた白い足首)。二度目はふくの家の貧しさに(普通には脱け出せようのない、階級、身分制度)。それらが、ふくの運命、未来を左右してゆくことになると文四郎はまだ気づくはずもない。

78《考えこんでいたので、文四郎は自分の家の前で、門から出て来た隣のふくともう少しでぶつかりそうになった。

「明けましておめでとうございます」

 ふくは抱えていたものを袖(そで)に隠しながら、顔を赤くして挨拶した。

 文四郎が挨拶を返すと、ふくはそそくさと背をむけ、小走りに自分の家の門に駆けこんで行った。

 そのうしろ姿を、文四郎はたちどまったままぼんやりと見送ったが、自分が見送ったものがふくの臀(しり)のあたりと、裾からこぼれて見えた白い足首だったのに気づいて、はっとわれに返った。

 ――おれはいま……。

 いやしい眼をしなかっただろうかと、文四郎は自問した。いや、大丈夫だったんじゃないかと、いささか自信なげな内部の声が答えた。

 棒のようだったふくの身体に丸味が加わって来たのは、去年あたりからだったように文四郎は思っている。昨日は肩の丸味に気づいたと思うと、今日はいつの間にか皮膚が透きとおるようにきれいになっているのにびっくりするというふうに、要するにふくは、日一日と大人めく齢ごろで、いまもふくの一瞬の身ごなしに現れた女らしさが、自分をおどろかしたのだと文四郎にはわかっていた。

 ――ふくも……。

 いよいよ大人になるのか、とかすかな悲哀感のようなものを感じながら、文四郎は道に背をむけて門を入った。(中略)

 突然に文四郎は、さっき会ったふくが正月なのにふだん着のままだったのを思い出していた。小柳の家は文四郎の家よりも家禄で五石少ない。そのことを文四郎は日頃忘れているが、小柳の貧しさは尋常でないようだった。

 文四郎の家も貧しくて、父の助左衛門も文四郎も、ふだんよく登世の繕ったものを着ているけれども、米をよそから借りるほどではない。しかし子供が二人多く、家禄が五石少ないとそういうことになるのかと、改めて小柳の貧しさに気づくようだった。

 ――借りても……。

 返さなければなるまい。その米をどうするのかと、文四郎は袖に米を隠したふくの姿を思いうかべた。するとまた、かすかな悲哀感に似たものが心をかすめるのを感じた。》

 

窈窕たる淑女、君子の好逑か、と文四郎は思った

 藤沢周平は教師の道を歩んでいた若いころ、漢詩、漢学を学んでいた。「窈窕淑女」(上品で奥ゆかしい女性)は「君子の好逑」(有徳の人、ないし青年のよき配偶者)で、ぼんやりとふくのことを思いはしても、恋愛感情は希薄である。不可能な恋愛というのは、恋愛主体がまだ幼すぎて複雑な恋愛感情にまみれていないことから来る。

81《居駒塾の塾生は二十人ほどである。居駒礼助の静かで沈着な声が、国風の詩を読み上げていた。

  関々たる睢鳩(しょきゅう)    

  河の洲(す)にあり    

  窈窕(ようちょう)たる淑女    

  君子の好逑(こうきゅう)     

  

  参差(しんし)たる荇菜(こうさい)    

  左右にこれを流(もと)む  

  窈窕たる淑女    

   寤寐(ごび)にこれを求む  

  

  これを求めて得ず

  寤寐に思服す    

  悠なる哉 悠なる哉 

  輾転(てんてん)反側す     

 読み終わると、居駒は丁寧に解釈を加え、この詩はうつくしい娘をもとめる男の気持ちをうたったものだと言った。そして最後に、返事がもらえないので寝ている間もそのことが気になる。長い長い夜を寝(い)ねがたくてしきりに寝返りを打つと説明したとき、塾生のうしろの方でくすくす笑った者がいた。居駒は顔を上げた。

「笑ったのは江森か」

「はい。申しわけありません」

 そう言ったのは、山根清次郎の取り巻きの少年の一人だった。にきびづらの男である。

「詫びはよい。今日は立って家にもどれ」

 日ごろは温厚な居駒が、見違えるようなはげしい声で叱った。江森が恐れて塾を出て行ったあとで、居駒は言った。

孔子は、詩は以て興ずべく、以て観ずべく、以て群すべく、以て怨(えん)ずべしと言っておられる。江森はこの詩をただの男女の交情をうたったものと侮(あなど)ったようだが、そういうものではない。この詩は領主のしあわせな婚姻を祈る歌とされ、また朱子は周の文王とその室太姒(たいじ)をたたえた歌かという説を立ててもおるが、いずれにしろここには、しあわせな婚姻をねがう人間の飾らない気持ちが出ている。四民の上に立つ諸子は、このような庶民の素朴な心や、喜怒哀楽の情を理解する心情も養わねばならぬ。大事なことである」

「……」

「武士としておのれを律することはまたべつ。詩を侮ってはならん」

 窈窕たる淑女、君子の好逑か、と文四郎は思った。ぼんやりとふくのことを考えていると、逸平が膝をつついて餅はまだかと言った。》

 

《「黒風白雨」》

「文四郎は蟬しぐれという言葉を思い出した」

 まるで叫喚の声のように蝉の鳴声が不安な心に幾たびも共鳴してやまない。父助左衛門が藩の派閥抗争の中で反逆罪に問われる。

91《組屋敷がある町に帰りつくまでに、文四郎はもう一度遠くの町角を駆け抜ける槍の一隊を見、また下城の道筋を逆に城にむかっていそぐ裃姿の武士を何人か見た。武士は一人あるいは二人の供をつれ、あきらかに役持ちの拝領屋敷がかたまる内匠(たくみ)町から来た男たちだとわかった。何事か異変が起きたという推測に、間違いはなさそうだと文四郎は思った。

 しかし矢場町にもどると、そこは蟬の声だけが高く、町はひっそりと静まりかえっていて、城に異変が起きているなどということは嘘(うそ)のように思われた。(中略)

 その空地の中に、山ゆりやかんぞうの花が咲き、日陰になった暗い雑木林の中では蟬が鳴き競っている様子を横目に見ながら、文四郎は空地の前を通りすぎた。蟬の鳴き声はまるで叫喚の声のように耳の中まで鳴りひびき、文四郎は蟬しぐれという言葉を思い出した。

 家にもどると、母が夜食の仕度をしていた。あけてある台所の窓から西日が射しこみ、そこから裏の木々で鳴く蟬の声も入って来る。何事もなく夜食の仕度をしている母を見ると、文四郎は来る途中で見た異変を思わせるさまざまな光景が、急に遠方に遠のいたような気がして来た。(中略)

 昼の暑気が残って、窓をあけておいても部屋の中は暑かった。そしてあいた窓から時どきかなぶんや蛾(が)が入って来て、行燈(あんどん)のまわりをうるさくとび回るので、文四郎はよけいに気が散り、書物の文字は頭の中を素通りするだけだった。あきらめて部屋の外を眺めていると、闇の奥で時どき蟬がじじと鳴いた。

 道場の稽古の疲れが出て、少しうとうとしたらしく、文四郎は表に人声がしたとき、とっさに何刻ごろなのかわからなかった。しかし声は隣家の小柳甚兵衛だとすぐにわかって、文四郎は立ち上がるといそいで玄関に出た。(中略)

 帰る兄を見送って、文四郎は門の外まで出た。兄の言うとおりだった。矢場町から南と東にあたる方角に、ところどころ天を焦がす火のいろが見え、その火におどろいたのか、矢場跡の雑木林に眠れぬ蟬の鳴く声がした。

 容易ならぬことが起きたのだという実感が、文四郎の胸を重苦しく圧迫してきた。(中略)

 龍興寺は城下の北東、百人町にある曹洞(そうとう)宗の大寺である。門内に入ると境内の砂利に、午後の白い日が照り付けていた。鐘楼から本堂の裏にかけて、小暗い森ほどに杉や雑木が生いしげり、そこにも蟬が鳴いていた。》

 

「二十前後と思われる美貌(びぼう)の女性は、じっとうつむいたまま、伏せた眼を一度も上げなかった」

 蟬しぐれを浴びて、美貌の女性の出現による先々への期待と怖れが、心憎いばかりに読者を引っ張ってゆく。

104《大方は大人だったが、文四郎より小さい男の子の姿も見えた。女性は一人だけだった。面長の二十前後と思われる美貌(びぼう)の女性は、じっとうつむいたまま、伏せた眼を一度も上げなかった。縁側の外は朴(ほお)の木やもみじの木立で、そこから遠い照り返しがとどき、そのせいで人びとの顔は青ざめて見えている。(中略)

 文四郎の名前が呼ばれたのは五番目だった。さっき仏殿の入り口にいた横柄な物言いをする男たちの中の一人が案内に立ち、文四郎は仏殿の板の間から日のあたる廊下に出た。そして長い廊下を奥にすすむ途中で、文四郎の前に呼ばれた若い女性がもどって来るのに会った。女は眼を伏せたまま、会釈してすれ違って行った。取り乱したふうには見えず、青白い頬だけが文四郎の眼に残った。》

 

「密集する木々が、風にゆれては日の光を弾いている」

『蟬しぐれ』は蝉の鳴声と同じほどに「光」のカメラワークに優れている。「日射し」「白い光」「灯火」など、藤沢周平という優れた撮影監督による映像美が瞼の裏に焼きつく。「日の光を弾いている」といった美文と「狂ったように鳴き立てる蟬の声」が読者の胸を掻き鳴らす。父は文四郎との短い別れの場で、「わしを恥じてはならん。そのことは胸にしまっておけ」と言い残した。

107《その部屋の一方は多分庭に面しているはずだったが、襖をしめ切ってあるので光は外からは入って来なかった。ただ武士が出て行ったところははじめから襖が一枚ひらいたままで、そこから文四郎が来た方角とは反対側の廊下の明るみが部屋にさし込んでいる。

 冷えた空気が澱(よど)んでいるうす暗い部屋に、文四郎がじっと座っていると、何の前触れもなく、部屋の入口に人が立った。逆光のために顔は見えなかったが、文四郎はひと目でその人影が父の助左衛門だとわかった。(中略)

 はたして塀の角を曲がると、ひとに見られている感触は不意に消えた。そこは片側が龍興寺の長い土塀、片側に古びた足軽屋敷がつづく道で、土塀の内側に森のように密集する木々が、風にゆれては日の光を弾いているのが見わたせる。そこから狂ったように鳴き立てる蟬の声が聞こえて来た。》

 

「人間は後悔するように出来ておる」

 十七歳の逸平の「人間は後悔するように出来ておる」という言葉はやけに大人じみているが、この小説のライトモティーフが「後悔」「悔やみ」「悔恨」であることを宣言している。「言うことがあった」のを思いつかないこともあれば、のちのふくのように思いつめていたのに言い出せなかったこともある。「後悔」とは過去の出来事への反省、執着であるから、時間の遡りの意識、追憶こそが、この不可能な恋愛の物語を、「恋愛小説」とする力学に相違ない。

111《「何が起きたのか、聞きたいと言ったのだが……」

 言いたいのはそんなことではなかったと思ったとき、文四郎の胸に、不意に父に言いたかった言葉が溢れて来た。

 ここまで育ててくれて、ありがとうと言うべきだったのだ。母よりも父が好きだったと、言えばよかったのだ。あなたを尊敬していた、とどうして率直に言えなかったのだろう。そして父に言われるまでもなく、母のことは心配いらないと自分から言うべきだったのだ。父はおれを、十六にしては未熟だと思わなかっただろうか。

「泣きたいのか」

 と逸平が言った。二人は、歩いて来た道と交叉(こうさ)する畑に沿う道に曲がり、幹の太い欅(けやき)の下に立ち止まっていた。旧街道の跡だというその道は、欅や松の並木がすずしい影をつくり、そこにも蟬が鳴いていた。

「泣きたかったら存分に泣け。おれはかまわんぞ」

「もっとほかに言うことがあったんだ」

 文四郎は涙が頬を伝い流れるのを感じたが、声は顫(ふる)えていないと思った。

「だが、おやじに会っている間は思いつかなかったな」

「そういうものだ。人間は後悔するように出来ておる」》

 

《「蟻(あり)のごとく」》

「寺の奥から介錯(かいしゃく)の声が聞こえてはこないかと耳を澄ましたが」

 白熱した光がふりそそぐ視覚の底で、聴覚が刺激される。「耳を澄ましたが、人声は聞こえず」といったん否定しておいて、「耳に入って来るのは境内の蟬の声だけだった」が、喧しいのにかえって非情な静けさを呼び覚ます。

118《堪え難い時が過ぎて行った。真昼どきの白熱した光が門前に待つ人びとにふりそそぎ、その暑さも堪え難たかったが、それよりもいま寺内ですすんでいることが、待つ人びとの気持ちを火で煎(い)るように堪えがたくするのである。

「このまっ昼間に、死人をひき取れとは……」

 不意に大声を出したのは、昨日の対面のまえに関口晋作の父親と名乗って、係役人の磯貝に切腹の理由をただした老人だった。老人は屈強の男三人と一緒に、寺の堀に無造作によせかけた戸板のそばに立っていた。

「藩は死者を遇する作法を知らん」(中略)

 龍興寺のうしろは、田畑や雑木林が残る場所だが、門前も小店やしもた屋がならぶわびしげな商人町である。道をへだてた町の通りに、さほど多くはないもののいつもどおりにひとが行き来するさまを、文四郎はぼんやりと眺めた。そうしながら、寺の奥から介錯(かいしゃく)の声が聞こえてはこないかと耳を澄ましたが、人声は聞こえず、耳に入って来るのは境内の蟬の声だけだった。》

 

「車の上の遺体に手を合わせ、それから歩き出した文四郎によりそって梶棒をつかんだ」

 白っぽい光を浴びて、文四郎が道場の齢下杉内道蔵と、父の遺体を乗せた荷車をひいて坂をあえぎながら登るとき、組屋敷の方からふくが駆けて来た。映画やテレビドラマでは、効果を増すために杉内道蔵は消されて文四郎ひとりで運ばせ、ふくを駆けよらせている。また、テレビドラマでは小説どおりにふくに梶棒をひかせているが、映画では荷車の後ろを押させている。梶棒をひかせるほうが、父の遺体の足がみえる後部を押させるよりも自然で、藤沢文学の特徴ともいえる、「寄り添う女」の共苦、凛とした一心さが表現されるし、重い苦渋は押すのではなく曳くものだ。

126《のぼり坂の下に来た。そしてゆるい坂の上にある矢場跡の雑木林で、騒然と蟬が鳴いているのも聞こえて来た。日は依然として真上の空にかがやき、直射する光にさらされて道も苗木の葉も白っぽく見える。

「さあ、押してくれ」

 道蔵にひと声かけると、文四郎は最後の気力を振り絞ってのぼりになる道をはしり上がった。

 車を雑木林の横から矢場町の通りまでひき上げたときには、文四郎も道蔵も姓根尽きはてて、しばらく物も言えずに喘いだ。車はそれほどに重かった。

 喘いでいる文四郎の眼に、組屋敷の方から小走りに駆けて来る少女の姿が映った。たしかめるまでもなく、ふくだとわかった。

 ふくはそばまで来ると、車の上の遺体に手を合わせ、それから歩き出した文四郎によりそって梶棒をつかんだ。無言のままの眼から涙がこぼれるのをそのままに、ふくは一心な力をこめて梶棒をひいていた。》

 

「――ふくは、顔をみせなかったな。」

 文四郎の牧家は家禄を四分の三減じられ、普請組を免じられて葺屋(ふきや)町の長屋に移ることとなった。

 ロラン・バルトのフィギュール「変質:恋愛の領野にみられる現象で、恋愛対象についての反・イメージの瞬間的算出。恋愛主体は、ほんのささいなできごと、かすかな表情などが原因で、「善きイメージ」が突如として変質し、転覆するのを見る。」として、文四郎の迷いなのか、恋愛対象の「変質」、罪人の家から、ふくもまた離反したのではないか、のようなものが認められるが、すぐにふくの母が禁じているのではないか、と考えなおされる。この時、ふくはまだ恋愛対象とはなっていないとはいえ。

129《梶棒は嘉平がにぎり、文四郎は後について車を押しながら家を出た。組屋敷の前を通り抜け、矢場跡にさしかかるとまた雑木林の蟬の声が聞こえてきたが、その声はこころなしか以前よりも衰えてきたように思われた。

 ――夏も、だんだんに終わる。

 と思いながら、文四郎は車を押した。ひどい夏だった、とも思った。

 車を押しても父の遺骸をはこんだときのように、道行くひとにじろじろ見られることはなかった、そして長い道のりではあっても、途中に矢場町のまわりのように坂があるわけでもなかった。むしろ道はいくらか下り加減になっていて、車を押すには楽だった。

 ――ふくは、顔をみせなかったな。

 と、ふと思った。

 組屋敷を去る自分を、ふくが見送ってくれるかも知れないと考えたわけではない。しかしふくは通夜にも葬式にも来てくれたので、両隣への挨拶は今朝母がして行ったから見送りということはないにしても、どこかでそれとなく顔をみせるのではないかと漠然と期待していたのは事実である。

 だがふくは裏の洗い場にもいなかったし、車をひき出す音を聞きつけて門に出て来ることもなかった。

 がらんとして、日射しだけが明るかった小川べりの洗い場が眼に浮んで来た。しかしその光景に、すぐに顔をそむけて家に引き返して行った宮浦の女房の姿が重なった。

 ――ふくの家だって……。

 家の中ではどう言っているか、わかるものではないと文四郎は思った。甚兵衛とふくは、通夜にも葬式にも出てくれたものの、あれだけ米を貸せ、塩を貸せとひんぱんに出入りしていた甚兵衛の女房は、事件以来一度も文四郎の家に姿をみせなかったのである。女房は、ふくが文四郎の家に近づくのを禁じているのかも知れなかった。》

 

《「落葉の音」》

「ただ会えなかったことが、かえすがえすも残念だった」

 葺屋(ふきや)町のぼろ長屋に、江戸へ発つことになった十三のふくがたずねてくる。道場に稽古に行っていた文四郎は、たまたまいつもと違う稽古をしたせいで、会うことができなかった。

 バルト「不測のできごと:ささいなできごと、偶然のできごと、不測のできごと、ばかばかしく、とるにたらない、くだらぬできごと、恋愛の生に影をおとすさまざまの襞。悪意の偶然がたくらんだかのようなこれらのできごとを核として、その反響が、恋愛主体の幸福志向を妨げることになる。」が該当する。ふくの挨拶を受けられなかった文四郎は「残念だった」と思う程度だったが、のちには「後悔」としてくりかえし思い起こされることになって、「恋愛小説」の枠組みが生じる。川と橋が別離を表象し、白っぽい光と赤い火が記憶に刻印される。

 ここでは作者の伝記的なことを書き連ねはしないけれども、結核療養からのいくつかの経験(婚約解消、妻の死)から、運命的な出会いと別離が藤沢文学の重要なテーマとなっている。映画ではデヴィッド・リーン監督『逢びき』、小説では本棚に残った愛読書としてシュトルム『聖ユルゲンにて』、ウジェーヌ・ダビ『北ホテル』、チェーホフ『谷間』、カロッサ『ルーマニア日記』があげられ、スパイ小説としてグレアム・グリーンヒューマン・ファクター』に感嘆しているが、そこには様々な出会いと理不尽な別離への共感が見てとれる。

148《長屋の生け垣を入って、自分の家の戸をあけた。ただいまもどりましたと、土間から声をかけるとすぐに母が出て来た。

「小柳のふくさんが、たったいま帰ったばかりだけど……」

 と母は言った。おちつかない顔いろをしている。

「そのあたりで出会いませんでしたか」

「いや」

 文四郎の胸にあかるいものがともった。ふくの名前を聞くのはひさしぶりだった。

「ここに来たんですか」

「それがね、急に江戸に行くことになったと、挨拶に見えたのですよ」

「江戸に? それは、それは」

「明日たつのだそうです。江戸屋敷の奥に勤めることになったとかで、その話はあとにして……」

 母は指で外を指した。

「ちょっと追いかけてみたらどうですか、まだそのへんにいるかも知れませんよ」

「わかりました」

 文四郎は竹刀と稽古着を上がり框(がまち)にほうり出して、家をとび出した。

 いっさんに走って、ふくが帰りそうな道をさがした。そしてあげくは川岸の道まで行ってみたが、ふくの姿は見当たらなかった。

文四郎は橋をわたって、五間川のむこう岸まで行ってみた。そこにもふくの姿は見えなかった。文四郎は橋をもどり、なおも葺屋町から河岸に出る道をさがしたが、やはりふくには会えなかった。

 ――しまったな。

 と思った。大橋市之進のしごきがなかったら間に会ったはずだ。いやその前に、犬飼兵馬と稽古試合などをやらなかったら、もっとずっと前に家にもどっていたはずだと思ったが、後の祭りだった。

 文四郎は五間川の下流の方に歩いて行った。やがて町を抜けて、川の土手に出た。日は落ちてしまって、白っぽい光が野を覆っていた。遠くに火を焚(た)く煙が立ちのぼり、その下に赤い火が見え隠れするのも見えている。

 ――江戸に行くのか。

 と文四郎は思った。それも母の言葉から判断すると、ふくは江戸屋敷に行って台所勤めや掃除女をやるわけではなく、奥に勤めるようである。藩主の正室は寧姫、いまはお寧さまと呼ばれるひとだが、するとふくはそのお寧さまの身のまわりに仕えることになるのだろうか。思いがけない境遇の変化だと、文四郎は思った。ふくとの間に、にわかに越えがたいへだたりが生まれたような気がした。

 ――それにして……。

 わかりにくい葺屋町の奥の長屋まで、ふくはよくたずねて来てくれたと思った。文四郎は、何となくたずねて来たのがふくの独断のような気がしている。

 ふくの母はあのとおりの人間である。事件が起きると、一度も文四郎の家に足を踏みいれなかった。甚兵衛は人のいいおやじだが、気働きがすぐれた人間とは言えず、江戸に行くのだから牧の家に挨拶に行って来いと娘に指示したとも思えなかった。

 ――ふくは多分、自分の考えで来たのだ。

 それも、おれに会いにと、文四郎はさっきから胸にしまっておいた考えを、そっと表に持ち出してみた。

 その推測には何の根拠もなかったが、動かしがたい真実味があった。ふくはおれがいなくて、力を落としてもどったのではなかろうか。そう思うと、文四郎はふくのその気持ちが自分にも移って、気分が沈んで来るのを感じた。ふくに会ったらどうだったろうかということまでは考えなかった。ただ会えなかったことが、かえすがえすも残念だった。》

 

「男女の世界のことは、ほんのわずかにのぞきみる程度のことしかわからなかったが」

 父とともに藩への謀叛で切腹させられた道場の高弟矢田作之丞の未亡人淑江への密かな心の乱れが、子供から大人へ成長してゆく文四郎の蠢く副筋として絡み、読者に隠微な期待を抱かせる。

151《――また、来ている。

 と文四郎は思った。重苦しい気分がもどって来た。

 風采(ふうさい)も身ごなしもさっそうとしているその若い武士が尋ねて来るのは、文四郎とは別棟に住む矢田作之丞の遺族の家である。

 矢田の遺族は、矢田の母と嫁の二人で、母親は盲目だった。ほとんど外に出て来なかった。矢田の家も、作之丞が切腹させられたあと絶家にはならず、家禄を減らされて別命があるまでいまの長屋に住むように指示されたのだった。

 たずねて来る若い武士が、矢田の遺族とどういうつながりがあるのかわからなかった。だが、その武士と矢田の未亡人といっては痛々しいほどに若い嫁との間に、近ごろおだやかでないうわさがあることを、文四郎は母の遠まわしな言葉で知った。ある夜、長屋の誰かがおそくなって長屋の前まで帰って来た時、手をつないだ矢田の嫁と若い武士が暗い野道から上がって来たのと、ぱったり顔をあわせたというのである。

 うわさの真偽は不明だった。若い武士が何者なのかも知れなかった。ただ文四郎は、その若い武士が、何の用があるのかは知らず、かなりひんぱんに矢田家をおとずれて来るのを見、またときには、淑江(よしえ)という名前の矢田の嫁が、その若い男を見送って垣根の外まで出るのを見かけるだけである。

 しかし長屋でささやかれているうわさは、文四郎に何とはない不快感をあたえるものだった。その不快感から、文四郎は矢田の嫁と顔をあわせると軽い辞儀をしたあとに顔をそむけることがあった。

 矢田の残した嫁はうつくしいひとだった。龍興寺の建物の中で見たときもきれいなひとだと思ったが、あかるい日の下で見ると、そのひとは白い肌にかすかに血のいろをうかべ、頬はなめらかで、やや目尻の吊(つ)った勝気そうな眼が黒く澄んで、夫を喪(うしな)ったいまも若い人妻のかがやきに包まれているのだった。四肢はよくのび、着物の下の胸と腰にはまぶしいほどに肉が盈(み)ちているのも見てとれた。

 そのひとを見ると、文四郎は生前の矢田作之丞とは似合いの夫婦だったろうと思わざるを得なかった。矢田も上背があり、男らしい風貌を持つ美男子だったのである。

 ――あまり、変な真似はしてもらいたくない。

 と文四郎は思っている。

 男女の世界のことは、ほんのわずかにのぞきみる程度のことしかわからなかったが、文四郎は矢田の嫁のあかるすぎる表情が気になった。

 不快感は、あのひとはいつか死んだ矢田を裏切るのではないかという予感がもたらすもののように思われた。》

 

「取り返しのつかない過失だったように思われて来る」

「後悔」は時間とともに果実が熟れてゆくように爛熟する。追憶の反復は記憶の中の出来事を強化し、時には感情を肥大化せしめ、あるいは偽りの記憶とさえなりえるのだが、この場合の直観は間違っていなかった。

154《――ふくに会いたかったな。

 と文四郎はぼんやりと思った。ふくのことを考えると、不思議に気持ちがあかるくなるようだった。それはふくが、逸平や杉内道蔵とはまた違った意味で、信用してかまわない人間だからだろうと文四郎は思った。ふくは反逆者とか罪人とかいうまわりの言葉に惑わされずに、文四郎が陥った苦境を理解していたはずである。女の子らしく、未熟だがやさしい素直な気持ちで。

 江戸に行くことを告げるために、わざわざたずねて来たのがその証拠だと、文四郎は思った。ふくは、まわりはどうあれ自分はむかしもいまも少しも変わらないこと、もしかしたら江戸に行っても変わらないことを言いたくてたずねて来たのではなかろうか。

 そう思うと、文四郎はやはりふくに会えなかったことが取り返しのつかない過失だったように思われて来るのだった。もし推察するような気持ちを抱いてたずねて来たとすれば、それはふくの告白にほかならないことになろうか。それにどうこたえるかはべつにして、そのときそこに居合わせなければいけなかったのではないか、と文四郎は思っている。

 その過失のために、今度はこのあと二度とふくに会えないような、暗い気持ちにとらわれはじめたとき、母の登世が部屋の外から、客だから入り口まで出るようにと言った。》

 

《「家老屋敷」》

「文四郎の内心を掘り下げて行くと」

 藤沢周平はロマンチックな描写につづけて、リアルな分析を行う。そこには「時代小説の質があがつた」と丸谷才一に批評させた近代性がある。《そのひとが目の前にいないときは、文四郎はそのひとに対して概(おおむ)ね寛容で、好意的になっている。そういう文四郎の内心を掘り下げて行くと……》には、作者の姿が見えすぎているきらいがあるとはいえ、明快さに気持ちよくさせられる。

162《長屋の前の生け垣のそばまでもどって来たとき、中からひとが一人道に出て来た。頭巾(ずきん)で顔をつつみ、胸に風呂敷包みをかかえたすらりとした身体つきの女は、矢田の未亡人だった。

 矢田の未亡人は、生け垣を左に曲がろうとしたが、すぐに道を歩いている文四郎に気づいたらしく、二、三歩もどって声をかけて来た。

「お散歩ですか、文四郎どの」

 未亡人はなれなれしく言った。矢田の未亡人は誰かに同じ長屋の牧家のことと、文四郎が作之丞と石栗道場の同門であるのを聞いた様子で、一年ほど前から文四郎を見かけると声をかけて来るようになった。

「ごめんなさい。頭巾のままで」

 と未亡人は言った、強い化粧の香が文四郎の鼻をうった。(中略)

 未亡人は、武家の女子にはめずらしく、気取らずあかるい気性の女性だった。だがひとを惹(ひ)きつけるそのあかるさも、いまの文四郎には軽躁(けいそう)でうさんくさいものに思われた。それにいまの言い方は、こちらを年少の男子と侮ってはいないだろうか。年少には違いないが、おれはもう子供ではない。

 文四郎がむっとして立っていると、矢田の未亡人はやっと笑いをひっこめた。

「ご機嫌がわるいようですこと」

「そんなことはありません」

「そうかしら。お隠しにならなくともけっこうですよ」

 矢田の未亡人はまたいたずらっぽい表情になりかけたが、すぐに思い返したように、文四郎を呼び止めたのは頼みごとがあったからだと、まじめな口調で言った。

「わたくしがお針の内職をしていることは、おかあさまからお聞きですね」

「はあ」

「今年の春から、子供の着物も仕立てることにしました。どうぞまたお客様を紹介してくださるようにと、おかあさまに申し上げてくれませんか」

 そう言えばわかるからと言って、矢田の未亡人は文四郎の胸近く顔を寄せ、にっとほほえむと背をむけて去った。

 どことなくなまめいて見える矢田の未亡人の肩や臀(しり)、白足袋の足もとなどが、にごってよどんでいる日暮れの気配の中を遠ざかるのを、文四郎はしばらくぼんやりと見送ったが、すぐに気づいて眼をそらした。(中略)

 そのひとが目の前にいないときは、文四郎はそのひとに対して概(おおむ)ね寛容で、好意的になっている。そういう文四郎の内心を掘り下げて行くと、そこにはありきたりの若者らしく、年上のうつくしい女人に惹かれる気持ちがひそんでいる。しかしそれを認めたくないために、正体不明の武士とか、化粧の香とか、あかるすぎる人柄とかに非難の材料をみつけたがるといったようなものなのだが、本人はそれには気づかず、自分のそういう気持ちの変化をいくらか不思議に思うのだった。

 文四郎は頭を振った。是認したとはいえ、未亡人の化粧の香はやはり濃くて、強い香は頭の芯(しん)まで入り込んで来たような気がしている。》

 

「突然に、文四郎の手のとどかないところに遠ざかってしまったのである」

 父を死に追いやった里村家老から家老屋敷に呼び出される。旧禄(二十八石二人扶持(ぶち))に復し、郡奉行支配を命ぜられる。吉報を江戸にいるふくに知らせたいと思った。とはいっても、手紙もままならない時代の、身分的にも手の届かない世界にふくは行ってしまっている。

 バルト「嫉妬:愛のさなかに生じる感情で、愛する人が自分以外の誰かを愛しているのではないかというおそれから来る。」のではあるが、『蟬しぐれ』では、ふくが「自分以外の誰か」を「愛している」か否かを問うこと以前に、藩主という最高位の者の側女であることによって、もはや恋愛小説の根幹である「嫉妬」の感情が成立しえない。ここに不可能な「恋愛小説」である最大の由縁がある。

 バルト「底なしの淵に沈む:恋愛主体が、絶望、あるいは歓喜のせいで襲われる心神沮喪の発作。」は、《では、終わったのだと文四郎は思っていた。その思いは唐突にやって来て、文四郎を覆いつつみ、押し流さんばかりだった。》であり、バルト「占有願望:愛する人をわがものにしようと望みつづけるからこそ、恋愛関係につきもののあの苦しみがあるのだ。そう悟った恋愛主体は、あの人に対する一切の「占有願望」を放棄する決意を固める。」とは、《平静さを取り戻し、数え切れない禁忌から成り立っている日常に、少しずつもどって行く自分を感じていた。ふくとのことは、何事もなかったように振る舞うことだと思った。そうすれば、それはもともとなかったことになる仕組みを文四郎は承知していたし、その種の抑制に堪える訓練も積んでいた。》であるが、恋愛感情を意識した初めからすでに終わってしまっていた恋とも言える。封建制とは、《もともとなかったことになる仕組みを文四郎は承知していたし、その種の抑制に堪える訓練も積んでいた。》という権力統治が人心の隅々まで静かに行き渡っていることで、そこに恋愛と結婚の基盤がある。

 ともかくも、バルトの恋愛のフィギュールが、蟬しぐれのように、目くるめく白い光を浴びて一挙に押し寄せてくるのは、禁忌がとかれることで、おふくが「恋愛対象」に昇華してきているからであろう。

177《知らせておけば、そのことはいつか江戸にいるふくの耳にもとどくだろうと、文四郎は考えていたのである。そのことをぜひ、ふくに知らせたかった。

 文四郎の眼にはいまも、父の遺体をはこんで来た車をひいたふく、通夜の席で、ひっそりと涙をながしてくれたふくの姿が消えずに残っていた。牧の家が潰(つぶ)れずに残り、文四郎が郡奉行支配下に入って家をつぐことを知れば、ふくはひとごとならず喜ぶはずだという確信がある。(中略)

「ふくに、殿様のお手がついたのだそうです」

「……」

 女房の言葉を理解するまで、ちょっとの間があった。しかしその言葉は、つぎの瞬間何の苦も無く腑(ふ)に落ちて、文四郎の頭の中で音立ててはじけた。文四郎は目の前が真っ白になったような気がした。

 つぎに文四郎は、怒りとも屈辱とも言いがたいもののために、顔がカッと熱くなるのを感じた。小柳さまは、これからまだまだ出世なさいますよ、という山岸の女房の声が遠く聞こえた。

 しかし、山岸の家を出て路上にもどったときには、その怒りに似た気持ちはおさまっていた。かわりに文四郎を覆いつつんで来るべつの感情があった。

 ――そうか。

 では、終わったのだと文四郎は思っていた。その思いは唐突にやって来て、文四郎を覆いつつみ、押し流さんばかりだった。

 蛇に嚙(か)まれたふく、夜祭りで水飴(みずあめ)をなめていたふく、借りた米を袖にかくしたふく。終わったのはそういう世界とのつながりだということがわかっていた。それらは突然に、文四郎の手のとどかないところに遠ざかってしまったのである。

 そのことを理解したとき、文四郎の胸にこみ上げて来たのは、自分でもおどろくほどにはげしい、ふくをいとおしむ感情だった。蛇に嚙まれた指を文四郎に吸われているふくも、お上の手がついてしまったふくも、かなしいほどにいとおしかった。

 文四郎は足をとめた。そして物思いの炎が胸を焦がすのにまかせた。そこは矢場跡の空地のはずれで、振りむいても組屋敷の通りがひっそりとのびているだけで、ひとの姿は見えなかった。芽吹いた雑木林の奥からかすかに遊ぶ子供の声が洩(も)れて来るだけである。文四郎の放恣(ほうし)な物思いをじゃまする者も、咎(とが)める者もいなかった。

 ――あのとき……。

 と文四郎は強い悔恨に苛(さいな)まれながら、たずねて来たふくに会えなかった日のことを思い出している。あのときふくは、このようにしてやがて別れが来ることを予感していたのだろうか、と思った。

 その考えは文四郎を堪えがたい悔恨で覆いつつんだが、その一方で文四郎は、いまのはげしい物思いが、ふくとの別れが決まったからこそ、禁忌を解かれた形であふれ出てきていることを承知していた。禁忌をといたのは文四郎自身だが、ふくとの突然の別れがおとずれなかったら、ひとにはもちろん、自分自身にさえ本心をさらけ出すようなことは決してなかったろう。

 文四郎は平静さを取り戻し、数え切れない禁忌から成り立っている日常に、少しずつもどって行く自分を感じていた。ふくとのことは、何事もなかったように振る舞うことだと思った。そうすれば、それはもともとなかったことになる仕組みを文四郎は承知していたし、その種の抑制に堪える訓練も積んでいた。自分にとってもふくにとっても、いま必要なのはそういうことだとわかっていた。》

 

《「梅雨ぐもり」》

「ひとには言えないかすかな不遇感を味わうのだった」

 バルト「ひとり:このフィギュールは、恋愛主体にとっての人間的孤独ではなく、その「哲学的」孤独を指している。これは、今日の主たる思惟体系(ディスクール体系)が、どれひとつとして情熱恋愛をとりこもうとしないがゆえの孤独である。」とは、『蟬しぐれ』における「不遇感」に当たる。「不遇感」は恋愛におけるそればかりではなく、父の唐突な死とうす汚れた長屋にすて扶持で養われて、前途にのぞみを見出せずに罪人の子と白眼視されていることが支配的であって、背景には藤沢自身の伝記的な不遇感があるだろう。

 不遇感は「悔い」とも連動し、バルト「追放:恋愛状態の断念を決意した主体は、おのが「想像界」から追放される自分の姿を、悲しみとともにながめる。」であるとともに、バルト「所を得る:恋愛主体には、自分のまわりの人がすべて「所を得ている」と見える。誰もがみな、さまざまな契約関係からなる実用的で情動的な小体系をそなえていて、自分だけがそこからしめだされていると感じるのだ。そのことで彼は、羨望とあざけりのないまぜになった感情を抱く。」でもある。

188《不遇感といえば、文四郎の胸の底にはもうひとつ溶解しきれない鬱屈の種子がある。言うまでもなく、藩主の側女(そばめ)になったふくのことだった。

 境遇がちがってしまったふくを、いつまでも女々しく思い詰めているというのではなかった。ふくに対する気持ちにはきっぱりと清算がついている。それはいかにもいとおしむべき過去だったが、しかしいまは過去でしかないものであることがわかっていた。

 ただ文四郎の胸の底から、時おり嚥下(えんか)しがたい何かの魂のようにうかび上がって喉(のど)につかえる想念がある。ふくが普通の家の嫁となったのではなく、藩主の側女になったことに対するこだわりだった。ふくの本意ではあるまいと思うのである。ふくは手折られた花にすぎない。

 出世した甚兵衛夫婦はともかく、藩主の側女に挙げられたふく自身が喜んでいるとは思えなかった。ふくはしあわせではあるまい。

 そういう考えは文四郎をいっとき胸ぐるしくし、そのときも文四郎は、ひとには言えないかすかな不遇感を味わうのだった。ふくのことで、文四郎が何ものかを失なったのはたしかだったのである。》

 

「真実を言うわけにもいくまいと思った」

 バルト「誘導:恋愛主体が特定の対象を愛するに至るのは、それが欲してしかるべき対象であることを、誰かが彼に示したからである。どれほどに特殊なものであろうと、恋愛の欲望はすべて、誘導によって発見されるものなのだ。」とは、逸平が指摘する「おまえはあの娘と契っていたのじゃないのか」が相当するだろう。

しかし、バルト「隠す:慎重さのフィギュール。恋愛主体は自問する、いとしい人に対して自分の愛を打ちあけるべきかどうかではなく(これは告白のフィギュールではないのだ)、自分の情熱の「ざわめき」(荒れ狂い)を、自分の欲望を、自分の悲嘆を、要するに自分の過熱ぶり(ラカンの用語でいえば自分の熱狂(・・・・・))を、どの程度に隠しておくべきであるかを。」に逃げるのは、思春期によくあることで、『蟬しぐれ』における「恋愛」とは、相手が存在するうちは「恋愛」意識がなく、相手が不在(そのうえ身分的に手が届かない位につく)になってから「恋愛」と意識されてくるという「恋愛小説」としての困難さ、不可能性から来るのだが、積極的に行動できなくとも、心理的には相手が不在であることによって、かえってドラマを高めさえする。「自分で気持ちにケリをつけるしかないんだ」と文四郎はわかっていた。

 松明からこぼれる火が水に落ち、白っぽい夜気があたりをつつむ様子など、藤沢の自然描写は抒情詩のようだ。

205《「うわさというのは、おまえの隣に住んでいた小柳のおふく、あの子にお上の御手がついたというんだが、聞いたか」

「うわさじゃない。ほんとのことだ」

 と文四郎は言った。

「それにおふくはもう子供じゃない。りっぱな娘だ」

「そうか、やっぱり知っていたのか」

 ふうむ、と逸平は顔をしかめたが、突然に言った。

「おれの見当違いだったら誤るが、おまえはあの娘と契っていたのじゃないのか」

「ばかな」

 と文四郎は言ったが、顔が熱くなるのを防げなかった。逸平を大した眼力の持ち主ではないかと思った。その事実はないが、胸にそういう気分がひそんでいたことは否定出来ない。

「ふくが江戸に行ったのは一昨年だ。さっき子供ではないといったが、江戸に行くころのふくはむろん大人でもなかった。そんな小娘と行く末を契ったり出来るわけがない」

「そうか、おれの見当違いか」

 逸平は首をかしげた。

「それならいいが、おれはどうも貴様が近ごろ以前と変わったように思えてな。それはおふくのせいじゃないかと考えたのだ」

「それは考え過ぎだ。おれはどこも変わってなどおらん」

「そうか、それならいいんだ」

 言ってから逸平は、やや突き放すように言った。

「よしんばそうだとしても、そのへんは親友といえども口出しはむつかしいところだからな。自分で気持ちにケリをつけるしかないんだ」(中略)

五間川の河岸まで行って、そこで提灯をわたし、提灯をさげた逸平が橋を渡るのを見とどけてから、文四郎は踵(きびす)を返したが、五間川の上流の方に裸火が燃えているのを見て足をとめた。

 五間川がちょうど東の方に曲がる、その曲がり角のあたりに動いているのは松明(たいまつ)だった。動いている人影は二、三人。そしてそこまでかなり遠いにもかかわらず、松明からこぼれる火が水に落ちるのも見えた。どんな魚を取っているのかはわからないが、松明を使って川魚を取っているらしい。霧のように白っぽい夜気が、そのあたりをつつんでいる。

 しばらく眺めてから、文四郎はさっき来た道をもどりはじめた。

 ――今夜は……。

 逸平に二つもほんとうのことを言うのを避けてしまったな、と文四郎は思っている。一つはむろんふくのことである。しかしふくは以前は知らずいまは藩主の側女である。逸平のような聞き方をされては、真実を言うわけにもいくまいと思った。》

 

「両腕を広げて、軽く文四郎を抱きかかえた」

 小説にはみだらな酩酊感も必要であって、清廉潔白な道徳観だけでは面白くないことを、藤沢はチェーホフなどから学んでいた。よく藤沢は江戸市井ものの叙情性から山本周五郎に似ていると言われ、本人はあまり好ましく思わなかったようだが、決定的に違うのは、山本が不思議なまでに性描写をせずにいられなかったのに対し、藤沢にその性向はなかったということだ。

207《そして長屋の門のかわりをしている生け垣の切れ目まで来たとき、前方の道に急に人の気配が動いた。一人は足音を残して駆け去り、もう一人は文四郎が立ち止まっている方にゆっくり近づいて来る。暗がりにうかんだのは矢田の未亡人の白い顔である。それで文四郎は、走り去ったのが誰かがわかった。

 いつものように文四郎が、憤りとかすかな羨望(せんぼう)のまじる気分につつまれて立っていると、未亡人が身体が触れ合うほど近くまで来て立ちどまった。そしていつもとはちがう物憂いような声で、文四郎さんなのねと言った。そしてつぎに未亡人は思いがけない行動に出た。両腕を広げて、軽く文四郎を抱きかかえたのである。はっと思ったときは、未忘人は身体をはなしていた。

「雨が降ってきましたよ」

 やはり物憂げな声でそう言うと、矢田の未亡人はすたすたと家の方に去って行った。化粧の香と骨細な腕の感触があとに残った。

 ――みだらな人だ。

 と文四郎は思った。だがそのみだらさが、かすかな酩酊(めいてい)感をもたらしたのも確かだった。》

 

《「暑い夜」》

「矢田の未亡人の立場の危うさが見えて来て、文四郎はぞっとした」

 矢田の未亡人淑江の実弟布施鶴之助が、姉の家で白刃を構えるのをとどめたことから文四郎は鶴之助と知りあう。淑江が藩によって身動きできない事態に追いこまれていると教えられ、家の存続という封建的大義に縛られた、生殺しのような女の悲しみにやり場のない義憤を抱くが、そこにはふくの境遇への悲しみと義憤も、バルト「共苦:愛する人が恋愛関係とは無縁の理由で悲しんだり脅えたりしているのを見る、感じる、あるいは知るたびごとに、恋愛主体は激しい共苦を感じる。」で通底しているだろう。

209《すると別棟の長屋の、矢田の遺族の家の前あたりで、男が二人白刀を構えて向き合っているのが眼に入った。

 どこの家でも、まだ戸をあけ放して涼を取っているために、灯は外に洩(も)れて二人の姿がはっきりと見えている。一人は矢田の未亡人をたずねて来る例の若い男だった。そしてもう一人は、それよりずっと若く、文四郎と同年ぐらいかと思われる武士だった。

 鋭い女の声がした。入り口のまえに出て来た矢田の未亡人の声である。

「鶴之助さん、刀を引きなさい。何ですか、野瀬さまに失礼じゃありませんか。あなたは何か誤解しているのです」

 未亡人は一歩前に出た。

「さ、刀を引いて。話合えばわかることです。みっともない真似はおよしなさい」

「前に出るんじゃない」

 若い武士がはげしく叱咤(しった)した。(中略)

「矢田家から離別してもらうことは出来んのか。その方がいいように思うがな」

「それがだ。姉がいれば矢田の家に養子が許されるかもしれないという意見が、上の一部にあるらしい。それで去るに去れない微妙な立場にいるわけだ」

「ふうむ」

 文四郎は腕を組んだ。事情がのみこめると、矢田の未亡人の立場の危うさが見えて来て、文四郎はぞっとした。小雨の降る闇の中で、腕に抱きしめられたことを思い出したのである。

「なるほど。そうなると野瀬などという人物がたずねて来るのは、ごくまずいことになるな」

「まずいもまずい」

 布施は舌打ちせんばかりの顔になった。

「それで、今夜はまさかと思ったが、様子をたしかめに来たら、何のことはない。野瀬が来て、二人で親しげに話しをしておる。頭に来たから表に引き出して、刀を抜けと言ってやったのだ」

「野瀬というのは何ものなのだ」

「野瀬郁之進(いくのしん)、三百石の御奏者野瀬家の嫡男だ。けしからんことに、この男にはもう妻子がいるのだ」

 と布施は言った。

布施の言葉は文四郎をおどろかした。それでは二人の交際は、正札つきの不倫ではないかと思ったのである。

「どうしてそういうことになったのかな」

 文四郎が言うと、布施は話せば長いことになると言った。

 布施の姉淑江は子供のころからの美貌で、成人したらきっと身分高い家から嫁にのぞまれるにちがいないと言われた。布施の両親は周囲からそう言われるのを嫌ったが、淑江が十七のときに御奏者の野瀬家から縁談が持ちこまれて、周囲はそのことを先に言いあてた形になった。

 だがその縁談は、結納を済ませたあとになって突然に破談となった。理由は野瀬の方の親戚の一人が、身分違いを楯(たて)に強硬に縁組みに反対したからだと言われた。布施の両親は激怒した。

 布施の家は七十五石である。その身分違いを懸念して最初に野瀬からの縁談を辞退したのは布施の家の方である。それを先方に、要は本人次第、容姿、心ばえともに野瀬の嫁としてはずかしからぬ娘と見込んでの申し込みだからと説得されて、ようやくその気になったところにことわりの使者が来たのだから、布施の家の者が怒るのは当然だった。(中略)

「もっとも姉も親たちも、その破談で深く心を痛めたというわけでもなかった。というのも、それからわずか三月ほどのちに、姉は矢田作之丞どのと縁組みがまとまったからだ。作之丞どのは百石の御納戸勤めだが、剣が出来、人物も野瀬などより数等すぐれていた。いまも思い出すが、そのころは姉もわが家もしあわせな気分にひたっていたものだ」

 布施は口をつぐんだ。そしてぽつりと、作之丞どのがあんなことになるとは思わなかったと言った。

 布施の言い方には、義兄の矢田をあがめている気持ちがあふれていたので、文四郎も、矢田作之丞は道場でもっとも尊敬した先輩だったと言った。そしてため息をひとつついてから言った。

「なるほど、それで事情がのみこめたな」

「いや、まだ全部は話していない」

 と布施が言い、さらに声をひそめた。

寡婦となった姉に近づいた野瀬の気持ちはわからんでもない。許し難いのはあの男が姉に、暮らしの足しにと金をあたえていたことだ。そして姉はそれを受け取っている。破廉恥な話ではないか」

 破廉恥な話だと言って文四郎を見た布施の顔に羞恥(しゅうち)のいろがみなぎった。》

 

《「染川町」》

「「こっちに来る直前に聞いた話だが、お福さまは御子が流れたらしい。流産だ」」

 与之助は蝋漆役という小役人の出とはいえ、十五の齢で秀才ぶりをみこまれて江戸に留学していたが、一時帰国のさい、文四郎に江戸屋敷のふくのうわさを聞かせる。

 バルト「うわさ話:愛する人がゴシップの種になり、下世話な話のさかなにされているのを聞くとき、恋愛主体が感じる心痛。」が相当しそうに思うが、与之助のうわさ話は、ゴシップ、下世話な話というわけではなく、もっと切実なものがあって、否定的な意味あいからずれる。

240《「こっちに来る直前に聞いた話だが、お福さまは御子が流れたらしい。流産だ」

「……」

 文四郎はいきなり、何か切れ味の鈍い、たとえば鉈(なた)のようなもので身体のどこかを切られたような気がした。その痛みは、ゆっくりとひろがり、胸の中にまで入って来た。

 ――そうか。

 お手がつくということは、当然そういうことだったのだ。殿の子を産むということだったのだと思っていた。しかし、十五のふくは、殿の子を産むことをのぞんだろうか。

「おい、どうした」

 与之助にのぞきこまれて、文四郎ははっと顔を上げた。

「流産したというのは、どういうことだろうな。身体の具合がわるかったのか」

「それが、だ。ひと口には言いにくいが……」

 与之助は声を落とした。

「おふねさまを知っているな」

「松乃丞さまのおふくろさまだろう。名前は聞いている。大変な勢力家だというではないか」

「そのとおり」

 と与之助は言った。

「お福さまの流産は、おふねさまの指し金だといううわさがあるらしい。つまり、殿の御子はもういらんということだと、おれに話した人間は言っていたな」

「ふむ」

「殿の寵愛をひとり占めにしている、さっそくに御子は身籠(みごも)るというわけで、おまえの知っているおふくさんは、おふねさまに憎まれているらしいのだ」 

「……」

「お福さまはいま下屋敷におられるのだが、殿が見かねて国元に帰すのではないかといううわさもある」

「御役ご免か」

「いや、そうではないだろう。江戸よりは安全な国元に置くというだけのことだろうよ」》

 

「「ただ言ったようなことがあったことだけは話しておきたかったのだ」」

 バルト「多弁:これはイグナチオ・ド・ロヨラの用語であるが、自分の心の傷や行動のなりゆきについて、とめどなく語りつづける恋愛主体の、内的なことばの奔流を指す。恋愛にまつわる「言述活動」の誇張的形式。」とは、ここでの堰を切ったように内心を吐露する文四郎がぴったりだが、言述に誇張はなく、朝の光に似た深いかなしみを伴う誠実さにとどまっている。

246《文四郎は、そのときの状況を与之助に話して聞かせた。大橋市之進にしごかれて、帰りがいつもよりおくれたこと、道場から帰ってみると、たずねて来たおふくがもう帰ったあとだったことなどである。

 「おれはさっき、相思相愛などというものは何もなかったと言った。その言葉にいつわりはない。しかし、そのときのことはいまだに気持ちにひっかかっているんだ」

 「……」

 与之助は盃を手ににぎったまま、黙って文四郎を見ている。

「おふくはそのとき十三だ。男女の情を解していたとは思えない」

 文四郎が言うと、与之助にもたれかかっていたおとらが顔を上げて、おふくってだあれと聞いた。与之助がおまえは黙っていろと頭をこづいた。文四郎がつづけた。

「しかし、その日おふくは自分の意志でおれに会いに来たのだと思う。別れを言いにだ。ところが、ひと足ちがいでおれは会えなかった。その後悔はいまもまだつづいている、といってよかろうな」

「……」

「むろんおれも、そのころはまだ、男女の情の何たるかなどということはわかりはしない。だがそのときふくに会っていたら、何かを言ったはずなんだ。何を言ったろうかということは、いまだによくわからん。しかし、多分何か大事なことを言ったろう」

「……」

「もっとも、こういうことに気づいたのはそのときじゃなくて、もっとずっとあと。今年になってあのひとの身分が変わったと聞いたときだ」

「文四郎、もっと飲め」

 今度は与之助が酒の残っている銚子をさがし、文四郎に酒をついだ。 

「ひょっとしたら、おれのひとり合点かも知れん」

 と文四郎は言った。盃にわずかにつがれた酒をすすった。

「ひとり合点なら救われるのだが」

「いや、ひとり合点とは思えないな」(中略)

「相思相愛の間柄などというものではなかった。むろん契りもしなかった。だが子供ごころにも、似たような気持ちの通いはあったかも知れん。それがそんなに大事なことかどうかもわからんが、ただ言ったようなことがあったことだけは話しておきたかったのだ」

「……」

「そうせぬと、おまえをいつわったようになるからな」

「逸平には話したのか」

 いやと文四郎が首を振ると、与之助はわかったと言った。それじゃおれのさっきの話しはつらかったろうとつづけ、酔いの回った顔だったが、深い眼のいろで与之助は文四郎を見た。与之助は銚子をつかみ上げた。(中略)

 おふくは人の子を流産し、おれはこんなところで酔い潰(つぶ)れているかと文四郎は思った。朝の光に似た深いかなしみが胸を満たして来た。》

 

《「天与の一撃」》

「無用の危険なうつくしさに見えた」

 バルト「悪魔:恋愛主体はしばしば、自分が言語の魔につかれていると感じる。そのせいで彼は、自ら自分を傷つけたり、恋愛関係が彼のために作り上げてくれるはずの楽園から、わざわざ自分を放逐――ゲーテの表現によれば――したりするはめになる。」の変形として、不遇な立場に落された者同士の、相手を気遣う気持ちから発展して、凄艶(せいえん)な印象が加わった未亡人の美しさに惹かれてゆく危険性は、この後の未亡人の道連れが文四郎だった可能性さえあると想像させる悪魔的なものだ。

251《長屋の人びとをおどろかせた夏の夜の事件があってから、矢田の未亡人はほとんど外に出なくなった。それでも日々の暮らしの物を買うためか、たまに家を出ていそぎ足に外に行くことがあったが、そういうときも帰りは早く、またいそぎ足にもどって来た。

 日々の物といっても、青物や魚は触れ売りの商人を家の土間まで呼び入れて買いもとめ、未亡人はなるべく長屋の者の前に顔を出さないようにしているように見えた。

 ――当然だろう。

 と文四郎は思っている。奔放な性格のようにみえても、さすがにああいう事件があったあとも平気でいられるほどに、厚顔な女性ではなかったらしいと、そのことで文四郎は奇妙な安堵(あんど)をおぼえたのだが、しかし未亡人が現在おかれている立場を考えると、同情も禁じ得なかった。

 ――逃げ場がないからな。

 と思う。養子の可能性が残っていては、矢田の家をはなれられないのは自明のことだった。また、長屋の者と顔を合わせたくないからといっても、いまの家は藩命で住む家である。どこに逃げるわけにもいかない。未亡人のそういう立場が見えていた。

矢田の未亡人を気の毒に思う気持ちの底には、同病相あわれむ思いがある。事件を機会に、はっきりと不遇な立場に落された者同士の、相手を気遣う気持ちがある。

 ――だが、それだけでもないな。

 と文四郎は思っていた。未亡人は、この前のことがあってから幾分やつれた。そしていっそううつくしくなったように思われる。

 未亡人の顔は痩(や)せて、頬骨のとがりが現れた。だが、皮膚は透きとおるように白くなり、眼は憂いを宿して、本来の美貌に凄艶(せいえん)な印象が加わった。未亡人の立場にはそぐわない。無用の危険なうつくしさに見えた。そして文四郎は、自分が未亡人のそういううつくしさに、ひそかに惹(ひ)かれていることを承知していた。》

 

《「秘剣村雨」》

 文四郎十八歳、石栗道場を代表する剣士となって、熊野神社の奉納試合で小野道場の興津新之丞を下し、空鈍流の秘剣村雨が伝授される。秘剣を伝えるのは元家老で藩主の叔父に当る加治織部正だが、織部正は文四郎の父の切腹事件が何であったかを説明したうえで、秘剣を伝える。

 

《「春浅くして」》

「男のわれわれにはわからぬ女子の気持ちというものもあろう」

 バルト「自殺:恋愛の領野では、自殺の欲求が頻繁に見られる。ごくささいなことで惹起されるのだ。」とあるが、矢田の未亡人の自殺は、たとえ恋愛感情ばかりではないにしろ、悲劇性と死の匂いにおいて近松門左衛門の道行に似ている。封建制下、近松姦通物の恋の道行においても、気丈に先導するのは女のほうではないか。「男のわれわれにはわからぬ女子の気持ちというものもあろう」とは、大人でも難しい発言であろう。

《たなびくような白っぽい光は、文四郎に矢田の未亡人を焼く荼毘のけむりを連想させた》とあるが、なるほど『蟬しぐれ』で頻出する、「蝉の鳴声」は「悔恨」の伴奏なのと同じように、「白っぽい光」は葬送イメージの背景、現実から意識が遠のく世界の表徴に違いない。

293《「どうした?」

 とっさに不吉なものが胸にかすめるのを感じて、文四郎は鋭い声になった。

「姉上の身に、何かあったのか」

「死んだ」

 と布施は言った。そして顔はもどしたものの、深くうつむいてしまった。

「亡くなったと? いつのことだ」

「わかったのは一昨日だ」

 布施はようやく顔を上げた。そして呆然(ぼうぜん)としている文四郎に、なぜか弱々しく笑いかけようとした。

「姉は、ばかな女子だったよ」

「事情を聞かしてくれるか」

「むろんだ。その話しを聞いてもらいたくて来たのだ」

 と布施は言った。

 矢田の未亡人の失踪(しっそう)が、実家である布施の家に知らされたのは五日前である。布施には心あたりがあった。すぐに野瀬家に走った。

 はたして布施鶴之助の思ったとおりだった。野瀬家でも、郁之進(いくのしん)が昨日、外に出たまま夜になっても家に帰らず、ついに朝になってしまったので、心あたりに人をやり、大騒ぎで行方をたずねているところだったのである。

 そのうちに城中に勤める郁之進の友達が、郁之進夫婦のために関所手形をもらってやったことが判明した。行先は隣国の桃ガ瀬という温泉地である。それで鶴之助の姉淑江(よしえ)が、郁之進とともに城下を出奔したことが明らかになったのである。

 両家では探索の人間を呼びもどした。そして極秘のうちに、鶴之助の兄と郁之進の叔父が出国願いを出して桃ガ瀬にむかった。しかし桃ガ瀬に着いてみると、そこには郁之進と淑江は来ていなかったが、追手の二人はある予感にうながされるままに、温泉地の周辺をさがし回った。そして村里から遠くはなれた山麓(さんろく)の隅で、相対死(あいたいじに)に死んでいる二人をみつけたのである。

「ほら、山をひとつ超えるとむこうは雪も少ないし、日射しもこっちよりつよいような気がするだろう」

 と鶴之助は言った。隣国のことを言っているのである。

「二人の遺骸(いがい)は、まんさくの花が咲いている日あたりのいい斜面に、少しはなれて横になっていたそうだ。相対死といったが……」

 鶴之助はまた顔を背けて、あらぬ方を見た。感情が激するのを押さえる様子である。

「帰って来た幸太の話しでは、失礼、幸太は兄が連れて行った下男だ。幸太が言うには、相対死ではなくて、姉が野瀬を刺し、返す刀で自害したように見えたそうだ。野瀬は刀を抜いていなかったそうだよ」

「姉上は気性のつよいおひとだった。さもあらんか」

 と文四郎は言った。

 不意に、出奔は矢田の未亡人が持ちかけたことにちがいあるまい、と思った。あのひとは、いつどうなるというあてもない藩の処置に疲れはて、自分で矢田家の処遇に決着をつけるつもりで、郁之進を道連れに出奔したのではないか。

「矢田家に対する藩の処遇は、いまにして思えば生かさず殺さずというようなものだった。女子には耐えられなかったかも知れん」

「しかし、何も野瀬のような男と出奔することはなかった」

 と鶴之助は言った。文四郎を見た眼が赤くなっていた。

「もう少し、ましなやり方がありそうなものだ」

「男のわれわれにはわからぬ女子の気持ちというものもあろう」

 文四郎は微笑した。矢田の未亡人を攻めたくはなかった。ふり返ってみれば、予期せぬ重い不幸に見舞われた女性だったようでもある。(中略)

 河岸の道にぶつかる三叉(さんさ)路まで出て、文四郎は来た道をひき返した。すると通りすぎて来た町が一望に見えたが、町の様相はさっき家を出て来たときとは一変していた。日射しはまだ家々の屋根のあたりにとどまっていたが、その光は急速に衰え、街路にははやくも薄暮の白っぽい光がただよいはじめている。

 たなびくような白っぽい光は、文四郎に矢田の未亡人を焼く荼毘のけむりを連想させた。》

 

《「行く水」》

「その縁組はあっさりと決まった」

 一年ほどが過ぎ、藩では世子の志摩守が病弱を理由に隠居し、里村家老派の推す異母弟の松之丞が新たな世子を名乗って志摩守を継いだ。文四郎は郷村出役見習いとして出仕を命じられた。

 文四郎の「結婚」は、この時代の婚姻の仕組み、社会制度をよく反映している。持ち込まれた縁談に文四郎は口出しせず、おそらく事前に顔も見ることなく、母が気に入った嫁ならかまわず、身分(牧家二十八石に対し相手の家は二十五石)の釣り合いが重要なのである。ここに恋愛の紛れこむ余地はなく、それゆえに矢田の未亡人の(死に至る恋愛もどきの)いきさつは小説の構成上、重要な対称として機能している。

314《もうひとつの身辺の変化は、二月に妻をもらったことである。縁組は前年の秋にまとまり、二月になって上司と烏帽子(えぼし)親の藤井宗蔵、小和田逸平と杉内道蔵、ほか親戚数名だけの簡素な式を挙げた。

 文四郎の妻になったのは、青苧(あおそ)蔵役の岡崎亀次の次女せつである。色の浅黒い十人なみほどの容貌を持つ目立たない娘だったが、無口で父母を大事にするという話を、登世は気にいったらしく、上原の妻女が何度目かに持って来たその縁談にはじめて乗り気を示した。

 その後、実家の嫂(あによめ)が母に頼まれてその娘を見に行ったり、多少のいきさつがあったあとに、その縁組はあっさりと決まったのである。文四郎は口出しをしなかった。母が気にいった嫁なら、それでかまわないと思っていた。母の登世は、文四郎の城勤めが近づいたころから、言動にやや老いを感じさせるようになっていた。母に楽をさせてやるべきだった。岡崎は二十五石取りで、身分も釣り合っていた。》

 

「逝(ゆ)く者はかくのごときか、昼夜を舎(お)かず」

 江戸から国元の藩校に戻ってきた与之助が、お福(ふく)が藩主の指示で金井村の欅御殿に匿われていると告げる。

 バルト「報告者:友情のフィギュール。ただし、その恒常的役割は、むしろ、恋愛主体を傷つけることにあるらしい。愛する人について、一見ささいであたりさわりのない情報を提供してくれるのだが、結果的にはそれが、愛する人のイメージをそこなうことになるのだ。」とあっても、イメージをそこなうということからずれている。

 ふたたび、過ぎてしまった時間、歳月が川の表徴によって文四郎の意識を流れてゆく。なお、藤沢周平が与之助に、「おれはこのお言葉から教訓を読み取るのは好かん」と語らせたように、藤沢文学から処世訓、人生論ばかりを読みとろうとするのは作者の望むところではないだろう。 

322《「証拠というと?」

 文四郎が与之助の顔を見た。すると与之助がうなずいて、誰にも言うなよ、事実なら藩の秘事だと言った。

「お福さまは身籠(みごも)っているというのだ」

「殿の御子を?」

「むろん、殿の御子だ」

 愚かしいことを聞くな、という眼で、与之助は文四郎を見た。

 文四郎は肌が栗立(あわだ)った。国元は側室おふねと結びつく稲垣、里村派の天下である。そのことが洩れたら、お福のいのちがあぶないのではないか。

「それは事実か」

「お福さまのそばに懇意にしている女中がいる」

 およねと懇意にしているその女中は、お福が屋代家に預けられるときに、供して送って行った。そしてその先で、屋代家の者がお福の妊娠のことを言い、大事の身体だからゆっくり養生するようにと言うのを聞いて、耳を疑ったという。

「およねは、お福さまが屋代家から国元にかえされたのも、お上のご指示だと信じている」

「その女子が言うだけだな」

 と文四郎は言った。

「にわかには信じがたい話だ」

「しかし事の真相というものは、往々にしておよねのような女たちがにぎっているものだ。と言っても、おれも半信半疑の気持ちはぬぐえぬが……」

 与之助は、書物を油紙の荷の中に押し込み、紐(ひも)でしばりながら言った。

「いずれ話の真偽はわかることだ」

「そうだな」

孔子さまは川のほとりに立って言われた。逝(ゆ)く者はかくのごときか、昼夜を舎(お)かずとな。おれはこのお言葉から教訓を読み取るのは好かん」

 と与之助は言った。

「夜も日もなく、物の過ぎゆく気配をさとって孔子さまは嘆じられたのだ。両手をあげてな。われわれのまわりもずいぶん変わった」

「同感だ」

 と文四郎は言った。》

 

「変わらないものがどこにあろうか」

 文四郎は、郷方の田圃見廻りを装って、金井村にある欅御殿の様子を探る。

 バルト「不在:恋愛対象の不在――その原因と期間を問わず――を舞台にのぼせ、これを孤独の試練に変えようとする言語的挿話。」の中でバルトは、《耐え忍ばれる不在とは、忘却以外の何ものでもない。つまり、わたしは間歇的に不実となるのである。それが生き残るための条件なのだ》と書いているが、そのとおりのことが文四郎にも起きる。そして文四郎の優れたところは自己省察を他者(ふく)にも推量できることだ。

329《「郷方出役、牧文四郎です」

 文四郎が名乗ると武士はうなずいた。手でどうぞ行ってくれという身振りをした。

  ――言った名前を……。

 あの男たちはお福に伝えるのだろうか、と文四郎は思った。しかしそれで胸がときめくようなことはなく、文四郎は伝えても伝えなくてもどちらでもいいことだと思った。

 繭(まゆ)に籠(こも)るように、藩主の子を腹に抱いて別邸に籠っているお福の姿が見えている。それは文四郎の記憶にあるふくとは、異なる女人のようにも思われた。そういう感じをうけたのははじめてだった。

 孔子さまは川のほとりに立って言われたと話した与之助の声が、耳に甦(よみがえ)って来た。流れ行く水のように、夜も昼も物のいのちは過ぎて行き、変化する、変わらないものがどこにあろうかと文四郎は思った。

 父の死、矢田淑江の死、秘伝、出仕、祝言と、ここ数年の間に文四郎の身辺は激変した。そしてその間、ひと筋にふくを思いつめたというのではなかった。時には忘れた。そしてまた、ふくの方も尋常でない変化をくぐり抜けて来たのである。牧文四郎の名前を聞いて、ふくが懐かしがるとはかぎらない。

 しかも側室お福は孤立無援ではなく、藩主がちゃんと護衛をつけていたのである。おれが気遣うことはなかったと思いながら、文四郎は村はずれに立ちどまって欅御殿のあたりを振りむいた。》

 

《「誘う男」》《「暗闘」》《「罠」》

 村廻りとして働きはじめた文四郎は、父が代官の不正を糾そうとして里村家老に切腹させられた、と事件の真相を知る。お福は欅御殿で密かに出産したらしい。かつて父が属していた横山家老派は里村家老派への反抗の姿勢を強め、文四郎も誘われる。一方、文四郎は里村家老から、反対派の陰謀から守るために欅御殿から旧知のお福の御子を奪って来るよう藩命を受けてしまう。文四郎は罠と気づくが、お福と御子の命を救うために秘策をもって、小和田逸平、布施鶴之助とともに欅御殿へ向かう。

 

《「逆転」》

「気持ちのどこかでふくの変貌を恐れてもいた」

 バルト「変質:恋愛の領野にみられる現象で、恋愛対象についての反・イメージの瞬間的算出。恋愛主体は、ほんのささいなできごと、かすかな表情などが原因で、「善きイメージ」が突如として変質し、転覆するのを見る。」ということを文四郎は怖れたのであるが、ここで藤沢がうまいのは、ふくに文四郎の嫁の名をあげさせ、子がまだなことまで知っていたと示すことで、二人の距離をふくの側から縮めさせるところだ。

396《――五年ぶりか。

 と思った。ふくがお福さまに変わり、その変貌はどのようなものかと思ったのである。胸をときめかせているのは、疑いもなく再会の喜びだった。しかし文四郎は、気持ちのどこかでふくの変貌を恐れてもいた。

 ひろびろとした玄関に入ると、そこには二十過ぎほどに見える女が手燭(てしょく)を持って出迎えていた。武家ではなく町方の女に見えたが、垢抜(あかぬ)けした容貌からみて、この女が青柳町の信夫屋に現れた当人かとも思われた。文四郎たち三人は、中年の武士とその女にみちびかれて建物の奥に入って行った。

 案内の男女は、灯影が洩れる外まで行くと、襖の外に跪(ひざまず)いて中に声をかけた。部屋の中から低い応答の声があって、文四郎たちはつぎにまぶしいほどにあかるい部屋の内に招き入れられた。

「文四郎どの、お顔を上げてください」

 正面の席で声がした。臆したような低い声だったが、言葉ははっきり聞こえた。大人の声に変わってはいるが、それはやはりふくの声である。

 その声がつづけて言った。

「おひさしゅうございましたな」

「御方さまもお変わりなく……」

 文四郎は顔を上げた。するとそこにふくが坐っていた。ふくは想像したようなきらびやかな打掛を羽織ることもなく、武家の女房ふうの簡素な姿をしていた。そしてすっきりと頬が痩せて、化粧のせいか伝え聞く苦労のせいか別人のように凄艶(せいえん)な顔に変わっているものの、よくみれば細くて黒眼だけのような眼、小さな口もとは紛れもなくふくだった。

文四郎は熱いものがこみ上げて来て、胸がつまるように思いながらつづけた。

「ご健勝の様子にて、何よりと存じます」

「堅くるしい挨拶はこのぐらいにしましょう」

 とふくは言った。声がやわらかく笑いをふくんだように聞こえ、文四郎はふくの方が自分よりも冷静なのを感じた。

 おもかげはむかしのふくでも、眼の前の女性は一児の母親で、お福さまでもあるのを忘れてはならん、と文四郎が自分をいましめたとき、そのお福さまが言った。

「おかあさまは変わりありませんか」

「は、いささか年寄りましたが丈夫でおります」

「文四郎どのが、こうしてわたくしと会うことを知っておられますか」

「いや、今夜は内密の用で母には話しておりません」

「おせつさまにもですか」

「……」

「お子はまだだそうですね」

 ふくは矢つぎばやに言ったが、文四郎が顔に戸惑いのいろをうかべると気弱そうに微笑し、ついでその微笑も消した。》

 

「気がつくとお福が文四郎の手に縋(すが)っていた」

 ふくは文四郎の説得に応じたものの、里村派の襲撃を受ける。文四郎らは刺客たちを倒し、文四郎と子を抱いたふくは、父の助命嘆願書をまとめた金井村役人藤次郎の発案で夜の五間川を舟で逃避行する(映像イメージとして溝口健二監督『近松物語』のおさん茂兵衛の舟の道行シーンを連想させるが、こちらには船頭がいる)。やがて舟から上り、織部正の杉ノ森御殿に庇護を求める。

 バルト「接触:このフィギュールは、欲望対象の肉体(より正確には、肌)とのかすかな接触によって惹起される内的ディスクールの全体にかかわる。」のお福の縋った手は、遠い記憶を喚起し、変化する、変わらないものがどこにあろうかと思っていた文四郎を、幸福なことに裏切る。

 お福と抱き合った姿を見ていた追手の息の根を止めることで、小説冒頭のやまかがしと同じように、生殺しを避ける。

412《五間川は下流に行くと幅十軒を超え、必ずとも名前のような小河川ではないが、金井村のあたりでは幅が狭かった。その上にかなりの水量があるにもかかわらず、あちこちに砂洲が頭を出しているのが見えた。だが権六は何の苦もなく舟を深みに乗せて行く。

「夜も漕(こ)ぐことがあるのか」

 と文四郎が聞いた。

 急病人を乗せて、何度か城下まで行ったことがあると権六は言った。

「もっとも、年がら年じゅうのぼりくだりしている川ですからな。眼つぶったって川筋はわかります」

「ほう、そういうものか」

「旦那さん、柳の曲がりを過ぎたら提灯は消しても構いませんよ」

 と権六は言った。多分藤次郎から耳打ちされたのだろう。権六にも危険の在りかはわかっている様子だった。

 その危険が眼に入って来たのは、権六の竿さばきを信用して提灯の火を消してから間もなくだった。赤々と燃えるかがり火が見えた。火は左に二カ所、右に一カ所で、方角から見て金井村、青畑村から城下に入る道を押さえていることがあきらかだった。

 柳の曲がりを過ぎてから、流れはゆるやかに西北にむかい、舟は城下に近づいて行った。権六は舟を流れにまかせていた。時どきちゃぽと竿の音がするのは舟の方向を定めるのだろう。城下の端にあるかがり火は、権六にとって恰好の目印になっているようでもあった。しかしその火は、どんどん近づいて来てやがて船の上までほのかに照らし出すほどに近くなった。

「伏せて」

 文四郎はお福に警告した。自分も背をまるめて伏せた。(中略)

二人は足音をしのばせて屋敷の横を通りすぎた。うしろで咳(せき)ばらいの声がした。そして気がつくとお福が文四郎の手に縋(すが)っていた。

 道がふたたび暗やみにもどっても、お福はすがった手をはなさなかった。文四郎は、父の遺骸をはこんで龍興寺から組屋敷にもどったとき、走って来て車を引いた昔のふくを思い出していた。おとなしい外見の内側に一点の強さを隠しているお福の性向が、いままた暗い道に立ち現れて来たようだった。

 あのときもそうだったのだと、文四郎は江戸に行く前の夜に葺屋(ふきや)町の長屋をたずねて来たお福を思い出している。ただおとなしく、かよわいだけの娘に出来ることではない。それだけの強さを秘めていても、押し流されるほかはなかったお福の歳月が見えたように思い、文四郎は胸が熱くなった。

 文四郎は一度お福の手を解くと、改めて自分から握りしめてやった。お福の手は汗ばんでいるようにしめっぽく、骨細だった。お福は文四郎に手をひかれると、ほとんどしなだれかかるように身を寄せて歩いた。お福の身体の香が、文四郎の鼻にとどいた。

「文四郎さん」

 長い沈黙に堪えかねたように、ついにお福が文四郎の名前を呼んだ。か細くふるえる声に、文四郎はお福がいま何を訴えようとしているかを読み取った気がした。お福は多分、自分の身の上を通りすぎた理不尽な歳月のことを聞いてもらいたがっているのだ。

だがお福が切羽詰まった声音で文四郎を呼んだとき、文四郎は背後にもうひとつの物の気配を聞いていた。堀に沿ってすべるように動いて来る物の気配……。

 文四郎は立ち止まると、向き直ってお福の背を掻(か)き抱いた。むせるような肌の香とはげしい喘(あえ)ぎが文四郎をつつんだ。お福は文四郎の腕の中でふるえつづけている。片手に子供、片手にお福を抱き寄せたまま、文四郎は顔は動かさずに眼だけで背後の道をさぐった。はたして左後方の堀の下に、黒くうずくまっているものがある。石のように動かないが、それは人間だった。

 ――ふむ。

 やはり十人目がいたのか、と文四郎は思っていた。うしろの闇にうずくまっているのは村上七郎右衛門が残した見届け役にちがいなかった。(中略)

 男は苦痛の声を洩らさなかった。そして呼吸が次第に消えて行くのがわかった。文四郎は手さぐりに男の頚(くび)をさぐり、血脈を絶った。お福と抱き合った姿を見た人間を生かしておくことは出来なかった。

 もとの場所にもどると、子供を抱いたお福がうなだれて立っていたが、文四郎を見ると、ほっと顔を上げた。

「片づき申した」

 文四郎はそれだけ言うと、また子供を受け取り、お福の手をひいて歩き出した。手をひかれるのをお福は拒まなかったが、さっきのように身体を寄せてはこなかった。もっとも、加治屋敷の高い門が、そびえるように闇にたちはだかっているのがもう見えていた。

 文四郎の手短かな説明と頼みを聞くと、加治織部正は無造作にうなずいた。

「よろしい。わしがかくまって進ぜよう。まかせろ」

「よしなに、お頼み申しまする」

 とお福が言った。お福は落ちついていた。軽い辞儀と低いがしっかりした声音には、そこはかとない威厳までそなわり、お福は織部正を恐れてはいなかった。

  暗い路上で息を乱したお福のおもかげはなく、文四郎はお福が藩主の寵めでたい一人の側妾にもどったのを感じた。》

 

《「刺客」》

 追放処分となった里村の命による刺客が文四郎を襲撃するが返り討ちにされる。横山派が藩政の実権を握ることになり、この度の功績によって、また父助左衛門の過去の功績が認められ、文四郎は三十石が加増される。

 

《「蟬しぐれ」》

「それにしても大胆なことをなされる」

 バルト「行動:熟慮のフィギュール。いかに振舞えばよいかという、多くは無益な問題を、恋愛主体は苦悩とともに問いつづける。なんらかの選択を前にするたびに、何をなすべきか、いかに振舞うべきかを自問してやまないのである。」は、お福には逡巡として、文四郎には素早い決心として訪れた。これまでのお福(ふく)の生涯は、「生殺し」に近かったとも推察でき、ならばそれを絶てるのは矜持とともに生きてきた文四郎しかあるまい。

453《二十年余の歳月が過ぎた。

 若いころの通称を文四郎と言った郡奉行牧助左衛門は、大浦郡矢尻村にある代官屋敷の庭に入ると、馬を降りた。

 かがやく真夏の日が領内をくまなく照らし、風もないので肺に入る空気まで熱くふくらんで感じられる日だった。助左衛門は馬を牽(ひ)いて、生け垣の内にある李(すもも)の木陰に入れてやった。(中略)

「はい、簑浦(みのうら)の三国屋の番頭がこれを持って参りました」

 中山は助左衛門に一通の封書をわたした。嵩(かさ)がなく、手触りもうすい封筒は、上書きに牧助左衛門様とあるだけで署名がなかった。

「ほかに伝言は?」

 と助左衛門は言ったが、中山はただこれをおわたししてくれと置いて行っただけですと言った。

 首をひねりながら助左衛門は自分の部屋に入った。机の前に坐って封書をひらいたが、簡単な文言を読みくだすとともに、助左衛門は顔から血の気がひくのを感じた。

 このたび白蓮(びゃくれん)院の尼になると心を決め、この秋に髪をおろすことにした。しかしながら今生に残るいささかの未練に動かされて、あなたさまにお目にかかる折りもがなと、簑浦まで来ている。お目にかかれればこの上の喜びはないが、無理にとねがうものではない。万一の幸運をたのんでこの手紙をとどけさせると文言は閉じられ、文四郎様まいると書いてあった。そこにも署名はないが、それがお福さまがよこした手紙であることは疑う余地がなかった。

 ――尼になられるのか。

 と助左衛門は思った。白蓮院は藩主家ゆかりの尼寺である。さきの藩主が病死して一年近い月日がたっていた。おそらくお福さまは、その一周忌を前に髪をおろすつもりなのだろう。

 ――しかし……。

 それにしても大胆なことをなされる、と思いながら、助左衛門は本文から少しはなして二行に書いてある二十日には城にもどる心づもりに候、という文句をじっと見つめた。二十日といえば今日のことである。その二行の文字は、助左衛門に決断を迫っているようにも見えた。

 助左衛門は立ち上がって着替えた。決心がつくと、支度する手ははやくなった。部屋を出ると中山を呼んで外出を告げ、さらに台所をのぞいて徳助に飯はいらないとことわった。

 馬に乗って外に出ると、また真昼の暑熱が助左衛門を厚くつつんで来た。菅笠(すげがさ)をかぶっていても、暑熱は地面からはね返って来て顔を焼く。たちまち汗が流れ出た。》

 

「文四郎さんの御子が私の子で、私の子供が文四郎さんの御子であるような道はなかったのでしょうか」

 バルト「告白:恋愛主体が愛する人に対し、自分の愛のことを、その人のことを、二人のことを、激情は抑えつつも雄弁に語りかけようとする傾向。告白とは、秘めた愛を打ち明けることでなく、恋愛関係の形式に加えられる果てしない注釈にかかわっている。」のだが、お福さまの大胆でいて一見さりげない言葉は告白にしてはあまりに重く、もはやその困難な自由、不可能性という禁忌によって、反作用のように「恋愛小説」の純度を高める。ついで、この小説のライトモティーフを表象する言葉を、長い間不在だったふくが呟く、「うれしい。でも、きっとこういうふうに終るのですね。この世に悔いを持たぬ人などいないでしょうから。はかない世の中……」が来る。

「はかない世の中」……もうここからは「恋愛小説」として省略してよい一行とてない。

458《案内された部屋に入ると、そこに切り髪姿のお福さまとお供と思われる少女が一人いた。十三、四かとみえる少女である。

「ひさしくご無音つかまつり……」

 助左衛門が挨拶をのべると、お福さまはかすかに笑ってうなずき、番頭に用意のものをはこぶようにと言った。

「お昼はもうお済みですか」

 番頭と少女が部屋を出ていくと、お福さまはそう言った。城奥の支配者となったお福さまを見ることはめったにないが、しかしまったく見かけないというのではなく、助左衛門は何年に一度かは寺社に参詣(さんけい)に行くお福さまに出会ったり、また在国中の藩主が催した御能拝見の席で眼にしたりしているが、いずれも遠くから眺めただけである。

 近々とお福さまを見るのは、欅御殿から加治織部正屋敷にお福さま母子を護送して以来のことだった。そのころにくらべると、お福さまは顔にも胸のあたりにもふくよかに肉がついたように見えるが、顔は不思議なほどに若々しく、もはや四十を越えた女性とは思えないほどだった。お福さまの眼は細いままに澄み、小さな口もともそのままだった。膝の上の指は白く細い。そして、その身ごなしや物言いには、やはりお福さまと呼ぶしかない身についた優雅な気品が現れていた。

「山からもどったばかりで、昼飯はまだ食しておりません」

「それはさぞ、おなかが空いたことでしょう」

 お福さまはゆったりと言った。

「番頭の話では、今日まで山に行っておいでだったそうですね」

「そうです」

「ここにはおいでになれないかと思いましたよ」

「どうにか、間に合いました」

 助左衛門は言ったが、実際にはお福さまがなぜ山視察がわかっている助左衛門の様子もたしかめず、しかも城に帰るぎりぎりの時刻にあの手紙を差しむけて来たのかがわかっていた。間にあわなければ、それはそれでかまわないとお福さまは考えていたのではなかろうか。

 お福さまもやはり、助左衛門に会うのがこわかったはずである。事情はどうあれ、それで喪に服している元側室が忍んで男に会う事実が変わるわけはないのだ。ぎりぎりの時刻に手紙をよこしたのは、その時刻に二人の運を賭(か)ける気持ちがあったようでもある。間に合うも間に合わぬも運命だと。

 しかしお福さまは、少なくともいまはその恐れを顔に出してはいなかった。注意深くその顔いろを眺めながら、助左衛門が山の話をしていると、足音がして宿の女が二人、膳の物と銚子(ちょうし)、盃をはこんで来た。

「御酒を少し召し上がれ。私も一杯いただきます」

 女たちが去ると、お福さまはそう言って銚子を取り上げ、助左衛門に酒をついだ。助左衛門も、黙ってお福さまの盃に酒を満たしてやった。

「遠慮なくくつろいでください」

 とお福さまは言った。

「さっきの子は信用できる者です。万事心得ていて、私が呼ぶまでは誰もこの部屋には近づかぬよう見張っているはずです」

「さようですか」

 助左衛門は盃をあけた。酌をしようとするお福さまを制して、自分で盃をついだ。

「ここにはいつ参られましたか」

「五日前です」

 やはりそうか、と助左衛門は思った。五日前に来たが、ようやく城にもどる今朝になって助左衛門に会う決心がついたのだ。

「しかし、大胆なことをなされましたな」

「ええ」

「もっとも、あなたさまは子供のころから一点大胆な気性を内に隠しておられた」

 お福さまは声を出さずに笑った。するとその顔に、子供のころのふくの表情が現れた。

「文四郎さん」

 不意にお福さまは言った。

「せっかくお会い出来たのですから、むかしの話をしましょうか」

「けっこうですな」

「よく文四郎さんにくっついて、熊野神社の夜祭りに連れて行ってもらったことを思い出します。さぞご迷惑だったでしょうね」

「いや、べつに」

「あのころのお友達は、その後どうなさっておられますか」

 お福さまは言い、指を折った。

「小和田逸平さま、島崎与之助さま」

「よくおぼえておられましたな」

「小和田さまは身体が大きく、こわいお方で、島崎さまは秀才でいらしたけれども、ひょろひょろに痩(や)せて……」

 二人は顔を見合わせて笑った。

「島崎与之助は、あるいはお聞き及びかも知れませんが、いまは藩校の教授を勤め、数年たてば学監にのぼるだろうと言われています。それから小和田逸平は御書院目付に変わり、子供が八人もおります」

「まあ、御子が八人」

 お福さまは笑い声を立てたが、ふと笑いをとめ、文四郎さんも出世なされてとつぶやいた。

「文四郎さんの御子は?」

「二人です」

 助左衛門の子は上が男子、下が娘で、上の息子はすでに二十歳。今年から小姓組見習いに召しだされている。

「娘も、そろそろ嫁にやらねばなりません」

「二人とも、それぞれに人の親になったのですね」

「さようですな」

「文四郎さんの御子が私の子で、私の子供が文四郎さんの御子であるような道はなかったのでしょうか」

 いきなり、お福さまがそう言った。だが顔はおだやかに微笑して、あり得たかも知れないその光景を夢みているように見えた。助左衛門も微笑した。そしてはっきりと言った。

「それが出来なかったことを、それがし、生涯の悔いとしております」

「ほんとうに?」

「……」

「うれしい。でも、きっとこういうふうに終るのですね。この世に悔いを持たぬ人などいないでしょうから。はかない世の中……」

 お福さまの白い顔に放心の表情が現れた。見守っている助左衛門に、やがてお福さまは眼をもどした。その眼にわずかに生気が動いた。

「江戸に行く前の夜に、私が文四郎さんのお家をたずねたのをおぼえておられますか」

「よくおぼえています」

「江戸に行くのがいやで、あのときはおかあさまに、私を文四郎さんのお嫁にしてくださいと頼みに行ったのです」

「……」

「でも、とてもそんなことは言い出せませんでした。暗い道を、泣きながら家にもどったのを忘れることが出来ません」

 お福さまは深々と吐息をついた。喰い違ってしまった運命を嘆く声に聞こえた。お福さまは藩主に先立たれ、生んだ子ははやく大身旗本の養子となり、実家はあるものの両親はもういなかった。孤独な身の上である。

「この指を、おぼえていますか」

 お福さまは右手の中指を示しながら、助左衛門ににじり寄った。かぐわしい肌の香が、文四郎の鼻にふれた。

「蛇に嚙まれた指です」

「さよう。それがしが血を吸ってさし上げた」

 お福さまはうつむくと、盃の酒を吸った。そして身体をすべらせると、助左衛門の腕に身を投げかけて来た。二人は抱き合った。助左衛門が唇をもとめると、お福さまはそれにもはげしく応(こた)えて来た。愛隣の心が助左衛門の胸にあふれた。

 どのくらいの時がたったのだろう。お福さまがそっと助左衛門の身体を押しのけた。乱れた襟を掻きあつめて助左衛門に背をむけると、お福さまはしばらく声をしのんで泣いたが、やがて顔を上げて振りむいたときには微笑していた。

 ありがとう文四郎さん、とお福さまは湿った声で言った。

「これで、思い残すことはありません」》

 

「その記憶がうすらぐまでくるしむかも知れないという気がした」

 バルト「制限する:やがてくる不幸を軽減すべく、主体は、恋愛関係がもたらす快楽のありかたにあらかじめ制約を加えるような制御方法に望みをかける。まずはそうした快楽を保持し、十二分に享受することであり、さらには、快楽と快楽を隔てるあの広大で沈鬱な領域を、考えようのないものとして括弧に入れてしまうことである。つまり、愛する人のことを、彼が与えてくれる快楽以外のところでは「忘却」してしまうことなのだ。」だが、制限する自由さえ困難であるところに「恋愛小説」は書かれた。

 ふくの今現在の境遇、《お福さまは藩主に先立たれ、生んだ子ははやく大身旗本の養子となり、実家はあるものの両親はもういなかった》という、やはりここでも理不尽な別離に見舞われた女の運命を、最後の最後に読者に届ける演出手法が心憎い。

 最後に、女の「救われ」はあったのか。蟬しぐれが響く、白い光の底で、《記憶がうすらぐまでくるしむかも知れないという気がした》と《今日の記憶が残ることになったのを、しあわせと思わねばなるまい》との相反する複雑な感情に揺らぎながら、《お福さまに会うことはもうあるまいと思った。》

 会わなくとも、会わないからこそ、忍ぶ恋のような記憶の「恋愛」が、二人の生がある限り永遠に続く。

463《階下に降りると駕籠(かご)が待っていた。時刻を定めて迎えに来た駕籠は、はたしてただの町駕籠だった。駕籠はお福さまを美濃屋にはこび、お福さまはそこからさらに駕籠を乗り換えて城にもどるのだろう。 

 お福さまと待女が、無言のまま会釈して駕籠に入るのを、助左衛門は馬のくつわを執りながら見守った。そして駕籠が門を出てから、宿の者に会釈して自分も門の外に馬を牽き出した。砂まじりの白く乾いた道を遠ざかる駕籠が見えた。そして駕籠は、助左衛門が見守るうちに、まばらな小松や昼顔の蔓(つる)に覆われた砂丘の陰に隠れた。それを見届けてから、助左衛門は軽く馬の顔を叩き、一挙動で馬上にもどった。ゆっくりと馬を歩かせた。

 ――あのひとの……。

 白い胸など見なければよかったと思った。その記憶がうすらぐまでくるしむかも知れないという気がしたが、助左衛門の気持ちは一方で深く満たされてもいた。会って、今日の記憶が残ることになったのを、しあわせと思わねばなるまい。

 助左衛門は矢尻村に通じる砂丘の切り通しの道に入った。裾短かな着物を着、くらい顔をうつむけて歩いている少女の姿が、助左衛門の胸にうかんでいる。お福さまに会うことはもうあるまいと思った。

 顔を上げると、さっきは気づかなかった黒松林の蟬しぐれが、耳を聾(ろう)するばかりに助左衛門をつつんで来た。蟬の声は、子供のころに住んだ矢場町や町のはずれの雑木林を思い出させた。助左衛門は林の中をゆっくりと馬をすすめ、砂丘の出口に来たところで、一度馬をとめた。前方に、時刻が移っても少しも衰えない日射しと灼(や)ける野が見えた。助左衛門は笠の紐をきつく結び直した。

 馬腹を蹴って、助左衛門は熱い光の中に走り出た。》                                

                                    (了)

         *****引用または参考文献*****

藤沢周平『蟬しぐれ』(文春文庫)

*『藤沢周平全集 別巻 人とその世界』(文藝春秋

*『藤沢周平全集23』(「小説の周辺」「ふるさとへ廻る六部は」他所収)(文藝春秋

*『「蟬しぐれ」と藤沢周平の世界』(文春ムック(オール讀物))

*『藤沢周平の世界』(文藝春秋

*『藤沢周平のこころ』(文春ムック(オール讀物))

藤沢周平『三屋清左衛門残日録』(文春文庫)

藤沢周平『橋ものがたり』(新潮文庫

*鯨井佑士『藤沢周平の読書遍歴』(朝日出版社

湯川豊『海坂藩に吹く風 藤沢周平を読む』(文藝春秋

藤沢周平『海坂藩大全 上、下』(『山桜』『花のあと』他所収)(文藝春秋

藤沢周平『用心棒日月抄』(新潮文庫

ロラン・バルト『恋愛のディスクール・断章』三好郁朗訳(みすず書房

チェーホフ『ともしび・谷間 他7篇』松下裕訳(岩波文庫

*カロッサ『ルーマニア日記』高橋健二訳(岩波文庫

*シュトルム『聖ユルゲンにて 他一篇』国松孝二訳(岩波文庫

*ウジェーヌ・ダビ『北ホテル』岩田豊雄訳(新潮文庫

グレアム・グリーンヒューマン・ファクター』加賀山卓朗(ハヤカワepi文庫)

デヴィッド・リーン監督映画『逢びき』

演劇批評 『義経千本桜』の<象徴界>と<大文字の他者>

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 谷崎潤一郎は回想録『幼少時代』で、「団十郎、五代目菊五郎、七世団蔵、その他の思い出」という章を設けて歌舞伎経験を語っているが、そのハイライトは明治二十九年に観劇した『義経(よしつね)千本(せんぼん)桜(ざくら)』にまつわる、谷崎文学の根幹ともいえる「母恋し」だろう。

《御殿の場で忠信から狐へ早変りになるところ、狐がたびたび思いも寄らぬ場所から現われたり隠れたりするところ、欄干渡りのところなどは、もともと多分に童話劇的要素があって子供の喜ぶ場面であるから、私も甚しく感嘆しながら見た、ここで私はもう一度旧作「吉野葛」のことに触れるが、あれは私の六歳の時に「母と共に見た団十郎の葛の葉から糸を引いている」のみではない、その五年後に見た五代目の「千本桜」の芝居から一層強い影響を受けたものに違いなく、もし五代目のあれを見ていなかったら、恐らくああいう幻想は育まれなかったであろう。私はあの旧作の中で、津村という大阪生れの青年の口を借りて、次のようなことさえ述べているのである。――

 自分はいつも、もしあの芝居のように自分の母が狐であってくれたらばと思って、ど んなに安倍(あべ)の童子を羨(うらや)んだか知れない。なぜなら母が人間であったら、もうこの世で会える望みはないけれども、狐が人間に化けたのであるなら、いつか再び母の姿を仮りて現れない限りもない。母のない子供があの芝居を見れば、きっと誰でもそんな感じを抱くであろう。が、「千本桜」の道行(みちゆき)になると、母――狐――美女――恋人――と云う連想がもっと密接である。ここでは親も狐、子も狐であって、しかも静(しずか)と忠信狐とは主従のごとく書いてありながら、やはり見た眼は恋人同士の道行と映ずるように工(たく)まれている。そのせいか自分は最もこの舞踊劇を見ることを好んだ。そして自分を忠信狐になぞらえ、親狐の皮で張られた鼓の音に惹(ひ)かされて、吉野山の花の雲を分けつつ静御前の跡を慕って行く身の上を想像した。自分はせめて舞を習って、温習会(おんしゅうかい)の舞台の上ででも忠信になりたいと、そんなことを考えたほどであった。》

 谷崎は『幼少時代』に『吉野葛』から上記文章を引用、紹介したが、もとの『吉野葛』では直前にこう書いている。

徳川時代狂言作者は、案外ずるく頭が働いて、観客の意識の底に潜在している微妙な心理に媚(こ)びることが巧みであったのかも知れない。この三吉の芝居なども、一方を貴族の女の児(こ)にし、一方を馬方の男の児にして、その間に、乳母(うば)であり母である上臈(じょうろう)の婦人を配したところは、表面親子の情愛を扱ったものに違いないけれども、その蔭に淡い少年の恋が暗示されていなくもない。少くとも三吉の方から見れば、いかめしい大名の奥御殿に住む姫君と母とは、等しく思慕(しぼ)の対象になり得る。それが葛の葉の芝居では、父と子とが同じ心になって一人の母を慕うのであるが、この場合、母が狐であるという仕組みは、一層見る人の空想を甘くする。自分はいつも、もしあの芝居のように自分の母が狐であってくれたらばと思って、どんなに安倍(あべ)の童子を羨(うらや)んだか知れない。(後略)》

 さすがに谷崎は鋭い。

徳川時代狂言作者は、案外ずるく頭が働いて、観客の意識の底に潜在している微妙な心理に媚(こ)びることが巧みであったのかも知れない」とは、人間精神の構造の深い真理に届いている。

 谷崎がジャック・ラカン精神分析を知らなかったのは時代的に当然のことだが、そこにはラカン精神分析への気づきのようなものがある。「案外ずるく頭が働いて」という狂言作者を介して「潜在している微妙な心理に媚(こ)びることが巧みであった」には、ラカンの<象徴界>と<大文字の他者>という、女人のような足先が透けて見える。

 イラク大量破壊兵器に関するラムズフェルド国務長官の発言(2003年に英国の「意味不明な迷言(Foot in Mouth)大賞」に選ばれて有名になった)はまだ記憶に残っているであろうか。

《二〇〇三年三月、ドナルド・ラムズフェルドは、知られていることと知られていないことの関係をめぐり、発作的にアマチュア哲学論を展開した。

  知られている「知られていること」がある。これはつまり、われわれはそれを知っており、自分がそれを知っていることを自分でも知っている。知られている「知られていないこと」もある。これはつまり、われわれはそれを知らず、自分がそれを知らないということを自分では知っている。しかしさらに、知られていない「知られていないこと」というのもある。われわれはそれを知らず、それを知らないということも知らない。

 彼が言い忘れたのは、きわめて重大な第四項だ。それは知られていない「知られていること」、つまり自分はそれを知っているのに、自分がそれを知っているということを自分では知らないことである。これこそがまさしくフロイトのいう無意識であり、ラカンが「それ自身を知らない知」と呼んだものであり、その核心にあるのが幻想である。もしラムズフェルドが、イラクと対決することの最大の危険が「知られていない『知られていないこと』」、すなわちサダム・フセインあるいはその後継者の脅威がどのようなものであるかをわれわれ自身が知らないということだ、と考えているのだとしたら、返すべき答えはこうだ――最大の危険は、それとは反対に「知られていない『知られていること』」だ。それは否認された思い込みとか仮定であり、われわれはそれが自分に付着していることに気づいていないが、それらがわれわれの行為や感情を決定しているのだ。》(スラヴォイ・ジジェクラカンはこう読め!』)

 谷崎も、『義経千本桜』の狂言作者も、われわれの行為や感情を決定している「知られていない『知られていること』」の機微の下で書いていた。

 これから、『義経千本桜』における、ラカン精神分析の<象徴界>と<大文字の他者>の顕れを見てゆく。前半のクライマックス、「渡海屋(とかいや)の場・大物浦(だいもつのうら)の場」をとりあげるが、その理由は、<象徴界>と<大文字の他者>が跋扈しているからである。

 

<<象徴界>と<大文字の他者>>

 しかしその前に、ラカンによる<象徴界>と<大文字の他者>について共通理解を計りたい。

 ラカン自身の著作は誰もが認めるように(そして本人も「謎」による学びを企んでいるかのように)あまりに難解だ。解説書はあまたあるが、「あまり早く読んでも、あまりゆっくりでも、何もわからない」(パスカル『パンセ』69)と同じように、あまり簡単すぎても、あまり難しくても、何もわからない。おそらくはスラヴォイ・ジジェク大澤真幸の著作が最も任に適っているだろう。

 まずジジェクラカンはこう読め!』を先導とする。

ラカンの思想は、主流の精神分析思想家たちと、またフロイト自身と、どのように異なっているのだろうか。ラカン派以外の諸派と比較したときにまず眼を惹くのは、ラカン理論がきわめて哲学的だということだ。ラカンにとって、精神分析のいちばんの基本は、心の病を治療する理論と技法ではなく、個人を人間存在の最も根源的な次元と対決させる理論と実践である。精神分析は個人に、社会的現実の要求にいかに適応すべきかを教えてくれるものではなく、「現実」なるものがいかにして成立しているのかを説明するものである。精神分析は、人が自分自身についての抑圧された真理を受け入れられるようにするだけでなく、真理の次元がいかにして人間の現実内に出現するのかを説明する。》

 精神分析への誤った先入観をリセットしてから先へ進もう、耐えざる自問と貪欲な解釈者となって。

ラカンによれば、人間存在の現実は、象徴界想像界現実界という、たがいに絡み合った三つの次元から構成されている。(中略)<大文字の他者>は象徴的次元で機能する。ではこの象徴的秩序は何から構成されているのか。われわれが話すとき(いや聞くときでもいいのだが)、われわれはたんに他者と一対一でやりとりをしているだけではない。われわれは規則の複雑なネットワークや、それとは別のさまざまな前提を受け入れ、それに依拠しており、それがわれわれの発話行為を下から支えている。(中略)第一のタイプの規則(と意味)に、私は盲目的・習慣的に従うが、反省する際には、それを少なくとも部分的に意識することができる(一般的な文法規則など)。第二のタイプの規則と意味は私に取り憑いて、私は知らないうちにそれに従っている(無意識的な禁止など)。私はさらに第三の規則と意味を知っているが、知っていることを他人に知られてはならない。たとえば、然るべき態度を保つためには、汚い猥褻なあてこすりは黙って無視しなければならない。

 この象徴空間は、私が自分自身を計る物差しみたいなものである。だからこそ<大文字の他者>は、ある特定のものに人格化あるいは具象化される。彼方から私を、そしてすべての現実の人を見下ろしている「神」とか、私が身を捧げ、そのためなら私には死ぬ覚悟ができている「大義」(自由主義共産主義、民族)とか。私が誰かと話をしているとき、たんなる「小文字の他者」(個人)が他の「小文字の他者」と二人で話しているわけではない。そこにはつねに<大文字の他者>がいなければならない。(中略)

 そのしっかりとした力にもかかわらず、<大文字の他者>は脆弱で、実体がなく、本質的に仮想存在である。つまりそれが占めている地位は、主観的想像の地位である。あたかもそれが存在しているかのように主体が行動するとき、はじめて存在するのだ。その地位は、共産主義とか民族といったイデオロギー大義と似ている。<大文字の他者>は個人の実質であり、個人はその中に自分自身を見出す。<大文字の他者>は、個人の存在全体の基盤である。それは究極の意味の地平を供給する評価基準であり、個人はそのためだったら生命を投げ出す覚悟ができている。にもかかわらず、実際に存在しているのは個人とその活動だけであって、個人がそれを信じ、それに従って行動する限りにおいてのみ、この<大文字の他者>という実体は現実となるのだ。》

 

 大澤真幸の説明は多くをジジェクに拠っているが、より丁寧である。大澤が頻繁に用いる<第三者の審級>という概念は<大文字の他者>と等しいので、頭の中で読み替えればよい。

《たとえば、古典派経済学が念頭においている市場を考えてみる。アダム・スミスによれば、市場に参入している個人が、それぞれ勝手に自身の利益を最大化すべく利己的に行動することによって、社会一般にとっても最も大きな利益が得られる。各個人は、社会全体の利益のことを考える必要もないし、そもそも、どのような状態が社会にとって最も望ましいかをあらかじめ知ってはいない。彼は、ただ、自分の利益の極大化にだけに専念しているのだ。

 しかし、結果として、社会一般の利益もそれによって最大になる。このように、個人の勝手な行動――全体への配慮を欠いた利己的な行動――が、結果的に社会にとって都合のよい結果へと収束するため、アダム・スミスは、こうした状況を、社会(市場)に対して「見えざる手」が働いているかのようだ、と記述したのである。

 こうした市場のメカニズムを、歴史のメカニズムとして一般化してとらえたのが、ヘーゲルの歴史哲学である。ヘーゲルに、「ずるがしこい理性」という有名な概念がある。この概念の意義は、実例から見ると、わかりやすい。

 ヘーゲルが援用している、きわめて顕著なケースは、ブルータス等によるカエサルの暗殺である。カエサルは、大きな軍功をあげ、ライバルのポンペイウスを打ち負かし、ローマ市民にも圧倒的な人気があったため、ついに終身独裁官の地位に就いた。ブルータスたちは、カエサルにあまりにも大きな権力が集中し、ローマの共和政の伝統が否定されるのではないかと懸念し、カエサルの暗殺を決行した。クーデタは成功し、カエサルは殺害された。

 しかし、この出来事をきっかけとして、歴史が大きく動き出し、紆余曲折の末に結局、暗殺から17年後にあたる年に、政争を勝ち抜いたオクタヴィアヌスが事実上の皇帝に就任し、ローマは帝政へと移行する。

 これはまことに皮肉な帰結だと言える。ブルータスたちは、最初、カエサルが皇帝になってしまうのを防ぐために――つまりローマが帝政へと移行することがないようにと――カエサルを暗殺した。そして、その暗殺は、実際に成功した。しかし、まさにその成功こそが、共和政から帝政へのローマの移行を決定的なものにしたのだ。オクタヴィアヌスが初代の皇帝に就位するに至る出来事の連なりは、この暗殺によってこそ動き出すからである。

 ヘーゲルは、この過程を、次のように分析している。カエサルが個人的な権限を強化し、さながら皇帝のようにふるまっていたとき、実は、本人は気づいてはいないが――つまり即自的には――歴史的真理に合致した行動をとっていたのだ。共和政はすでに死んでいたのだが、カエサルや暗殺者たちを含む当事者たちは、まだそのことに気づいていなかったのである。

 したがって、暗殺者たちは、カエサル一人を排除すれば、共和政が返ってくると思ったのだが、しかし、実際には、カエサル殺害こそがきっかけとなって、共和政から帝政への転換が決定的なものになった――即自的なものから対自的なものへと転換した。それによって、「カエサル」は、個人としては死んだが、ローマ皇帝の称号として復活したのだ。

カエサルの殺害は、その直接の目的を逸脱し、歴史が狡猾にもカエサルに割り当てた役割を全うさせてしまった」(Paul Laurent Assoun, Marx et répétition historique, Paris, 1978, p.68)。この場合、まるで、歴史の真理を知っている理性が、ブルータスやカエサルを己の手駒として利用し、歴史の本来の目的(ローマ帝国)を実現してしまったかのようである。これこそが、ずるがしこい理性である。

 こうした考え方の原型は、プロテスタントカルヴァン派の「予定説」であろう。キリスト教の終末論によれは、人間は皆、歴史の最後に神の審判を受ける。祝福された者は、神の国で永遠の生を与えられ、呪われた者には、逆に、永遠の責め苦が待っている。これが最後の審判である。神による最終的な合否判定だ。

 予定説は、このキリスト教に共通の世界観に、さらに次の2点を加えた。第一に、神は全知なのだから、誰が救われ(合格し)、誰が呪われるか(不合格になるか)は、最初から決まっている。しかし、第二に、人間は、神がどのように予定しているかを、最後のそのときまで知ることができない。このとき、人はどうふるまうか。それぞれの個人は、神の判断を知ることもできないのだから、ただ己の確信にしたがって、精一杯生きるしかない。彼らは、歴史の最後の日にしかるべき判決を受けるだろう。

 これら三つの例に登場している第三者の審級(見えざる手、ずるがしこい理性、予定説の神)には、共通の特徴がある。第一に、どの例でも、第三者の審級が何を欲しているのか、何をよしとしているのか、渦中にある人々にはまったくわからない。つまり、人々には、その第三者の審級が何者なのか、何を欲望する者なのかが、さっぱりわからないのである。

 これは、第三者の審級が、その本質(何であるかということ)に関して、まったく空白で、不確実な状態である。しかし、第二に、にもかかわらず、第三者の審級が存在しているということに関しては、確実であると信じられている。第三者の審級の現実存在に関しては、百パーセントの確実性があるのだ。

 本質に関しては空虚だが、現実存在に関しては充実している第三者の審級、これがあるとき、リスク社会は到来しない。三つのケースのどれをとっても、内部の個人には、ときにリスクがある。たとえば、市場の競争で敗北する者もいる。カエサルもブルータスも志半ばで死んでしまった。カルヴァン派の世界の中では、神の国には入れない者もたくさんいる。だから、個人にはリスクがある。

 しかし、全体としては、第三者の審級のおかげで、あるべき秩序が実現することになっている。全体が崩壊するような、真のリスクはありえない。見えざる手は、最も望ましい資源の配分を実現するだろう。ずるがしこい理性は、歴史の真理に従った目的を実現するだろう。神は、しかるべき人を救済し、そうでない人を呪うだろう。》(大澤真幸『社会は絶えず夢を見ている』に関する朝日出版社ブログ「大澤真幸 時評」)

《民主主義は、討議によるそれであれ、投票によるそれであれ、第三者の審級の知として真理の存在を前提にしている。「われわれ」は、その真理が何であるかを知らない。だが、それを知っている人がいる。

 誰か? 第三者の審級である。第三者の審級の(「われわれ」にとっては不可知の)知を前提にすれば、討議や投票を機能させることができる。その知が、討議や投票が、そこへと収束し、または漸近するための虚の焦点となるからである。

 だから、民主主義は、単一の第三者の審級の存在を前提にしているに等しい。民主主義が、多元主義を表面上は標榜しながら、結局は、排除を伴わざるをえない理由は、ここにある。単一の第三者の審級を前提にした途端に、真理(という名前の虚偽)による支配を容認したことになるからだ。》(大澤真幸『逆説の民主主義』)

 

 うっすらとでも理解できただろうか。

大文字の他者>は、<大他者>、<他者>あるいは「A(Autre)」とも表記されることがあって、いっそうの混乱をまねいている。「超越的な他者」、「超絶的な他者」、「絶対的な第三者としての他者」、「掟」、「社会の不文律」、「第三者の審級」とも表現される。顕れとしては他に、「言語」、「天皇制」、「(ロラン・バルト『記号の国』の空虚な中心)皇居」、「(近親相姦タブーの)外婚制」、「中国の皇帝は天の意志の反映(=天子)」、「(折口信夫の)まれびと」、「御霊信仰」、「(エコロジストの)信仰対象としての自然」、「(やめられない)原子力発電」、「(日本が心理的負債を負っている)日米同盟」、「(人間天皇に代った)進駐軍」、「(山本七平が指摘した)空気」、「世間」などもあげられるかもしれない。

 それは、《ここで、あの『裸の王様』の寓話のことを考えてみよう。王が裸であるということを知らないのは誰なのか? 任意の個人が、本当は王が裸であることを知っている。王自身すらも知っているのである。それにもかかわらず、彼らは、皆、王が裸であることを知らないかのように振る舞うのだ。どうしてか? どの個人も、「他の者は、王様が服を着ていることを知っている(皆は、王様が裸であることを知らない)」という認知を持っているからだ。知らないのは、だから「皆」である。それは誰なのか? それは、王国を構成する個人たちの総和では断じてない(何しろ、どの任意の個人も「知っている」のだから)。私が「第三者の審級」と呼んできた、超越的な他者こそは、任意の個人から独立して機能するこの「皆」である。》(大澤真幸『逆説の民主主義』)のような「うまく説明できないもの」、「鈍い意味」、「あるはずのないものがある」、「ないはずのものがある」世界である。同じような譬としてマルクスは『資本論』で、《ある人間が王であるのは、他の人間たちが彼にたいして臣下として相対するからに他ならない。ところが一方、彼らは、彼が王だから自分たちは臣下なのだと思いこんでいる》や、《彼らはそれを知らない。しかし、彼らはそれをやっている》と書いている。

 

 ジジェクに戻る。

ラカンいわく、症候なる概念を考え出したのは誰あろうカール・マルクスであった。このラカンのテーゼは、ただの気のきいた言い回しだろうか、あるいは漠然とした比喩だろうか、それともちゃんとした理論的根拠があるのだろうか。もし、精神分析の分野でも用いられるような症候の概念を提唱したのが本当にマルクスだとしたら、われわれとしては、このような組み合わせが可能であるための認識論的な諸条件は何かという、カント的な問いを発しなければならない。商品の世界を分析したマルクスが、夢とかヒステリー現象とかの分析にも使えるような概念を生み出すなんて、どうしてそんなことがありえたのだろうか。

 答えはこうだ――マルクスフロイトの解釈法は、より正確にいえば商品の分析と夢の分析とは、根本的に同じものなのだ。どちらの場合も、肝心なのは、形態の背後に隠されているとされる「内容」の、まったくもって物神的(フェティシスティック)な魅惑の虜になってはならないということだ。分析によって明らかにすべき「秘密」とは、形態(商品の形態、夢の形態)の後ろに隠されている内容などではなく、形態そのものの「秘密」である。夢の形態を理論的に考察することは、顕在内容からその「隠された核」すなわち潜在的な夢思考を掘り起こすことではなく、どうして潜在的な夢思考がそのような形態をとったのか、どうして夢という形態に翻訳されたのか、という問いに答えることである。商品の場合も同じだ。重要なことは商品の「隠された核」――つまり、それを生産するのに使われた労働力によって商品の価値が決定されるということ――を掘り起こすことではなくて、どうして労働が商品価値という形態をとったのか、どうして労働はそれが生産した物の商品形態を通じてしかおのれの社会的性格を確証できないのか、を説明することである。》

 歌舞伎においても、『義経千本桜』「渡海屋の場・大物浦の場」で、どうして平知盛は二度死なねばならないのか、どうして安徳天皇は不死なのか、どうして安徳天皇は娘お安になりすましていたのか、どうして桜の季節でもないのに千本桜なのか、どうして義経は武の主役のようではないのか、どうして後白河法皇は気配すら見せないのか、に「症候」と「秘密」を読み取らねばなるまい。

 

<『義経千本桜』「渡海屋の場・大物浦の場」>

義経千本桜』の作者は竹本グループの(二代目)竹田出雲・三好松洛・並木千柳による合作で、人形浄瑠璃として1747(延享4)年11月 大坂・竹本座上演、歌舞伎としては翌1748(延享5)年1月 伊勢の芝居、同年5月 江戸・中村座の上演だった。

義経千本桜』「渡海屋の場・大物浦の場」のあらすじはこうだ。

 頼朝の疑惑を受け、とうとう都落ちすることになった義経主従は、九州に逃れるべく、摂津国大物浦(現在の尼ケ崎市)の廻船(かいせん)問屋(どんや)の渡海屋(とかいや)で日和待ちをしている。渡海屋の主人は銀平(ぎんぺい)、女房お柳(りゅう)、娘お安(やす)。銀平は身をやつした義経一行を嵐が来るのに船出させた後、白装束に長刀(なぎなた)を持った中納言平知盛の姿で現れる。実は、銀平こそ西海に沈んだはずの知盛であり、やはり合戦中に入水(じゅすい)したとされていた安徳天皇とその乳人(めのと)典侍局(すけのつぼね)を、自分の娘お安、女房お柳ということにして、ひそかに平家復興を目論んでいたのだ。源氏に対する復讐の機会到来と知盛は、嵐を狙って得意の船戦(いくさ)で義経を討とうと、勇んで出かけて行く。(「渡海屋の場」)

 典侍局と安徳帝は装束を改め、宿の襖を開け放って海上の船戦(いくさ)を見守る。しかし義経はとうに銀平の正体を見破っていて返り討ちにしてしまう。典侍局は覚悟を決め、安徳帝に波の底の都へ行こうと涙ながらに訴えるが、義経らに捕えられてしまう。死闘の末、悪霊のごとき形相となった知盛が戻ってくると、安徳帝を供奉(ぐぶ)した義経が現れて、帝を守護すると約束する。帝の「義経が情、あだに思うなコレ知盛」との言葉を聞いて、典侍局は自害し、知盛は平家再興の望みが潰えたことを悟る。知盛は「大物の浦にて判官に、仇をなせしは知盛が怨霊なりと伝えよや」と言い残すと、碇(いかり)もろとも海に身を投げ、壮絶な最後を遂げる。義経安徳帝を供奉して大物浦を去る。(「大物浦の場」)

 能『船弁慶』で悪霊となって義経一行を襲う知盛の扮装をふまえ、最後に碇もろとも海に身を投げるのは、能『碇潜(いかりかずき)』で知盛が亡霊として入水するさまから取っている。

 

「渡海屋の場・大物浦の場」には平知盛安徳天皇源義経が登場するが、三人の一人一人から<象徴界>、<大文字の他者>が見てとれる。同じくらい重要なことは、不在に意味があることで、それらは後白河法皇、桜、義経の智と武である。

 まず安徳天皇後白河法皇から、天皇制について考える。

 大澤は『THINKING「O」第9号』の特集「天皇の謎を解きます なぜ万世一系なのか?」で、大澤社会学の概念<第三者の審級>(=<大文字の他者>)の視点から天皇制を論じている。

天皇は、日本の歴史の最大の謎である。天皇は、いまだに謎のままに現前している》のであり、《天皇の謎は、その最も顕著な特徴として挙げられている「万世一系」に集約されている》。しかし、皆が知るように、天皇家がずっと他を寄せ付けない強大な権力を持っていたわけではない。むしろ日本史の教科書では、脇役である時代の方がはるかに長い。だからかえって、その継続性が「謎」なのである。

《「空虚な中心x―実効的な側近p」の形式が、日本史の中で、執拗に反復され》、そして《中心の支配者としての地位は、多くの場合、世襲され》たことが、継続性の理由であり、「空虚な中心x―実効的な側近p」という形式が非常に有効だったことが、謎を解く鍵である。

天皇とは、従属者たちが、臣下たちが自身の意志をそこへと自由に遠心化し、そこに投射することができるような空白の身体ではないか、と。臣下たちは、自分たちの意志を、直接にではなく、「天皇は何を欲しているのか」という問いへの答えとして探求するのだ。客観的に見れば、臣下たちが見出しているのは、臣下たちの主観的で集合的な意志である。しかし、彼らは、それを、「天皇の意志」として発見する。しかし、ほんとうは「天皇の意志」は、臣下たち、従属者たちの間身体的な関係性を通じて、構成されているのである。これこそ、公儀輿論の状況である。》

 重要なのは、従属者たちは、自分たちの意志を直接に見出すことはできない、ということである。《それは、他者の意志、天皇の意志という形式でのみ見出される。というのも、「天皇の意志」という形式から独立した、固有の「自分たちの意志」など存在しないからである。天皇の身体に投射し、帰属させることを通じて、従属者たちは初めて、自分たちの集合的で統一的な意志を形成することができるのである。》

 大澤は<第三者の審級>の典型的モデルを、天皇制に見いだす。この構造を、天皇の側から見ると、天皇にとっても、すべてが「自分の意志」と表明されるにも関わらず、それはみな、従属者の意志なのだ。日本の歴史において、「空虚な中心x―実効的な側近p」という形式は、常にその終点は天皇の身体に置かれながらも、それぞれの時代の権力構造が共有している。平安時代は「天皇(x)―摂政・関白(p)」、鎌倉時代は「将軍(x)―執権(p)」、室町時代は「将軍(x)―三管領四職(p)」、江戸時代は「将軍(x)―老中・大老(p)」といったように。

 赤坂憲雄『王と天皇』は、日本のアポリアである天皇制に関して鳥瞰した論考だが、天皇制の象徴性論のヴァリエーションの一つとして山口昌男天皇制の象徴空間」(『知の遠近法』所収)に言及している。

《 天皇(・・)の(・)役割(・・)が(・)民族(・・)の(・)宗教的(・・・)集中(・・)を(・)行なう(・・・)者(・)と(・)すれば(・・・)、天皇(・・)は(・)当然(・・)現実(・・)の(・)社会的(・・・)政治的(・・・)な(・)面(・)から(・・)の(・)自己(・・)疎外(・・)を(・)行う(・・)。つまり、あらゆる政治的世界の権力を一点に集中して「中心」をつくり、なおかつ、その中心から彼自身の肉体を抜き取ってしまう。しかし、彼自身は歌舞伎の座頭のごとく、司祭として同じ一点に坐っているのである。そして政治世界とは異なる次元の「中心」を形成しているのである。ここに、天皇制の鵺的性格の一つの側面が秘められているのである。(山口昌男天皇制の象徴空間」(『知の遠近法』所収、傍点筆者)

 この部分は渡辺保女形の運命』に寄り添いつつ書かれており、はたして山口の地の文といえるのか判断がつきにくい。これに続けて、山口(=渡辺)は天皇制のそうした“両棲類的側面”を、菅原道真藤原時平そして醍醐天皇の三項関係を例にとって説明する。すなわち、“通史が説くように道真配流事件の責任はすべて藤原時平に転嫁されて、天皇そのものには傷がつかない。天皇は時平の書いた政治的筋書に署名した立場から見抜きをして政治的世界からは不可視の空間に這入ってしまい、同じ一点にとどまりながら、民俗的想像力の世界に転移して「荒ぶる道真の霊をなぐさめ、その災害から民衆を救うために」取引する司祭の立場に立つのである”と。》

 赤坂は、醍醐天皇についての伝承には誤りがあると批判しつつも、《“空無化された深淵”(渡辺)である「中心」に、歌舞伎の座頭のごとく鎮座する天皇のイメージ》はたいへん魅力的であって、全く否定しているというわけではないとしている。正面きった天皇論に劇評家の渡辺保の文章が引用されていることに少し驚くが、渡辺の『女形の運命』の該当部分は、天皇制を論じることが主目的ではなく、歌舞伎における「三角形」の「中心」としての「座頭」市川團十郎家を論じ、次いで後を襲った女形の六世中村歌右衛門へと話を進めるための歌舞伎の構造論、回り道であった。ここには、<第三者の審級>や<大文字の他者>という概念は出てこないが、「昏い世界のふるさと」、「歌舞伎の構造」という表現が近いものを言い表している。いずれにしろ、天皇の外観と役回り、関係性は、大澤が論じていることに似ている。

 渡辺保ならば、『千本桜 花のない神話』の、まさしく「渡海屋の場・大物浦の場」の安徳天皇から天皇制に言及した部分が同じことを「超越的」、「ブラック・ホール」、「日本人の深層」として語っているので、こちらから引用しよう。

《「千本桜」は『平家物語』の再現であると同時に、人間にとって戦争とはなにかを問うすぐれた戦争劇なのである。

 しかし「千本桜」がすぐれているのはさらにその先にあって、その戦争の原因がなんであり、どういう本質をもっていたかを語る。すなわち入水しようとした天皇と局を義経が助けるところ以後に本当のドラマのクライマックスがくる。(中略)天皇はだれも捕虜にすることができない。それにもかかわらず天皇の源氏討伐、平家討伐の命令によって、ある者は官軍になり、ある者は賊軍となって、戦争の勝敗に決定的な影響が出る。現にさきほどまで安徳天皇を供奉していた知盛は官軍であり、いま義経天皇を供奉してしまった以上、知盛は賊軍にならざるをえない。(中略)しかしその権力闘争に決定的な役割を果たしたのは、実は天皇制の超越性と、どちらの側にもつく両義性であった。

 その事実が明らかになるのは、あくまで義経を討とうとする知盛の目前にあらわれた安徳天皇の言葉と、それにつづく典侍の局の自殺による。まず天皇はどういうことをいったのか。

 御幼稚(ようち)なれ共天皇は、始終のわかちを聞こし召し、知盛に向はせ給ひ、朕を供奉(ぐぶ)し、永々の介抱はそちが情(なさけ)、けふ又丸を助けしは、義経が情なれば、仇(あだ)に思ふな知盛……

 天皇の「始終のわかちを聞し召し」とは悲惨な潜行をつづけてきた天皇の流浪の悲しみをいった言葉ととれるかも知れないが、実はそうではない。普通の子供だったらばとても考え及ばなかったかも知れないが、「御幼稚なれ共」さすがに「天皇」で、前後の状況を正確に判断したというのである。その判断の結果、天皇はこれまでの「介抱」の苦労は知盛の「情」として認めるが、今日ただ今の時点では自分を供奉するのは義経であるといったのだ。(中略)それこそ天皇制という社会政治制度のメカニズムをもっともよくあらわした言葉であって、状態が悪くなってくると自分を推戴している権力を自由に切り捨て、のりかえて行くのである。そして人間に「情」をささげさせて、その「情」をまた与え返すという形をとりながら、この功利的な装置が作動していくのだ。

 天皇は決してそれ自体が権力として機能するものではない。あくまで権力から超越的であって、なんらかの権力に支えられている。それでいてその権力を選択する力を保有している。したがって現実には権力それ自体よりももっと強力に作動する権力のブラック・ホールなのである。こういう天皇制のもつ政治的な構造について、このドラマほど的確にその実態を描いているドラマは他に類がない。

「千本桜」は単に「戦争」を描いただけではなく「天皇制」そのものの性格を描いている。その意味で、このドラマは日本人の深層に深く根ざしたものをもっているのだ。》

 安徳天皇の「朕を供奉(ぐぶ)し、永々の介抱はそちが情(なさけ)、けふ又丸を助けしは、義経が情なれば、仇(あだ)に思ふな知盛」という無邪気そうな言葉は、あたかもラカンによる次の笑話の、パン屋で金を払わない男のようなキョトンとさせる虚にして異を唱えさせない力がある。《彼は手を出してケーキを要求し、そのケーキを返して、リキュールを一杯要求し、飲み干します。リキュール代を請求されると、この男はこう言います、「代わりにケーキをやっただろう」。「でもあのケーキの代金はまだいただいていません」。「でもそれは食べていない」。》(ラカン『自我(下)』)

 山口が寄り添った『女形の運命』からも引用しておく。天皇制の鵺のような、両棲類的な実体のなさばかりでなく、「御霊」もまた<大文字の他者>として機能することがあるからである。渡辺自身の私的な追想と実感から来るだけに、よりなまなましく「昏い世界のふるさと」、「関係の心情の構造」という<大文字の他者>の不気味さが、日本人が弱い「情」の贈与交換の儀式を伴って、高温多湿の心情にアメーバのようにぬめぬめともたれてくる。

《私にとって天皇は一つの危険な罠のようにみえる。現実の市民生活の中で多少とも戦前の怖ろしい記憶をもつ人間にとっては、天皇が今日存在すること自体がたえられぬ痛みである。しかし一方で古代以来天皇がもっていた神話的な闇は、歌舞伎役者の背負っていた闇にも通っているのではないか。私は天皇を少しも愛さず、歌舞伎役者を愛している。しかし歌舞伎役者とは実はあの怖ろしい記憶の根源にあるものの似姿ではないのか。

 二代目団十郎がその「特殊な象徴的意味」を獲得するために利用した御霊信仰とは、本来現世に怨みを抱いて不慮に死んだ人間の霊をなぐさめるものだそうである。もしそうだとすれば、この信仰の対象の霊の中には、当然現世に対する批判が含まれるだろう。たとえば菅原道真の霊は、雷(いかずち)となって京都を襲った。道真の霊は御霊の典型的なものである。

 雷は道真を九州に左遷した当の政敵に及んだだけでなく、上下の民心、ことに天皇自身を畏怖せしめたという。伝説によれば藤原時平が一人わるい奴のようであるが、実はこういう伝説はつねに天皇制の永遠なる維持のためと、のちにのべるように天皇を宗教的次元にとどめるために、政治的実務家の側近に罪をなすりつけて終わる。むろん道真の怨念のおもむく先は、側近ばかりでなく、現体制の権威の根源である天皇自身にまで及ぶべきものである。天皇自身そういうことを知っているから、慌(あわ)てて道真の官位を復し、天神社を造営し、祭祀(さいし)をとり行って、災をさけようとしたのである。(中略)

 しかもここで大事なことは天皇が道真の霊に表面的には敵対しているようであるが、そう見えるのは政治的な次元のことであって、宗教的な次元では荒ぶる霊とそれをまつる祭主というような形になって、必ずしも対立してはいないことである。むしろ道真の霊はいつのまにか天皇と手を握ってしまう。そういう関係の心情の構造を考えると、私には天皇とたとえば道真の霊が必ずしも対立した二つのものではなく、一つのものの二つの側面だという気がする。》(渡辺保女形の運命』)

 醍醐天皇藤原時平の関係性と瓜二つなのが、『義経千本桜』における後白河法皇左大臣藤原朝方(ともかた)の関係性だ。後白河法皇の御所へ、平家を討って帰京した義経が、弁慶とともに参上するところから始まる「序段」の発端において、後白河法皇は気配さえ見せず、かわって朝方(ともかた)が院宣(いんぜん)だとして「初音(はつね)の鼓(つづみ)」を陰謀のごとく与える。

大文字の他者>の具象化である「御霊信仰」に関して補足すれば、『義経千本桜』(1747年)の前年(1746年)に同じ竹田出雲グループによる『菅原伝授手習鑑』は道真の物語であり、『義経千本桜』の翌年(1748年)の『仮名手本忠臣蔵』が『曾我物語』の流れを汲んだ怨霊に関わる物語なのは、丸谷才一忠臣蔵とは何か』に詳しい。間に挟まった『義経千本作』にもまた、平家一門、義経安徳天皇御霊信仰として機能していることを感ぜずにはいられない。

 そしてまた、作者が竹田出雲・三好松洛・並木千柳の三人による合作であることが、それぞれに他者の眼をより意識させて、<大文字の他者>を強く発動させたのではないか。

 

 知盛の反復する死と、安徳天皇の不死には、作者が「観客の意識の底に潜在している微妙な心理に媚(こ)び」た、<象徴界>と<大文字の他者>が表現されている。知盛は反復しなければならず、安徳天皇は反復してはならなかった、そればかりか天皇の最初の死もあってはならなかったのだ。

 ジジェクは『イデオロギーの崇高な対象』で次のように解説している。

ヘーゲルは、ユリウス・カエサルの死について論じながら、その反復理論を発展させた。(中略)反復の問題のいっさいがここに、すなわちカエサル(ある個人の名)から皇帝(カエサル)(ローマ皇帝の称号)への移行にある。カエサル――歴史的人格――の殺害は、その最終的結果として、皇帝支配(カエサリスム)の開始の引き金となった。カエサルという人格が(・・・・・・・・・・)皇帝(カエサル)という称号として反復される(・・・・・・・・・・・・・)。この反復の理由、動力は何か。一見すると答えは簡単そうにみえる。「客観的」歴史的必然性に関する、われわれ人間の意識の立ち遅れである、と。その隙間から歴史的必然性がちらりと見えるようなある行為は、意識(「民衆の意見」)からは、恣意的なものとして、すなわち起こらずともよかったものとして捉えられる。こうした捉え方のせいで、民衆はその結果を捨て去り、かつての状態を復元しようとするが、この行為が反復されると、その行為は結局、底にある歴史的必然性のあらわれとして捉えられる。言い換えれば、反復によって、歴史的必然性は「世論」の目の前にあらわれるのである。

 しかし、反復についてのこうした考え方は、認識論的に素朴な前提にもとづいている。すなわち、客観的な歴史的必然性は、意識(「民衆の意見」)とは関わりなくしぶとく生き残り、最終的に反復を通して姿をあらわす、という前提である。こうした発想に欠けているのは、いわゆる歴史的必然性そのものが誤認(・・)を(・)通して(・・・)つくりあげられる(・・・・・・・・)、つまりその真の性格を最初に「世論」が認識できなかったということによってつくりあげるのだということ、要するに真理そのものが誤認から生まれるということである。ここでも核心的な点は、ある出来事の象徴的な地位が変化するということである。その出来事が最初に起きたときには、それは偶発的な外傷として、すなわちある象徴化されていない<現実界(リアル)>の侵入として体験される。反復を通じてはじめて、その出来事の象徴的必然性が認識される。つまり、その出来事が象徴のネットワークの中に自分の場所を見出す。象徴界の中で現実化されるのである。だが、フロイトが分析したモーセの場合と同じく、この反復による認識は必然的に犯罪、すなわち殺人という行為を前提とする。カエサルは、おのれの象徴的必然性の中で――権力―称号として――自身を実現するために、血と肉をもった経験的な人格としては死ななければならない。なぜなら、ここで問題になっている「必然性」は象徴的必然性だからである。(中略)

 言い換えれば、反復は「法」の到来を告げる。死んだ、殺された父親の代わりに「父―の―名」があらわれる。反復される出来事は、反復を通じて遡及的に、おのれの法を受け取るのである。だからこそ、われわれはヘーゲルのいう反復を、法のない系列から法的な系列への移行として、法のない系列の取り込みとして、何よりも解釈の身振りとして、象徴化されていない外傷的な出来事の象徴的専有として、捉えることができるのだ(ラカンによれば、解釈はつねに「父―の―名」の徴のもとにおこなわれる)。》

 だからこそ、歴史的事実から遅れて来た『義経千本桜』において、「父―の―名」の徴のもと、知盛は父清盛の「悪」の象徴として反復して二度死ななければならなかったし、対して安徳天皇は日本の<大文字の他者>として不死であらねばならなかった。

 知盛は、《ナポレオンが最初に敗北してエルバ島に流されたとき、彼は自分がすでに死んでいることをつまり自分の歴史的役割が終わったことを知らなかった。それで彼は、ワーテルローでの再度の敗北によってそれを思い出さなければならなかった。この時点では彼は二度目の死を迎えた。つまり現実に死んだのである。(中略)ラカンは、この二つの死の差異を、現実的(生物学的)な死と、その象徴化・「勘定の清算」・象徴的運命の成就(たとえばカトリックの臨終告解)との差異と捉える。》(ジジェクイデオロギーの崇高な対象』)のナポレオンと同じように、現実的な死と、その象徴的運命の成就としての死という二つの死を『義経千本桜』で果たしたことになる。

義経千本桜』(人形浄瑠璃は1747(延享4)年11月 大坂・竹本座。歌舞伎は1748(延享5)年1月 伊勢の芝居、同年5月 江戸中村座)の「渡海屋の場・大物浦の場」に反戦のメッセージを読みとることに対して、応仁の乱から150年以上続く戦国時代の終結(「元和偃武(げんなえんぶ)」)を最後の内戦(「大阪夏の陣」(1615(慶長20)年))によって成し遂げ、それから100年以上が経過した徳川の平和の中に生活する観客の、同時代の意識の解釈として、「反戦」という現代的な概念はおかしいのではないかとも考えられよう。しかし、ベンヤミンが、歴史記述は未来から見て遡及的に記述されているのだという視点や、「メシヤ的な歴史」と表現した期待をこめた時間の見方もある。

《歴史をテクストと見なしさえすれば、現代の一部の作家たちが文学的テクストについて述べていることを、歴史についても言うことができる。過去は歴史のテクストの中に、写真版上に保たれているイメージに譬えられるようなイメージを置いてきた。写真の細部がはっきりあらわれてくるような強い現像液を処理できるのは未来だけである。マリヴォー、あるいはルソーの作品にはところどころに、同時代の読者には完全に解読できなかった意味がある。》(ベンヤミン

 マリヴォーやルソーの作品が期待している未来がなんであるのか、同時代には確定していないからだ。過去の出来事は未来の出来事への期待を孕んでいる。竹田出雲・三好松洛・並木千柳という竹本グループが、同時代の観客には完全には理解できなかった意味を含んで語っていたとしても不思議ではない。

 

義経千本桜』というタイトルと「不在」にも意味がある。本来、歴史的にも作品本文も桜の季節ではないのに「千本桜」。見せ場が少なくて主役には見えず、武がなく智も少なく仁だけで、あまり魅力のない「義経」。

ワルシャワレーニン」という小話(ジョーク)がある。

《モスクワのある絵画展に一枚の絵が出品されている。その絵に描かれているのは、レーニンの妻のナジェージダ・クルプスカヤがコムソモール〔全連邦レーニン共産主義青年同盟〕の若い男と寝ているところだ。絵のタイトルは「ワルシャワレーニン」。困惑した観客がガイドに尋ねる。「でも、レーニンはどこに?」。ガイドは落ち着き払って答える。「レーニンワルシャワにいます」。(中略)この観客の誤りは、あたかもタイトルが一種の「客観的距離」から絵について語っているかのように、絵とタイトルの間に、記号とそれが指し示す対象との間と同じ距離をおき、タイトルが指し示す実体を絵の中に探したことである。だから観客はこうたずねる、「ここに書かれているタイトルが示している対象はどこにあるんですか」。だがもちろんこの小話の急所は、この絵の場合、絵とタイトルの関係が、タイトルが描かれているものを単純に指し示す(「風景」「自画像」)ような普通の関係ではないということである。ここでは、タイトルはいわば同じ表面上にある。絵そのものと同じ連続体の一部である。タイトルの絵からの距離は厳密に内的距離であり、絵に切り込んでいる。したがって何かが絵から(外へ)抜け落ちなくてはならない。タイトルが落ちるのではなく、対象が落ちて、タイトルに置き換えられるのである。》(ジジェクイデオロギーの崇高な対象』)

「千本桜」という名前が「吉野の花の爛漫」という地理的な古代信仰を喚起し、武家文化と公家文化の両方を兼ね備えた貴種流離の英雄「義経」の武を期待させておいて、その観念と理念のうえでの「不在」は「謎」を生み「不安」を呼び覚まして、観客を幕切れまで引っ張るとは、「徳川時代狂言作者は、案外ずるく頭が働いて」いたか、「知られていない『知られていること』」の下で奇跡的な3年間が訪れた。

 さらに、ここでは多くを割かないが(詳細は渡辺保『千本桜 花のない神話』「第三章 安徳天皇は女帝か」)、安徳天皇が実は女であったという伝承を利用しての知盛の今際(いまわ)の告白、「これというも、父清盛、外戚の望みあるによって、姫宮を男(おのこ)宮と言い触らし、権威をもって御位につけ、天道をあざむき」にも、現代に通じる女帝問題の象徴として<大文字の他者>が通奏底音を奏でていることを忘れてはならない。

 

                               (了)

        *****引用または参考文献*****

(以前書いた「<象徴界>と<大文字の他者>でみる『義経千本桜』と『伽羅先代萩』」から『義経千本桜』の部分を抜粋した)

スラヴォイ・ジジェクラカンはこう読め!』鈴木晶訳(紀伊國屋書店

スラヴォイ・ジジェクイデオロギーの崇高な対象』鈴木晶訳(河出文庫

スラヴォイ・ジジェク『斜めから見る 大衆文化を通してラカン理論へ』鈴木晶訳(青土社

大澤真幸『社会は絶えず夢を見ている』(朝日出版社

大澤真幸『逆説の民主主義――格闘する思想』(角川書店

大澤真幸『思想のケミストリー』(紀ノ国屋書店)

大澤真幸『社会システムの生成』(弘文堂)

大澤真幸『THINKING「O」第9号』(左右社)

内田樹『他者と死者 ラカンによるレヴィナス』(文春文庫)

ジャック・ラカン精神分析の四基本概念』小出浩之他訳(岩波書店

ジャック・ラカン『自我(下)』小出浩之他訳(岩波書店

谷崎潤一郎『幼少時代』(岩波文庫

谷崎潤一郎吉野葛蘆刈』(岩波文庫

渡辺保『千本桜 花のない神話』(東京書籍)

渡辺保女形の運命』(岩波現代文庫

渡辺保忠臣蔵――もう一つの歴史感覚』(中公文庫)

渡辺保『歌舞伎手帖』(角川ソフィア文庫

橋本治浄瑠璃を読もう』(新潮社)

丸谷才一忠臣蔵とは何か』(講談社文芸文庫

丸谷才一『輝く日の宮』(講談社文庫)

柄谷行人『日本精神分析』(講談社学芸文庫)

赤坂憲雄『王と天皇』(筑摩書房

吉本隆明『<信>の構造3 全天皇制・宗教論集成』(春秋社)

山口昌男『知の遠近法』(岩波書店

*『折口信夫全集3 古代研究(民俗学編2)』(「大嘗祭の本義」所収)(中公文庫)

*『新潮日本古典集成 平家物語(上)(中)(下)』(新潮社)

*『義経記』(岩波文庫

*『歌舞伎オン・ステージ 義経千本桜』原道生編著(白水社

*『国立劇場歌舞伎公演記録集 義経千本桜(上)(下)』(ぴあ株式会社)

*『文楽床本集 義経千本桜』(平成十五年九月文楽公演)(日本芸術文化振興会

 

 

オペラ批評/文学批評 R・シュトラウス『ばらの騎士』のホーフマンスタールの織糸(ノート)   ――夢見ることと認識すること/官能的なものと精神的なもの

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 もしかしたら、リヒャルト・シュトラウスとオペラ『ばらの騎士』のことを、音楽愛好者以外の人は、村上春樹騎士団長殺し』で初めて知ったのではないだろうか(そのうえ、かなりの人はシュトラウスと聞いて、ウィンナ・ワルツ作曲家のヨハン・シュトラウスと混同しているかもしれない)。

騎士団長殺し』のアイロニカルなライトモチーフは、モーツァルトドン・ジョヴァンニ』に登場する騎士団長だが、通奏低音のようにシュトラウスばらの騎士』が流れている。

 

村上春樹騎士団長殺し』の『ばらの騎士』>

 村上『騎士団長殺し』の序盤第一部第8章で、肖像画家の私に免色(メンシキ)は『ばらの騎士』を紹介する。

《「ただじっと座っていても退屈でしょう。よければ何か音楽でもお聴きになりますか?」と私は彼に尋ねた。

「もし邪魔にならなければ、何か聴きたいですね」と免色は言った。

「居間のレコード棚から、どれでもお好きなものを選んで下さい」

 彼は五分ほどかけてレコード棚を見渡し、ゲオルグショルティが指揮するリヒアルト・シュトラウスの『薔薇(ばら)の騎士』を持って戻ってきた。四枚組のLPボックスだ。オーケストラはウィーン・フィルハーモニー、歌手はレジーヌ・クレスパンとイヴォンヌ・ミントン。

「『薔薇の騎士』はお好きですか?」と彼は私に尋ねた。

「まだ聴いたことはありません」

「『薔薇の騎士』は不思議なオペラです。オペラですからもちろん筋立ては大事な味を持ちますが、たとえ筋がわかっていなくても、音の流れに身を任せているだけで、その世界にすっぽりと包み込まれてしまうようなところがあります。リヒアルト・シュトラウスがその絶頂期に到達した至福の世界です。初演当時には懐古趣味、退嬰(たいえい)的という批判も多くあったようですが、実際にはとても革新的で奔放な音楽になっています。ワグナーの影響を受けながらも、彼独自の不思議な音楽世界が繰り広げられます。いったんこの音楽を気に入ると、癖になってしまうところがあります。私はカラヤンエーリッヒ・クライバーの指揮したものを好んで聴きますが、ショルティ指揮のものはまだ聴いたことがありません。もしよければこの機会に是非聴いてみたいのですが」

「もちろんかまいません。聴きましょう」》

 第二部38章で再び『ばらの騎士』が言及される。

《それから私はリヒアルト・シュトラウスの『薔薇(ばら)の騎士』をターンテーブルに載せてソファに横になってその音楽を聴いた。とくにやることがないときに、そうやって『薔薇の騎士』を聴くことが私の習慣になっていた。免色が植え付けていった習慣だ。その音楽には彼が言ったように、確かに一種の中毒性があった。途切れもなく続く連綿とした情緒。どこまでも色彩的な楽器の響き。「たとえ一本の箒だって、私はそれを音楽で克明に描くことができる」と豪語したのはリヒアルト・シュトラウスだった。あるいはそれは箒ではなかったかもしれない。しかしいずれにせよ彼の音楽には絵画的な要素が色濃くあった。》

 そして53章でも、

《それから歌劇『薔薇(ばら)の騎士』のことも思い出した。コーヒーを飲み、焼きたてのチーズ・トーストを齧(かじ)りながら、私はその音楽を聴こうとしている。(中略)

 リヒアルト・シュトラウスは戦前のウィーンで(アンシュルスの前だったかあとだったか)、ウィーン・フィルハーモニーを指揮した。その日の演奏曲目はベートーヴェンのシンフォニーだ。物静かで身だしなみがよく、決心の堅い七番のシンフォニー。その作品は明るく開放的な姉(六番)と、はにかみ屋の美しい妹(八番)とのあいだにはさまれるようにして生み出された。若き日の雨田具彦はその客席にいた。隣には美しい娘がいる。彼はおそらく恋をしている。

 私はウィーンの町の光景を思い浮かべた。ウィンナ・ワルツ、甘いザッハトルテ、建物の屋根に翻(ひるがえ)る赤と黒ハーケンクロイツ。》

 

 村上『騎士団長殺し』で免色に、《オペラですからもちろん筋立ては大事な味を持ちますが、たとえ筋がわかっていなくても》と言われてしまった『ばらの騎士』の台本(リブレット)作家ホーフマンスタールの名前は、『騎士団長殺し』にも出てこないので、おそらくシュトラウス以上に知られていないだろう。

ばらの騎士』は1909年2月に、フーゴ・フォン・ホーフマンスタールからシュトラウスシノプシスが提案されることで共同創作が開始され、1911年1月26日にはドレスデンで初演の運びとなった。モーツァルトとダ・ポンテ、ヴェルディとボーイト、プッチーニとイッリカおよびジャコーザのように、とかく台本作家の名は落とされがちだが、『ばらの騎士』ほど共同作品としての重要度が高い作品は他に類を見ないのは、残された往復書簡と作品の内実からも明らかであろう。

ばらの騎士』を論じたものはいくつかあって、岡田暁生『オペラの終焉 リヒャルト・シュトラウスと<バラの騎士>の夢』が浩瀚で漏れがないのは衆目の一致するところであろうが、副題にもあるように、ここでもシュトラウスについて力点があるのは否めない。

 そこで少しばかりホーフマンスタールの側から論じてみたい。

 

 ウィーン世紀末文学の愛好者ならホーフマンスタールの名を知らないはずもないが、そうでなければ、これももしかしたら三島由紀夫で知った人がいるかもしれない。

三島由紀夫の言葉>

 三島はホーフマンスタールに、自分と同じように早熟の詩人にして、小説(『第六七二夜のメルヘン』『バッソンピエール元帥の体験』『アンドレアス』など)、散文・批評(『チャンドス卿の手紙』『美しき日々の思い出』『道と出会い』『詩人と現代』『ヨーロッパの理念』など)、戯曲・オペラ台本(『エレクトラ』『ばらの騎士』『ナクソス島のアリアドネ』『影のない女』『塔』など)と多芸多才なうえに、古典から作品を創り出す能力(三島で言えば『近代能楽集』)に長けたホーフマンスタールに、憧れと己の影をみていたに違いない。三島が生涯にわたって書いてきたこと、遺作『豊饒の海』(とりわけ最終巻『天人五衰』末尾の聡子(月修寺門跡)の言葉と夏の日ざかりの庭)で結実したものは、ホーフマンスタールの「夢」「生」「死」の世界だった。

 ホーフマンスタールと『ばらの騎士』の本質理解のために、三島由紀夫全集からいくつか引用する。

 三島は中村光夫との対談「対談・人間と文学」で、「虚無」について問われ、

三島 大事なことなんだけど、ここに見えている現実は現実でないという考えですね。それはある意味でア・プリオリに芸術的な見方だといえるかもしれない。それを言葉で精細に表わそうとすると、これがほんとうの、人が信じるような現実になるということを言いたい。第一に言いたいのは不信です。まわりにあるのは現実ではない。あなたが座っているように見えるが、あなたはいないのだ、ものを食っているようだけれど料理なんかありはしないのだ。そういうところから出発して、それをどうして言葉で表現したらいいだろうか、一生懸命言葉で表現すれば辛うじてそれが人に見えるような現実になるという考え、それはホフマンスタールが「チャンドス卿の手紙」のなかで書いている。十九世紀末は現実の物象が信じられなくなるところからくる時代思潮というものがあって、そこから実存主義なんか出てきたんでしょう。実存主義や行動主義に入ってゆくのもそれからきたんでしょう。チャンドス卿が庭を歩いていると如露(じょうろ)がある。そのうち、どうして如露という名前がついていて、どうして如露という存在があるのかわからなくなってきた。いままでそれは自分で如露だと思って見ていたが、何だかわからなくなってしまった。そこからだんだん物が見えなくなっちゃって、こわくなって友達に手紙を書く。あれはそういう体験に対する最初の声で、それはサルトルの「嘔吐」まで行くのですね。私小説の人たちの人生体験というのは決してそういう形で出てこない。物は全部意味を持っており、意味を持っている世界のなかでいろいろなことが起こる。志賀さんの小説に出てくるお父さんは間違いないお父さんです。それからどこかの女は間違いない女で、その女がその場で消えてしまうということはあり得ない。そういうことから出発して、自分の経験したことは全部実体のあるものとして文字で表現する。そういうものは創作にちがいないから芸術にちがいないという。だけど、ぼくたちはそういうものがなくなったところから出発しているでしょう。それが虚無といえば虚無という言葉は通俗的ですけれども。》

 

 日記体の『裸体と衣裳』にはホーフマンスタールへの言及があって、文体と「批評家的資質」に対する顕彰(それは自負でもあろう)とともに、「夢に変質してゆく人生を生きる主人公の、精神的脱落の経過」という指摘に、三島『豊饒の海』の輪廻転生と脱落への親近性がある。

《夜、ホーフマンスタールの未完の小説『アンドレアス』(大山定一氏訳)を読む。作品そのものよりも、脳裡に築かれたままさまざまに修正され、ほとんど空想上の作品として完璧な形に完成されてゐたその詳細な創作ノートに愕(おどろ)かされる。ホーフマンスタールのエッセイは実に優れたものだが、小説『アンドレアス』にも、彼の批評家的資質や、白磁の上にゑがかれた藍いろの陶器の絵のやうな、ふしぎにひえびえとした文体と、夢魔的な構成の非連続感と、すべてが痛みやつれてみえながら薄荷のやうな清爽さを帯びたウヰーンの世紀末趣味とは、この作品を未完なりにいかにも魅力のあるものにしてゐる。彼がバルザックを論じて、「バルザックは透明な絵具で描いた」と言つてゐるのが思ひ出される。(中略)しかしながら、小説というジャンルの寛大な性質は、時代が移ると共に作者の企図を離れて、別個の評価をゆるすので、今日われわれはこの未完の夢魔的な作品を、ネルヴァルの小説やロオデンバッハの小説との内的類似を通して、夢に変質してゆく人生を生きる主人公の、精神的脱落の経過をゑがいた反教養小説と読むこともできるのである。》

 

 また、『戯曲を書きたがる小説書きのノート』では、ホーフマンスタールのエッセイへの賛美とともに、三島のギリシャ文化、戯曲への憧憬がホーフマンスタールにかこつけて表明されている。

ホフマンスタールの「詩についての対話」を再読した。富士川英郎氏の訳は実に名訳で、集中の「道と出会」や「セバスティアン・メルマス」は珠玉の文字である。(中略)

 ただ、ホフマンスタールが何気なくいふ、「自然で自明な形式感」といふ言葉の、ギリシャ文化への憧れの気持はきはめてよくわかる。私の戯曲文学への憧憬も結局これに尽きるやうに思はれる。(中略)戯曲は小説より一段と古いジャンルであるが、戯曲が自然の要件とする「自明な形式感」の再確認が、小説書きとしての私にとつても、大切な仕事のやうな気がするのである。》

 おそらく三島は、ホーフマンスタール『道と出会い』の、

《愛欲(エロス)の本来の決定的な所作事は、抱擁ではなくして、出会いであると私は思う。出会いの際におけるほど、官能的なものが精神的であり、精神的なものが官能的である場合はない。出会いにおいてはあらゆることが可能である。すべてが<動き>であり、すべてがそこに溶解されている。ここにはまだ情欲の伴わない相互の要求があり、信頼と畏怖の素朴な混合がある。ここには鹿のようなもの、鳥のようなもの、獣の鈍重のようなもの、天使の純粋のようなもの、神のようなものがある。ひとつの会釈はなにか無限なものである。ダンテはその『新生』が彼に与えられた或る会釈に由来したと言っている。》や、オスカー・ワイルド論である『セバスティアン・メルマス』の、

《人間と運命を分ち、不運と幸福を引きはなして、人生を陳腐なものにしてはならない。どんなものもバラバラにしてしまってはならないのだ。いたる所に全きものがあるのである。浅薄なもののうちに悲壮なものがあり、悲壮なもののうちに愚鈍なものがある。快楽と呼ばれているもののうちに、息のつまるほど不気味なものがあり、娼婦の衣裳のうちに詩的なものが、詩人の情緒のうちに俗なものがある。人間のうちにはすべてのものがあるのだ。》の「対句」に響き合うものがあったのだろう。

 

 三島の文体表現へのホーフマンスタールの影響という意味では、秋山駿との対談「私の文学を語る」がある。秋山に、《たとえば「金閣寺」に、蜜蜂が菊の花のところを飛んでいるのを見ているところがありまして、この蜂と花の関係が、「形こそは、形のない流動する生の鋳型であり、同時に、形のない生の飛翔は、この世のあらゆる形態の鋳型なのだ」とありますが、僕は前半の一語ですでに充実して完全であるように思います。後半があることによって、かえって「生の中で形態の意味がかがやく」ということの堅固な定着が、逆に薄れるように感ぜられるのです》と指摘されて、

三島 あまり両側から見ようとするから、はみだしちゃうのですね。あの部分はホフマンスタールなのです。ホフマンスタール散文詩みたいなものをねらったのです。あの小説にはわりにホフマンスタールの影響が入っている。

秋山 僕は微かにリルケかなんかかと思って。いや、やはり三島さんの一歩一歩です。

三島 リルケというよりもうちょっとヤニっこいのです。僕が対句というのは、僕が書けば、「彼は音楽を愛し美術を好んだ」というのを、ふつうは「音楽と美術が好きだった」と書くのが流行ですね。僕はどうしても「音楽を愛し美術を好んだ」と書いちゃう。そういうことです。》

 この「両側から見ようとする」というのは、ホーフマンスタールの「分離と融合」「全体」「関係性」、「自己と他者」「生と死」「夢と認識」「官能性と精神性」に対して、中庸だとか妥協だとかの非難となった諸刃の剣でもあった。

 

古井由吉『認識の翻訳者』>

『筑摩世界文学大系63 ホーフマンスタール ロート』付録に、ドイツ文学者でもあった作家古井由吉は次のように書いている。

《端正なものは、私は好きである。また繊細な素朴さ、素朴な繊細さが危険なくだりでも失われないということは文学においてももっとも望ましいことだと考えている。理性と非理性の接点から接点へ濁らずに分け入ってゆく業は、私には最高の知性のしるしとさえ思われる。また混沌の噴出さえも形の中へ受け止める慎ましさは、混沌の力をかえって際立たせる。しかし私をホーフマンスタールの作品の前で落着かせるのは、何よりもその翻訳者ふうの印象、なにか確かな原典を前において知性と感性をかえって自由に透明にはたらかせているといった趣である。

 文献的なよりどころについては私にはこれを論じる力もないが、ホーフマンスタールのこの翻訳者風の印象はおそらく、彼が孤独な近代的な自我としてではなくて文化伝統の中の一個として物を表現しているところから来るのではないか、と思われる。いや、文化伝統のただ中に支えられた人間なら、父なるもの母なるものに対して認識者である必要はない。ホーフマンスタールの作風はあきらかに認識者のそれである。ただし、その認識は伝統の形を解体して行くという態のものではなく。あくまで形の中に留まろうとするものである。文化伝統から根もとにおいてすでに切り離されて、憧れと怖れ、彼の言う《夢》でしかつながって行けない者でありながら、近代的な個とも成ろうとしない。過去と未来の双方に対して前存在(Preexistenz)的な、それゆえに伝統にも個の枠にも限定されずに際限もなく柔軟な、際限もなく分け入って行く認識的な感性――このような感性がデカタンツに堕ち入らずに過去と未来に対する倫理の中に留まろうとする時、翻訳者、媒介者の道がそこにあるのではないか。たとえば正しい象徴性を過去から未来へ認識的に媒介するということも、重い任務のひとつである。》

 古井はホーフマンスタールの訳になるソポクレスの「オイディプス王」の簡明化、透明化された優美な一節を引用してから、《世界の秩序は人間のさまざまな犠牲行為から成り、これらの行為が大から小に至るまで同じ意味を照らしあうことによって、全体が保たれる、従って、或る大きな犠牲が捧げられるべくして捧げられないならば、供物を捧げるというような日常の習俗に至るまでその意味が失われ、全体の倫理的秩序は崩壊に瀕する――これがホーフマンスタールの世界観の骨子であり、また文学観のそれである。(中略)根源にある犠牲・象徴への問い、迫りくるカオスへの凝視。伝統の簡素なかたちとなることによって、貧しい透明さになることによって、認識をあらわした詩人である。》と結んだ。

 

<川村二郎『アレゴリーの織物』>

 ドイツ文学者の川村二郎は、ホーフマンスタールとバロックベンヤミンとホーフマンスタールに関して考察した。

《思い切って簡略化してしまえば、ここでベンヤミンは、ホフマンスタールは古くカフカは新しいと言っているのである。もちろん前者が単純に旧弊だというのではない。新しさに対して充分な理解を持っている。新しさを体現する可能性さえも、潜在的に具えている。にもかかわらず、可能性を実現するにしては、古さへの未練に後髪を引かれすぎている。そのために、常時優柔不断の、首鼠両端にひとしい態度を取り続けるよりほかはない。ベンヤミンホフマンスタール批判は、そうした観測にもとづいていると思われる。》

《「並外れた変幻自在の多才ぶりは、ホフマンスタールにあっては、おのれの内なる最善のものに裏切りを働いたという意識を伴っている」と、ベンヤミンはさらに別の手紙に書いている。》

ホフマンスタールはブルクハルトとベンヤミンの双方に接触している。一般化していえば、古典的ヨーロッパの伝統を正しく継承し顕彰しようとする意向(この意向において、E・R・クルチウスやルドルフ・ボルヒャルトやR・A・シュレーダーたちが、ホフマンスタールを中心にして結ばれている)と、古典的正統を真向から敵視し、異端として斥けられ疎外された諸力を通じての破壊と変革を第一義とする意向(ベンヤミンの朋友である革命家ブレヒトにさえ、ホフマンスタールは好意的な目を向けている)との双方に、接触している。いかにもとめどのない、摂取不捨の、もしくは選択不能の社交性。くり返すが、この社交性はデモーニッシュな不気味さを孕んでいる。》

 

<ホーフマンスタール『詩人と現代』とフッサール

 木田元によれば、ホーフマンスタールは『詩人と現代』という講演を1906年12月に、ミュンヘン、フランクフルト、ゲッチンゲン、ベルリンの4か所で行っているが、おそらくはゲッチンゲンで行われた講演を、当時ゲッチンゲン大学にいたフッサールが聴講し、翌日にはホーフマンスタールがフッサールを訪問、翌年1月にフッサールがホーフマンスタールに講演への共感を次のように綴っている。

《世界に対する詩的態度についてホーフマンスタールが述べたことが、単に芸術愛好者としての自分の関心を惹いただけではなく、哲学者であり現象学者である自分の関心をも強く惹いたと述べ、それは、この詩的態度と現象学的還元によって哲学者が意識を純化してゆく作業とには共通したものが認められるからだと言っている。》

 それは、ホーフマンスタールが講演で語った、《詩人はそこに居る、そして音もなく場所を替える、全身これ眼と耳ばかりになっている、そして自分が身を置く場所の色を身にまとってしまうのです。詩人は万物に対し傍観者である、いや、むしろ身をかくしていながら万物の無言の兄弟である、そして彼が皮膚の色を変えるのはある敬虔な苦痛なのです。というのは、詩人は万物から悩みを受け、そしてその悩みを受けることによって、彼は万物を享受するのですから。この悩みながら享受するということ、これが詩人の生の全内容です。彼は悩みます、万物をそれだけ切実に感受せんがために。彼は離れ離れのものからも集団からもひとしく悩みを受けます。彼は物の個々の細部を悩み、またその関連全体を悩みます。尊いものと価値なきもの、崇高なものと卑俗なものについて、詩人はそのさまざまの境遇、さまざまの思いを身に受けて悩むのです。単に考えただけのことをも、実体のないまぼろしをも、時代の産物たる空虚な現象をも、まるでそれらが人間であるかのように、詩人はその悩みを引き受けるのです。何しろ詩人の眼から見れば人間と事物と思想と夢とは全く一つなのですから。彼が知るのはただ、彼の眼前に現れ、そこに彼が悩みを受け、悩みながら幸福を得る、そうした現象だけなのです。》に共感したのだろう。

 続けてホーフマンスタールは、《しかし時代というこの織物にはさらに繊細な糸が通されてあります。たとえ他のいかなる眼もその織糸を認めないとしても、詩人の眼がそれを見落とすことはあってはならないのです。詩人の眼は現在は筆舌に尽くせぬ形で過去と綯い交ぜになっております。自分の体の毛孔の一つ一つに、詩人は過去の日々の、顔も知らぬ遠い昔の親たち、祖先たちからの、消え去った国々の民、過ぎ去った時代からの残り伝えられた生命の澱を感じ取ります。(中略)人間の誰しもが持つ最も深い感覚が、時間と、空間と、物の世界とを人間の周囲に作り成してゆく、それと同じように詩人は過去と現在、動物と人間と夢と物、広大と微小、崇高と卑俗とから、関連の世界を作り成します。》と述べたが、詩人ホーフマンストールの織糸は『ばらの騎士』の世界そのものではないだろうか、とりわけ元帥夫人の態度は詩人のそれではなかったか。

 

吉田秀和『オペラ・ノート』から「リヒャルト・シュトラウスばらの騎士』」>

 シュトラウスとホーフマンスタールの往復書簡や『ばらの騎士』台本に当たる前に、吉田秀和の音楽が聞こえてくるような解説を押さえておく。

 吉田秀和は、自分のいちばん好きなオペラは、考えるまでもなくモーツァルトのオペラだが、そのほかに好きなオペラはなんだろう、と自分にきいてみて、『ばらの騎士』である、たぶん、そうである、と自分に返事した。モーツァルトを除けば『ばらの騎士』こそ、最もオペラ的なものの精華なのである。

《みんなはよく、「二十世紀の生んだオペラは二つしかない。ドビュッシーの『ペレアス』とアルバン・ベルクの『ヴォツェック』と」という。それはある意味では正しいのだけれど、完全に正しくはない。というのは、この二作、特に『ヴォツェック』はたしかに正真正銘二十世紀の生んだオペラには違いないのだが、スタイルとしては十九世紀のオペラの伝統に完全に則したものであり、それが十九世紀のオペラの延長線上にあるものであることは、ちょうど、プッチーニの『トスカ』や『蝶々夫人』などの場合と同じなのだ。(中略)ところが『ばらの騎士』は、オペラというジャンルが「アクチュアルな芸術としての生命を終えてしまった」、あるいは、もうそうなったも同然であり、したがって滅亡した、あるいは滅亡の寸前の危機にあるという認識があってはじめてかかれた台本によっているのである。そして、この危機の認識こそが二十世紀の刻印なのである。》

 

《ホーフマンスタールは、後年、ある手紙の中で、こう言っている。

「Pは、私の小さな戯曲群には、現実には全然存在していない社会が反映していると言ったけれど、これは正しくもあれば間違ってもいる。この種の芸術の役目は、たぶん、創造的な人間たちに与える必要のある『真』にあるのです。」

ばらの騎士』についても同じことがいわれる。この劇は、マリア・テレジア治下のヴィーンでの貴族社会の喜劇であると同じくらい、架空のそれにおけるコメディであり、その役目は、創造的人間(二十世紀初頭でも創造的人間たちとは。どこにいる人たちを指したのだろうか?)に贈られるべき「真」をおくるにあった。『ばらの騎士』とは、そういう言葉で書かれた劇なのである。

 だから、R・シュトラウスが、ここで、ワルツをさかんに用いたのは、まったく正しかった。マリア・テレジア治下のヴィーンでは、まだ、ワルツがなかったことはみんな知っている。それにもかかわらず、これは芸術的にみて許されるというのではなく、むしろそれだからこそ、これは正しかったのである。

 しかし、また、これは二十世紀初頭の「現代」の話でもいけなければ、恐らく十九世紀の話でもいけなかっただろう。それでは、日常性を超えた祝典的性格が充分に自然に芸術化されないからである。しかし、祝典的なものが自然に芸術化されなければ、オペラは成立しないのだ。ここには、それがある。オペラ本来の「真」が生まれてくるのは、そこからである。このオペラをきいて、誰もが感じる元帥夫人の悲しみと諦念の美しさにしても、それが『真』に支えられていなかったなら、一片のセンチメンタリズムにすぎなかったろう。》

 

《現在の地点からふりかえると、元帥夫人が、女性だけでなく、このオペラをみるすべての公衆の心をとらえるのに成功しているのは、ことわるまでもないことであり、その元帥夫人に歌を与えたのは、ホーフマンスタールであるのと同じくらい、R・シュトラウスであることも、言いそえるまでもない。彼女には、第一幕と第三幕に、比類のない明察と恋の入りまじった歌が与えられている。

 「今日か、明日か、それとも明後日か。そう前に自分にいってきかせたのに。これはどんな女にもふりかかってくることのはず。わたしにもわかっていた。自分で誓いをたてたはず、落ちついて耐えていこうと。」

 「正しいやり方で、あの人を愛そうと誓った。彼がほかの女性を愛したら、その愛を私が愛せばよい。でも、それが、こんなに早くやってくるなんて。この世には、他人に起こった話だったらとても信じられないようなことが、いろいろ、ある。でもそれを体験した人なら、信じられるし、どうしたらよいのかもわかってくる……」

 こういう言葉のすべてが、歌の中で、三重唱と二重唱の中で、私たちに聞こえてくるわけではない。しかし私たちは、元帥夫人の歌う声の中に、悲劇がきて並々でない決意をうながし、そうして立ちさってゆくのをきくわけである。それは、明らかに言葉の問題だが、同時に言葉が分かるわからないの問題ではない。というのはきき手は判断できなくとも、シュトラウスの音楽が、その伝達を可能にしているのだから。

 そうして、そのあとにくるゾフィーとオクタヴィアンの二重唱、

 「ぼくの感じるのは君だけ。きみ一人。ほかの一切は夢のように、ぼくから消えさった。」

 「これは夢。現実ではあり得ないことかしら。二人で、二人っきりで、いつまでもいられるなんて……」》

 

《これは古いオペラのパロディーではない。舞台なしに、音楽だけを聞いてみれば――そのために現代はレコードという実に重宝なものができた――この音楽が、たとえ『エレクトラ』のあの無調に迫った、いや局部的には無調でさえあった音楽にくらべ、穏健になったように思われるのは、視覚的なものからの印象が強く働きかけているからで、実際の音は歌も、それから至るところに顔を出す管弦楽の間奏もきわめてモダーンである。

 しかし、また、これは当時のたいていの成功作より進んでいたにせよ、前衛音楽ではなかった。シュトラウスはここで純粋音楽を書いたわけではない。ホフマンスタールR・シュトラウスは『オペラ』というジャンルを、もう一度、救い出そうとしたのである。ロマンティックなアナーキーと、それからアカデミックな硬直化の両方と戦いながら。彼らがそれに成功したことは、私がいうまでもない。》

 

 他にもオペラ『ばらの騎士』(1911年)の解説書はいくつか容易に手にすることができて、その最も優れたものは前述したように岡田暁生『オペラの終焉』だが、ホーフマンスタール自身による「書かれなかった後書き」(1911年)と「後年に書かれた序文」(1927年)ほど作品の核心、本質を言葉にしたものはない。その的確さ、深さ、目配り、現在に続く問題提起は、ホーフマンスタールの批評家的資質、自己省察による時代と社会、過去と未来を見通す眼のなせる術だ。

 

 <ホーフマンスタール「『ばらの騎士』後書」>

《一作品は一個の「全体」であるが、二人の共同作品もまた一個の全体となりえる。多くの要素が――各人の最も独自なものでさえも――同時代人には共通している。織糸は縦横に走り、類は類を求める。しいて区別する者は過ちを犯し、しいて一面を強調する者は、いつしか全体の響きが耳にはいらないことを忘れている。音楽は台本からひき裂かれるべきものではなく、言葉は生命ある形象からきり離されてはならない。「舞台」のためにこそ、この作品は創られたのであり、書物にするためでもなく、ピアノに向かって座る各個人のためなのでもない。

「人間」は無限定であり、「人形」は狭く限られている。人間関係にあっては多くのことがらが右へ左へ浮動しているが、人形同士は尖鋭で清潔な対立を守っている。戯曲の登場人物はつねに両者の中間であろう。侯爵夫人(注:元帥夫人)は孤立した存在ではなく、オックスもまた同然である。二人は対立し、しかも従属しあっている。貴公子オクターヴィアンは中間にあって、両者を結びつける。ゾフィーは侯爵夫人に向かいあっている。娘と女との対立なのであり、またしてもオクターヴィアンがその中間に割りこんで、両者を分離しながら結合する。ゾフィーは父親と同様に心底から市民的であり、したがってこの一群は、さまざまな放恣の許される貴族階級に対立している。オックスは何はともあれ、まだ貴族の片割れには違いない。ファーニナルと彼はたがいに補充しあい、一方は他方を必要とする。ただ単に現実問題にとどまらず、言わば形而上的な意味でもそうなのである。オクターヴィアンはゾフィーをひき寄せはする――だが、真実にそして永遠に、彼は彼女を自分のもとにひき寄せるであろうか。これは多分疑問として残ることであろう。このようにして人物の組合せは組合せに対立し、結合された一群は分離され、分離された一群は結合される。いっさいの登場人物は、じつは従属しあっているのであり、肝心な意味は人物相互の「関係」にこそ含まれている。それは瞬間的でかつ永遠的なものであり、ここにこそ音楽の鳴り響く空間が成就する。

 見方によっては、この作品のなかには過ぎさった時代の絵巻が粒々辛苦して描かれているとも言えよう。しかしそれは、単に眩惑なのであり、最初の浅はかな一瞥を欺きうるにすぎない。言葉からしていかなる典拠をも持たないが、しかしいまなおウィーンの都の虚空に名残りをとどめているものではある。作品全体が、予想される以上に「現在に含まれ過去」に満ちているからであろう。そしてファーニナルの徒も、ロフラーノ(注:オクターヴィアン)も、レルヘナウ(注:オックス)の輩もいまだに死にたえてはいない。ただ召使たちは現在ではもはや、これほど華麗な制服を身にまとって巷を行くことがないだけのことである。風俗習慣にしても、作りごとと思われそうなものが、じつはほとんど正真正銘の伝統であり、本当らしく見えるもの[訳注:例えば婚約の銀のばらの風習]が、じつは虚構なのである。ここにもまた、生きた「全体」が見られる。また人物の口から、おのおのの話しぶりを除いて考えることもできない。これら話しぶりは、まさに人物たちと同時に生まれたものであり、おそらく他のいかなる舞台で聞かれたよりも「口語」なのである。しかもそれが、生命が形姿となるための流出作用であろうとするのは、単独孤立しているからではなくして、ただ音楽と提携しているからにほかならない。言葉が音楽に抵抗するように見える場合は、それはおおむね意図した結果であり、言葉が音楽に献身する場合は、それは心からの抱擁である。

「音楽」こそは、きわみのない愛をたたえ、いっさいを結合する。音楽にとってはオックスといえども、嫌わしいものではない――この男の背後にあるものを感じとるからである。そしてオックスの好色づらもロフラーノの童顔も、音楽にとってはただとり変えられた仮面にすぎず、その奥からは同じ瞳がのぞいている。音楽は侯爵夫人の悲しみもゾフィーの無邪気な喜びも、ひとしく甘美な和音と見なすであろう。音楽の目的はただ一つ、生ある者の調和を流出させて、万物を歓喜へと誘うことである。》

 

<ホーフマンスタール「『ばらの騎士』序文」>

《実在するものを実在しないと想像することほど、むずかしいことはあるまい。ここに登場する人物たちも、とっくに作者の手から離れてしまった。侯爵夫人、オックス、オクターヴィアン、成金のファーニナルとその娘、また彼らのあいだに織りなされる生の絨緞。これらすべては、まるでとっくの昔からそのまま実在していたようであり、今日ではもはや私のものでもなく、作曲家のものでもない。むしろ虚空に漂い奇異な照明に輝くあの世界――劇場にこそ、すべては属しているのであり、そこでいままでしばしの生を保ってきたし、おそらく今後しばらくは生きのびることであろう。(中略)

 やがて彼(注:シュトラウス)は言った――「二人でこれを仕上げ上演させたあかつきに世間の言うことは、私にはいまから寸分たがわずわかっています。世間は、みなの期待がまた無惨にも裏切られた、この作品はドイツ民族が数十年来憧れをもって期待していた喜劇的オペラではない、などと言うでしょう。そしてそのようなレッテルを貼られて、私たちのオペラは落第ということになるでしょう。けれども私たち二人はこの仕事のあいだに、存分楽しむにちがいないのです。すぐ発ってうち[訳注:ウィーン郊外ロダウン]へお帰りなさい、そしてなるべく早く第一幕を送ってください。」 この談話はたしか、一九〇九年の三月末のことであった。(中略)

 おたがいが交した活発な、熱病じみた気ぜわしい応答のことも忘れられない。それは未知の典型的人物を動かして、それらに許されたかぎりのあらゆる組合せを作るトランプ遊びに似ていた。だがそれだけでは、生命ある形姿の織りなす小世界を創造するには、まだ力が及ばなかったことであろう。じつはその奥底に、なかば空想的でなかば現実的な一個の全体を現前せしめようとする、秘めやかな願いがあった。すなわち、一七四〇年代のウィーン――その対立し混合するさまざまの階級や、儀礼や、社会的秩序や、訛り、むしろ階級ごとにことなる種々の話しぶりや、雲に聳える宮廷のお膝もとであるという自負心や、逆にたえず身ぢかに感じられる庶民的な要素など、いっさいをひっくるめてこの都全体の雰囲気――を表現しようとする願いなのである。こうして脇役の人物たちが、わんさと登場することとなった。腰元、警部、料亭の主人、召使、家令、無頼漢、ご用商人、髪結い、下男、給仕、駕籠かき、巡査、やくざ者など。

 しかし、これらを統一するものはただ――この作品においてはすべてがそうであるが――真実で同時に虚構の、暗示と裏の意味に満ちた一種独特な言葉でなければならなかった。どの人物も同時に自己と、自分の属する社会的階層とを描きだせるような一つの言葉。それはだれが口にしても同じものである点では、時代に共通した架空の言語であるが、しかしその話手に応じて別なニュアンスを持つものである。その振幅はかなり広く、侯爵夫人のきわめて飾り気のない言葉つき(そしてこのような、ときには謙虚なまでの非常な簡素さのなかにこそ、この人物の本質が凝結している)に始まり、オクターヴィアンの、若気に甘えていたわりのなさを多少とも感じさせるような簡潔で典雅な話しぶりや、ファーニナルの口調――それは娘の口から出ると、さらにやや小生意気でしかも純情の度を加える――そしてオックスの、美辞麗句と俗悪野卑の奇妙にいり混った調子にいたるのである。この言葉こそは――ある批評家が(察するところ悪い意味で)十八世紀のエスペラントと名づけたものであった。私はこの評言を喜んで受けいれたい――これこそ、この台本を翻訳至難にするゆえんのものである。驚くべく熟練した筆を駆使して、英・仏・伊の各国語に翻訳する試みがなされてはいるが、原作の言葉の雰囲気からひき抜かれるやいなや、人物たちは若干の冷たさを帯び、輪郭の線ははるかに堅くなり、ぎこちなく対立する。そこには人物相互の協調性が欠けている――それあってこそこの作品は、そもそも生命の気を受けえたのであったが。》

 

ジジェク『オペラは二度死ぬ』>

 ジジェクは『オペラは二度死ぬ』で、ワーグナートリスタンとイゾルデ』の「愛死 Liebestod」を出発点に、『ばらの騎士』を比較対象とした。シュトラウスとホーフマンスタールの往復書簡を後記するが、ここでのジジェクの論点が二人の狙いでもあったことが分かる。

《厳密な意味で『トリスタン』の変奏といえる作品から話をはじめよう。『トリスタン』という構築物にひそむ最初の亀裂があらわになるのは、われわれが『トリスタン』を、それと対をなす作品『マイスタージンガー』とならべて読んだときである(『マイスタージンガー』が『トリスタン』と対をなすことは、次の事実によって示されている。ハンス・ザックスとエーファとのあいだに真の愛情が突発的に芽生える、オペラの鍵となる場面において、ザックスは『トリスタン』のマルケ王の悲痛な運命にふれ、自分はマルケ王のような立場に立ちたくないということをほのめかすのである)。この筋書きを実現したオペラは、シュトラウスの『ばらの騎士』である。このオペラと『マイスタージンガー』とのあいだには、明確な対応関係が存在する(通常、陸軍元帥夫人は「女ザックス」と呼ばれる)。年配の人物(ハンス・ザックス、陸軍元帥夫人)は、愛のこもった究極の犠牲的行為において若いパートナーを他人に譲り渡す。そしてこの行為のあとには、和解を示す偉大なアンサンブル(『マイスタージンガー』における五重唱、『ばらの騎士』における三重唱)が続く。そしてここでは、この行為がいかに強いられた選択の構造を備えているかを理解することが、きわめて重要である。『ばらの騎士』の終わりで陸軍元帥夫人がオクタヴィアンから手を引くとき、彼女が実際におこなっているのは、不可避なこと(時の流れ)を自主的に選択するという空虚な身振りなのである。》

 

トリスタンとイゾルデ』第二幕第二場末尾のトリスタンとイゾルデの二重唱、その自己消滅の最初の試みは、ジジェクによれば《芸術史におけるもっとも暴力的な性交中断といってよいブランゲーネの叫びによって冷酷にさえぎられる。》

トリスタンとイゾルデが希求するのは、互いの差異を無化するものへと、合わせ鏡の像のように二人で沈潜することである。これこそが、第二幕の長い二重唱の内容である。その(いささか早まった感のある)結びはこうなっている。「あなた(わたし)はイゾルデ、トリスタンは(わたし)(あなた)、もうトリスタンではなく! もうイゾルデではなく! 名を呼ぶこともなく、離れることもなく、新たに認め合い、新たに燃え上がる。とこしえに果てなく喜び(意識)をひとつにして、永遠に成長する愛、こよなく高い愛の喜び。」 分節言語は、このプロセスにおいて崩壊しているようにみえる。それは、シンタックスが不明瞭になるにつれて、ますます子供じみた、反転する鏡像のようなものになってゆく。(中略)誰にも制止できない、この自己消滅という究極の至福への上昇は、突然、暴力的に(これ以前に、夜はすぐに去ってしまうと二人にやさしく忠告していた)ブランゲーネによって中断される。ワーグナーによるト書きはこうなっている。「ブランゲーネがけたたましい叫びをあげる。トリスタンとイゾルデは恍惚としたままである。」 昼の現実が介入し、マルケ王は恋人たちを驚かす。》

 

《『ばらの騎士』は、「後朝(きぬぎぬ)」の場面、男女が熱い共寝をして過ごした翌朝の場面からはじまる。これは明らかに『トリスタン』の逆を行く動きである。『トリスタン』の終結部は、夜への沈潜を完璧に達成しているのだから。そうであってみれば、陸軍元帥夫人が『マイスタージンガー』のハンス・ザックスのように、時の流れというものが無常な力をもったものであるという良識、そして昼の生におけるありきたりの必然性や責務が闇の世界における絶対的な愛の情熱に勝るものであるという良識の持ち主であることは、驚くにあたらない。この反(あるいはポスト)ワーグナー的な力点は、冒頭のシーンのオクタヴィアンと陸軍元帥夫人の対立においてみごとに表現されている。オクタヴィアンは、ワーグナーを茶化すようなやり方で、セックスをしているあいだは主体と客体の境界線がなくなるということについて、夜に浸りつづけたまま昼を避けるという自分の望みについてしゃべりまくる(「『あなた』とは何を意味するのか? 『あなたと私』とは何を意味するのか? こうしたことにいったい意味があるのか? こうしたことにいったい意味があるのか?/……/私は、あなたを欲望するものだ。しかし『私』は『あなた』のなかでは消えてしまう……/……/なぜ昼が存在しなければならないのか? 私は昼などいらない! いったい昼のどこがよいのか? でもあなたは完全に昼の世界に属している! ああ昼が闇にならんことを!」)。それに対し陸軍元帥夫人は、彼の行儀の悪さをやさしくたしなめ、外が騒がしくなると、彼に中国屏風の陰に隠れるようにいう。こうしてわれわれは、ロココ風の色恋騒ぎとボーマルシェ風のかくれんぼう遊びからなる世界に連れ戻されるのである。だから、シュトラウスが、『ばらの騎士』においては「モーツァルト的オペラ」をつくりたかったと主張したとしても、また『ばらの騎士』の冒頭がフィガロ三部作の第三部――そこでは伯爵夫人ロジーナとケルビーノのあいだで情事が行われる――の変奏として読みうるとしても、それはあくまでワーグナーのあとに(・・・・・・・・・)到来する、ノスタルジーに満ちたモーツァルトなのである。モーツァルトの世界であれば、オペラの一行目(「昨日のきみ! 今朝のきみ! だれも知らない、思いもよらない!」――簡単にいえば、「ベッドでのきみは、なんてすばらしかったことか!」という意味――は、陸軍元帥夫人が閨房の技術に長けていることを示唆しており、この示唆の音楽的表現は、一分ほど前に、オーケストラによる前奏曲においてなされている)にあるような性行為に対するあからさまな言及は、完全に排除されていただろう。》

 

《『ばらの騎士』とモーツァルトとの共通点――これはワーグナーとは対照的な点である――は異性装である。『ばらの騎士』の幕切れの三重唱の魅力は、それが女性の(・・・)三重唱であるという事実にあるのではないか。したがって、その隠されたリビドー的なメッセージは、女性共同体のメッセージ、つまり『ノルマ』の有名な二重唱「ああ、思い出さずにはいられない!」を敷衍したものである。ここでは、『フィガロの結婚』、『フィデリオ』、『ばらの騎士』がいかに異性装を二乗しているかということに注目してみるとおもしろい。『結婚』と『ばらの騎士』において、男として歌う女(ケルビーノ、オクタヴィアン)は、侵入者に自分の身分を知られないために物語内容のレヴェルでさらに異性装を重ねなければならなくなる。その結果われわれは、女の格好をした男を演じる女に出会うことになる。》

 

《とはいっても、シュトラウスモーツァルトを分かつギャップは、性行為の位置づけにかかわっている。モーツァルトにおいて、人々はセックスをしないというわけではない。それとはまったく逆に、彼のオペラのプロットは、すべてセックスめぐって展開している。むしろ重要なのは、性行為への言及が一貫して抽象的で、世俗的な内容を欠いており、どこかしら古き良きヘイズコード時代のハリウッド映画における男女が抱擁したあとのフェイドインを思わせるところである。音楽の構成(テクスチュア)そのものがあからさまに性的なものに変わるのは、ワーグナーになってからである。『ローエングリン』や『トリスタン』の序曲がオーガズム的構造をもっているという論点は、たとえ陳腐なものであっても、的を射ている。(中略)『ばらの騎士』の、オーケストラによる短いプレリュード――これは歓喜に満ちあふれたセックスの場面の表現であり、突き上げるような動きの模倣、絶頂の瞬間をまねたホルンの歓声、快感に浸りきった余韻をともなっている――は中間的な位置にある。つまりそれは、なまの性的な情念が気取ったロココ様式に包まれたかたちで噴出したものであり、その意味では、半分想像的で半分現実的というオペラの様態自体に即したものなのである。》

 

《では、『ばらの騎士』におけるこのオープニングの逢い引きは、いかなる点において『トリスタン』における夜への沈潜と異なっているのか。『ばらの騎士』は、いわば『トリスタン』の描く行程を逆行するように、至福に満ちた夜の逢い引きからはじまって、形式的な社会的義務からなる昼の世界に戻っていくということだけではない。この後朝の効果が、ワーグナー的解決を台なしにしてしまうということだけではない。ここではすでに、性行為そのものの至福に沈潜することが妨げられているのである。陸軍元帥夫人とオクタヴィアンがホットチョコレートを飲みながら話をしているとき、彼女は、驚いたような顔をしているオクタヴィアンにこう語る。昨夜セックスをしているあいだ彼女は、クロアチアにイノシシ狩りに行っている不在の夫、元帥のことを思い浮かべていたのだ、と。これによって確認されるのは、性行為という現実的なものとその空想的な支えとを分かつギャップである(『トリスタン』全体の要点は、このギャップが脱我的な至福の極致において無効にされ、現実的なものと空想とが一致するということである)。彼女は、「あの最中に彼の夢を見るなんていったいどういうことですか」と問いただす怒ったオクタヴィアンに向かって即座にこう答える。「見たくて見たのではない」と(注)。俗にいうフロイトの性至上主義は、通常、「われわれは何をいおうと、何をしようと、結局はつねにあのこと(・・・・)について考えている」――性行為という参照項は、正確には次のようなことを示唆している。問題は、われわれは日常的な事柄を行っているとき何を考えているのかということではなく、われわれはあれを実際にしているとき何を考えている(空想している)のかということである。「性的関係は存在しない」というラカンの言葉は、結局、われわれは性行為をしているとき、それとは別のことを想像(空想)しなければならない、ということを意味しているのである。われわれは単純に、「いまこうしていることが直接与えてくれる快楽に浸りきる」ことはできない。そんなことをすれば、快楽の源泉となる緊張が失われてしまう。この要点は、『ばらの騎士』において明確に示されている。陸軍元帥夫人は、退屈な夫とのセックスの最中に若くたくましいオクタヴィアンを夢想するのではない。それとは逆に、オクタヴィアンとセックスをしている最中に、退屈で尊大な夫の幽霊が彼女の想像力に取り憑くのである。(注:ちなみに彼女の夢は、きわめてフロイト的なものである。第一に、それは、彼らの性行為を妨害する外界からの音(部屋の外で仕事をする使用人たち)を含んでいる。そのとき、その使用人たちの音は、不意に帰宅した夫がだす音として解釈されている。第二に、この夢において陸軍元帥夫人は、これまでに経験した、ある実生活の一場面を反復している。というのも、彼女はこうほのめかしているからである。夫はむかし、彼女が愛人といっしょにいたときに不意に帰宅したことがある、と。)》

 

リヒャルト・シュトラウスとホーフマンスタールの「往復書簡」>

 往復書簡集を読むと、作曲家シュトラウスと台本作家ホーフマンスタールが、オペラ『エレクトラ』の創造の後で何を目指していたのかがはっきりと見えてくる。それはまず、「喜劇を」だった。しかし、前衛的な悲劇『サロメ』、『エレクトラ』の達成の後で、ウィンナ・ワルツを多用した大衆受けする『ばらの騎士』をどうとらえるかは、この作品への評価ばかりでなく、「ホーフマンスタールとその時代」をどうとらえるかでもある。

 1911年1月26日の初演に向け、およそ2年間にわたって、二人は頻繁に書簡を交わしあう(以下、ヴィリー・シュー編『リヒャルト・シュトラウス ホーフマンスタール 往復書簡全集』中島悠爾訳から重要な部分を引用)。

 

・ホーフマンスタール(H)→シュトラウス(S)、1909年2月11日

《ところで、私たち二人にとってはるかに重要なこと(と願っているのですが)があります。ここで三日ほど静かな午後を過ごす間に、ある喜劇的オペラの完全な、全く新しいシノプシスを作りました。登場人物もシチュエーションも、全く思い切ってこっけいなもので、色どり豊かな、殆どパントマイムのように明快な筋立てで、抒情的なもの、戯れ、ユーモアの機会にも事欠かず、それどころかちょっとしたバレエさえあります。このシノプスは実に魅力的なものだと思っておりますし、いっしょに討議したケスラー伯は、もうすっかり夢中になっています。大きな役が二つあり、一つはバリトン、もう一つはファラーかメアリー・ガーデン風の、男装した優雅な女性の役です。時代はマリア・テレジア統治下のウィーン。》

 ホーフマンスタールは、まず喜劇を、だった。以下は1909年よりあと、第一次世界大戦後の言葉だが、

《次の発展段階において私がみずからを注ぎ込み、みずからの居場所とすべきものは<喜劇>です。そこでこそ私は自分の要素である孤独なものと社会的なものを融合させることができます。神秘的なものと方言的なもの、内面へ向かう言葉と外部へ向かう言葉を。》(1917年、ルドルフ・パンヴィッツ宛書簡)

《悲劇は民族の生命力が最も高まったときにふさわしく、喜劇は逆にそれが衰弱した時にこそふさわしい。不幸な戦争の後に書かれるべきものは喜劇なのです。》(1919年、カール・ブルクハルトとの会話)

《この世界には緊張が充満しすぎています。本当に喜劇が書かれねばなりません――それ以外に道は見出せないのです。》(1929年、ブルクハルト宛書簡)

 オーストリアハンガリー二重帝国、ハプスブルク帝国の崩壊という現実の中で、悲劇よりも喜劇を、ワーグナーよりもモーツァルトを、プロシア的であるよりもオーストリア的であること、プロテスタンティズムよりバロックカトリックを、孤立よりも融合を。

 ホーフマンスタール『三つの小さな考察』から「事物のイロニー」(1921年)。

ノヴァーリスの「断片集」の中に私がつぎのような記述を見つけたのは、この戦争よりもずっと前のことである。「不幸な戦争のあとには喜劇が書かれねばならない」 奇妙に簡潔な形式のこの手記は、私にはかなりいぶかしく思われた。今日の私にはもっとよく理解できる。喜劇の基本要素はイロニーである。そして実際のところ不幸になり終った戦争ほど、この世のあらゆる事物につきまとっているイロニーを私たちに明らかにしてくれるのにうってつけのものはない。悲劇は一個人であるその主人公に人工の品位をあたえる。悲劇はこの主人公を半神に仕立て、市民的な諸関係を越えた高みに持上げてしまうのである。(中略)ところが真の喜劇は、そこに登場する個としての人物を世界にたいして幾重にも束縛された関係の中へ置くのである。喜劇はすべての事物をたがいに関係づけ、そうすることによってすべてをイロニーという関係の中に据える。》

 もっとも、ホーフマンスタールとシュトラウスの「喜劇」の質については、ずっと後にホーフマンスタールが、その「どっと笑える」になってしまったことを嘆いたように齟齬がある。

 

・H→S、1909年3月16日

シノプシスは本当にすてきなものです。楽しい、殆どパントマイム風の細部に満ちています。私は全体をごくごく簡潔にまとめようと努めており、上演時間は二時間半と見積もっておりますので、《マイスタージンガー》の半分になります。ただ、従来の形式にこだわらず筆を進めておりますので、「通常の」オペラ的なものからあまりにも隔たったものを書いているのではないか、また、常に特有の口調を保持しようと努めるあまり、歌唱に適したものから離れてしまったのではないか、と心配しており、それをあなたに伺って、その上でいっそう安んじて仕事を続けたいと思っております。》

 

・S→H、1909年4月21日

《重ねてのお便り、ならびに最初のいくつかのシーン、ありがたく拝受しました。続きが待ち切れぬ思いです。いただいたシーンはとても魅力的です。まるで油か練りバターのように滑らかに作曲できるでしょう。あなたはダ・ポンテとスクリーブを一身に体顕なさったような方ですね。》

 

・H→S、1909年4月24日

《最後の幕に、どうか古風な、甘いところもあり、上っ調子なところもあるウィーン風のワルツをお考え下さい。これはこの幕全体を通して織り込まなければならないのです。》

 あの、マリア・テレジアの時代にはヨハン・シュトラウスに代表されるウィーン風ワルツなどなかったのに、という非難の元は、ホーフマンスタールの提案だった。

 

・S→H、1909年5月4日

《第一幕、きのう拝受しました。全く魅了されている、というほかはありません。本当に比類なく魅力的です。あまりにも繊細で、もしかすると大衆にはいささか繊細過ぎるかもしれません。でもそんなことは構いません。》

 

・H→S、1909年5月12日

《私はまた、全力を挙げて、喜劇的オペラの要求するもの、その可能性、そのあるべき様式を追い求めようとしており、やがて、あなたの芸術的個性のいくつかの部分にぴたりと即応するものを(ここではそれは独特の諧謔と叙情的なものの混合ということになるでしょうが)、また、何年にもわたって、いやもしかすると何十年にもわたってレパートリーに残るようなものを生み出すことができるであろうと希望しているのです。

 第三幕は最も良いものになるだろうと思っております。初めは厚かましく官能的で、やがておどけたものになり、最後は優しく響き終わるのです。

 この仕事が「余りにも繊細すぎる」のではないか、というあなたのご懸念を、私は少しも心配しておりません。筋の運びは、最も素朴な聴衆にとりましてもシンプルで分かりやすいものです。太っちょの、中年の、思い上がった求婚者が、娘の父親の愛願は得たものの、若い美青年に蹴落とされてしまう――これ以上に簡単なものはありません。でも、この作品は、これまでも努めて参りましたように、通俗的なもの、月並みなものにならないよう仕上げねばならないと思っております。と申しますのも、真の、いつまでも続く成功というものは、単純素朴な聴衆に受けただけでは決して成立するものではなく、作品の高い声望を保証してくれるのは、繊細な聴衆であり、この声望がない限り、大衆的効果がなかった時と同様、作品は失敗に終わってしまうものだからです。》

 

・S→H、1909年7月9日

《あなたの第二幕を初めて読んだときから、どうも何かしっくりしない、どこか冴えず、どこか弱く、あるべきドラマの高まりが欠けていると感じていました。きょうになって、ほぼ、何が欠けているのかが分かったのです。提示部としての第一幕、そしてあの内省的な幕切れは素晴らしいものです。ところが第二幕にはこの第一幕とのコントラストとしてぜひともなければならぬもの、そして高揚が欠けているのです。そしてそれは第三幕になってからでは遅すぎるのです。》

 

・S→H、1909年7月20日

《聴衆には「笑い」も必要だということをお忘れなく! 「ほほ笑み」や「にやにや笑い」ではありません。声を立てての「笑い」です! この作品には、今までのところ、本当にコミカルなシチュエーションが欠けています。すべて明るく、楽しくはありますが、コミカルとは言えません!》

 

・H→S、1909年8月3日

《もちろん私は、単なる明るさ楽しさと、あからさまにこっけいなものとの相違についてのあなたのご意見を、喜んで拝聴は致しますが、しかし、生き生きとした、それぞれ対照的な、個性的な人物たち、そしてどこにも退屈な筋の運びや気の抜けた会話などない、明るく楽しい雰囲気は、いずれは、よりどぎつい、よりオペレッタ風のジャンルに近い作品以上に観客の心を捉えるに違いないと考えているのです。(《マイスタージンガー》や《フィガロ》をご覧ください。そこには笑いを呼ぶものは少なく、むしろほほ笑みを誘うものが多いのではありませんか。)》

 

・H→S、1909年9月2日

《私はできることなら、この若い、ナイーブな、決してワルキューレのようでも、トリスタンのようでもない二人に、官能的なワーグナー風の激しい言葉のやりとりを口にさせたくないのです。》

 

・H→S、1910年6月6日

《元帥夫人という人物の持つ重みを失わせないために、これより短くてはならないのです。元帥夫人こそ、観客が、特にご婦人方が、これこそこのオペラの中心人物と感じ、彼女とともに一喜一憂する人物なのですから。さらにまた私は、この幕切れのすべての心理的内容を、ごく短い朗唱(パルランド)の部分を除いて、いくつかのナンバー、二重唱や三重唱の中にうまく盛り込むことができたと思っています。この幕が、単に三つの幕の中で最も愉快なものであるばかりでなく、同時にまた、最も美しい歌に満ちた幕となれば、申し分ございません。最後のカンカンとゾフィの二重唱は、あなたに与えられた詩句のパターンに合わせるよう、厳しく制約されておりましたが、しかしこのように、あるメロディに合わせて詩句を生み出すことは、私にはむしろ喜ばしいことでした。何故なら、私はそこに、何かモーツァルト的なものを感じ、また、あの長さも程度も度を越した、不愉快なワーグナー風の愛のわめき合いから離れられた、と感じたからです。全く彼が書いている、あの愛の激情に燃える二人のどなり合いは、不愉快を催させる野蛮な、殆ど動物的な代物、と申すべきでしょう。

 というわけで、あなたにご満足いただけることを願っていますし、私にとりましても、この仕事はまことに喜ばしく快いものでした。最後に「幕」と書かねばならないのが、殆ど悲しくなったくらいです。》

 ホーフマンスタールが描き続けたのは孤立した人間ではなく、人間「関係」である。従って『ばらの騎士』は人間「関係」の劇と言ってよい。「アロマーティッシュallomatisch」というホーフマンスタール独特の用語があって、アウトマーティッシュ(オートマチック=自動的)の反対語、「他動的」という意味となす。アロマーティッシュとは、自ら行動を起こせず、変化や成熟を遂げる能力に欠ける受動的な存在が、異質な他者と出会い、触れ合うことで自己内部に化学的変化を生じ、同時に相手も変化させて、お互いにより高い段階へ成長することを意味する。愛こそアロマーティッシュなものにほかならず、それはワーグナー的な激情ではない、元帥夫人のような精妙な存在であろう。

 

・H→S、1910年7月12日

《彼女(ゾフィ)がきれいな、気の良い、しかしどこにでもいるような平凡な娘だということ、それがまさにこのドラマの眼目なのです。語り口の本当の魅力、そしてまた人間性の強力な魅力は、元帥夫人にこそ求められるべきなのです。カンカンが、この交錯した二重の恋の戯れに巻き込まれるにあたって、偶然出会ったのがどこにでもいる平凡な若い女だった、というのが眼目であり、それが全体に統一を与え、二つの筋書きを束ねるのです。元帥夫人は、オックスとカンカンの間にあって、常に優位に立つ女性であり続けるのです。これらの主要人物たちに較べれば、ゾフィははっきり一段下の存在です。(中略)もし元帥夫人の人物像が充分に描き切れませんと、また、もし第三幕の幕切れが、第一幕の幕切れと強く関連づけられ、いわばこのオペラ全体の心情的な統一が確立されませんと、結局、音楽の精神的統一をも損なうことになりかねないのです。》

 

 1911年1月26日、ドレスデンでの『ばらの騎士』初演に続いて、二人は『ナクソスアリアドネ』にとりかかり、さらに1927年には『アラベラ』に向かうが、事あるたびに『ばらの騎士』に言及してやまない(結局、『ばらの騎士』を越えられなかったという批判につながる)。

 

・H→S、1911年7月23日

《さて、もう一つ、あなたが気にしておられる点について少しばかり申し上げさせていただきます。理解と無理解について、あなたにも最初お分かりにならなかったこと、また聴衆がおそらく理解しないであろうこと、批評家たちが間違いなく理解しないであろうことについてです。ある文学作品の最も詩的な部分、本来の内容は、最初は決して理解されないものなのです。理解されるのは、本来理解する必要などないこと、分かり切った筋書きの類いばかりです。《トスカ》や《蝶々夫人》などが明白な例を示しております。より高きもの、本質的なものは「例外なく」認められずに終わるのです。あのワーグナーの一八五一年の著作(注:ワーグナー『オペラとドラマ』)を思い起こしていただきましょう。今日では殆ど信じがたいことですが、彼はこう述べております。《ローエングリン》や《タンホイザー》のような、これ程単純な、これ程確かな、上手に構成されたドラマでも理解されないということ、しかも、音楽がではなく、文学、つまり台本の方が理解されず、「いったいこれは何なのだ」と言われ、明白な象徴性、民話に由来する単純な象徴性が、おぼろげにすら察しられず、登場人物たちの行動が、不合理だの、不可解だのと言われる、と。そういえばいったい――少なくとも批評家たちによって――《ばらの騎士》の単純なテキストは理解されているのでしょうか。理解した人々は、このテキストの魅力を見いだしてくれるのですが、でも批評家たちはそこにいかなる魅力をも見いだしてはくれませんでした。》

 

・S→H、1927年12月18日

《この人物像が文学的にどんなに立派に仕上がっていようとも、そしてそれがどんなに私たち芸術家の興味を引こうとも、私たちは聴衆ではないのです。そして聴衆にとっては、奇妙なことにオックスは、単にどうでもよい人物、興味のわかない人物、いや退屈な人物であるどころか、イタリアの聴衆にとっては不快な人物、全く共感を呼ばぬ人物でさえあるのです。《ばらの騎士》は最初、ワルツのもつ意味を正しく理解されずに勝利をおさめましたが、このオペラに最終的な勝利をもたらしたのは、元帥夫人だったのです。彼女の時間についての省察、あの時計のくだり、そして別れでした。》

 

・H→S、1927年12月22日

《主人公というものは、決してテキストの分量によって作り出されるものではありません。それどころか単に、この主人公に与えられる性格の特質によるものですらないのです。そうではなく、何よりも作品の内部で、その人物に与えられる位置によるものなのです。あの元帥夫人(テキストの分量から言えば、殆ど小さな役といってもよいでしょう)が、そのよい例となります。ドレスデンでの初演ののち、《ベルリン日報(ターク・ブラット)》の批評家は(相変わらず批評家たちには。平然と愚にもつかぬことばかり言う権利があるようですが)、「詩人が実に不器用に、この作品の中でただ一人共感のもてる、魅力あふれる人物を、殆ど脇役にまで落としてしまったのは残念である」、などと書いているのです。ところが実際には、元帥夫人こそ、彼女のいくつかの局面によって、完全に生きた存在となっており、もし彼女にほんの少しでも多くのせりふを語らせようとしたら、そのどの一言も余分なものになってしまうことでしょう。(中略)

親愛なる友、ご覧のとおり、よく、正しく創造されたドラマの中では、まさにそれぞれのモティーフには、それぞれの場があるのです。そしてそれらのモティーフの相互作用の中に、全体の魅力が潜んでいるのです。こうした相互作用を引き起こさぬものは、全体を損なってしまうのです。一つの例を申し上げましょう。もし誰かが、《ばらの騎士》のシノプシスを、ざっと語って聞かせてもらったとします。その人が、ここには本当の男がいない、テノールがいない。ここにいるのは男の子とブッフォだけではないか。テノールを、元帥夫人に恋慕し、この少年に嫉妬するナイト役は加えられなければならない、と言ったとしましょう。これは全くもっともらしく聞こえます。しかし今日、《ばらの騎士》のプロットが、独自の生命をもち、完結したものとしてあなたの眼前にある今、いったいあなたはどこにこの感傷的なテノールのシーンを挿入しようとなさるでしょうか。(中略)

 きちっとした形のかわりに、もっと自由な形をとったらどうか、ともあなたは述べておられます。つまり三つの幕のかわりにいくつかの場面の連続という形です。この形は目下いささかはやりになっていますが、おそらくは映画の影響でしょう。私はこの形をあまり好みませんし、このように作られたものは、厳格な形で作られたもの、例えば《マイスタージンガー》とか、《フィガロ》とか、《カルメン》とか、《ばらの騎士》のようなものよりも、はるかに早く古びてしまうだろうと思っています。(中略) 《ばらの騎士》のような喜劇に(私はこれを模倣しようとは思いませんが、この作品の長所を私は喜んで手本としたいと思っています)その魅力を与えているもの、独自の生気を与えているもの、何のかのと言ってももう十七年もその機能を保ち続けているもの、それは一つ一つの幕でさまざまな出来事が変転していくからなのです。あの第二幕のことをお考えになって下さい。高まる期待、華々しい儀式、軽やかな会話、ブッフォのシーン、リリカルな場面、スキャンダルと騒乱、そして再びくつろいだ気分、そのどれもが他のものと絡み合って展開し、生まれているのです。絶えず途切れてしまう場面の連続形式から、どうしてそれぞれの場にこれと似たような明るいくつろぎの気分が生じ得るでしょうか。》

 

・H→S、1929年5月7日

《最近私は、アルトゥール・シュニッツラーに、間もなくこの作品に対する判断をお願いするかもしれない、と申しました。すると彼はこう言ったのです。《親愛なる友、それはよほど注意しなければいけない。何年か前、《ばらの騎士》を読んで聞かせてくれたとき、私は第三幕が全然気に入らなかった。あの幕が笑劇風に成り下がってゆくのが、私には全く気に入らなかったのだ。この幕がすっかり書き改められるまで、仕事はお止めになった方がいい、と作曲家に忠告したいくらいだった。しかしもしそんなことをしていたら、私が今ではもう十二回だか十五回だかも聞いて、大いに楽しんでいるこの作品を生む喜びは、あなたにもシュトラウスにもなかったことになってしまう!》そして何と、この《笑劇風のもの》を取り入れたのは、ただただあなたのせいだったのです。あなたは私に絶えず、お手紙のたびごとに、この中にはまだ「どっと笑える」ものがない、喜劇的オペラにおいては人を笑わせるものがなければならないのだ、等々とお書きになったのです。そして今日でもなお私は、この第三幕はこの傾向さえなければ、はるかに美しいものになり得たであろうと思っているのです。このように[他人の判断というものは]すべてきわめて不確かなものなのです。》

 

 この『アラベラ』創作に関する手紙の二か月後の1929年7月、ホーフマンスタールは、息子フランツがピストル自殺し、その二日後の葬儀の出棺に際して卒中に襲われ、喪服を着たまま自宅で亡くなった。『アラベラ』台本を最後に、享年55歳の短い生涯だった。だが、その4年後、1933年にヒットラー内閣が成立した。ツヴァイク昨日の世界』やヘルマン・ブロッホホフマンスタールとその時代』を読めば、ユダヤ系だったホーフマンスタールが過酷な時代を無事に生き延び、作品を残しえたかどうかは疑わしい。

 

<『ばらの騎士』台本>

 原文のドイツ語は韻を踏んで耳に心地よい。それがわかるように、ところどころドイツ語を併記する。(引用は『オペラ対訳ライブラリー リヒャルト・シュトラウス ばらの騎士』田辺秀樹訳より。)

 第一幕、冒頭。

オクタヴィアン 

Wie du warst! Wie du bist! Das weiß niemand, das ahnt keiner!

(酔いしれた様子で) きのうのきみ! けさのきみ!

だれも知らない 思いもよらない!

元帥夫人(マルシャリン) 

Beklagt Er sich über das, Quinquin? Möcht’ Er, dass viele das wüssten?

(枕を背に身を起こして) それが不満なの カンカン?

みんなに 知ってもらいたいの?

オクタヴィアン 

(熱烈に) ぼくの天使! 違う! 嬉しいんだ

ぼくだけが きみの様子を知っている っていうことが

だれにも想像できない! だれも知らない!

Du, Du, Du! - Was heisst das „Du“? Was „Du und ich“? Hat denn das einen Sinn? Das sind Worte, blosse Worte, nicht? Du sag!

ああ きみ! きみ! でも「きみ」って何?

何なの「きみとぼく」って? 意味があるの?

言葉 ただの言葉にすぎないんだ! ねぇ 違う?

Aber dennoch: Es ist etwas in ihnen, ein Schwindeln, ein Ziehen, ein Sehnen und Drängen, ein Schmachten und Brennen:

でも やっぱりそこには 何かがある

目くるめく魅惑 抑えきれない憧れ

身を焦がす 恋の炎

Wie jetzt meine Hand zu deiner Hand kommt, das Zu-dir-wollen, das Dich umklammern, das bin ich, das will zu dir,

いま ぼくの手が きみの手に触れるように

きみに惹かれ きみを抱きしめれる

それがぼくなんだ きみを求めるぼくなんだ

でも そのぼくが きみのなかで消える……

ぼくはきみの「坊や」 でも 耳も目もどこかへ消えたら

きみの「坊や」は どこへいってしまうの?

元帥夫人 (小声で)

Du bist mein Bub, du bist mein Schatz!
Ich hab’ dich lieb!

可愛いひと あなたは 私の恋人よ!

(心をこめて) あなたが好き! (抱き合う)

オクタヴィアン 

Warum ist Tag? Ich will nicht den Tag! Für was ist der Tag! Da haben dich alle! Finster soll sein!

(急に立ち上がって) なぜ昼になるんだろう? 昼間なんてきらいだ! 何のためにあるんだ 昼間なんて!

昼間には きみはみんなのものになってしまう 暗いままならいいのに!》

 

 第一幕。

オクタヴィアン (うれしそうに) 元帥閣下は 今ごろ クロアチアの森で

熊や山猫の 狩をしているんだ

そしてぼくは 若いぼくは ここで 何の狩をしている?

(感激して) なんて幸せなんだ このぼくは!

元帥夫人 (一瞬、顔を曇らせて) 主人のことは 言わないで!

わたし 主人の夢を見たの

オクタヴィアン ゆうべの夢に? 元帥の夢を ゆうべ見たの?

元帥夫人 見たくて見たわけじゃないわ

オクタヴィアン ゆうべ ご主人の夢を 見たというの? ゆうべ?

元帥夫人 そんな目で 見ないで しかたないでしょ

あの人 急に帰ってきたの

オクタヴィアン (小声で) 元帥閣下が?

元帥夫人 中庭で 馬や人の物音がして あの人が帰ってきたの

わたし びっくりして 目が覚めた 本当に わたしって

子供みたいでしょ あの物音が 聞こえるよう

耳から離れないの あなたも何か かすかに聞こえる?

オクタヴィアン ああ たしかに何か聞こえる でも ご主人のはずがある?

だって ご主人は今 どこ? ライツェンラントだよ

エセックの向こうの

元帥夫人 きっとすごく遠いところよね?

それなら 何か別の音だわ よかった

オクタヴィアン 心配そうだね テレーズ!

元帥夫人 だって カンカン たとえ遠くにいても

あの人は ものすごく 足が速いの いつかだって――(口ごもる)》

 

 第一幕の終わり近く。儀式ばった素振りでオックス男爵が、続いて供の者、公証人、人々、召使、執事らが立ち去る。

 元帥夫人をめぐる「時」の無常のテーマが、ここ第一幕では「予兆」として元帥夫人の口から語られる(後に第三幕の「実現」と響き合う)。

元帥夫人 (一人になって) やっと 帰ったわ 思い上がった人 いやな人

若い きれいな娘を もらって そのうえ

お金まで

(ため息をつく) まるで それが 当然みたい

しかも自分が施しでもするような気で いるなんて

あら 私 何を 怒っているの? それが 世の常なのに

思い出すわ 私にも 娘の時代があった

修道院から出て すぐに 結婚

させられたけど

(手鏡をとる) あの娘は どこへ 行ってしまったの?

(ため息をついて) まるで 去年の雪を 探すようなもの!

(静かに) そうは 言ってみても――

どうして こんなことに なるのかしら

可愛いレージ―だった私が

いつの間にか お婆さんに なってしまうなんて……

お婆さん 年老いた 元帥夫人!

「ほら 昔のレージ―が あんな お婆さんになって!」

Wie kann denn das geschehn? Wie macht denn das der liebe Gott? Wo ich doch immer die gleiche bin. 

どうして そんなことに なるの?

どうして 神様は そんなことを なさるの?

私は いつだって 変わらないというのに

もし それが 仕方ない ことだとしても

なぜ こんなにはっきり 私に 見せつけなくては

ならないの?

どうして 隠しては くださらないの?

(声が次第に小さくなる) 何もかも わからない わからないことばかり

でも 私たちは (ため息をついて) それに 耐えるしかない

そして それを どう耐えるか の中にこそ

(たいそう落ち着いて) すべての 違いが あるのね――》

 

元帥夫人 (オクタヴィアンから身を離して) わかってちょうだい カンカン 私 思うの

時の流れには どうしたって 逆らえないって

つくづく そういう気がするの

wie man nichts halten soll, wie man nichts packen kann. Wie alles zerläuft, zwischen den Fingern, wie alles sich auflöst, wonach wir greifen, alles zergeht wie Dunst und Traum.

なにも 止められない

なにも 取っておけない

すべてが 流れ落ちるの 指の間から

つかんでも すべて 崩れてしまう

融けてなくなるの 霞や夢のように

オクタヴィアン よして そんなこと 言うのは

ぼくのこと もう好きじゃないって 言うんだね (泣く)

元帥夫人 お願い わかって カンカン! (オクタヴィアンはさらに烈しく泣く)

私が あなたを慰めなきゃ ならないなんて

あなたは 遅かれ早かれ 私を捨てることになるというのに (オクタヴィアンを撫でる)

オクタヴィアン 遅かれ早かれ?

(烈しい口調で) どうして そんなことを 言うの? ビシェット(注:小鹿)!

元帥夫人 お願い 気を悪く しないで!(オクタヴィアンは耳をふさぐ)

Die Zeit im Grunde, Quinquin, die Zeit, die ändert doch nichts an den Sachen. Die Zeit, die ist ein sonderbar’ Ding. Wenn man so hinlebt, ist sie rein gar Nichts. 

時ってね カンカン

そう 時って 何も変えるわけではないの

時って 不思議なものよ

忙しくしていると 何でもなくて 気づかない

でも ふいに そればかり 気になるの

時は 私たちの 周りを 中を 流れている

In den Gesichtern rieselt sie, im Spiegel da rieselt sie, in meinen Schläfen fließt sie.

人の顔の中でも 音もなく 流れている

鏡の中でも 流れている

私のこめかみでも 流れている

そして 私とあなたの 間でも――

時は やっぱり 流れているの 砂時計のように 音もなく

(やさしく) ああ カンカン! ときどき聞こえるの 時の流れる音が

――絶え間なく

(小声で) 私 ときどき 真夜中に 起きて

時計を みんな 止めてしまうの

でも 時を 恐れることは ないわね

時だって 私たちと同様 神様が 造られたんですもの

オクタヴィアン (穏やかなやさしさを込めて) いとしい人! きみは 無理にでも 悲しくなりたいの?

Wo Sie mich da hat, wo ich meine Finger in Ihre Finger schlinge, wo ich mit meinen Augen Ihre Augen suche, wo Sie mich da hat - gerade da ist Ihr so zu Mut?

ぼくが ここにいて

ぼくの指を きみの指に からませ

ぼくの眼で きみの眼を 追っているというのに

ぼくが こうして ここにいるのに――

悲しいなんて 言うの?

元帥夫人 (ひじょうに真剣な口調で) カンカン 今日か 明日か あなたは 行ってしまう

私を捨てて 行ってしまう

(ためらいがちに) 私よりきれいで もっと若い人の ところへ》

 

 第二幕、ばらの騎士オクタヴィアンとゾフィーの出会いの場面(ホーフマンスタール『道と出会い』における出会いの官能性と精神性に相当する)。

(オクタヴィアンがばらを右手に持ち、貴族らしい作法でゾフィーの方へ進み出る。彼の童顔は、はにかみで張りつめ、紅潮している。ゾフィーは、オクタヴィアンの出現に緊張しすぎて、すっかり青ざめている。二人は向かい合って立ち、おたがいの当惑と美しさによって、ますますどぎまぎするばかりである。)

オクタヴィアン (少し言葉につまりながら) 光栄にも この私が 大役を 仰せつかり

気高く 清純な 花嫁に 

私の いとこ

レルヘナウの 名において

このばらを 愛のしるしとして お渡しいたします

ゾフィー (ばらを受け取る) ご厚意 心から 感謝いたします

いつまでも 末永く 感謝いたします (当惑のための間(ま))

(ばらの香りをかいで) 強い香りが しますのね まるで 本物のばらみたい

オクタヴィアン ええ ペルシャのバラ油を 一滴 たらしてあります

ゾフィー 天国のばらのよう この世のものとは 思われない

清らかな 天国の ばらのよう そうではなくて? (オクタヴィアンは、ゾフィーが差し出したばらの上に身をかがめる。それからまっすぐに立ち、ゾフィーの口もとを見つめる。)

まるで 天国からの あいさつのよう 香りが 強すぎて

耐えられないくらい

胸が きゅんと 引っ張られるような

(小声で) こんなに 幸せだったことが

これまでに あったかしら?

オクタヴィアン (まるで無意識で言うように、いっそう小さな声で) こんなに 幸せだったことが

これまでに あっただろうか?

ゾフィー (力をこめて) あそこへ 戻らなくては! たとえ 途中で 死んでも!

でも 私は 死にはしない

それは 遠い ところ 永遠の時が

この 幸せな 瞬間の中に あるのだわ

この瞬間を 私は けっして忘れない 死ぬまで 忘れない

オクタヴィアン (ゾフィーと同時に) ぼくは 子供だった

この人を まだ 知らずにいた

Wer bin denn ich? Wie komm denn ich zu ihr? Wie kommt denn sie zu mir?

ぼくは いったい 誰なんだ?

どうして ぼくは この人のところへ?

どうして この人は ぼくのところへ?

しっかりしないと 気が遠くなりそうだ

この 幸福な 瞬間

この瞬間を ぼくは けっして忘れない 死ぬまで 忘れない》

 

 第三幕の幕切れ近く。オックス男爵は逃げ去り、彼を追って皆が殺到し、部屋に残っているのはゾフィー、元帥夫人、オクタヴィアンの三人だけとなっての三重唱、そして元帥夫人がそっと出て行くとゾフィーとオクタヴィアンの二重唱となる。元帥夫人の歌詞だけを抽出する。

元帥夫人 (感慨を込めて、つぶやく) 今日か 明日か それとも あさってか

私は ちゃんと 覚悟を していたわ

女なら だれも 避けられない さだめなのだわ

前から わかっていた はずのこと

覚悟は していた はずじゃ なかったの?

心を しっかり もって

耐えるのだと……

今日か 明日か それとも あさってか (目を拭き、立ち上がる)》

 

元帥夫人 (つぶやく) あの人を 正しい 愛し方で 愛そうと 思ってた

あの人が ほかの 誰かを 愛しても

それでも 愛そうと 思ってた でも まさか

こんなに 早く そうなる なんて! 

(ため息をつきながら) 世の中には いろいろな ことがあるわ

ひとの 話を 聞いただけでは

なかなか 信じられない ようなことが

自分で 経験して はじめて 信じられる でも

なぜだかは わからない――

あそこに 坊やが そして ここには 私が

そして 坊やは あのよその娘と 幸せに なるのだわ……》

 

                                   (了)

 

        *****引用または参考文献*****

*ヴィリー・シュー編『リヒャルト・シュトラウス ホーフマンスタール 往復書簡全集』中島悠爾訳(音楽之友社

*『ホーフマンスタール選集3 論文、エッセイ』(『詩人と現代』小堀佳一郎訳、『セバスティアン・メルマス』富士川英郎訳所収)(河出書房新社

*『ホーフマンスタール選集4 戯曲』(『薔薇の騎士』、「『薔薇の騎士』後記」、「『薔薇の騎士』序文」内垣啓一訳所収)、岩淵達治他訳(河出書房新社

*三宅新三『リヒャルト・シュトラウスとホーフマンスタール』(青弓社

*『ツヴァイク全集19,20 昨日の世界』原田義人訳(みすず書房

ホフマンスタール『チャンドス卿の手紙 他十篇』檜山哲彦訳(岩波文庫

ホフマンスタール『チャンドス卿の手紙 アンドレアス』川村二郎訳(講談社文芸文庫

ホフマンスタールホフマンスタール文芸論集』(『道と出会い』所収)富士川英郎訳(山本書店)

*ホーフマンスタール『友の書』都築博訳(彌生書房)

*『筑摩世界文学大系63 ホーフマンスタール ロート』川村二郎他訳(付録:古井由吉「認識の翻訳者」)(筑摩書房

ヘルマン・ブロッホホフマンスタールとその時代』菊盛英夫訳(筑摩叢書)

岡田暁生『オペラの終焉 リヒャルト・シュトラウスと<バラの騎士>の夢』(ちくま学芸文庫

*『オペラ対訳ライブラリー リヒャルト・シュトラウス ばらの騎士』田辺秀樹訳(音楽之友社

スラヴォイ・ジジェク、ムラデン・ドラー『オペラは二度死ぬ』中山徹訳(青土社

*『オペラ『薔薇の騎士』誕生の秘密 R・シュトラウス ホフマンスタール往復書簡集』(解説 大野真)大野真監修、堀内美江訳(河出書房新社

*川村二郎『白夜の廻廊 世紀末文学逍遥』(岩波書店

*川村二郎『アレゴリーの織物』(講談社

篠田一士、諸井誠往復書簡『世紀末芸術と音楽』(音楽之友社

アドルノ音楽社会学序説』高辻知義、渡辺健訳(平凡社ライブラリー

吉田秀和『オペラ・ノート』(白水Uブックス

*『魅惑のオペラ10 リヒャルト・シュトラウス ばらの騎士堀内修他(小学館

木田元『マッハとニーチェ 世紀末転換期思想』(講談社学術文庫

村上春樹騎士団長殺し』(新潮社)

*『決定版 三島由紀夫全集40 対談2』(「対談・人間と文学」(中村光夫)、「私の文学を語る」(秋山駿)所収)(新潮社)

*『決定版 三島由紀夫全集30 評論5』(「裸体と衣裳」所収)(新潮社)

*『決定版 三島由紀夫全集27 評論2』(「戯曲を書きたがる小説書きのノート」所収)(新潮社)

 

オペラ批評/文学批評 ヴェルディ『ラ・トラヴィアータ(椿姫)』とプルースト『スワンの恋』

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 ヴェルディのオペラ『ラ・トラヴィアータ “LA TRAVIATA”(「道を踏み外した女」)』(日本では原作小説『椿姫(原題”LA DAME AUX CAMELIAS”(椿を持つ女)』がオペラでも通称され『椿姫』)を観賞するとき、理解しようとして理解しきれない私と、こんなメロドラマなのに感動している私が共存していることに気づく。あたかも、理解しようとするな、感ずればよい、それこそが音楽の力だ、と言いたいかのように。

 理解しづらいことはいくつかある。たとえば、同じ「裏社交界ドゥミ・モンド)」(デュマ・フィスの風俗喜劇の題名でもある)の「クルティザン」とか「ココット」と称され、「高級娼婦」「粋筋の女」と日本語訳される『ラ・トラヴィアータ』のヴィオレッタを、プルースト失われた時を求めて』の同類オデットと比較してみよう。

 アレクサンドル・デュマ・フィスの小説『椿姫』(1848年)とその戯曲(1852年)、オペラ『ラ・トラヴィアータ』(1853年)は1850年ごろを描いた作品であり、『失われた時を求めて』の『スワンの恋』(1913年)の時代設定が1880年前後と、たかだか30年ほどしか違わないのに、後者ではスワンに社会的批判があったにしろ、ともかくもオデットは貴族階級へと成り上がり、前者ではメロドラマ的悲劇に終わる。この差異をどう理解すべきだろう。

 1897年にプルーストルネサンス座で戯曲『椿姫』を観劇し、友人ピエール・ラヴァレによれば、主役を演じるラ・デューズに感激して、サラ・ベルナールよりも賛美したそうだが、ヴェルディのオペラ『ラ・トラヴィアータ』を観たという記録は、プルーストに関して何でも載っているフィリップ・ミシェル=チリエ『事典 プルースト博物館』にもジャン=イヴ・タディエ『評伝 プルースト』にも見出せない。ただし1894年にパリオペラ座初演のフランス語版ヴェルディオテロ』は観ていて、他にワーグナーワルキューレ』『パルジファル』『トリスタンとイゾルデ』『タンホイザー』、ロッシーニウィリアム・テル』、マスネ『ウェルテル』、ドビュッシーペレアスとメリザンド』(テアトロフォン)、モーツァルトドン・ジョヴァンニ』、ムソルグスキー『ボリス・ゴドノフ』なども観ている。

 音楽批評家アッティラ・チャンパイは『名作オペラブックス ヴェルディ 椿姫』で《マルセル・プルースト Marcel Proustはかつて、デュマが椿姫に与えられなかった様式をヴェルディが彼女に与えたと言った》と記しているが、出典不明であり、いったいその「様式」とは何を意味するのか理解できない。ちなみにプルーストは、1912年、カブールのグランド・ホテルから、音楽家の親友レーナルド・アーン宛書簡で、《もっとも偉大な天才たちは自分の気に入ったものを愛し、彼らが悪いと判断するもの、晩年になって気に入ったとしても、そうしたものを罵るのに何のためらいも見せなかったではないか。》とラ・フォンテーヌ、ポワロ―、ロッシーニコルネイユ北斎、メリメなどをあげたうえで、《ヴェルディのような間抜け(ヴイユ・コン)や二流の作家(名前は浮かぶけれど、後難を恐れて、あえて言わない)だけが、自分の好きでないものの気を悪くさせるのを恐れて、遠ざかるのだ》と書き残している(『プルースト全集17、書簡』)。

 デュマ・フィス関連では、『スワンの恋』は冒頭からデュマ・フィスの風俗喜劇『裏社交界』に基づいて、《クレシー夫人というほとんど裏社交界の女と言ってもよく》と表現され、戯曲『フランシヨン』に登場する「日本のサラダ」が揶揄されている。

 

 

 プルーストスワンの恋』を読みながらヴェルディラ・トラヴィアータ』を連想する、あるいは『ラ・トラヴィアータ』を観賞しながら、まるでプルーストの評論「サント=ブーヴに反論して」ではないけれど、「『ラ・トラヴィアータ』」に反論して」とも言いたくなるパロディーのような『スワンの恋』を想う。その交互作用によって見えてくるものがあるだろう。

ラ・トラヴィアータ』はビゼーカルメン』と並んで世界中で最も頻繁に上演される演目であり続けている。『カルメン』もまた、ニーチェが称揚したとはいえ、似たようなメロドラマ・オペラだが、ビゼーの息子ジャック・ビゼープルーストが(同性愛的に)懇意であり、ビゼー亡き後、妻ジュヌヴィエーヴは資産家エミール・ストロースと再婚してストロース夫人となり、プルーストは彼女をモデルにゲルマント公爵夫人を造形したとも言われている。

 

 ともかくもヴェルディラ・トラヴィアータ』を観賞しながら、プルーストスワンの恋』と比較してみよう。

 

<第一幕>

 

<「前奏曲」と「ヴァントゥイユのソナタ」>

ラ・トラヴィアータ』の前奏曲は、短い音楽ながらもヴィオレッタの「病死」を暗示する悲しくも美しい抒情的旋律ではじまる。これは第三幕の前奏曲にも調を変えて現われる。弦がロ短調ピアニッシモを奏で、和声進行ののち、ホ長調アダージョの主部では弦の合奏が展開されるが、この主題は第二幕末尾でヴィオレッタが歌う「愛」の旋律による。次いでクラリネットファゴット、チェロにヴァイオリンの装飾が加わって、華やかな「高級娼婦」の生活を表わす旋律が登場するが、低音ではチェロがヴィオレッタの愛の旋律を奏でている。「病死」→「愛」→「高級娼婦」→「愛」→「病死」とつむがれ、ヴィオレッタの命のように儚く消えてゆく。

 

 すでに前奏曲に『ラ・トラヴィアータ』の「病死」「愛」「高級娼婦」という三つのテーマが揃っている。

 指揮者リッカルド・ムーティが語っていることは、同じことをソプラノの声の質を通じて表現したものだ。

《実際、『ラ・トラヴィアータ』は三つの異なる性格の声を持つソプラノが理想的である。第一幕はソプラノ・レッジーロ、第二幕と第三幕はソプラノ・リリコかもしくはスピントが望ましい。そのため、一人の歌手で全曲を完璧に歌うことは不可能なのである。ヴィオレッタ役を歌うには三つの異なる人間性を表現できなければならない。第一幕では道をふみはずした女性、つまり売春婦を、第二幕では純真に恋する女性を、そして第三幕では死を目前にして、恋人アルフレードの将来を祝福して真の愛を全うする女性を演じなければならない。売春婦、恋する女、聖女と三人の人間性は三つの異なる声で表現されなければならないのである。》

 しかし前奏曲の段階では、観客はまだ三位一体とも称すべきテーマについて不分明であるが、舞台進行に伴って再登場する反復の旋律で引き出される無意識的回想は、『スワンの恋』の「ヴァントゥイユのソナタの小楽節」をめぐる音楽のドラマと似ている。違いといえば、絵画が空間の芸術でキャンバスに固定されるのに対して、音楽は時間の芸術で、演奏された音はつぎつぎと消えてゆくが、オペラは音楽による時間の芸術であるとともに、舞台上の空間に絵画的に繰り広げられる視覚の記憶も同時に作用するということだろう。

 

 スワンがオデットも同席していたヴェルデュラン夫人邸のサロンをはじめて訪問したときのこと。

(以下、吉川一義訳『失われた時を求めて』の『スワンの恋』による。)

《さてピアニストが弾き終えると、スワンは、そこに居合わせただれよりもピアニストに親切なことばをかけた。それはこういうわけである。

 その前の年、スワンはある夜会で、ピアノとヴァイオリンで演奏された曲を聴いたことがあった。最初は、楽器から出る音の物質的特徴しか味わえなかった。ところがそれが大きな喜びとなったのは、ヴァイオリンの、か細いけれど持久力のある密度の高い主導的な小さな線の下から、突然ピアノのパートが、さざ波の音のように湧きあがり、さまざまな形のそれでいて分割できない平面となってぶつかりあうのを見たときで、それはまるで月の光に魅せられ半音下げられて揺れうごく薄紫(モーヴ)色の波を想わせた。しかしその過程でスワンは、自分を喜ばせてくれるものの輪郭がはっきり識別できず、それを名づけることもできなかった。それにいきなり魅了され、通りすがりにわが心をかつてなく大きく開いてくれた楽節なのかハーモニーなのか――スワン自身にはわからない――、判然としないものを取り上げようとしただけである。夕べの湿った空気にただようバラのある種の香りに、われわれの鼻孔をふくらませる特性があるのと同じである。こんなに不分明な印象を受けたのは、スワンがこの音楽を知らなかったからかもしれない。しかしその印象は、ただひとつ純粋に音楽的といえる印象にほかならず、拡がりをもたない、隅から隅まで独創的で、ほかのいかなる次元の印象にも還元できないものだった。この種の印象は、いっとき、いわば無実体(シネ・マテリア)のものとなる。そのとき聞こえる音は、高低や長短によって、たしかにわれわれの眼前でさまざまな大きさの表面を占めてアラベスクを描き、われわれに拡がりとか、繊細さとか、安定とか、気まぐれとかを感じさせてくれる。しかしこのような感覚がわれわれの心のなかで充分に形成される前に、その音は消え失せ、つぎの音や同時に出た音がすでに呼び覚ましている感覚のなかに呑みこまれてしまう。しかもこの印象は、流動感あふれる「ぼかし効果」によって、ときおりそこからかすかに現れ出てはすぐに沈んで消えてゆくモチーフをつつみ隠す。それを知るにはそれがもたらす特殊な喜びによるほかのない、描き出すことも想い出すことも名づけることも不可能な、言いようのないモチーフなのだ。とはいえ記憶が、まるで揺れうごく波間に堅固な土台を築こうと精を出す大工のように、われわれのためにはかない楽節の複製を作成してくれ、そのおかげでわれわれはそれをつぎの楽節と比べたり、区別したりできる。たとえばスワンの覚えた甘美な感覚が消え去っても、たちどころに記憶がそのおおまかな仮の複製を作成してくれ、曲が進行しているあいだもそれに目を凝らしており、同じ印象がいきなり戻ってきても、もはや捉えられないものではなくなっている。スワンはその音域、対称をなす集合体、書記法、表現効果などを想いえがいた。目の前にあるのは、もはや純粋な音楽ではなく、どちらかというと素描であり、建築であり、思考であり、つまるところ音楽を想い出させてくれるものである。いまやスワンは、ひとつの楽節がしばしばのあいだ音の波のうえに立ちのぼるのをはっきり見わけることができた。その楽節は、やがて特殊な官能の悦びをもたらしてくれた。スワンがそれを聞くまでは想いも寄らなかった、その楽節しか教えてくれない悦びで、経験したことのない恋心をそれにたいして覚えたのである。(中略)

 ところがヴェルデュラン夫人宅で若いピアニストが演奏をはじめて数分もたたないころ、突然、二小節にわたって高音がつづいたあと、スワンには近づいてくるものが見えた。この長くつづく響きの下、孵化(ふか)の秘密を覆いかくすべく張りめぐらされた音の帳(とばり)から逃れ出てきたかのように、ひそかにざわめきつつ分割されてあらわれたのは、空気のように軽やかで香しい、スワンの愛するあの楽節だった。》

 

スワンの恋』の冒頭、ヴェルデュラン夫人邸で演奏された「ヴァントゥイユのソナタの小楽節」が恋の誕生の前奏曲だったとすれば、物語の最後、サン=トゥーヴェルト公爵夫人邸での小楽節は恋の告別ともいうべき記憶の旋律だった。

 スワンは、サン=トゥーヴェルト公爵夫人邸で演奏がはじまり、演目が終わるまで帰るわけにゆかずに、オデットが不在の場所に閉じこめられてしまうと悟っていると、

《が、突然、オデットが入ってきたような気がした。この出現は胸が引き裂かれるほどの痛みをひきおこし、思わずスワンは胸に手をやった。ヴァイオリンが高音域に駆けあがったかと思うと、なにかを待っている気配の待機がつづいて高音が持続する。お待ちかねの対象が近づいてくるのを早くも認めて心が昂ぶり、その到着まではなんとかもちこたえ、息絶える前に迎えるべくしばらくは最後の力をふり絞って閉まろうとするドアを押さえておき、それが通る道を開けておこうとしている感じである。事態を察したスワンが「これはヴァントゥイユのソナタの小楽節だ、聴かないでおこう!」と思う間もなく、オデットが自分に惚れていたころの想い出が、この日まで心の奥底に見えないまま埋もれていた想い出が、愛し合っていたときの光が突然また射してきたと錯覚したのか、目を覚まして大急ぎで意識上に浮かびあがり、スワンの現在の不遇に同情することもなく、忘れていた幸福の反復句を狂ったように歌い出したのである。》

 

<「心ときめく女」と「好みでもない女」>

ラ・トラヴィアータ』では「乾杯の歌」につづいてヴィオレッタは青ざめ、ふらついてしまい、心配して寄り添ったアルフレードヴィオレッタがバンダの演奏を背景に、二重唱、対話をつづける。

 ヴィオレッタに「ずい分前から私を愛して下さっていたの?」と聞かれたアルフレードは、アンダンティーノで歌い出し、情熱的に高揚するが、この愛の旋律は第一幕最後のヴィオレッタのアリア、第三幕でヴィオレッタが手紙を読む場面、そしてヴィオレッタが死ぬ直前にも調を変えて登場する。

(以下、永竹由幸訳『新潮オペラCDブック ヴェルディ[椿姫]』による。)

アルフレード  ええ、そうです、もう1年も前から。ある幸せで軽やかな日に、貴女のお姿が突然心を打ったのです。そのときめき以来ずっと その恋を胸に秘め。その恋に心をときめかしてすごしてきたのです。宇宙全体が、神秘的に、誇らしげに、苦しみと快感をこの心に送ってくるのです。》

 

 これは田舎(プロヴァンス地方)出の初心で純情な青年が美しい娼婦に一目惚れするという恋愛メロドラマの典型だが、社交界の名士をパトロンに持つ粋筋の女オデットへのスワンの恋は、これでもかというほどにステレオタイプ、ドクサに逆らい、反論しているのだ。

 そもそもスワンはユダヤブルジョワジーに属する株式仲買人の息子で、遊び相手は社交界の貴婦人、女工、料理番女中、粋筋の女、いかがわしい身分の女であったりという、健康で豊満なバラ色の肉体を目の前にするだけで官能が目覚める中年にさしかかった独身男だが、フェルメールを研究する絵画通でもあって、ディレッタントな芸術趣味と教養をもつパリ社交界の花形だった。

《ところがある日のこと劇場で、昔の友人のひとりからオデット・ド・クレシ―に紹介され、うっとりするほどの美人だがもしかしたらものにできるかもしれないと聞かされたときは――友人は、引き合わせたのは破格の好意だと想わせようと、実際より高嶺の花として紹介した――、それまでの女とは異なり、たしかに美人とはいえ自分の関心を惹かないし、なんら欲望をそそらないばかりか、むしろ生理的嫌悪さえ覚えた。どんな男にも、それぞれに異なるとはいえその手の女がいるもので、要するに官能が要求するのとは正反対の女だったのである。スワンの気をそそるには、女の横顔は彫りがあまりにも深く、傷つきやすそうな肌をしており、頬骨は高く突き出し、目鼻立ちには疲れが見えた。目は美しいが、大きすぎて自分自身の重みで垂れさがり、そのせいか顔のほかの部分までやつれて見え、いつも顔色が悪いのか、機嫌がよくないのかと思えてしまう。》

 そんなオデットだが、ボッティチェリの描いた女性にそっくりだと気づいたとたんに惚れるというスワンの倒錯的芸術趣味を表象している。

《その日スワンは、オデットの家に向かいつつ、会うときのいつもの流儀で、あらかじめその容姿を想いうかべた。オデットの顔に美しさを認めるためには、たいてい黄土色にやつれ、ときに赤い小さな斑点の見える頬のなかで、バラ色のみずみずしい頬骨のところに限って頭に浮かべる必要があり、まるで理想は到達しがたく、手にはいる幸福はつまらないと想い知らされたみたいに、スワンをひどく悲しませた。見たいという版画を持って来てやったところ、オデットはすこし加減がよくないからと言いつつ、モーブ色のクレープ・デシンの化粧着すがたで、豪華な刺繡をほどこした布をコートのように羽織り、それを胸元にかき合わせてスワンを迎えた。オデットは横に立つと、ほどいた髪を両頬にそって垂らし、楽に身をかがめるように、すこし踊るような姿勢で片脚を曲げて首をかしげ、元気がないと疲れて無愛想になるあの大きな目で版画に見入っていたが、そのすがたにスワンは、はっとした。システィーナ礼拝堂フレスコ画に描かれたエテロの娘チッポラにそっくりだったからである。(中略)これから先スワンは、女のそばにいるときでも女のすがたを想いうかべるだけのときでも、つねにフレスコ画の断片を見出そうとした。スワンがこのフィレンツェ派の傑作にこだわったのは、オデットのうちにたしかにそれが再発見されたからにほかならないが、逆にこの類似がオデットにも美しさを授け、ますます貴重な女にしたのである。》

 

<「椿」と「カトレア」>

 オペラ『ラ・トラヴィアータ』に「椿」という言葉は出てこない。もちろん小説『椿姫(原題は「椿を持つ女」”LA DAME AUX CAMELIAS”)』と戯曲では、オペラのヴィオレッタに相当するマルグリット・ゴーティエが観劇する桟敷には必ず椿の花束があって、月の二十五日のあいだは白で、あとの五日は紅だった(娼婦商売に関わる月経を暗示するとも言われる)とか、この椿の花が萎れたらお目にかかりましょう、という表現があるが、オペラでは『ラ・トラヴィアータ ”LA TRAVIATA”』と題名が変更されたこともあってか、抽象的な「花(fiore)」と変化している。

ヴィオレッタ  まじめな恋なんてだめよ…約束してくださる?

アルフレード  分りました…それでは失礼します…(と行きかける)

ヴィオレッタ  そこまで思いつめていらしたの? (胸から花を取って)この花(fiore)を差し上げるわ。

アルフレード  どうしてですか?

ヴィオレッタ  また返しにきてもらうため…

アルフレード  (戻って来て)いつですか?

ヴィオレッタ  その花がしおれたら。

アルフレード  なんですって! 明日ですか…

ヴィオレッタ  そうね、明日でいいわ。

アルフレード  (喜んでその花を受け取り)私は幸せです!

ヴィオレッタ  まだ私を愛してくれると言ってくれますか?

アルフレード  (立ち去ろうとしながら)ああ、どれほど貴女を愛しているか!…私は幸せです。》

 

ラ・トラヴィアータ』で「椿(花)」による誘いの主体は女ヴィオレッタで男アルフレードは受け身だが、『スワンの恋』では「カトレア」をだしにして男スワンが誘惑し、ついには女オデットをものにすると、いつしか「カトレアをする」という二人の性的合言葉となる(カトレアの形状は女性性器を暗示してもいるだろうから、椿もカトレアも性的隠喩を匂わせている)。スワンがオデットの馬車に乗り込んでの有名な「カトレア」の場面は、

《オデットはカトレアの花束を手にしていたが、スワンが見ると、レースのスカーフで覆った髪にも、同じラン科の花を白鳥の羽飾りにつけて挿していた。マンティーラ(筆者註:型と腕を覆うショール)の下には、ふわりとした黒いビロードをまとっているが、それを斜めにからげたところから、白い畝織(うねお)りのスカートの裾がのぞいている。また、同じく白い畝織りの切り替え部分(ヨーク)が、デコルテの胴衣の胸あきのところに見えていて、そこにもべつのカトレアの花が挿しこんである。スワンに驚かされたときの怯えからオデットがようやく立ち直りかけたとき、障害物でもあったのか、馬が横に飛びのいた。ふたりの身体は勢いよく横にずれ、オデットは叫び声をあげ、動悸は速まり息もできなくなった。

「なんでもありませんよ、怖がらないで」と、スワンは言った。

 そしてオデットの肩に手をまわすと、しっかりと引き寄せて言った。

「くれぐれも私に話しかけないように。返事は合図だけになさって、これ以上、息が切れないようにしてください。揺れた拍子に胴衣(コルサージュ)のお花がずれてしまいました、まっすぐに直しても構わないでしょうか。なくされるといけませんから、すこし奥まで挿しておきましょう。」

 オデットは、男がこれほど慇懃(いんぎん)にふるまってくれるのに慣れていなかったので、にっこりして答えた。

「いいえ、ちっとも構いませんわ。」

 しかしスワンは、その返答に気後れしたのか、このような口実を設けたときに嘘をついたのではないことを装うためもあったのか、あるいは嘘をついたのではないとすでに信じこんでいたのか、こう声を高めた。

「いや、いけません、くれぐれもお話にならないように。また息が切れますよ。身ぶりで充分私にはお答えがわかりますから。ほんとうにお嫌じゃありませんか。ほら、なにかすこし……どうやら花粉がお肌にこぼれたようですね。手で拭いてもよろしいでしょうか。強すぎて、痛くないですか。すこしくすぐったいかもしれませんね。でも、ドレスのビロードに触って、しわくちゃにしてはいけませんから。しっかり挿しておく必要があったんです、落ちてしまうところでしたから。こうして、すこし挿しこんでおけば……。ほんとうのところ、お嫌じゃありませんね。ほんとうに匂いのない花なのか、嗅いでみてもいいでしょうか。一度も嗅いだことがないのです。構わないでしょうか。ほんとの気持をおっしゃってください。」

 オデットは、にっこりして、かるく肩をすくめた。「おばかさんね、嬉しいことぐらいわかるでしょ」と言わんばかりである。

 スワンはもう片方の手をもちあげ、オデットの頬に沿わせた。相手はスワンをじっと見つめたが、そのけだるく重々しい表情は、フィレンツェ派の画家(筆者註:ボッティチェリのこと)が描き、スワンがオデットとの類似を認めた女性に特有の表情だった。(中略)

 しかしスワンはオデットにたいして非常に憶病で、その夜、カトレアを直す仕草から始めてついにオデットをものにできたからというので、その機嫌をそこねるのを危惧したのか、あとから嘘をついたように思われるのを怖れたのか、これより過大な要求を口にする勇気がなかったのか(これなら最初のときにオデットが怒らなかったのでくり返すことができると)、つづく日々にも同じ口実を用いた。(中略)そんなわけで、しばらくのあいだは最初の夜にたどった順序が変わらず、まず指と唇でオデットの胸に触れるのをきっかけに、毎回、スワンの愛撫は始まった。そして、ずっとのちに、カトレアを直すこと(ないし直すまねごとの儀式)がずいぶん前から廃れていても、「カトレアをする」という暗喩は、ふたりが肉体所有の行為――といっても、そもそもなにも所有しないのだが――を言いあらわそうとするとき、カトレアとは無関係に用いる単なる用語となって、このしきたりが忘れ去られたあとも、それを記念するものとしてふたりのことばづかいのなかに残ったのである。》

 

<「高級娼婦」>

ラ・トラヴィアータ』は、ヴィオレッタが属する裏社交界の「高級娼婦」性は極力抑制された表現となっている。小説や戯曲では、蓮っ葉な言い回しや、入れ代わり立ち代わり男たちとの丁々発止なやりとりが続いたかと思うと、高級娼婦たちが利用したグラン・ブールヴァ―ルのレストラン群(『スワンの恋』でも、スワンのオデット追跡劇の場所となる「メゾン・ドレ(メゾン・ドール)」「カフェ・アングレ」等)が描写されるが、オペラでは視覚上はパーティーに男爵がパトロン的に登場するぐらいだ。かわって、ヴィオレッタの歌詞で聴覚表現されるのだが、アルフレードから恋心を打ち明けられての葛藤と自暴自棄的享楽が綯い交ぜとなって絡み合い、劇的内容と感情表現の一致によるドラマ性に成功している(「ああ、そはかの人か」「花より花へ」)。

ヴィオレッタ  私が差し上げられるのは友情だけですわ。私は恋するなんて知らないの、ましてやそんなに崇高な愛に苦しむなんてこともないのよ。私は放縦で自由な女、他の女性をお探しになるべきよ。》

ヴィオレッタ  不思議だわ(È strano)!…不思議だわ!…あの方の言葉が心に刻みこまれてしまったわ! まじめな恋なんて私にはやっかいなことになるかしら? とまどっている私の心よ、どうする気なの? 誰もお前に火をつけたものはない…愛する人に愛されるという、私の知らなかった喜び!…この単なる快楽を追う私の生活のためにその喜びを無視できるかしら?》

ヴィオレッタ  馬鹿げたことよ(Follie)!…それは儚い夢!…私はこのパリと呼ばれている人のごみごみといる砂漠の中で独り捨てられた哀れな女なのよ。何の希望が持てて?…何をすればいいのよ? 楽しむことよ。官能のうずの中に快楽を求めて、死んでいくの。快楽から快楽に身をまかせていく私はいつも自由の身でなければならないの。私は人生を快楽の小径をすり抜けるように生きたいの。夜が明けてから、日が沈むまで一日中私の思いは新しい快楽を追い求めパーティーの中で楽しみにふけっているのよ。》

 

スワンの恋』のオデットはといえば、最後まで改心することもなく、病死することもない。

《ある日、スワンは匿名の手紙を受けとった。そこにはオデットにはかつて大勢の愛人がいただけでなく(名前も何人か挙げられていて、そのなかにフォルシュヴィルとブレオーテ氏と画家の名があった)、何人もの女を愛人にしたこともあり、売春宿にもあちこち出入りしていたと書いてあった。》というばかりか、スワンと一緒になってからも噂は絶えず、しかし次第に社交界に台頭し、スワンの死後は嫉妬対象だった噂のフォルシュヴィル伯爵と再婚し、『失われた時を求めて』の最終巻『見出された時』ではゲルマント公爵の愛人になっている。

 

 小説『椿姫』では、「ファム・ファタル(運命の女)」の原型ともいえるプレヴォー『マノン・レスコー』が重要な役割を果たすが、『ラ・トラヴィアータ』では、額縁小説的要素を取っ払うと同時に、散漫さの排除として影も形もない。一方、プルースト失われた時を求めて』の『消え去ったアルベルチーヌ』(スワンとオデットの恋の反復、変奏としての、語り手とアルベルチーヌの恋)では、ジュール・マスネ(レーナルド・ハーンの師)作『マノン』の調べを耳にした語り手は、アルベルチーヌが自分をマノンと同じように「わたしの心がただひとり愛した人」と考えてみるものの、すぐにそんな「甘い気分に身をゆだねる気にはなれなかった」と思い直すことになる。

 

<第二幕>

 

<「認識」と「承認」>

 ロラン・バルトは『神話作用』のなかで、『椿姫』の神話を読み解いている(小説ないし戯曲が対象だが、オペラについても通用する)。

《世界のどこかで、まだ「椿姫」を演じている(それに少し前パリで演じていた)。この成功は、多分まだ続いている恋愛の神話に注意を引かずにはいない。なぜなら、主人たちの階級の前でのマルグリット・ゴオチェの疎外は、これほど階級化された世界における今日の小市民階級の女性たちの疎外と、基本的には変らないからである。

 さて、実際には、「椿姫」の中心的神話は、恋愛ではなく認識である。マルグリットは認識してもらうために愛しているのだ。そしてこの意味では彼女の情熱(パッション)(感情的意味ではなく語源的意味[苦しみ]だ)は、全面的に他者からやって来る。アルマン(筆者註:オペラのアルフレード)はといえば(これは収税長官の息子だ)、彼は、本質主義的教養から受け継いだ、プルーストの分析にまで延長される、古典的、ブルジョワ的恋愛を表明している。それは分離的な恋愛で、獲物を持ち去る所有者の恋愛である。時々しか外界を認識せず、世界が盗みをしようとしてばかりいるかのように、常に欲求不満の感情(嫉妬、けんか、誤解、不安、遠ざかり、気分の動揺、等)の中にいる内面化された恋愛である。マルグリットの恋愛は全くの反対だ。マルグリットはまず、アルマンによって認められた(・・・・・)と感じて、感動した。そしてそれ以後彼女にとって情熱とはこの認識への恒久的な懇願に外ならない。デュヴァル(筆者註:オペラのジェルモン)氏に対して承知した、アルマンを諦めるという犠牲が、何ら道徳的のものではない(言っていることに反して)のは、それ故である。その犠牲は実存的なものだ。(中略)アルマンは恋愛の本質と永遠性の中に生きている。マルグリットは自分の疎外の意識の中に生きている。彼女は自分の中でしか生きていないのだ。彼女は自分を知っている。そして、ある意味では、高等娼婦であろうと(・・・・)欲するのだ。彼女自身の適合の行動もまた、完全に、認識の行動である。時に自分自身についての伝説を極端に引き受け、高等娼婦の生活の古典的な渦巻きの中に飛び込む(自分が吹聴して自己確認する男色家に似ている)。(中略)つまり、彼女は現実を疎外として見ているのだ。だが彼女はこの認識を純然たる屈従の行動によって延長するのだ。主人たちが期待している通りの人物を演じるかと思うと、この主人たちの世界自体に本来内在的な価値(・・)に達しようと努力するのだ。(中略)マルグリット・ゴオチェ、その結核とその美しいせりふによって<感動的>なマルグリットは、観客全体にまつわりつき、その盲目性を伝達する。嘲弄的に愚劣だったなら、彼女は小市民たちの目を開いたであろう。名文句を吐いて気高く、一言でいえば<まじめ>なので、小市民たちを眠り込ませるばかりなのだ。》

 

失われた時を求めて』の冒頭、第一編『スワン家のほうへ』の第一部『コンブレー』(時系列的には第二部『スワンの恋』のあと)では、スワンはオデットと結婚していて、ジルベルトという名の娘がいる。ここにスワンに対する語り手の家族の評が出てくる。「高級娼婦」とのブルジョワジーの結婚に伴う「承認」というテーマは、スワンのユダヤ性、大衆心理、貴族心理の分析、時代変化によって複雑に揺れ動いている。

『コンブレー』で、スワンの訪問を受ける語り手の祖母、大叔母、父母たちは、

《スワンの交際にかんする家族のこの意見は、その後のスワンの結婚で正しさが立証されたように思われた。なにしろ相手が、最下層の粋筋の女(ココット)といっても差し支えのない女で、そもそもスワンは一度も私たちに紹介しようとせず、しだいに回数が減ってきたがわが家への訪問時にもあいかわらずひとりだったから、そんな女の素性からして――そこで女を拾ってきたのだと想像して――実態は知らないものの、スワンがふだんつきあっている階層がどんなものか見当がつくと考えたのである。》

『スワン家のほうへ』の第三部『土地の名-名』は1890年ごろで、すでにオデットはスワンと結婚しているが、ブローニュの森のアカシア通り(高級娼婦たちのお披露目の空間、場でもあって、『椿姫』のモデルとされるマリー・デュプレシも散策した)を散歩する貴婦人として登場する。

《その婦人たちは全員が既婚というわけではないが、ふつうスワン夫人と並んで名前が挙がるのは、たいてい婦人たちの源氏名だった。新しい名前がついている場合でも、それはお忍びのすがたで、その婦人のことを話題にする人は元の源氏名を言って相手に話を通じさせるのだ。(中略)その奥にゆったりスワン夫人がくつろいでいたのである。いまやブロンドにグレーのひと房のまじる髪の毛には、たいていスミレの花をあしらったヘアバンドを巻いて下に長いベールを垂らし、手にはモーブ色の日傘をもち、口元にはあいまいな微笑みを浮かべている。その微笑みは、私には女王陛下の厚情にしか見えないが、とりわけ粋筋の女(ココット)の媚をふくんだ挑発があらわれており、そんな微笑みを挨拶する人たちに振りまくのだ。(中略)散歩の足をなかば止めて、こんなことを言う人たちもいる。

「あれ、だれだか、わかります? スワン夫人ですよ! と言ったんじゃわかりませんか? オデット・ド・クレシ―と言えば?」

「オデット・ド・クレシ―だって? いや、私も、そうではないかと思ってたんだ、あの悲しそうな目は……。でも、もう若くはないはずだ! 想い出したよ、あれと寝たのがマク=マオン元帥の辞任の日だったのを。」

「そんなこと、あの女に想い出させたりしないほうがいいですよ。なにせ今じゃあ、スワン夫人なんだから。ジョッキー・クラブの会員で、プリンス・オブ・ウェールズの友人の奥さまなんだから。それにしても、今でもいい女だねえ。」》

 また、第二編『花咲く乙女たちのかげに』の第一部『スワン夫人をめぐって』(『スワンの恋』の十数年後)には結婚のいきさつが書かれている。ここには、普通の意味での恋愛を越えて、時間の経緯に従って変化する無数の自我のあらわれ、時間のなかの心理学による恋愛と結婚がある。

《オデットは最終的にスワンが結婚してくれるとは思っていなかった。申し分なく立派なある男性が最近その愛人と結婚したらしいという話をしてスワンにかまをかけても、そのたびに相手は冷淡な沈黙を守るばかりだった。面と向かって「それじゃあ、あなたすてきだとか立派だとか思わないも? 自分のために若い身空を捧げてくれた女性のために、あの人がしたことは」と問いかけても、スワンはすげなく「それが悪いなんて言ってないさ、それぞれ好きずきだから」と答えるのが関の山である。オデットは、腹を立てたときにスワンが放ったことばどおり、自分はいずれ完全に捨てられるだろうと思い詰めることもあった。しばらく前にさる女性彫刻家から「男からはどんなことをされたって不思議じゃないわ、だって粗野なんだもの」と聞かされていたからである。この悲観的格言の奥深さに打たれたオデットは、それをみずからの格言としてなにかにつけ口にしたが、そのときの沈んだ顔はこう言っているようだった、「結局なにがおこっても不思議じゃない、運のないときはこんなものよ。」 結果として、これまでのオデットの人生を導いてきた「惚れている男にはなにをしても構わない、ばかなんだから」という楽観的格言、しかも「怖がることはないわ、あの男にはなにひとつ壊したりできないんだから」と言わんばかりの目配せで顔にあらわされた楽観的格言からは、霊験あらたかな効力がすっかり消え失せていた。(中略)ほとんどの人はこの結婚に驚いたが、そのこと自体がむしろ驚きである。恋愛という現象が純粋に主観的な性質のものであることを理解している人はたしかにほとんどいない。恋愛をつくり出すのは、世間では同じ名で通用していて大部分の構成要素が本人から抽出される人物であるとはいえ、その本人に新たにつけ加わったべつの人物だということが理解できないからである。(中略)ところで引退や病気や宗教上の改心と同じで、長年にわたる愛人関係も、以前に想い描いていたイメージは新しいイメージに置き換えられる。スワンは、オデットとの結婚を機に社交上の野心を捨て去ったのではなく、オデットのおかげでずっと前にそのような野心から、宗教的な語を使えば解脱(げだつ)していたのだ。かりに解脱していなかったとしても、そもそもスワンはその結婚で株を上げたにちがいない。あらゆる結婚のなかで名誉を捨てた結婚が一般にいちばん立派だと誉(ほ)めそやされるのは、純粋に内輪の幸福のために、多かれ少なかれ人がうらやむ地位を犠牲にするからである。》

 

<「時」>

 嫉妬を「時の病い」として心理分析した『スワンの恋』をはじめ、『失われた時を求めて』のライト・モティーフは「時」だが、『ラ・トラヴィアータ』のテーマのひとつも「時」に違いない。

 オペラ作劇的な「時」の圧縮処理は第二幕に顕著だ。

ラ・トラヴィアータ』は、小説と戯曲の『椿姫』から登場人物の削減によってメロドラマ・オペラの純粋化を見事に図っていて、オペラを見た後で小説や戯曲を読むと登場人物の多さがわずらわしく感じられるのだが、舞台上の時間処理においても、余計な逸話(たとえば、戯曲第二幕はヴィオレッタの短いモノローグを除いてそっくり削除)はことごとく雲散霧消している(それでいて、重要な部分はほぼそのまま活かすヴェルディと台本作家ピア―ヴェの確かな目利き)。

 まず第一幕「乾杯の歌」の後、ヴィオレッタとアルフレードの二重唱だけで、くだくだとした小説と違ってヴィオレッタは瞬間的に恋にときめく。

第二幕の第一場から第二場にかけては極端なまでに時間の圧縮処理がなされ、ところどころに戯曲の台詞の残滓が放置されているが、先を急ぐドラマティックなスピード感で気にとまらない。第一場の最後でジェルモンが「プロヴァンスの海と陸」を歌ってアルフレードを説得していると、アルフレードヴィオレッタが置き忘れたフローラからの手紙(「今夜」の舞踏会への招待状)をテーブルに見つけ、彼女はパーティーに行ったんだ、こんな仕打ちには復讐してやるぞ、と急いで出てゆき、ジェルモンは、待ちなさい、と後を追って幕が下りる。次に幕が開くと、第二場のフローラ邸のパーティーで、フローラが「ヴィオレッタとアルフレードも招いているのよ」と語る(観客は先の手紙を想う)と、侯爵が「最新のニュースを知らないのかい? ヴィオレッタとジェルモンは別れたんだよ」「彼女はここに男爵と来ますよ」答える(この台詞設定は小説、戯曲と同じであるけれども、戯曲では「一か月前に別れた」と語られるのに対して、オペラでは、フローラから「今夜」の招待状を受けとった日にヴィオレッタは家を出て行き、当夜の舞踏会なのだから、侯爵の発言は時間経過的に奇妙である)。アルフレードが現われ、次にヴィオレッタが男爵を同伴して登場する。これは、その日ヴィオレッタがアンニーナに持たせた(アンニーナは宛先を見て驚く)手紙が男爵宛であったと解するならば、急とはいえ成立しないでもない。そして最後にアルフレードの後を追って出たジェルモンも到来し、醜態を見せる息子をいさめる、というわけで、第二幕はわずか一日の出来事として展開され、時間の超圧縮技法によって観客は息つく間もなきめくるめく体験に居合わす。

 フローラ邸での第二場のはじめに、「ジプシーの音楽」と「闘牛士の合唱」がインテルメッツォ風に挟まれるが、バレーを重視したフランス・オペラの風習に従っただけでなく、ジプシーたちは未来の出来事を予言し、闘牛士たちは牛をしとめて娘の愛をかち得た、と合唱することで「未来の時間」と「愛の獲得」をも暗示しているのではないか。

 

 ところで、第二場の最後に息子をいさめる父ジェルモンは立派そうだが、第一場のヴィオレッタへの説得において、美しい旋律と裏腹に老獪な口調で、女の美に関する「時」の残酷さを一般論に真実が宿るかのように利用して、男の「愛」の普遍性に疑いをはさみ、「神の祝福」「天使」「啓示」という宗教的語彙(ヴェルディキリスト教色を弱めているものの)も散りばめながら、自己「犠牲」(これもまた宗教的である)を強いてゆく。この時、過去に「道を踏み外した女」の現在、未来を認識しているヴィオレッタは言葉少なに頷くばかりだ。

ジェルモン  犠牲が非常に大きいことは分っている、だが心を静めて聴いてください…貴女はまだ若いし美しい…時がたてば…

ヴィオレッタ  ああ、もうそれ以上言わないで…分りましたわ…でもそんなこと私には不可能よ…私は彼だけを愛していきたいのですか。

ジェルモン  そうでしょうが…でも男というものはとかく気の変わりやすいものですよ…

ヴィオレッタ  ああ神よ!

ジェルモン  時がたって美貌があせていったその日には、すぐに厭きがくるものなのです…そうしたらどうしますか?…よく考えて下さい…どんなに優しい愛情だって貴女には何の慰めにもならなくなってしまうのですよ! 二人の絆が神の祝福を受けていないのですからね。

ヴィオレッタ  本当にそうですわ!

ジェルモン  ああ、ですから、貴女を魅惑しているそんな夢は霧散させて下さい…そして私の娘の救いの天使になってやって下さい…ヴィオレッタ、お願いだ、よく考えてください、まだ間に合うのだから。この様な言葉は、ねえ、お嬢さん、神が親に啓示を与えているのですよ。

ヴィオレッタ  (一度堕落した…哀れな女には、もう一度浮び上がるという…希望はないのだわ! たとえ神様がお許し下さり…祝福してくれたとしても人間社会は彼女を…許しはしないのだわ)》

 

 父ジェルモンが去ると、アルフレードが現れてヴィオレッタと語り合う。そしてヴィオレッタが理由を告げずに去ってゆくと、今度はまたアルフレードのもとにジェルモンが現れる、というように、三人が同時に顔をあわせるということを許さない「時空間のすれ違い」技法によってドラマ性を増している。管弦楽トレモロとともに去ってゆくヴィオレッタの愛の告白の旋律と死を自覚した歌詞を観客は記憶に残しているからこそ、第二場でのヴィオレッタの縁切りの言葉がより強く心に響く。

ヴィオレッタ  泣きたかったの…でももう静まったわ…(懸命にこらえて)ねえ見た? 笑ってるでしょう…見たの? もう落ち着いているでしょう…貴方に微笑みかけているでしょ。私はあっちに行ってあの花の間で、いつまでも貴方のお側にいるわ。アルフレード愛してね。私が貴方を愛しているくらい愛してね! さようなら! (と庭の方に駆けて行く)

 

<「縁切りもの」と「娼婦にして聖女」>

ラ・トラヴィアータ』はいわゆる「縁切りもの」だが、歌舞伎のそれとは決定的な違いがある。相思相愛の男女なのに、突然女(遊女や芸者)の方から愛想をつかし、縁切りの言葉を放つ。真意ではなく男の窮地を救うなり望みを果たすための心ならずもの愛想づかしだが、底意を見抜けぬ男は逆上し、時に妖刀の力もあいまって女ばかりか大勢を殺傷してしまう。主演目には、『五大力恋緘』『伊勢音頭恋寝刃』『御所五郎蔵』『籠釣瓶花街酔醒』『盟三五大切』『江戸育お祭佐七』『縮屋新助』などがある。愛想づかしの悪態、その屈辱に耐えるやりとりが見せ場だが、男は真相を知ることなく、女殺しという無差別な立ち回りの動的バロックの死がある。一方、『ラ・トラヴィアータ』は、男が真実を知るものの、女には病いによるロマンティックで静的な死が訪れる。

 

ラ・トラヴィアータ』の第二幕第二場、父ジェルモンの説得でアルフレードのもとを離れるヴィオレッタを、復讐と嫉妬から後を追ったアルフレードは、ヴィオレッタが招待されたフローラのパーティーにあらわれ、男爵(ドゥフール)を賭けで打ち負かす。アルフレードの身の危険を感じて去るよう忠告するヴィオレッタにアルフレードは詰問し、ヴィオレッタはジェルモンとの約束を守ろうと、心ならずも縁切りの言葉を発してしまう。

ヴィオレッタ  お願い、ここから出て行って、すぐに。

アルフレード  出て行こう、だがその前に君は何処までも僕について来ると誓いなさい…

ヴィオレッタ  それは、絶対にだめよ。

アルフレード  絶対にだめだと!…

ヴィオレッタ  入ってちょうだい、可哀そうな人。貴方を不名誉にした女の名なんて忘れて。行って…私をこの場で捨ててちょうだい…私は貴方から別れると…誓わされてしまったのですか…

アルフレード  誰がそんなことが出来るんだ?

ヴィオレッタ  その権利を完全に持っている人よ。

アルフレード  それはドゥフールか?…

ヴィオレッタ  (精いっぱい無理をして)ええ。

アルフレード  それで奴を愛しているのか?

ヴィオレッタ  それは…愛してるわ…

アルフレード  (怒って扉の方に行き叫ぶ)皆僕のところに来てくれ。》

 そして、アルフレードは会衆の前でヴィオレッタに、金銭の女とばかり札束を投げつける。

 

 ヴィオレッタは「娼婦にして聖女」である。「マグダラのマリア」の「娼婦にして聖女」というイメージが作られてゆく文献的、歴史的過程は岡田温司マグダラのマリア』などに詳しい。典礼や聖歌の完成者として知られ、教会国家の基礎を築いた教皇大グレゴリウス(在位590~604年)によって、「罪深い女」=「マルタの姉妹ベタニアのマリア」=「マグダラのマリア」という解釈、加工がなされたが、彼女には悔い改めによって神の救済が開かれている。その後、さまざまな要素、伝説が合流、複合して「マグダラのマリア」は「娼婦」としての前歴を着せられ、悔い改めた娼婦としてのイメージが定着してゆく。美貌と官能性という肉の罪に汚れていたマグダラのマリアですら、悔悛と苦行を経て、聖霊に充たされた至上の魂へと変貌を遂げることができると、十三世紀以降のフランチェスコドミニコ修道会の説教師は説いて回った。贖罪を実行することでマグダラのように昇天することもできる、と修道女や悔悟娼婦たち、さらにはルネサンス期の高級娼婦たちの模範となった。このうえなく美しくて、しかも涙にくれるマグダラのマリアバロック期の両義性、多義性への嗜好が、マグダラのマリアに内在している聖と俗、経験と官能、精神性と肉体性、神秘的禁欲と感覚の悦びのイメージは定着した。そこには、苦痛を通して美を透かし見せよ、というサドマゾヒスムさえある。

 日本でも、近松心中物や水上勉越前竹人形』『五番町夕霧楼』の「娼婦にして聖女」という永遠性を帯びた哀しみが人気を博す。

 けれども『スワンの恋』のオデットは、縁切りなどしないし、聖女にもならない(オデットのモデルの一人と言われ、プルーストが盟友レーナルド・アーンとの手紙の取り持ち役をしたこともあるリアーヌ・ド・プージィは、高級娼婦として生き、最後はルーマニアのワラキア公ゲオルゲ・ギカと結婚してプリンセス・ギカに成り上がったが、若い頃に産んだ息子が第一次大戦で戦死してから、先天性疾患児の養護に献身した)。

 

<第三幕>

 

ラ・トラヴィアータ』は第一幕前奏曲の旋律から「病死」がテーマの一つで、すぐにヴィオレッタの《私はいつでも快楽に身をまかせていたいのよ、快楽という薬が私の苦痛を和らげてくれるんですもの。》が続いた。

 ムーティは、《『ラ・トラヴィアータ』は死を描いた作品であり、幕が開いたときからヴィオレッタは病に冒されている。そのために、人を愛することを避けているのだ。それまで、ワインや宴会や戯れの愛や歓びに生きてきたのは死に対する恐怖を忘れるためであり、恋愛は失望でしかないと意識している。なぜなら将来がないからだ。

ラ・トラヴィアータ』には第一幕と第三幕の始めに前奏曲があるが、特に第三幕のそれはもの悲しく、雨で朽ちた落ち葉に包まれた墓場の臭いがする。音楽が直接、悲劇を物語っているのだ。まるで急速に破滅に向かって行くような感じである。

 ヴェルディはまさに天才である。たったいくつかの音で、ある世界を創り出してしまう。ある状況を表わすのに何ページにもわたる壮大な交響楽にする必要はない。場面はヴィオレッタの零落した状況で始まる。すぐに一時的な繋留部分があるが、この繋留部分も不安と悪夢の意味合いを込めて演奏されるべきである。何が起ころうとしているのか? するとトリルが聞こえる。ヴェルディはこれを熱狂的に生きる喜びとして表現するが、抑制に欠けるトリルは、まるで光り輝いて燃え尽きてしまう前兆のようだ。この音楽の中に幽霊のように個々の登場人物が現れ、饗宴の酔いしれた空気の中で動いている。これらの登場人物は、それぞれが生きている環境の奴隷であり、そこから逃げ出そうとしているのだ。

 この退廃的な状況の中で愛が生まれる。ここで生まれた愛はある意味では聖なる花である。なぜなら、死がすぐそこにあることが分かっていながら、自分を捧げようとするからだ。》と解説した。

 

<「病死」と「メロドラマ」>

 スーザン・ソンタグ『隠喩としての病い』は結核と癌を比較して論じたものである。『ラ・トラヴィアータ』のヴィオレッタに起きたこと、纏った隠喩は、ソンタグの指摘そのままである。

結核は時間の病気である。結核は生をせきたて、際立たせ、霊化する。英語でもフランス語でも、肺病は「疾駆する」と言われる。癌の方は歩くというよりも、段階を経てゆく。そして、とどのつまり、「終局を迎える」のだ。(中略)結核は貧困と零落ゆえの――乏しい衣料、痩せた体、暖房のない部屋、ひどい衛生設備、栄養不足の食物などが原因の――病気とされることが多い。貧困といっても、『ボエーム生活の情景』(筆者註:プッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』の原作)に出てくる結核の女ミミの屋根裏部屋の貧困ぶりほどひどくないこともある。『椿姫』のマルグリット・ゴーティエなど贅沢な暮しをする結核患者であるが、ただ、内面的には浮浪の女であった。これとは対照的に、癌は中流生活のうむ病気で、豊かさや過剰と結びつく病気である。(中略)結核患者は環境を変えることで病状が好転する――いや、治るとされる。結核は湿潤性で、湿っぽいじめじめした都会の病気であるとする考え方があった。(中略)ここ百年以上に亙って、死にひとつの意味を与える方便としては結核は大モテで――まさしく人を霊化する、繊細な病気であった。十九世紀文学には、殊に若い人が結核によって苦しまず、怖がらず、美しく死んでゆく描写が多い。『アンクル・トムの小屋』のエヴァお嬢さん、『ドンビー父子商会』のドンビーの息子ポール、『ニコラス・ニックルビー』のスマイクなど(筆者註:近代日本文学でも、泉鏡花婦系図』のお蔦、徳富蘆花『不如帰』の浪子などがいて、「縁切り」(ここでは封建制度の下で女が離縁の憂きめにあう)とセットになっている)。》

結核の場合、外にあらわれる熱は内なる燃焼の目印とされた。結核患者とは情熱に、肉体の崩壊につながる情熱に「焼き尽くされた」人とされたのである。結核の隠喩はまず愛を描くのに利用された――「病める」愛とか、「焼き尽くす」情熱といったイメージがそれであるが、これはロマン主義運動の始まるずっと前のことである。それがロマン主義以降になると、このイメージが逆転して、結核の方が恋の病いのひとつの形と考えられるに到る。(中略)結核による死を描くときには感情の限りない昇華にアクセントをおくのが普通であるが、結核もちの高級娼婦の姿が頻出するところから察するに、結核は患者をセクシーにするとも考えられたらしい。(中略)結核は常習的に霊化され、その恐怖は感傷性の度をますのである。結核は『レ・ミゼラブル』の若い娼婦ファンタンのように堕落した者には、救済としての死を、セルマ・ラーゲルレーフの『幻の馬車』のヒロインのように立派な女性には犠牲としての死をもたらした。》

「高級娼婦」「パリを離れて」「情熱的な愛」「結核死」「聖女」というのはソンタグが指摘した隠喩の言説に合っている。オデットは病気になどならない、結核を患わない、死なずにゲルマント公爵の愛人として最終巻『見出された時』に登場する(スワンは癌で死に、語り手が愛したアルベルチーヌは事故死する)。

 ここで舞台裏での、謝肉祭を祝う市民たちのバッカス的な活気に満ちた合唱(バッカナーレ)は季節を示すためと同時に、ヴィオレッタが迎える死に対するパラレルワールド的な時空間を喚起するだろう。

 

 デュマ・フィスの小説『椿姫』では、アルフレードもジェルモンもヴィオレッタの死の場面に同席していない。アルフレードヴィオレッタの死の後に、入手した手記で死の際の様子を知るばかりである(ヴィオレッタと父ジェルモンとのいきさつさえも)。ついで、戯曲『椿姫』ではアルフレードを駆けつけさせるが、父は登場させない。そして、『ラ・トラヴィアータ』では、アルフレードに続いて父ジェルモンも到来させた(新派『婦系図』でも、早瀬主税(ちから)と愛人お蔦を別れさせた主税の師酒井俊蔵が最後にお蔦を許し、最終幕『めの惣の二階座敷』では小説と違って、いまわの際のお蔦の枕元に主税を駆けつけさせて涙を絞るのと同じ構造)。

 ヴェルディのオペラは『ナブッコ』『ルイーザ・ミラー』『リゴレット』『シモン・ボッカネグラ』などに顕著なように「父と娘」の父性愛がテーマの一つ(『ドン・カルロ』『シチリアの晩鐘』に見る強権的な父と息子の確執もまた)であるが、『ラ・トラヴィアータ』も義理的立場の父と娘の関係(そして父と息子の葛藤)のテーマと見なすことが可能で、三人の時空間を一緒にすることで愁嘆場のメロドラマは完成する。逆に言えば、ヴェルディのオペラには「母」が不在であって、『ラ・トラヴィアータ』でも「母」という語は一言も登場しない。

 フロイトは性愛理論の『男性における対象選択のある特殊な型について』で、男性の「娼婦型女性への愛」において、愛する女を道徳的退廃から「救済」しようとする願望がみられるが、父親を介して母親に娼婦と結び付いた存在を想い描き、そんな母親を救済したいと願う、と論じている。

 プルースト失われた時を求めて』でも、語り手の母親に対する愛憎と、母の死に対するサドマゾヒズム的感情は重要なテーマとなっていた。

ジェルモン  約束は守ります…私の娘としてこの胸に抱きしめに来た、健気な娘よ…》

 続いてアルフレードに、

ヴィオレッタ  この私の過ぎし日の肖像画を受けとってちょうだい。貴方をこれほど愛していた女がいたことを思い出してね。もし年頃の清らかなお嬢さんが貴方に心を捧げ…貴方のお嫁さんになるなら…この肖像画を渡して、この人は天使たちの間で僕と君のために祈ってくれている人だよと伝えてね。》

 ヴィオレッタは、ジェルモンとの約束(「私の娘の救いの天使になってやって下さい」)を果たすとともに、すでに「聖女」として天上世界から、愛するアルフレードの記憶の中の「承認」に生き続けようとしている。

 

 プルーストは『失われた時を求めて』で語り手のラシーヌ体験を主題的に扱っているが、1888年から1903年にかけて流行していたオペレッタ、ヴォードヴィル、風俗劇を、主目的が社交の場であったにしても、かなり観ていることが書簡集からうかがえる。『椿姫』もその一つで、他に当時メロドラマとして成功した『羊の足』『ジゴレット』について、「かなり出来が悪い」「うんざりした」との否定的感想を残している。それでも、プルーストはメロドラマにサディスムを、美徳、迫害、犠牲、贖罪の演劇性、儀式性を観ていた、と言えよう。

『スワン家のほうへⅠ』の『コンブレー』で、コンブレーの町はずれのモンジュヴァンで、語り手の少年がかいま見るヴァントゥイユ嬢とその女友達とのレスビアン場面で、《娘だけを生き甲斐にしてきた父親の肖像写真に、当の娘が女友だちをそそのかしてつばを吐かせるといった場面が見られるのは、ほんとうの田舎家のランプのもとではなく、むしろブールヴァ―ルの大衆劇場のフットライトに照らし出された舞台上のことである。人生においてメロドラマの美学に根拠を与えてくれるのは、サディスムぐらいしかない。》と「メロドラマ」という概念を軽蔑的に用い、ここからサディスム論を展開してゆくのだが、そのサドマゾヒスト性は『失われた時を求めて』に通底するものだろう。

 吉川一義は『『失われた時を求めて』への招待』の「第9章 サドマゾヒズムから文学創造へ」のなかで、《スワンが嫉妬に苦しむのは、すでに見たように「間違って解釈された可能性のある状況にもとづきオデットがほかの男と通じていると想定される瞬間だけ」であると語り手は断言する。スワンは、「オデットの家からもち帰る官能的な想い出のひとつひとつ」のおかげで、「女がほかの男といるときにどんな熱烈な姿態やどんな恍惚の仕草をするのかが想像できるように」なり、「そうしたものが新たな道具となって、拷問にも等しい責め苦を増大させる」。語り手によれば、「スワンの嫉妬心は、どんな敵でもためらうほどの渾身の力で打撃を食らわせ、かつて経験したことのない残酷な苦痛を味わわせたのに、それでもまだ苦しみようが足りないとみて、さらに深い傷を負わせよう」とする。わが身にみずから苦しみを与えるこのスワンこそ、明白なサドマゾヒストでなくてなんであろう。》

 そういう意味では、第二幕から第三幕に到るアルフレードもまたサドマゾヒストなのかもしれない。小さな災いによって大きな災いをしらっとドラマ化する身勝手なジェルモンは言うに及ばず。

 メロドラマ性を強化して「泣けるオペラ」を作った『ラ・トラヴィアータ』の作曲家ヴェルディと台本作家ピア―ヴェもまたサドマゾヒストであろう。しかし、それは吉川の次の補完の意味においてである。

プルーストは、芸術や小説の創作に必要不可欠なものは苦痛であるから、芸術家たる者はみずからに苦痛を与えることに歓びを見出すサドマゾヒストたらざるをえない、と考えていたのではなかろうか。特殊な性愛に見えるサドマゾヒズムは、『失われた時を求めて』の中心主題である文学創造と密接に結びついているのだ。その証拠に、プルーストは『見出された時』でこう言う、「芸術家とは、意地の悪い人間であるというよりも、むしろ不幸な人間なのだ。[…]侮辱を受けたことによる怨恨や捨てられた苦痛は、そんな目に遭わなければけっして知る機会のない秘境であり、その発見は、人間としてはどれほど辛いことであろうと、芸術家としては貴重なものになる」。

『見出された時』の有名な文言、「作品は、掘抜き井戸のようなもので、苦痛が心を深く穿てば穿つほど、ますます高く湧きあがる」という命題も、このような文脈で理解すべきだろう。》

 

 18世紀の「慈悲とハッピー・エンドのオペラ」(ヘンデルモーツァルト)を経て、直情的な19世紀の「破滅のオペラ」(ヒロインの歌姫(デーヴァ)が、焼身の『ノルマ』『神々の黄昏』、断頭台の『アンナ・ボレーナ』『マリア・ストゥアルダ』、刺殺の『カルメン』『リゴレット』、絞殺の『オテロ』、自殺の『マダム・バタフライ』『トスカ』、狂死の『ルチア』、結核死の『ラ・ボエーム』)を代表する『ラ・トラヴィアータ』は幕を下ろす。

ヴィオレッタ  (再び生気を得て)不思議だわ!…

全員  どうした!

ヴィオレッタ  急に苦しみがなくなったの。いつもとは違う活力が…体内によみがえってくるの! ああ! 生きかえるのだわ…うれし…い! (長椅子の中に倒れる)

 

スワンの恋』(1913年)と同時代のオペラ、作曲リヒャルト・シュトラウス、台本ホフマンスタールの『バラの騎士』(1911年)は、19世紀オペラに反論するかのように、最後に男女が結ばれるなり、破滅するなりに逆らって、元帥夫人と若いオクタヴィアンの男女の後朝(きぬぎぬ)からはじまり、最後は『失われた時を求めて』の最終巻『見出された時』で時間の刻印を思い知るように、思索的かつ自省的な元帥夫人はオクタヴィアンから手を引き、もっと若い女性に愛人を譲り渡す。メロドラマでも聖女でも病死でも破滅でも直情でもなく、和解のようでいて苦い、20世紀オペラのはじまりと同時に終焉、長いお別れ、であったのかもしれないが……同じように、恋愛心理における「無数の自我」を多重映像化で描き、20世紀文学を開いた『失われた時を求めて』の『スワンの恋』も、愛死から遠く、苦く、巻を閉じる。

《しかし目が覚めて一時間がたち、短く刈った髪が汽車のなかで乱れないよう床屋にあれこれ指示をしているとき、スワンはふたたび夢のことを考えた。すると、ごく身近に感じられて目に浮かんだのは、オデットの青白い顔であり、あまりにも痩せこけた頬であり、やつれた目鼻立ちであり、隈のできた目であり――情愛がつぎつぎと生じてそのあいだはずっとオデットを愛していたからこそ、この最初の第一印象を長いこと忘れていたのだ、――要するにはじめてふたりが結ばれて以降もはや注意しなくなっていた特徴ばかりだった。おそらくスワンが眠っているあいだに、記憶はこのはじまりにさかのぼり、そのときの正確な印象を探し出してきたのである。そこでスワンはもはや不幸ではなくなり、同時に自分の道徳的水準が低下したときにたちまち間歇的に頭をもたげる野卑な口調で、心中でこう言い放った。「いやはや、自分の人生を何年も台なしにしてしまった。死のうとまで思いつめ、かつてないほどの大恋愛をしてしまった。気にも入らなければ、俺の好みでもない女だというのに!」》

                                    (了)

       *****引用または参考文献*****

アッティラ・チャンパイ、ディートマル・ホラント編『名作オペラブックス ヴェルディ 椿姫』海老沢敏、名雲淳子訳(音楽之友社

*監修永竹由幸『新潮オペラCDブック ヴェルディ[椿姫]』(オペラ対訳・解説 永竹由幸)(新潮社)

*高崎保男『ヴェルディ 全オペラ解説②』(音楽之友社

*長木誠司『オペラ 愛の壊れるとき』(音楽之友社

アレクサンドル・デュマ・フィス『椿姫』新庄嘉章訳(新潮社)

マルセル・プルースト失われた時を求めて』(『1スワン家の方へⅠ(『コンブレー』)』、『2スワン家の方へⅡ(『スワンの恋』)』、『3花咲く乙女たちのかげにⅠ(『スワン夫人をめぐって』)』、他)吉川一義訳(岩波文庫

吉川一義編著『プルーストスワンの恋」を読む』(白水社

吉川一義『『失われた時を求めて』への招待』(岩波新書

鹿島茂『「失われた時を求めて」の完読を求めて 「スワン家の方へ」精読』(PHP研究所

*『プルースト全集16,17,18(書簡1,2,3)』岩崎力他訳(筑摩書房

*フィリップ・ミシェル=チリエ『事典 プルースト博物館』湯沢英彦中野知律横山裕人訳(筑摩書房

*ジャン=イヴ・タディエ『評伝 プルースト吉川一義訳(筑摩書房

*工藤庸子『プルーストからコレットへ いかにして風俗小説を読むか』(中公新書

*中尾裕紀子『プルーストとメロドラマ ――ヴァントゥイユ嬢のサディズムの場面をめぐって――』(「仏文研究(1998)、29」)(京都大学

岡田温司マグダラのマリア ――エロスとアガペーの聖女』(中公新書

*『それぞれの『失われた時を求めて』 立教大学公開セミナー「新訳でプルーストを読破する」』(第2回『スワン家の方へⅡ』工藤庸子)(WEB岩波「たねをまく」)

スーザン・ソンタグ『隠喩としての病い』富山太佳夫訳(みすず書房

リッカルド・ムーティリッカルド・ムーティ、イタリアの心 ヴェルディを語る』田口道子訳(音楽之友社

ロラン・バルト『神話作用』篠沢秀夫訳(現代思潮社

フロイトフロイト全集11』(「男性における対象選択のある特殊な型について」)高田珠樹訳(岩波書店

ジュリア・クリステヴァプルースト 感じられるとき』中野知律訳(筑摩書房

*ジャン・シャロン『高級娼婦リアーヌ・ド・プージィ』小早川捷子訳(作品社)

*ミシュリーヌ・ブーデ『よみがえる椿姫』中山眞彦訳(白水社

*加藤浩子『ヴェルディ オペラ変革者の素顔と作品』(平凡社新書

*香原斗志『連載55 イタリア・オペラの楽しみ:「ラ・トラヴィアータ」のヴィオレッタはなぜ「うれしいわ!」と言って死んだのか』(毎日新聞2019/2/13 )

スラヴォイ・ジジェク、ムラデン・ドラー『オペラは二度死ぬ』中山徹訳(青土社

岡田温司『オペラの終焉 リヒャルト・シュトラウスと<バラの騎士>の夢』(ちくま学芸文庫) 

文学批評 川上未映子『夏物語』を斜めから読む(ノート) ――「カントとニーチェのあいだ」をジョイスのように

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ジェイムズ・ジョイス

 川上未映子ジェイムズ・ジョイスフィネガンズ・ウェイク』についてたびたび語っている。

ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』は私の中で定点的な作品として存在していて。あれって一晩の話じゃない? 一晩で見た長いんだか短いんだかよくわからない夢の、めくるめくお話だというラインはあるんだけれど、まあ、ほとんどストーリーを追えないですよね。ずっとそのときそのときのきらめきみたいなものだけが連続していて、意味が追えなくて。私たちが知ってる「読む」という行為そのものをまず脱臼させられるじゃない? しかもとても長くて。私はあれが詩だなと思うんですよね。それにずっとすごく強く惹かれていたから、自分にとっての「詩」もそれを読んだときにしかあらわれない、二度と同じ影を落とさないレースの模様であるべき、みたいな、そういう気持ちがあったんですよね。つまり伝聞できない、要約できない、聞いたときにしかあらわれないものが、言葉による詩だと思ってた。(中略)私は詩を書くんだ、詩をやるんだ、と若い頃に思っていたときは、言葉と言葉がぶつかったときに出てくるナンセンスさとかを、物質や模様と捉えて「詩」が理解できると思ってたの。つまりさっき言った『フィネガンズ・ウェイク』的なものが詩の表現の極北だと思ってたんですよね。ときどき意味が見えたり、でも見失ったり、それこそが言語化できないもののエッセンスだ、みたいな。意味がとれるような思いみたいなものは、どのように形容されてもそんなにポエジーとしてレアなものじゃなくて。

 ウィトゲンシュタインが文意とか文脈が成立してないときっていうのは、それは問題にすらならないって言うんだけど、それは問題じゃなくても、意味がとれない文章が並んでるってこと自体が、わたしにとってはすごい体験だったんです。》(『文藝別冊 川上未映子 ことばのたましいを追い求めて』、穂村弘「ロングインタビュー べつの仕方で」)

 あるいは、

《私はジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』が好きなんです。読むというか、目に入ってくる感触が一回一回顔の違う花火みたいで。ただ小説の場合、言葉のエッジが立ちすぎると内容を相殺してしまう恐れもあるのかもしれないと感じる瞬間もあって。》(『六つの星星 川上未映子対話集』、多和田葉子「からだ・ことば・はざま」)

 あるいは、

《「例えば『フィネガンス・ウェイク』では言葉そのものに興奮させられたんですよね。光を見るような言葉の体験をしたというか。もちろん原文で読めるべくもないんだけれども、柳瀬尚紀さんの訳を読んでいると、原文で読んでもきっと感受するものは同じに違いないって信じられる瞬間がいっぱいあるんです。『ユリシーズ』の「ペネロペイア」もたまらなく好きですね。まったく隔たる作品だけれども、あの現在と想起がまみれて言葉に紡がれていく感じが『たけくらべ』と同質なんですよね、自分にとっては。私にとっては詩の体験というのは、やっぱりああいうものを読んだ時にあるのかもしれません。小説や物語の中に詩を発見してきたのかもしれない。散文の中に詩がいつも潜んでいて、それが光って見えてくる感じなのかな。」》(WEB本の雑誌「作家の読書道」)

 

 川上未映子『夏物語』はAID(非配偶者間人工授精)をめぐる生殖倫理、「出産」がテーマの一つであるからには、産む「母」とは何かという問いかけにばかり目が行きがちだが、本人が産むわけではない「父」の存在とは何なのかも隠れたテーマとなっている。

 ジョイスにおける「出産と父のテーマ」について、E・R・クルチウスの批評「ジェイムズ・ジョイスと彼の『ユリシーズ』」がある。

《ある挿話(第十四)全体は産院を舞台として、「産科学および法医学の最重要問題」に関する詳細な議論を導き出している。生殖と受胎とは医学的法学的に、しかしまた医キュニコス派的(medicynisch)神学的にも、取り扱われる。「パルトゥラとペルトゥンダにかけて(ペル・デアム・パルトウラム・エト・ペルトウンダム)!」

 出産のテーマは、『ユリシーズ』の、いや、ジョイスの思考世界全体のあらゆる基本モティーフが交差する幾何学的な点であると言ってよい。

 この点から父・息子・問題の複合体(コンプレツクス)が展開してゆく。そこにはまた性的両極性の問題――男性的原理と女性的原理との関係――が多様に編み込まれている。

 この第二のテーマは、午前に劇場の広告を見たときにはじめてブルームの意識にのぼる。「今夜の『リア王』公演。ミセス・ブラウンドン・パーマー。あの役に扮した彼女をもういちど見たい。昨夜は彼女が『ハムレット』をやった。男役。ハムレットは、じつは女だったのかもしれない」。女優によって演じられたハムレット。彼は女だったのかもしれない。百九十ページでわれわれはシェイクスピアのある注釈者がおなじ仮説を立てていることを知るのだが、ブルームはおそらくそれをまったく知らずに、この疑問をいだく。こうして両性具有のモティーフが導入される。男性と女性との両極性はあるいは絶対的なものではないのではなかろうか? 男性が同時に女性であることはできないのだろうか? 子供を産むことは? 男性でありながら妊娠するという文学的モティーフが浮びあがる。スティーヴンが言う、「ボッカチオのカランドリーノは、みずから妊娠したと想いこんだ最初にして最後の男です」。自然の内部ではそれは不可能なことである。しかし、「ハムレットが予言したように天国の節約がおこなわれ、栄光を授けられた男、半陰半陽の天使がおのれ自身の妻となり、結婚はもはや存在しないということならまた別ですがね」。シニックなマリガンはスティーヴンのこの言葉を把えて、諷刺劇「各人がそれぞれの妻」の構想を描いてみせるが、のちに彼自身その体軀の肥満のために医師ディクソンにからかわれ、そは「前立腺嚢(まえだちのいずみのふくろ)のうちなる、あるは男の子宮のうちなる、卵子懐胎(たまごのはらみ)の兆」を示すものかとたずねられる。

 第十五挿話のグロテスク模様のなかで、ブルームは「新しき女性的男性の好見本」とされる。彼は叫ぶ、「ああ、早く赤ちゃんを産みたいわ」、そして看護婦ミセス・ソーントンの手を籍りて、「どれもきれいな、貴金属のような顔立」の男子八人を産みおとす。のちに、娼家の女将ベラ・コウエンが無頼漢ベロに変身するにつれて、彼は娼婦になる。この二つの変身はブルームに潜在しているマゾヒズムフェティシズム的な性倒錯の幻覚的現実化として説明できる。これは彼の思春期の体験、とくに女役としての行動から形成されたものである。

 これがレオポルド・ブルームの瑣小な倫理的欠陥である。しかし根本的には彼は善良な愛すべき人間である。彼は老婦人、盲人、乞食、動物に親切である。そして彼には強い家庭感情がある。憂愁に満されて彼はしばしば自殺した可哀想なパパを思い起す。また生後十一日で死んだ息子、小さなルーディーを悼む。彼はいまや彼の種族の最後の人間である。「息子はない(ノウ・サン)」。

 ブルームには息子がなく――スティーヴンには父親がない。彼の肉体上の父サイモン・ディーダラスはたしかにまだ生きてはいるのだが、スティーヴンは父親と妹たちとから訣別してしまった。彼は肉体上の父親一般を否定している。父親なるものは精神的生殖としてだけ意味がある。「意識的に子供を産むという意味での父親なるものは、人間には知られていない。それは唯一なる父から唯一なる子への神秘的な遺産であり、使徒の相続なのです」。(中略)

 確立されているあらゆる秩序の相対化、これがおそらくジョイスの作品を考察する際のもっとも包括的な思想的パースペクティヴである。時間と空間、顕勢的なものと潜勢的なもの、個性、性、生、死の相対化。この観照形式によってはじめてジョイスは、生なきものが語り、死者ないしその場に居合わせないものたちが出現し、動物的形象と人間と、男性形態と女性形態とがたがいに移行しあう、あの第十五挿話のヴァルプルギスの夜を形成しえたのであった。そしてまた象徴的技法とパロディとは、いや、結局はユリシーズの構成全体が一つの審美的相対主義の上に成り立っているのである。》

 

 ジョイスは『フィネガンズ・ウェイク』に先立って『ユリシーズ』を書き、それに先立って『若い芸術家の肖像』を、さらに先立って『ダブリナーズ(ダブリン市民)』を書いたが、デビューしたのは抒情詩人としてであった。

『夏物語』の第一部は、『乳と卵』をリメイクしたものだが、小説を書こうとして書けないでいる夏子の姿は、『若い芸術家の肖像』のスティーヴンに通じるところがある。

《「緑子、夏は、小説書いてるねんで」

 巻子が空になった缶の腹をへこませながら言った。すると緑子は顔をさっとこちらにむけ、あきらかに関心をもったようにまぶたをぴくりとひきあげた。巻子はまたいらんことを、と思うのと同時にわたしは、いやいやいやいや、と巻子の言葉に言葉をかぶせた。

「書いてない書いてない」

「なんでや、書いてるやんか」

「いや、書いてるけど書いてない、というより、書けてないっていうか」

「なんでや、がんばってるやないの」巻子は唇を少し尖(とが)らせ、どこか誇らしげな表情をして緑子のほうをみて言った。「緑子、夏はすごいんやで」

「や、すごない」わたしは少し苛だちを感じて言った。「すごいわけないやん。書いてるのはまだ、なんていうの、趣味やのに」

 そういうもんかなあ、と巻子は首をかしげて笑ってみせた。巻子にとっては何の問題もない普通の話をしただけなのに、それにたいして言いかたが少し強くなってしまったかもしれないと思った。そして、それと同時にわたしは自分で使った趣味という言葉に後味の悪さのようなものを感じていた。傷ついたと言ってもいいかもしれなかった。

 たしかに自分の書いているものが小説といえるのかどうかも覚束(おぼつか)ない。それは本当だった。でもそれと同時に自分は、やっぱり小説を書いているのだという気持ちもあった。それは強い気持ちだった。はたからみれば何の意味もないことかもしれない。いつまでやっても誰にも何の意味ももたらさない行為なのかもしれない。でも、わたしだけはわたしのやっていることに、その言葉を使うべきじゃなかったのではないだろうか。とりかえしのつかないことを口にしてしまったような気持ちになった。

 小説を書くのは楽しい。いや、楽しいというのとは違う。そんな話じゃないと思う。これが自分の一生の仕事なんだと思っている。わたしにはこれしかないのだと強く思う気持ちがある。もし自分に物を書く才能というものがないのだとしても、誰にも求められることがないのだとしても、そう思うことをわたしはどうしてもやめることができないでいる。

 運と努力と才能が、ときとして見わけがつかないものであることもわかっている。それに結局のところ――この何でもないちっぽけな自分がただ生きて死んでいくだけの出来事にすぎないのだから、小説を書こうが書くまいが、認められようが認められまいが、本当のところは(・・・・・・・)何も大したことではないのだということもわかっている。こんなに無数に本が存在する世界にたった一冊、たった一冊――自分の署名のついた本を差しだすことがたとえできなくても、それは悲しむことでも悔しく思うことでもないのだと。それはわかっているつもりなのだ。

 でも、そこでいつも、巻子と緑子の顔が浮かんでくる。洗濯物がぐちゃぐちゃに積みあがったアパートの部屋、いつか巻子が背負っていたものなのか緑子のものなのか、あるいはわたしのものだったのか、色あせた合皮の赤いランドセルに入った無数の横皺が浮かんでくる。暗い玄関に湿気をたっぷり吸いこんでくたくたになった運動靴、コミばあの顔、一緒に掛け算を覚えたこと、米がなくてコミばあと巻子と母と四人で小麦粉と水をこねて団子を作ってそれをぐらぐら茹でたこと――何が楽しかったのか、それらを大笑いしながら食べたときのことが頭に浮かんでくるのだ。西瓜の種のちらばった新聞紙がにじんでいるのだ。コミばあのビル掃除について行った夏の日のことを、みんなで小さなビニル袋につめた内職の試供品のシャンプーのにおいを、ひんやりした青い影の温度を、いつまでも帰ってこない母を不安に思ったことを、そして工場の制服を着た母が笑顔で帰ってきたときの、あの気持ちを思いだしてしまうのだ。こんなふうにつぎつぎにやってくるものと、わたしが小説を書きたいと思うことにどんな関係があるのかはわからない。わたしが書きたいと思う小説とわたしのこうした感傷は遠くにあるもののはずなのに、もう駄目かもしれない、わたしには文章なんて書けないのだと思うとき、いつも頭に浮かんでくるのだ。もしかしたら、こんなことを思いだすようなわたしだからいつまでたっても駄目なのかもしれない。わからない。でも、そのわからなさよりも、コミばあもいなくなって、母もいなくなって、巻子と緑子のふたりを残して東京までやってきたわたしが十年たっても何も結果を出せないでいること、ふたりの暮らしをちっとも楽にさせてやれないことを思うと、どうしようもなく胸が痛む。そんな自分が恥ずかしいし情けないし、本当のことを言えば、怖くて、どうしていいのかがわからなくなる。》

 ジョイス『若い芸術家の肖像』末尾のスティーヴンの若き高揚感、有名なフレーズ(「ようこそ、おお。人生よ! ぼくは出かけよう、現実の経験と百万回も出会い、ぼくの族(やから)のまだ創(つく)られていない意識を、ぼくの魂の鍛冶場(かじば)で鍛えるために」)は、『夏物語』の第一部末尾の精神的惨めさとは落差がある。

『若い芸術家の肖像』では、

四月二十六日 母は買ったばかりのぼくの中古の服を直している。ぼくが故国や友人から離れて一人きりの生活で、人間の心とはどういうものか、それは何を感じるものかを学んでほしいと祈っているそうだ。アーメン。そうなりますように。ようこそ、おお。人生よ! ぼくは出かけよう、現実の経験と百万回も出会い、ぼくの族(やから)のまだ創(つく)られていない意識を、ぼくの魂の鍛冶場(かじば)で鍛えるために。

四月二十七日 古代の父よ、古代の芸術家よ、永遠に力を与えたまえ。》

 対して、『夏物語』第一部は次のように終わる。

《わたしは風呂場に行って服を脱ぎ、パンツについたナプキンを剥がしてじっとみた。血はほとんどついてなかった。ティッシュにくるんでからゴミ箱に捨て、新しいナプキンの包装をとってパンツの股のところに装着してすぐに穿けるようにした。それをバスタオルのうえに置き、浴室に入って熱い湯を浴びた。

 傘を思いきりひらいたように、湯は無数の穴からいっせいに飛びだし、冷たくなった足の先がじんじんと鳴るように痛んだ。肩が内側から破れるようにしびれて、太股と両腕に大きな粒の鳥肌がたった。熱い湯はわたしの皮膚を打ち、温め、浴室の小さな空間とわたしとの境目を少しずつ溶かしていった。その白さが見えるほど湯気がたちこめても、目のまえの鏡には曇らない施しがされているので、ここではいつでも自分の体が見えるのだった。

 わたしは背筋を伸ばして、顎を引き、まっすぐに立った。少し動いて、顔以外のすべてを鏡に映してみた。瞬きせずにじっと見た。

 真んなかには、胸があった。巻子のものとそれほど変わらないちょっとした膨らみがふたつそこにあって、さきには茶色く粒だった乳首があった。低い腰は鈍くまるく、へそのまわりにはそれを囲むように肉がつき、横に何本もゆるい線が入り、渦を巻いていた。あけたことのない小さな窓から入ってくる夏の夕方の光と蛍光灯の光がかすかに交差するなかで、どこから来てどこに行くのかわからないこれは、わたしを入れたままわたしに見られて、いつまでもそこに浮かんでいるようだった。》

 しかし、『ユリシーズ』に再登場したスティーヴンも、『夏物語』第二部の夏子も、いまだ作家の卵にすぎない設定は同じだ。

 

 岸政彦が論考「川上未映子にゆうたりたい」で、『夏物語』の「笑橋(しょうばし)」(京橋)について言及しているが、それはジョイスの「ダブリン」に匹敵するだろう。

《『夏物語』のなかに出てくる「笑橋(しょうばし)」という街は、架空の街だが、そのモデルのひとつは間違いなくこの京橋だろう。

 この街は、梅田やミナミほど有名ではなく、鶴橋や釜ヶ崎ほどの「濃さ」もなく、大阪人の感覚でいえば十三(じゅうそう)に近い、でも十三よりははるかに大きな、貧しい、柄の悪い、過酷な街で、そこでは私たち男は多少の金さえあれば楽しく遊ぶことができるが、『夏物語』ではこの街で働いていたノゾミと杏(あん)という二人の少女の物語が語られる。それはとても、この街が何によって成り立っているかをよくあらわす凄惨な物語である。この街は、そういう街なのだ。(中略)川上未映子にとっての大阪、あるいは京橋というものは、一方で女たちが殴られ、搾取される街であると同時に、確かに子ども時代の思い出や、母や姉に対する深い愛情と結びついている。(中略)『夏物語』の前半と『乳と卵』のはじめのバージョンとを比較して気づくのは、「笑橋」という大阪の場末の街の描写が、格段に増えていることだ。『乳と卵』を書き直すときに、これほど街の物語をたくさん入れたのは、理由のないことではないだろう。書く、ということが、自分に対する落とし前であるなら、笑橋という街をこれほど丹念に丁寧に豊かに書くということは、川上未映子の表現において、この街での経験がいかに大切なものだったかということを表している。》

 とはいえ、ジョイス『ダブリナーズ』はダブリン市民の描写だったし、『若い芸術家の肖像』も『ユリシーズ』もダブリンのすべてであったから、川上がジョイスの遡行に学んだだけとも言える。

 

 ジョイスといえば「言語」および「文体」だが、川上もはじめからそうだったのは言うまでもない。

 川上未映子による村上春樹へのインタビュー『みみずくは黄昏に飛びたつ』はさまざまな示唆にとむ。

 ジョイスに言及した部分がある。

川上 あと、今度のご本(筆者註:村上春樹『職業としての小説家』)でも触れておられたキャビネットの話、イメージとしても素晴らしいですね。村上さんの中に、たくさんキャビネットがあるんだと。

村上 そう、自分の中に大きなキャビネットがあって、そこに抽斗(ひきだし)がいっぱいあるんですよ。

川上 それに関連して引いていらっしゃる、ジョイスの「イマジネーションとは記憶のことだ」という言葉も興味深いです。意識したものも意識しなかったものも、塊(かたまり)ずつ、それぞれキャビネットにどんどん入っていく。そこで肝心なのは、書く人も書かない人も、実はキャビネットをちゃんと持ってるということだと思うんです。

村上 みんな持ってますよ、けっこういっぱい。》

 

村上 僕にとっては文体がほとんどいちばん重要だと思うんだけど、日本のいわゆる「純文学」においては、文体というのは三番目、四番目ぐらいに来るみたいです。だいたいはテーマ第一主義で、まずテーマが云々が取り上げられ、それからいろんなたとえば心理描写とか人格設定とか、そういう観念的なものが評価され、文体というのはもっとあとの問題になる。でもそうじゃなくて、文体が自在に動き回れないでは、何も出てこないだろうというのが僕の考え方です。》

川上 やっぱりわたしなんかも文体でしたよね。『乳(ちち)と卵(らん)』という小説にかんしても文体のことしか言われないぐらいの感じだった。

村上 あれ、文体のことしか言うことないよ。

川上 (笑)

村上 もちろんそれはいい意味で言ってるんです。『乳と卵』って、はっきり言って文体がすべての小説だと僕は思う。そしてそれは素晴らしい達成だと思う。そんなこと普通の人にはまずできないから。》

 村上は「文体は心の窓である(Style is an index of the mind.)」という英語の言葉を紹介したうえで、サリンジャーの文体の力、変化に感嘆してから、

村上 サリンジャーはさておき、『乳と卵』の話に戻すと、あの文体はもう封印したんだ。なんだかもったいないような気がするけど。

川上 作品に必要があれば、また使うかもしれないです。さっきの理由とはべつに、初期のあいだはいろいろチャレンジしてみようという気持ちもあったので……で、その次が『ヘブン』という小説だったのです。

村上 うん。あそこでまったく違う文体になった。

川上 『ヘブン』は三作目の小説ですが、意識していたのは村上さんの三作目、『羊をめぐる冒険』なんですよね。内容ということではなくて、そのあり方というか。ストラクチャーが導入されて、村上さんはこの作品で大きく飛躍されました。わたしも絶対に三作目で――もちろん『羊』とまでは言わないですけれど、村上さんが変わったようにわたしも変わらなければいけない、というオブセッションがありました。村上さんとデビューの歳も同じだったりするので。》

 

 リアリズムの文体による『ヘブン』を経て、『夏物語』第一部は『乳と卵』の文体に、「わたし」の正体が書き込まれることで、長編小説向けに切れ目のない重層的で濃密な文体が調整されたとはいえ、ともかく戻ってきた。

 例えば、大阪弁の自虐的なかけ合いの悲喜劇がある。

《巻子の胸にまつわる悩みというか問題というか探求心は、大きさだけではなく、色も重要な要素だったのだ。それがいつごろなのかはわからないけれど、わたしは風呂あがりに冷蔵庫からふたつの薬品を指先にとって乳首に塗り、激痛と痒みにもだえながら耐えている巻子を想像してみた。いまや高校生でも整形手術をする時代なのだから、乳首が燃えるくらいなんでもないことだという見方があるのもわかるけど、しかし巻子である。なぜ巻子がいまさらそんなことをしなければならないのか。

 もちろんわたしだって、自分の胸について悩みというか、思うところがないわけではない。いや、正確に言うと、思ったことがないわけではない(・・・・・・・・・・・・・・)。(中略)

 巻子はどうなんやろう。豊胸手術をして胸を大きくしたい、乳首の色を薄くしたいのは、いったいなんでなんやろう。そんなことを考えてみたが、しかしとくに理由があるわけではないんだろう。人がきれいさを求めることに理由なんて要らないのだから。

 きれいさとは、良さ。良さとは、幸せにつながるもの。幸せにはさまざまな定義があるだろうけれど、生きている人間はみんな、意識的にせよ無意識にせよ、自分にとっての、何かしらの幸せを求めている。どうしようもなく死にたい人でさえ、死という幸せを求めている。自分というものを中断したいという幸せを求めている。幸せとはそれ以上を分けて考えることのできない、人間の最小にして最大の動機にして答えなのだから、「幸せになりたい」という気持ちそのものが理由なのだと思う。でもわからない。もしかしたら何かもっと、巻子には幸せなんていう漠然としたものじゃなくて、何か具体的な理由があるのかもしれない。(中略)

 それから巻子はゆっくりと湯船に浸かりなおし、わたしたちはさっきとおなじように前方を見ることもなく眺めていたが、心の目に焼きついて離れないのは、もちろん巻子の胸である。巻子の胸、そして乳首が、ざばあっと湯のなかからいきなり現れたその様子が、なぜかネッシーとか大艦隊などが水底からその巨体を浮かびあがらせるようなイメージかつスローモーションで、何度でも再生されるのだった。

 蚊にさされた程度の膨らみしかない胸のうえにくっついた、何かの操縦パーツにもみえるような立体的な、縦にも横にも立派な乳首。横に倒したタイヤというか。あるいはいちばん濃い鉛筆で――いちばん濃いのって10Bやっけ、それで力まかせにぐりぐりと塗りつぶした直径約三センチの丸というか。とにかく、濃かった。想像以上のその色の濃さに――美しさやきれいさや幸せの話とはべつに、少々薄くしてもいいのかもしれないとわたしは思った。

「黒いやん。わたしの黒くて巨大やん。知ってるよ。わたしのがきれいでないってことは」

「や、感じかたって人によるし、それにそんな、白人ちゃうんやし。色ついててあたりまえやし」

わたしは、乳首とか色とかどうでもいいやん、そもそも興味とかないし、というような雰囲気でもって言ってみたけれど、巻子はそんなわたしの気遣いをまるっと消し去るようなため息をついた。

「わたしも、まあ、子ども産むまではゆうてもここまでじゃなかった」巻子は言った。「そんな変わらんと言われるかもしれんけど、きれいとかじゃなかったけど、でも正直、ここまでやなかった。これみてや。これはないよ。オレオかっていう話やん。お菓子のな。クッキーのな。でもな、オレオやったらまだましや。これもうあれとおなじやで、アメリッカンチェリーな、あのすんごい色、ただの黒やなくて赤がまじったすごい黒な、んでな、アメチェ色やったらまだええけどな、ほんまはな、画面の色や、液晶テレビのな、電源落としたあとの、液晶テレビの画面の色なんや。こないだ電器屋でみて、この色なんか知ってるな、どっかでみたことあると思ったらそれや。わたしの乳首や。

 んで大きさもな、なんていうん、乳首だけで余裕でペットボトルの口くらいになってさ、先生に『これ赤ちゃんの口入るかなあ』って真剣に言われたし、そんなんあんた、いままで何万個も乳首みてきた乳首のエキスパートがそう言うんやで。んで胸はぺったんこ。金魚すくいの半分だけ水入ったビニルの袋あるやろ。ふにゃふにゃの感じわかるか。あれやで。いまのこれ。そらな、子ども産んでも変わらん人も、もとに戻る人も、そらいろいろおるよ。でもとにかくわたしは、これになってしもたんや」》

 

<『たけくらべ』>

 ジョイスユリシーズ』がホメロスの『オデュッセイア』を下敷きにしたように、『乳と卵』は、従って『夏物語』第一部は、神話的方法とまではいかなくとも説話として、樋口一葉たけくらべ』を意識している。

川上 19歳の時に松浦理英子さんによる樋口一葉たけくらべ』の現代語訳を読んだことは本当に大事な出来事です。河出書房から出ている本ですね。10代の半ばに原文を読もうとした時は読めなかったんです。でも松浦さんが現代語訳してくれたことで『たけくらべ』に再会できました。私は思い出信奉者で懐古趣味があって、過去と現在の境目が見えないようなものに快感と快楽をおぼえるんですが、そういうものと『たけくらべ』の世界がすごく似ていたんです。カメラが一定の場所にないところも面白かったですね。時空の行き来や場所の移動の感じが、私の頭の中の運動とすごく似ていた。美登利の側から書かれていると思ったら急に美登利を見ている側にカメラが移ったりするんです。三人称というほど区画整理がされていなくて、それは目から飲み込むような読書体験でした。物語も人間はひとところにいられないんだと思わせるもの悲しさがあって。また松浦理英子さんの訳文が素晴らしくて、句読点の位置も原文のままで変えていないんです。そこがすごくありがたかった。小説をまがりなりにも書いてみようと思ったのは、こういう喜びがあると教えてもらったからです。読者に終わらずに一歩踏み込めたのは、理英子さんのおかげですね。理英子さんと対談する機会があって、それをお伝えできて時は本当に嬉しかった。だって、お風呂に入って、お湯が冷たくなるまで読んでいましたから、いつもいつも。だから単行本はボロボロなんです。》(『WEB本の雑誌 作家の読書道』)

川上 ところで『乳と卵』は、構図そのものも『たけくらべ』に負っている部分が大きいんです。男性を頂点にした社会のヒエラルキーの中に、女性を頂点とした吉原というヒエラルキー入れ子状に存在していて、その周辺の路地裏にはまだそこに組み入れられていないモラトリアムな子どもたちの世界がある。三者それぞれの世界が拮抗している図が人生そのものに見えたし、とても美しいと思えたんです。創作物の中で何か正しい状態があるとすれば、今のところ、拮抗状態のような気がします。何らかの答えがあるのではなくて、緊張状態の中にどちらでも振れるような場所へ行ける可能性がかすかに見えるんじゃないか、と。それは書きことばにしかなかなかできないことだと思います。それで、『乳と卵』では、母親の巻子と、子どもの緑子、そしてその中間にある語り手の夏子の世界を対置させてみました。登場人物の名前も緑子は美登利、巻子は大巻と『たけくらべ』から借りてきて、夏子は一葉の本名からとりました。》(『六つの星星 川上未映子対話集』、松浦理英子「性の呪縛を越えて」)

 

 そういえば、『夏物語』第一部(および『乳と卵』)で、夏子のアパートがあった「三ノ輪」は「たけくらべ」の舞台、吉原の最寄り駅だ。

《アパートの最寄り駅である三ノ輪駅に着いたのは、午後二時を少しまわった頃。途中でひとり二百十円の立ち食いそばを食べ、すべてを塗り潰していくような勢いで蝉が鳴き叫ぶなか、わたしたちは駅から十分ほどの道を歩きつづけた。》

 そして、緑子のノートに登場する純ちゃんは、『たけくらべ』の信如(しんにょ)と同じく、お寺の跡継ぎである。

《◯ 学校で休み時間、みんなで将来なんになるとか、そういう話になった。これになる、とか、なんかをはっきり決めてる子はおらんみたいで、わたしも何もない。ユリユリに、みんながあんためっちゃ可愛いねんからアイドルになったらええやん、みたいなことゆうて、えー、みたいなやりとり。

 帰り、純ちゃんに将来なにして稼ぐん、ときいてみたら、寺つぐ、と言った。純ちゃんちはお寺さんで、おじいちゃんとかおっちゃんとか、お坊さんスタイルでバイクに乗って坊さんマントみたいなやつをはためかせて走ってんのよう見かける。まえにお坊さんの仕事って何すんのってきいたら、葬式、法事でお経よむんやでとのこと。わたしはまだ誰の葬式にも法事にも出たことがない。どうやってなんの、ってきいたら、高校卒業したらそういう合宿みたいなんいって、こもって、修行みたいなんするねんて。女の人でもなれるん、てきいたら、なれるってこと。(後略) 緑子》

 

<リアリズムと非リアリズム>

『夏物語』で、川上は「リアリズム」に拘った。対談やインタビューの場で、たびたびリアリズムと力説した。

《この小説には色々な人が出てきますが、男性読者から男性の影が薄いと、たまに言われることがあります。でも、それは今までとは違う、その読者に馴染みのない書かれかたをしているだけのことであって、女性の一人称小説で現在を書けば、男性はこのように見えるし動いているというリアリズムです。》(イベント「川上未映子『夏物語』―ジェンダーと翻訳―」)

《「この本を読んで特に感じたのは、登場人物の女性たちのたくましさでした。彼女たちは、弱さや傷を抱えていても、エネルギーがすごくありますよね。逆に、男性はあまりパワフルに描かれていないように感じました」

川上 そう感じていただけたのは、この小説が女性の一人称を採用して書かれていることが関係すると思います。この小説はリアリズム小説で、現代日本社会を生きる女性の登場人物の視点で男性が描かれています。なので、構造上の必然なんですよ。

 この小説について、ある男性読者から「男性のことがほとんど書かれていない」と言われたことがあるのですが、それは「男性にいい役が与えられていないじゃないか」ということだと思います。気持ちはわかりますが、リアリズム小説なので、しょうがないですよね(笑)。その意味で、私はこの小説で、男性についてはしっかり書いたつもりでいます。》(「fiat magazine CIAO!」2021.1.8)

《生殖倫理とかディストピアって、寓話とかSFの力を使ってしか書けない部分があるじゃないですか。ジャンルの形式だけが見せることのできる景色があって、思考実験だけが可能にするリアリティって確実にあるとは思うんだけど、私は今回、このテーマを小説に選んだからには、絶対に現実から離れずに、三十八歳の女の人が一人で子どもを産むときにどういうふうな手順を踏んで何にぶち当たっていくかということを、地に足をつけたままいかなきゃいけないっていうオブセッションがあったんだよね。つまり「リアリズム」でいくんだっていう、そういう決心があって。部分的にも、寓話的なほうに振ったりするのは構造上はできるんだけど、今回の物語を書くときに、それはやるべきじゃないなと思ったんですよね。(中略)

 でもなんか、自分に対しては、やっぱり身銭を切りつづけたい、みたいな気持ちがあるのかもしれない。書くときに、ぜったいに経費では落としたくないみたいな(笑)。(中略)

 でもこの身銭を切りたい感というのは不思議なものだよね。今後どうなっていくのかなと自分でも思うけれど。》(『文藝別冊 川上未映子 ことばのたましいを追い求めて』、穂村弘「ロングインタビュー べつの仕方で」)

 

「でもこの身銭を切りたい感というのは不思議なものだよね。今後どうなっていくのかなと自分でも思うけれど」という「私(わたくし)小説」(川上はエッセイやインタビューであけすけに生い立ちを吐露しているから、虚実の薄膜があるにしても)の「父の不在」と「男性原理」の感傷的で忌まわしいリアリズムをあげれば、

《わたしたちはもともと父親と母親と四人で、小さなビルの三階部分に住んでいた。六畳と四畳がひとつづきになった小さな部屋。一階には居酒屋が入っていた。数分も歩けば海が見える港町。鉛のような黒い波のかたまりが、激しい音をたてながら灰色の波止場にぶつかって崩れるのをいつまでも見つめていた。どこにいても潮の湿り気と荒々しい波の気配を感じる町は、夜になると酔っ払って騒ぐ男たちでいっぱいになった。道ばたで、建物の陰で、誰かがうずくまっているのをよく見かけた。怒鳴り声も殴りあいも茶飯事で、放り投げられた自転車が目のまえに落ちてきたこともある。そこらじゅうで野良犬がたくさんの仔犬を産み、その仔犬たちが大きくなってまたあちこちに野良犬を産んだ。でもそこに住んでいたのは数年のことで、わたしが小学校にあがった頃に父親の行方がわからなくなり、そこからわたしたち三人は祖母の住んでいた府営団地に転がりこんで、一緒に暮らすことになった。

 たった七年足らずしか一緒に暮らさなかった父親は、子どもながらに背が小さいとわかる、まるで小学生のような体躯をした小男だった。

 働かず、朝も夜も関係なく寝て暮らし、コミばあは――わたしたちの母方の祖母は、娘に苦労ばかりさせる父親のことを憎み、陰でもぐらと呼んでいた。父親は、黄ばんだランニングとパッチ姿で部屋の奥の万年床に寝転んで、明けても暮れてもテレビを見ていた。枕もとには灰皿代わりの空き缶と週刊誌が積まれ、部屋にはいつも煙草の煙が充満していた。姿勢を変えるのが億劫で、こちらを見るときには手鏡を使うくらいの面倒臭がりだった。機嫌がいいと冗談を言うこともあるけれど、基本的に口数は少なく、一緒に遊んだり、どこかへ連れていってもらったりした記憶はまるでない。寝ているときやテレビを見ているとき、何でもないときでも機嫌が悪くなるととつぜん怒鳴り、たまに酒を飲むと癇癪を起こして母親を殴ることがあった。それが始まると理由をつけて巻子やわたしのことも叩いたので、わたしたちはみんなその小さな父親のことを心の底から怖がっていた。

 ある日、学校から帰ると父親がいなかった。

 洗濯物が山と積まれ、いつもと何も変わらない狭くて暗い部屋なのに、父がいないというだけで、そこにある何もかもが違ってみえた。わたしは息をひとつ飲んでから、部屋の真んなかに移動した。そして声を出してみた。最初は喉の調子を確認するみたいな小さな声を、そしてつぎは意味のわからない言葉をお腹の底から思いきり出してみた。誰もいない。何も言わない。それからめちゃくちゃに体を動かしてみた。何も考えず好きに手足を動かせば動かすほど体が軽くなり、そしてどこか奥のほうから力がこみあげてくるような感覚がした。テレビのうえに積もった埃や、流しのなかにそのままになっている汚れた食器。シールが貼られたみずやの戸や、身長が刻まれている柱の木目。いつも目にしているそんなものたちが、まるで魔法の粉をふりかけられでもしたようにきらきらと輝いてみえた。

 でもわたしはすぐに憂鬱になった。こんなのはたった一瞬だけのことで、またすぐにおなじ毎日が始まることがわかりきっていたからだ。父親は珍しく何か用事があって外に出ているだけで、すぐに帰ってくる。わたしはランドセルを置き、いつものように部屋の隅っこに座ってため息をついた。

 でも、父親は帰ってこなかった。つぎの日も、そのまたつぎの日も父は帰ってこなかった。しばらくすると数人の男が訪ねてくるようになり、そのたびに母親が追い返した。居留守を使った翌朝には、玄関先に煙草の吸い殻が散らばっていることもあった。そんなことを何度かくりかえし、父親が帰ってこなくなって一ヶ月ほどがたったある日——母親は敷きっぱなしにしていた父親の布団を丸ごと部屋から引きずりだして、点火装置が壊れてから一度も使っていなかった風呂場に力任せに押しこんだ。その黴くさく狭い空間で、汗や脂や煙草の臭いの染みついた父の布団は、驚くほど黄ばんでみえた。母は布団をじっと見つめたあと、そこにものすごい飛び蹴りを一発蹴りこんだ。そしてさらに一ヶ月が過ぎたある真夜中に、わたしと巻子は「起きや起きや」と暗がりでもせっぱつまった表情をしているのがわかる母親にゆり起こされてタクシーに乗せられ、そのまま家を逃げだしたのだ。

 どうして逃げなければならなかったのか、そんな真夜中にいったいどこにむかっているのか、意味も理由もわからなかった。ずいぶん時間がたったあとでそれとなく母親に水をむけたこともあったけれど、父の話をすることがどこかタブーのようになっていたこともあり、けっきょく母の口からはっきりした答えを聞くことはできなかった。あの夜は訳のわからないまま一晩じゅう暗闇をどこまでも走ったような気がしたけれど、着いたのはおなじ市内の端と端の、電車でゆけば一時間もかからない距離にある、大好きなコミばあの家だった。

 タクシーのなかでは酔って気分が悪くなり、中身を空けた母親の化粧ポーチのなかに吐いてしまった。胃のなかからはたいしたものは出てこず、酸っぱさと一緒になって垂れてくる唾液を手でぬぐい、母親に背中をさすられながら、わたしはずっとランドセルのことを考えていた。火曜日の時間割にあわせた教科書。ノート。シール。いちばん下に入れた自由帳には、何日かをかけて描いてきて昨日の夜やっと完成したお城の絵が挟んである。脇に入れたハーモニカ。横にぶらさげた給食袋。好きな鉛筆やマジックや匂い玉や消しゴムの入った、まだ新しかった筆箱。ラメのキャップ。わたしはランドセルが好きだった。夜眠るときは枕もとに置き、歩くときは肩紐をしっかりとにぎりしめ、どんなときも大切にしていた。わたしはランドセルを、身につけることのできる自分だけの部屋のように思っていたのだ。(中略)

 そんなふうに夜逃げ同然で転がりこんでそのまま始まったコミばあとの四人の生活は、しかし長くはつづかなかった。わたしが十五歳のときにコミばあが死に、母はその二年まえ、わたしが十三歳のときに死んでしまった。

 突然ふたりきりになったわたしたちは、仏壇の奥に見つけたコミばあの八万円をお守りとして、そこから働き倒して生きてきた。わたしには母に乳がんが見つかった中学校の初め頃から、コミばあが後を追うように肺腺がんで死んでしまった高校生時代にかけての記憶があんまりない。働くのに忙しすぎたのだ。》

 

 リアリズム技法に戻ると、

村上春樹さんは偶然を必然にできる数少ない作家の一人で、わりと初期から寓話的なモチーフや設定を使用していましたよね。そのまま、その手法で書きつづけることもできたのに、最後までリアリズムで書けなきゃだめなんだということで『ノルウェイの森』を書いた。『ノルウェイの森』は、全部リアリズムで作られた唯一の長編という意味で、とても重要だと思います。不思議なことが起きて、世界全体が比喩であるというモチーフというか世界設定はその後の作品でもずっとくりかえされるけれど、四十歳を前にして、デビュー十年目のあのタイミングでいったん『ノルウェイの森』を書けたか書けなかったか、というのは本当に大きなことだと思う。作家にとっても、読者にとっても。長期的に書くことを考える人の選択だと思います。そういうところを信頼しますね。》(『文藝別冊 川上未映子 ことばのたましいを追い求めて』、穂村弘「ロングインタビュー べつの仕方で」)

 ふたたび川上未映子による村上春樹へのインタビュー『みみずくは黄昏に飛びたつ』から。

村上 うん、あのね、もう一度確認しておくと、僕の文章というのは、基本的にリアリズムなんです。でも、物語は基本的に非リアリズムです。だから、そういう分離が最初から前提としてどん(・・)とあります。リアリズムの文体をしっかりと使って、非リアルな物語を展開したいというのが僕の狙(ねら)いだから。何度も繰り返すようだけれど、『ノルウェイの森』という作品で、僕は最初から最後まで、リアリズム文体でリアリズムの話を書くという個人的実験をやったわけです。で、「ああ、大丈夫、これでもう書ける」と思ったから、あとがすごくやりやすくなった。リアリズムの文章でリアリズムの長編を一冊書けたら、それもベストセラーが書けたら、もう怖いものなしです(笑)。あとは好きにやりゃいい。

 で、これでもう何でも好きなこと書けるんだと思って、そこからしばらくして『ねじまき鳥クロニクル』を書き出したわけだけど、ある程度の精度を持つリアリズム文体の上に、物語の「ぶっ飛び性」を重ねると、ものすごく面白い効果が出るんだということが、そこであらためてわかったんです。》

村上 『ノルウェイの森』は僕としては意欲的に、いつもとは違うことをやってやろうと思って書いたんだけど、「文学的後退だった」とか、そういうふうにいろいろ言われましたね。

川上 「文学的後退」って便利な言葉だな(笑)。》

村上 学ぶということからすると、チーヴァーの翻訳(筆者註:ジョン・チーヴァー『巨大なラジオ/泳ぐ人』村上春樹訳(新潮社))が一番学べたかもしれないね。

川上 具体的に、どんなところが?

村上 リアリズムの部分と非リアリズムのミクスチャーというか、絡(から)み合いが非常に面白いんだ。

川上 でも、リアリズムと非リアリズムのミクスチャーという点では、春樹さんの創作の特徴で、極まっていると思うんですけど。それでもチーヴァーから学ぶところがある?

村上 僕の絡め方とチーヴァーの絡め方というのはけっこう違います。だから訳していて面白かったんじゃないかな。》

 

 つまり、川上はジョイスフィネガンズ・ウェイク』の非リアリズム的な詩、小説への応用から出発し、三作目の『ヘブン』でリアリズム文体を取り入れることで、ジョイスの文学的経歴(『若い芸術家の肖像』や『ダブリナーズ』のリアリズムに向かって)を遡行した。そして、『ユリシーズ』の「リアリズムと非リアリズムのミクスチャー」を『夏物語』で実現したが、決して「文学的後退」ではないだろう。

 

 ジョイスユリシーズ』の最終章「ペネロペイア」の「現在と想起がまみれて言葉に紡がれてゆく」(川上談)の『夏物語』版の「リアリズムと非リアリズムのミクスチャー」をあげれば、

《閉じたまぶたの裏で、色や模様が浮かんでは混じりあって消える。それが何度もくりかえされる。消毒液の匂いが均質に漂っている、誰もいない廊下を進む。病室のドアをそっと押してなかを覗くと、ベッドにあおむけになったノゾミがいる。包帯に巻かれているせいで、どんな顔をしているのかはわからない。十四歳。十四歳の頃。わたしが初めて履歴書を書いた年だ。近所の適当な公立高校の名前を書いて、薬局の使い尽くされて穴のあいた試供品の口紅を塗って、工場へゆき、朝から晩まで小さな電池の漏電を調べていた。紫の液体が指先につくとそれは深くしみこんで、いつまでも真っ青なままだった。洗っても洗っても色がとれないのは洗い場の流しにいつも積みあがっている灰皿だ。煙草の煙、いつまでも頭のなかで反響するマイクのエコー、ビールケースを外に出して、母が手をのばしてうえの鍵、しゃがんで下の鍵を締める。歩いて帰った夜の道、電柱の陰で、自動販売機の裏で、卑猥な言葉を投げかけてにやにや笑う男たち、黒くなった口のまわり、ズボンの汚れたすそ、ふらふらと伸びてくる手。わたしは急ぎ足でビルの階段をあがる。

 そのうち、いつか誰かと話した言葉と、そうでない言葉の見分けがつかなくなってゆく。夢でみた景色と記憶がゆるやかに編みこまれ、どこまでが本当のものなのかが(・・・・・・・・・)わからなくなっていく。いくつもの裸を包む細かな霧にはほんまは音があるんとちゃうか。高い壁、男湯と女湯を仕切る高い壁、銭湯のカコーンという鹿威しの音が響いている。湯船に浸かるたくさんの女たちの裸がこちらを見ている。たくさんの乳首がいっせいにこっちを見る。湯気がこもり、わたしは足の裏を揉んでいる。かかとはいつも皮がささくれだっていて、剥いても剥いてもきれいにはならない。おかんの足はいつも粉をふいていて真っ白で、爪は茶色に変色していた。コミばあが泡立てた石鹸をつけた手でわたしの足の指のあいだを洗ってくれる。湯を沸かすときのレバーのちょっとした角度がだいじ、コツがいるねん、かちかちかち、それからぼんっとガスのつく音、コミばあの裸、体じゅうに飛び散った血豆を数える。これなに? 血豆。これつぶしたらどうなるん? ここから血がぜんぶふきだして、コミばあの血がぜんぶ出て、コミばあ死んでしまうのん? あのときコミばあは、なんて答えてくれたっけ。なあコミばあ、もっと血豆を守らなあかんのとちゃうんのん、つぶれんように、血がふきだせへんように、なあコミばあ死んだらわたしどうしたらええん、なあコミばあ、死なんとって、死なんとって。コミばあ、ずっとずっとそばにおって。そんなん言いな、一緒にこれ食べよう、お腹へったら何もできひん、巻子がいっつももって帰ってくる焼肉弁当は甘い肉、たれのついた茶色いご飯。なあ巻ちゃん、さっき浮浪者みたいな人おったやん、さっきじゃなくてもいろんなところにおるやんか、家ない人、ホームレスの人、どこにも帰るところがなくなった人。わたしいつもおとんちゃうかなってどきっとするねん。なあ巻ちゃん、あそこにおる人、あそこでぼろぼろになってうずくまってる人がおとんやったら巻ちゃんどうする、家つれて帰ってお風呂入れたる? やっぱりそうする? つれて帰って、何か食べさせて、それから何しゃべったらええんやろう。なあ巻ちゃん、九ちゃん泣いてくれたよな、おかんの葬式に顔くしゃくしゃにしてきてくれて、二千円もって九ちゃん来たなあ、夏の暑い日、九ちゃんぼろぼろ泣いてくれた。コミばあ、高架下でよう叫んでたん覚えてる? わたしの手もって、巻ちゃんの手もって、電車ががあって走ってうるさくなるタイミングでコミばあ叫んでた、電車、明日になったら緑子つれて電車にのって、ゆれて、巻ちゃん帰ってくるまでどっかいこかな、せっかくやし、緑子の髪の毛ちゃんとくくって、電車座って、髪の毛多いなあ、指がどんどん入っていって森みたい、わたしみたい、なんであんた鞄もってないの、さっきまで隣に座ってたんはお父さんとお母さんやなかったん、なあ、あんたは昔、電車で会った子よな、なんでそんな笑ってるん、昔じゃない……ああそう……これって今日の朝のこと……そうか今日の朝のこと……ふうん、なんかめっさ昔みたい……新聞のちらしに……家の広告、間取りのちらし、あれにいっぱい窓を描いて、ちっちゃい四角、好きな窓……おかんの窓、巻ちゃんの窓、コミばあの窓、みんなにひとつずつ好きなときにあけられる窓を、描こう、描いたら、光が入って風が入って、そんなふうにわたしは眠った。》

 

 また、銭湯での、二人連れの女の挿話は、『ユリシーズ』のブルームの女装趣味、両性具有も連想させる。

《そんなことをぼんやり考えていると、入り口がひらいて湯気が動き、二人連れの女が入ってきた――と思ったのだが、ひと目みて、どうも直感的に何かがおかしい。ひとりはいわゆる「女性の体」をした、二十代くらいの若い女性なのだけど、もうひとりのほうが、どう見ても、これが男性なのである。(中略)

 彼らは生物学的には女性だけれど、自認する性が男性だから、それに従って男性っぽいかっこうをし、男性のホストとして接客をする。異性愛者であれば、男性として女性と恋愛もする。たとえばおなじ大阪であっても、価格設定もホステスのレベルも段違いに高い北新地なんかの本格的なクラブになると、手術で胸を取り、男性ホルモンを投与しつづけて声を低くし、髭を濃くし、性器にいたるまでの特徴をすっかり変える人がいる、というのは聞いたことがあった。けれど笑橋のおなべバーでは金銭的な問題もあるのか、そこまで本格的に乗りだしている人はいなかった。(中略)

 意識が男性であり、いわゆる異性愛者であるのなら、たとえ本人にまったく興味がなくとも、わたしらの体は刈りあげにとっては異性のものである。いわゆる普通の男が女湯に入ってくるのと、いったい何が違うのか。わたしは顎までを湯に浸けて、目を細めて刈りあげをじっとみた。最初のじりじりは、いまや明確な苛(いら)だちに変わっていた。それに異性愛的なカップルとして、混浴でもない女湯にこうしてふたりで堂々と入っているのも、やっぱりおかしいではないか。

 このことを目のまえの刈りあげに言うべきか言わんべきか、わたしはしばらく考えた。なにしろ繊細な問題ではあるし、どういう展開になるにせよ面倒な話であることには違いない。そんなことをわざわざ自分からもちかけるなんて普通に考えて馬鹿げている。でもわたしには昔からどうもこういうところが少しだけあって――それは「なんでこういうことになっているのか」と不思議に思ってしまったら最後、どうにも気になってしょうがなくなり、黙っていられなくなるということがあるのだ。もちろん頻繁に起きることでもないし、人間関係などにおいてはほとんど気にならない。そこには何か傾向のようなものがあるのかもしれない。小学生のときは、イベント帰りの新興宗教の信者の団体と電車で乗りあわせ、真実と神の存在を笑顔で説いてくる彼らと激しい口論になったし(もちろん最後は微笑みとともに憐(あわ)れまれた)、高校生のときは広場で右翼団体の演説を最初から最後まで聞き、矛盾点をしつこく質問していたらスカウトされるというようなこともあった。もしいま、刈りあげと話をするならどんな感じになるだろう――わたしはひきつづき鼻の下まで湯に浸かりながら頭のなかでシミュレーションをしてみた。

 ――いきなりすみません、あの、さっきからめっさ気になってるんですけど、あなたは男性ですよね?

 ――は? あんだら殺すぞ。

 ちゃうちゃう。ここは大阪ではないし、体格がよく鋭い目をしている男がみんなこんなふうな対応をするというわけではない。これはわたしの先入観にして偏見だ。それにわたしの切りだしかたも良くなかったような気がする。であれば刈りあげにどんなふうに話しかければ失礼がなく、わたしが抱いた疑問を伝えられ、また知りたいことにいい感じで迫ることができるだろうか。

 わたしは木の板と棒で火を起こす人みたいに意識を前頭葉の一点に集中させて高速でこすりあげ、そこにうっすらと煙がのぼってくるのを待った。とりあえず刈りあげは、わりと気のいい好青年キャラクターに設定し、こう訊けばこう返事がきてそれにたいしてはこう突っこんで返しにはこう、というような架空の対話を頭のなかで広げてみようとしたとき、刈りあげがちらちらとこちらの様子をうかがっていることに気がついた。

 こっちが気にしているはずなのに、なんであっちが。じろじろと見ていたことがしゃくに障ってわたしこのあとしばかれるんやろか、などと考えながらわたしも刈りあげにちらちらと目をやっていると、刈りあげの視線とはべつの何かが刈りあげのなかに潜んでいて、その何かにじっと見つめられているような、どこか奇妙な感覚がしはじめた。不安とも焦りともつかないようなものがわたしをまっすぐに見ているような。金髪が刈りあげにむかって何か冗談を言い、それにたいして笑ったその横顔を見たときに――もしかしてこの子、ヤマグちゃうのん、と頭のなかで声がした。

 ヤマグ。山口――下の名前は何やった、そうや千佳(ちか)、山口千佳。ヤマグ。ヤマグは小学校の同級生。かなり仲良くしていた時期もある。いつもグループの二番手にいるような女の子。ヤマグ。運河の橋の手前で母親が小さなケーキ屋をやっていて、みんなで遊びに行くと、たまにおやつをもらえることがあった。ドアをあけると甘い匂いがいっせいに広がる。わたしたちは大人がいなくなるのを見計らって調理場でこっそり遊ぶこともあった。銀色の泡立て器やいろんなケーキの型やへら(・・)なんかが積みあがり、大きなボウルにはいつも白や薄い黄色のとろりとしたものが波うっていた。いつだったかふたりきりになったとき、秘密だというように目を細めたヤマグが人さし指ですくったそれを、わたしは舐めたことがある。髪はいつもショートにしていて、六年のときには腕ずもう大会ですべての生徒に勝ちぬいて一位になったこともあるヤマグ。眉が濃くて彫りが深く、笑ったときにぐんと近づく鼻と上唇の距離が目に浮かぶ。

『あんたこんなとこで何してん』とわたしが笑うと、久しぶり、というようにヤマグは肩の筋肉を盛りあげる。その肌色をみた瞬間――カスタードクリームの匂いのようなものがぷうんと広がり、わたしたちはふたりでボウルのなかを覗きこんでいる。どれくらいやわらかいのか、どんな感触がするものなのか、見ているだけではわからないそのかたち(・・・)のなかに、ゆっくり沈んでいったヤマグの指。あのときわたしの舌のぜんぶに広がって、何度も味わったあれがやってくる。ヤマグは黙ってわたしを見つめている。『なあ、あんた男になったんかいな。うちらぜんぜん知らなんだ』と言ってみても返事はなく、腕に力を入れてこぶをつくるだけ。するとその膨らみは、ちぎってまるめたパンのたねみたいにぽこぽこと腕からこぼれおち、それらはみるみる小さな人になって増えつづけ、水面を走り、タイルを滑り、人々の裸を遊具にして声をあげてはしゃぎはじめる。肝心のヤマグは何をしてるのかと思えば鉄棒に体操服のすそを巻きつけて、いつまでも終わらない逆あがりをつづけている。

 わたしは湯船で遊んでいるこぶ(・・)のひとりの首をつまみあげ、くすぐりながら、ここはあんたらの場所やないやろと注意する。けれどこぶたちは《おんなはおらん》と楽しそうに笑い声をあげて身をよじり、それを歌うようにくりかえすだけで気にもしない。するといつのまにかあちこちに散らばっていたこぶたちがわたしのまわりに集まって円になり、そのなかのひとりが天井にむかって指をさす。いっせいに見あげるそこには林間学校の夜空が広がっていて、こんなんみるんはじめてや、無数にひしめく星々の瞬(またた)きにむかってわたしたちは目をみひらいて叫び声をあげている。ひとりが手にもったスコップで土をすくう。学校に住んでいたみんなのクロが死んだのだ。穴を掘って底に寝かせたクロは毛も体もかちかちになって、土がかけられるたびに遠くへ、どこかへ、運ばれてゆく。わたしたちは泣きつづける。とまらないしゃっくりがいつまでも涙をくみあげる。太陽が反射する踊り場で誰かが冗談を言う。ものまねをする、思いだす、わたしたちは体のぜんぶを使って笑いつづける。とれかけた名札、消えかかる黒板の文字。《だいじなことに》、こぶのひとりがわたしに言う。《おとこもおんなもほかもおらん》。こぶたちの顔はよく見るとみんなどこかで見たことのあるような懐かしいものばかりなのだけれど、でもここからでは光の加減でちゃんとは見えない。もっと目を、つよく凝らそうとしたときに、ふと名前を呼ばれた気がして顔をあげると巻子が不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。刈りあげと金髪は、いつのまにかいなくなっていた。さっきまでまばらになっていた客の数は増え、湯船や洗い場をめいめいに動くいくつもの裸が見えた。》

 

<「父の不在」>

 ゴンドラに乗った二人が、空へとしだいに近づく。一度目は緑子と夏子とで、二度目は夢の中で夏子と父とで、三度目は夏子と逢沢潤とで、「父の不在」を軸にして永遠の輪廻のように。

 一方、ゴンドラからの情景描写は、川上の次の言葉を反映しているだろう。

《セリフでも、議論でも、エピソードでもなくて、情景描写がやっぱり私の仕事なんだなと思いました。」》

《「『夏物語』は、窓から扉に向かう話ですよね。ゴンドラは、窓と扉が同時にある世界で唯一の場所なんです。」》(『文学界』2019年8月号、鴻巣友季子川上未映子 真夏の出来事 インタビュー」)

《「こっち」じゃなくて、もっと「あっち」に従事せよ、みたいな、そういった感覚が自然に出てきた。

 だから『夏物語』では、私の仕事のひとつは情景描写だと思ったの。観覧車から見えたところの風景とか。それは会話でも対話でも、思いでもなくて、時間の流れとか、色とか、一回性を感じるんだけど言葉にできないときのイメージが張りつく感じ。》(『文藝別冊 川上未映子 ことばのたましいを追い求めて』、穂村弘「ロングインタビュー べつの仕方で」穂村弘

 

 一度目は緑子と夏子とで。

《「けっこう遊んだなあ」とわたしは言った。緑子はわたしのほうを見て、同意するように肯いた。鼻の頭と頬の高い部分が日に焼けてうっすらと赤みを帯びて、そこに夕暮れの青っぽさがふりかかっていた。それを見ていると、ずっと昔――わたしが子どもだったとき、こうしておなじように観覧車に乗って街を見下ろしたことがあるような気がした。青い夕暮れが広がってゆく空を、ゆっくりと昇っていったことがあるような気がした。巻子はそばにおったんやっけ。あれは母が連れてきてくれたんやったっけ。コミばあは? 乗りものに乗ったわたしに手をふる母の顔や、コミばあの皺の寄った手を思いだそうとしても、それがいったい記憶のどこにあるのか――探せば探すほどだんだんあいまいになってゆくような気がした。上空で小さな鳥が弧を描き、それからどこかへ消えていった。はるか遠くにそびえるビルが白く煙ってみえた。子どものわたしは誰と、だんだん青くなっていく空や街をこんなふうに眺めたんやっけ。思いだそうとするうちに、わたしは自分の記憶にだんだん自信がもてなくなっていった。そんなことはなかったのかもしれないな、とわたしは思った。ただ匂いや色や気持ちなんかの似た部分が重なってこんなふうに感じているだけで、遠い昔に誰かと空や街が青くなっていくのをこんなふうにみたことなんて、本当にはなかったのかもしれない。(中略)

「わたしがあれ何歳やったかな、幼稚園くらいかな、コミばあんとこに行くまえ。海の近くに住んでたとき。幼稚園でな、遠足あってん。葡萄狩り。緑子、葡萄狩りとかしたことある?」

 緑子は首をふった。

「葡萄狩り」わたしは笑った。「覚えてるかぎり、幼稚園で楽しみにしてたことなんかいっこもないのに、なんでかわたし、その葡萄狩りだけすっごい楽しみにしててな、もう何日もまえから楽しみにしてて、そわそわしてて、自分でしおりみたいなん勝手に作ったりしてん。あれなんやったんやろなって思うくらい、ほんまに指おり数えるって感じで、楽しみにしてた葡萄狩りがあってん。

 でもな、行かれへんかってん。その遠足に行くにはべつにお金が必要で、それがなかったんやな。いま思ったら数百円とかそんなんやと思うけどな。んで朝起きたらおかんが『今日は休みやで』って言うねんな。なんでって訊きたかったけどそんなん訊かれへんやんか。お金ないのに決まってるから。それに朝は基本的におとんが寝てるから、わたしも巻ちゃんもめっさ静かにしてなあかんかってん。ラーメンも、音とかたてんと食べなあかんかってんで。

 うんわかった、家おるわな、って言うてもうたらもう、あとからあとから涙が出てきて。自分でもびっくりするくらいに悲しくて、涙が止まらへんねん。泣き声だしたらあかんから部屋のはしっこでタオル噛んでずうっと泣いてな。(中略)

 んで昼まえになって、おかんが仕事に行って、おとんも珍しくどっかに出ていって、タオル噛んだままずっとすみっこでまるまって泣いててんな。巻ちゃんはあのとき何歳やったかなあ、あんときは困らせたな。巻ちゃんなんとかわたしに元気ださせよ思ってくれてんねんけど、わたしずっと泣きっぱなしでな。

 ほんなら巻ちゃんが、『夏子ちょっと目つむっとき』って言うねんな。『ええって言うまで、あけたらあかんで』言うて。んでわたし三角座りして膝んとこに目つけたまま、泣いててん。ほんで何分くらいたったんかな、巻ちゃんが横に来てな、『そのまま、目つむったまま、こっち来てみ』ってゆうて、わたしの手にぎって、立たせて、んで三歩くらい動いてから『ええよ』って言うて。

 それで目をあけたらな、タンスのひきだしとか、棚の取手のとことか、電気のかさんとことか、洗濯もんのロープとかな、いろんなとこに——靴下とかタオルとか、ティッシュとかおかんのパンツとか、もうそのへんにあるもんなんでもかんでも、ありったけのもんを挟んだりひっかけたりして、いまからふたりで葡萄狩りやでって言うねん。夏子、これぜんぶ葡萄やから、ふたりで葡萄狩りしようって。んでわたしを抱っこして、高くあげて、ほれとりやとりや、ゆうて。ひとつ、ふたつ、ゆうて。

 わたし巻ちゃんに抱っこしてもらって、手のばして靴下とって、パンツとって、ぜんぶとって、穴だらけのざるもってきてそれを籠にして、そこに入れていってん。まだあるで、こっちも、そっちも、ゆうて、わたしを一生懸命抱っこして、巻ちゃんわたしに葡萄狩りさせてくれてん。うれしいやら悲しいやらで、そやけどいっこいっことっていってな――食べられる葡萄じゃなかったし、粒つぶでもなかったけど、これがわたしの葡萄狩りの思い出」

 緑子は黙ったまま、窓の外をみていた。知らないあいだにわたしたちを乗せたゴンドラはいちばん高いところを過ぎ、少しずつ高くなってゆくビル群にも、どんどん近づいてくる地上にも、無数の光が瞬いていた。

「なんでこんな話、緑子にしたんやろな」わたしは笑いながら首をふった。少しして、緑子はペンをにぎった。

〈ぶどう色やから〉

 緑子は一面が薄むらさきに染まった窓の外を示してわたしの目を見、それからまたすぐに窓のほうに顔をむけた。懐かしいほうへ、まだ見ぬほうへ広がってゆく空には、指のはらであとをつけていったような雲のきれはしが散らばっていた。その隙間からはかすかな光がこぼれ、むらさきの、うす紅の、濃い青の濃淡を、やさしくふちどっていた。目をこらせば遥か上空で吹いている風がみえ、手を伸ばせば、世界を包んでいる膜にそっとふれることができそうだった。二度と再現することのできないメロディのように、空は色を映していた。

「ほんまやな、葡萄の粒んなかおるみたい」とわたしは笑った。》

 

 二度目は夢の中で夏子と父とで。

《夢のなかで、わたしは電車にゆられていた。

 どこを走っているのかはわからない。人はそんなに多くなく、太股の裏が座席の布地の毛羽(けば)だちでちくちくする。わたしはキュロットパンツを穿いていて、手には何ももっていない。真っ黒に焼けた腕をじっとみる。腕を曲げると肘の内側にできる皺は、もっともっと黒くみえる。水色のタンクトップは少し大きい。かがんだり、腕をあげたりすると最近出てきた胸が脇からみえるかもしれないと思って、でもそんなことを気にする自分が変なんじゃないかとそんなことを考えている。

 駅に着くたびに人々が乗り降りをくりかえし、電車には少しずつ人が増えてくる。わたしの目のまえに、ひとりの女の人が座る。目の下の皮膚がたるみ、頬にうっすらと影ができている。もうそんなに若くはない女性だ。わたしとおなじような真っ黒で硬そうな髪を耳にかけて、ときどき首をひねって後ろの窓の景色をみている。それは、巻子と緑子を迎えにいく途中のわたしだ。三十歳のわたしは隣の人に自分の体がふれないように肩をすぼめ、くたびれたトートバッグのうえに両手を乗せてじっといる。窮屈に折り曲げられた膝は大きくて、その丸さはよく知ってるもののような気がしてしまう。そうだ、それはコミばあからやってきたものだ。目のまえに座ったわたしは、いつかの写真のなかで笑っている、コミばあと本当によく似ているのだった。

 電車の扉がひらいて父が入ってくる。灰色の作業着を着た父はわたしの隣に座ってもうすぐ着くと小さな声で言う。今日はふたりで出かける日なのだ。巻子と母は家にいて、今日はわたしと父のふたりだけで出かける日なのだ。どこにいくのかきこうとしてきけず、わたしは黙ったまま、父の隣に座っている。人がたくさん入ってくる。膝と膝のあいだにも、男の人たちの脚が入りこんでくる。車両のなかで人々はどんどん増えつづけ、ひとりひとりの体が少しずつ膨らみはじめているようだ。駅に着く。父はわたしを抱きあげて、肩に乗せる。わたしより数センチ高いだけの身長しかない父が、わたしを肩に乗せて立ちあがる。わたしは初めて父にさわる。ひしめきあう大きな人たちのあいだを、父は少しずつまえに進んでゆく。わたしの手首をしっかりにぎり、低く小さな肩にわたしを乗せて、わたしたちには決して気づくことのない人々のあいだを、一歩一歩進んでいく。押し返されて、立ち止まり、足を踏まれ、それからまた、まえに進んでゆく。扉が閉まる。誰かが笑って手をふっている。父はわたしを肩に乗せたまま、やってきたゴンドラにそっと飛び乗る。だんだん青くなってゆく空にむかって、ゴンドラは音もなく上昇しつづける。遠ざかってゆく地上の人々や、木々や、ぽつぽつと灯り始めた光が薄暮にきらめいている。わたしは父の肩に乗って、そのひとつひとつを、瞬きもせずに見つめている。》

 

 三度目は夏子と逢沢潤とで。

《ゴンドラはゆっくりと上昇しつづけた。高度があがるにつれて海は色と大きさを変えてゆき、水平線がかすかな一本のラインのように光っていた。霞んだ空のどこか高いところを、黒い鳥がまっすぐに飛んでいくのがみえた。遠くに見える工場の煙突から白い煙が立ちのぼっていた。

「いろんなものが見えますね」逢沢さんが言った。「昔、何度も父と観覧車に乗ったことがあります」

「お父さんと?」(中略)

「夏目さんに会って、気づいたことがあります」逢沢さんは言った。「僕はこれまで自分の本当の父親を探していたけれど、会わなければいけないと、自分自身の半分がどこからきたものなのか、それを知らなければならないと思っていたけれど」

「うん」

「自分がこんなふうなのは、それが叶わないからだと思っていたんだけれど」

「うん」

「もちろん、それは嘘ではないんだけれど、ずっと悔やんでいたのは、父に――僕を育ててくれた父に、僕の父はあなたなんだと、そう言えなかったことが」

 わたしは逢沢さんの顔を見た。

「父が生きているあいだに本当のことを知って、そのうえで、それでも僕は父に、僕の父はあなたなんだと――僕は父に、そう言いたかったんです」

 逢沢さんはそう言うと、わたしに背をむけるように窓の外に顔をやった。さっきまで薄くかかっていた雲は風に流され、ばら色のやわらかな明るみが、まるで濡れた布のうえににじむインクのようにひろがっていった。その光はわたしたちの乗るゴンドラにも届いて、逢沢さんの髪の輪郭を、かすかに震えながらふちどっていた。わたしは逢沢さんの隣に移動して、肩にそっと手をあてた。その背中は大きく、肩はとても広かったけれど、初めて逢沢さんにふれたその手のひらの奥にはまだ子どもの逢沢さんがいて、小さな子どもの逢沢さんがいて――わたしはその肩にふれているような、そんな気持ちになった。》

 

 トルストイアンナ・カレーニナ』の轢死した線路番あるいは列車の暖炉たきの、外套にくるまった不吉な老人の暗いイメージに似た父の幻影が、三軒茶屋の路地の喫煙スペースに現れる。

《しゃがんでいたのは男だった。小学生かと思うくらいの小さな体で、もう何ヶ月も何年も洗っていないだろう灰色の髪は脂と埃(ほこり)でぎとぎとに固まっていた。そしてこれいじょう汚れようのないくらいに汚れた作業着に、おなじくらいに汚れた子どもが学校で履くような上履きを履いて背中を丸め、男は地面にむかって何かをぎゅぎゅうと押しつけているのだった。わたしはさらに近づいて男が何をしているのかを見た。男が押しつけているのは煙草の吸い殻だった。(中略)

 どれくらいの時間、男を見ていたのかわからない。二分とかそんなだったかもしれない。ふと男が顔をあげてゆっくりとふりかえり、わたしのほうを見た。そして目があった。顔は服や髪とおなじくらいに汚れ、頬は痩せて削られたような陰をつくり、まぶたは洞窟みたいに落ち窪んでいた。口がうっすらとひらいて、ふぞろいな前歯が見えた。夏子、と呼ばれた気がした。夏子、思わず後ずさった。男はふたつの小さな黒い目でわたしをじっと見つめていた。わたしも男から目をそらすことができなかった。夏子、と男はふたたび小さな声でわたしを呼んだ。思いだそうにも記憶のどこにも残っていなかったはずのその声は、一瞬でわたしを過去に引きもどした。潮の匂い。防波堤の石。暗い呼吸のように盛りあがって、砕けつづける硬い波。ビルの狭い階段。錆びついた郵便受け。枕のまわりに積みあげられた週刊誌、洗濯物の山。酔っ払いたちの怒鳴り声。おかんは、と男はさらに小さくかすれた声で言った。わたしはもう一歩後ろに下がった。おかんは、男はまた小さな声でわたしに尋ねた。死んだよもう、とわたしは絞りだすようにして言った。男はわたしが言っていることがうまく理解できないようだった。(中略)わたしはただ黙って男を見ていることしかできなかった。なのに、どういうわけかわたしの手には男の服をつかんで後ろに引き倒した感触がしっかり残っていた。泣きながら何度も肩を殴り、胸を突き飛ばした感覚がたしかに残っていた。いつのまにか固く握りしめていた拳をゆるめることもできなかった。そんなことをしたかったわけじゃない、この目のまえの男にわたしは何もしていない—―わたしは自分にそう言い聞かせて何度も首をふった。するとまた男の口が薄くひらきかけた。注意深く目をこらすと、何で助けらなんだ、という声が聴こえた。それはさっきに増して弱々しく、わたしの立っているところまでは届きそうもないような萎びた小さな声なのに、まるですぐ耳元で呟かれているみたいにわたしの頭のなかで生々しく響くのだった。おかん、なんで助けたらなんだ。男はくりかえした。なんで助けへんかったんか、なんで助けへんのか。男の言葉はわたしのなかで変容し、枝わかれし、男の目のまわりが黒くにじみはじめるのがわかった。その液体は何本もの黒い筋になって頬を垂れ、それはやがて致命的なしみ(・・)のように顔全体に広がっていった。そのとき――急に左側から強い光に照らされて、何かを強くひっかくような甲高い金属音がした。はっとして顔をあげると自転車がぶつかるすれすれのところに止まっており、乗っていた女性は目を丸くして、危ないですよ、と半ば怒鳴るように言い残して去っていった。すぐに視線を戻すと、その小さな男はこちらに背を向けたまま、さっきとおなじ作業をくりまえしているのだった。すぐそばではいくつもの白い煙が浮かびあがり、何人かがさっきとおなじように喫煙しているのがみえた。》

 

入れ子

 川上の精神世界、強迫観念のようなものとして「入れ子」がある。

福岡伸一 もう一つ鮮烈だったのは、歯科医の診察台があたかも巨大な舌で、治療室全体が口の中のように見えてくるイメージです。診察台の上に乗る患者の口の中と入れ子状になっているわけですね。川上さんは実際に歯科助手として働いたことがあるそうですが、その時に思いついたんですか?

川上 ええ。あれ、ほんとうに舌みたいなんですよね。それと私、昔からマトリョーシカ人形みたいな入れ子状のものを見るとなぜか気になるんです。澁澤龍彦の『胡桃の中の世界』に、少女が手に持っているココアの箱に、同じようにココアの箱を持った少女が描かれて……という話が出てきますが、世界を見る時にそういう入れ子状のイメージで見てしまうところがあるんです。ほら、人間だって男と女がいて、それぞれの体の中に精子卵子があるのも入れ子状と言えなくありませんし。》(『六つの星星 川上未映子対話集』、福岡伸一「生物と文学のあいだ」)

 

卵子」という「入れ子」。緑子のノートから。

《◯ 卵子についてこれから書きます。今日しったこと。卵子精子とくっついて受精卵というのになって、くっつかないままのは、無精卵というのらしい。ここまでは知ってた。受精は、子宮のなかでそうなるんではなくて、卵管という管みたいな部分でふたつがくっついて、受精卵になったものが子宮にやってきて、着床というのをするらしい。

 しかしここがわからない。どの本を読んでも絵をみても、卵巣から卵子がとびだすときの手みたいなかたちをしてる卵管に、どうやって入るのかがわからない。卵巣から卵子がぽんと出る、と書いているけれど、どうやって。あいだにある空間はどうなってるの。なんでよそにこぼれたりせんのかなぞ。

 それから、どう考えてよいのかわからないこと。まず、受精をして、その受精卵が女になるんですよって決まったときには、まだ生まれてもない女の赤ちゃんの卵巣のなかには(そのときに卵巣がもうあるなんてこわい)、卵子のもと、みたいなのが七百万個もあって、このときがいちばん多いのらしい。

 それからその卵子のもとはどんどん減ってって、生まれた時点で百万個とかになってて、新しく増えたりはもうぜったいにせんのらしい。それからもずっとずっと減ってって、わたしらぐらいの年になって生理がきたときには三十万個くらいになって、ほいでそのなかのほんのちょびっとだけがちゃんと成長して、その、増えるにつながる、あの受精というものができる、妊娠できる卵になるのらしい。これはすごくこわいこと、おそろしいことで、生まれるまえからわたしのなかにも、人を生むもとがあるということ。大量にあったということ。生まれるまえから生むをもってる。ほんで、これは本のなかに書いてあるだけのことではなくて、このわたしの、このお腹のなかにじっさいほんまに、いま、起こってることであること。生まれるまえの生まれるもんが、生まれるまえのなかにあって、かきむしりたい、むさくさにぶち破りたい気持ちになる。なんやねんなこれは。   緑子》

 

 第二部の受精「卵子」へのリエゾンとしての、第一部のクライマックス「卵」騒動。ここには「言語」(「言葉」、「真実(ほんま)」、「コミュニケーション不能」)問題が露呈している。そして、「緑子-巻子」関係は、「川上未映子-母」関係が、記憶として投影されている。『夏物語』の「物語」とは、時間の下で贈与されたものに他ならない。

《ああ、いま現在、巻子も緑子も、言葉が足りん。わたしは思った。そして、こんな近くでふたりのやりとりを見ているわたしにだってもちろん言葉は足りず、言葉が足りん、足りん、足りんと頭のなかでくりかえすだけで、言えることが何もない。何にも言えることがない。台所が暗い。うっすらと生ゴミの臭いがする。そんなどうでもいいことをつなげながら、わたしは緑子の顔をじっと見ていた。奥歯を噛みしめているのか頬にうっすらと筋肉のすじが浮かび、張りつめた表情で、どこでもない一点を凝視している。巻子は目に手をあてたままうつむいて、辛そうな声を漏らしている。そんなふたりを見ているうちに――何を思ったのか、知らないうちに壁のスイッチに手がのび、わたしはほとんど無意識のうちに、台所の電気をつけていた。

 ぱちんという音がして、何回かの瞬きのあとに蛍光灯が完全についてしまうと、台所で身を寄せあうようにして立っているわたしたちの姿がはっきりみえた。

 見慣れたどころか、ほとんど体の第一部になっているはずの台所はどこか白々しく、いっそう古びてみえた。白くて平板な蛍光灯の光が隅々までを浮かびあがらせるなかで、巻子は真っ赤になった目を細めた。緑子は自分の太股ににぎりこぶしをぎゅっと押しつけたまま、巻子の首のあたりをじっと見つめていた。そして、はっと音がするほど大きく息を吸ったかと思うとつぎの瞬間――巻子にむかって、声を発した。お母さん、と緑子は言った。文字通りの、お母さん、という音と意味の塊を緑子は口から出した。わたしはその声にふりかえった。

 お母さん、と緑子はふたたび大きくはっきりした声で、すぐそばにいる巻子を呼んだ。巻子も驚いた顔で緑子をみた。ぎゅっとにぎられた緑子の両手はかすかに震え、外部から少しの力でも加わろうものならぱちんと弾けて、そのまま崩れてしまいそうなほどに張りつめているのが伝わってきた。

「お母さんは、」緑子は絞りだすように言った。

「ほんまのことをゆうてや」

 緑子はそれだけを言うのがやっとの様子で、小さく肩を上下させている。薄く開いた唇が、かすかに震えている。何かを押しとどめようとして唾を飲みくだす音が聞こえる。体のなかでぱんぱんに膨らんでいる緊張を、どうやって逃せばいいのかがわからないのだ。そして緑子はもう一度、ほんまのことゆうて、とほとんど消え入りそうな声で言った。その声が巻子に届くが早いか、はっ、と大きく息を吐く音がし、そのあと巻子は大声で笑いだした。

「ちょ、ははは、あんたいややわ何ゆうてんの、何よいったいほんまのことて」

 巻子は緑子にむかって笑ってみせ、大げさに首をふってみせた。

「聞いた夏子? びっくりするわあ、ほんまのことって。いや意味わからん、ちょ、あんた翻訳したってえな」

 喉の奥から無理やり声をひっぱりあげるようにして、巻子は笑いつづけた。自分の不安と人の訴えをこんなふうにごまかす巻子はあかん、ここは笑いこける場面ではない。正解ではない――わたしはそう思ったけれど、口には出さなかった。緑子は巻子の笑い声のなかで、うつむいたまま黙っている。上下する肩の幅が大きくなってきたので、このまま泣くのだろうとわたしは思った。しかし緑子は急に顔をあげると、捨てるために流し台に置いてあった卵のパックを――それこそ目にも止まらぬ素早さでこじあけた。そして卵を右手ににぎると、それを大きくふりあげた。

 あ、ぶつける、と思った瞬間、緑子の目からぶわりと涙が飛びだして――それはまるで漫画のこまに描かれる涙のように本当にぶわりと噴きだして、卵をもった右手を自分の頭に叩きつけた。

 ぐしゃわ、という聞き慣れない音とともに、黄身が飛び散り、すでに叩きつけた手のひらを緑子はさらに何度もこするように叩きつけ、卵は髪のなかで泡だった。割れた殻がところどころに突き刺さり、耳の穴に入りこんだ黄身が垂れ、なすりつけるように手のひらで額を押しまわし、緑子はぼたぼたと涙を流しながら卵をもう一個、手にとった。なんで、と吐くように言い、手術なんか、とつづけながらさっきとおなじように叩きつけ、白身と黄身が混じりあうようにして緑子の額を垂れていった。ぬぐいもせず、構いもせず、緑子はさらに卵を手にとり、わたしを産んで、そうなったんやったらしゃあないでしょう、痛い思いまでしてお母さんはなんで、と巻子にむかって小さく叫ぶと、さらに激しく卵を叩きつけた。

 あたしはお母さんが、心配やけど、わからへん、し、ゆわれへん、し、お母さんはだいじ、でもお母さんみたいになりたくない、そうじゃない、と緑子は息を飲み、はやくお金とか、わたしだってあげたい、お母さんに、あげたい、ちゃんとできるように、そやかって、わたしはこわい、いろんなことがわからへん、目がいたい、目えがくるしい、なんで大きならなあかんのや、くるしい、くるしい、こんなんは、生まれてこなんだら、よかったんとちがうんか、みんながみんな生まれてこなんだら、何もないねんから、何もないねんから――泣き叫びながら今度は両手で卵をつかんで、それを同時に叩きつけた。殻がそこらじゅうに散らばって、ティーシャツの襟首にはどろりとした白身がひっかかり、真っ黄色の塊が肩や胸にくっついた。緑子は立ったまま、わたしがこれまでに聞いたことのある人の泣き声のなかで最大の声を出して泣いていた。

 巻子は一歩も動かずに、すぐ隣で背中を丸めて、嗚咽まじりに泣いている緑子を見ていた。そして我に返ったようにいきなり、緑子っ、と声を出すと、卵にまみれた緑子の肩をつかんだ。しかし緑子がいやいやと激しく肩をゆするので手が離れ、両手を宙にあげたまま、動けなくなった。白や黄色に固まりながら濡れながら泣いている緑子にふれることも近寄ることもできない巻子は、肩で小さく息をしながらまっすぐに緑子を見つめていた。そしてパックから卵をひとつ手にとると、それを自分の頭にぶっつけた。しかし角度の問題か、卵は割れずに床にころりと転がり、巻子はあわててそれを追った。そして四つん這いになってしゃがみこみ、静止したままの卵をめがけて額をぶつけて殻を割り、そのままぐりぐりと押しつけた。黄身と殻のくっついた顔で巻子は立ちあがって緑子のそばへゆき、さらに卵を手にとって、それを額にぶっつけた。緑子は涙を流しながら目をみひらいて、それを見た。そして緑子ももう一個を手にとると、こめかみに大きく叩きつけた。卵の中身がずるんと落ち、殻も落ち、巻子は今度は両手で卵をにぎり、ワンツー、のリズムで左右にぶつけ、卵まみれの顔でわたしをふりかえり、もう卵はないの、と訊いた。いや、冷蔵庫にあるけども、と答えると、巻子はドアをあけて卵を取りだし、つぎつぎに頭で割っていった。ふたりの頭は次第に白くなり、どちらかの足の裏で殻の砕けるぱしぱしという乾いた音がした。床には黄身と透明に膨らんだ白身とが水たまりのようになっていた。

「緑子、ほんまのことってなに」

 すべての卵が割られ、ひとしきりの沈黙のあとで、かすれた声で巻子は言った。

「緑子、ほんまのことってなに、緑子が知りたい、ほんまのことって、なに」

 体をぎゅっと縮めたまま泣く緑子に、巻子は静かに訊いた。緑子はしかし首をふるだけで、言葉にならない。卵はどろりと垂れながら、ふたりの髪や肌や服のうえで固まりはじめていた。緑子は泣き止むことができないまま、ほんまのこと、と小さな声を絞りだすのが精一杯のようだった。巻子は首をふり、体を震わせて泣きつづける緑子に小さな声で話しかけた。

「緑子、緑子、なあ、ほんまのことって、ほんまのことって、あると思うでしょ、みんなほんまのことってあると思うでしょ、ぜったいにものごとには、なんかほんまのことがあるって、みんなそう思うでしょ、でもな緑子、ほんまのことなんてな、ないこともあるんやで、なんもないこともあるんやで」

 それから巻子はつづけて何かを言ったのだけれど、その声はわたしには届かなかった。緑子は顔をあげて、そうじゃない、そうじゃない、と首をふり、いろんなことが、いろんなことが、いろんなことが、と三回つづけて言うと、台所の床に崩れるように突っ伏した。緑子は声をあげて泣きつづけた。巻子は手で指で緑子の頭についた卵をぬぐって、ぐしゃぐしゃになった髪の毛を何度も耳にかけてやった。ずいぶん長いあいだ、巻子は黙ったまま緑子の背中をさすりつづけた。》

 ところで、「それから巻子はつづけて何かを言ったのだけれど、その声はわたしには届かなかった。」の「何か」とはいったい何だったのだろう。

 

<「隠されたこと」と「加えられたこと」>

隠されたこと」にこそ真実がある、と言えるのだろうか。

 いったい巻子は「豊胸手術」をしたのか?

『乳と卵』のライト・モティーフだった巻子の豊胸手術は、『夏物語』第二部ではまったく語られない(書評の誰も話題にしない)。結局、巻子が豊胸手術をしたのか否かを読者は知る由がない。そもそも第二部では「乳」という語が慎重に避けられ、「卵」の生殖、出産にテーマは集中してしまう。

 フィナーレの夏子の出産の場面でさえ、母体の「乳」の変化は語られず、「乳」ではなく「胸」だ。

《しばらくして、赤ん坊が胸のうえにやってきた。信じられないほど小さな体をした赤ん坊が、胸のうえにやってきた。》

 

『乳と卵』にあって、『夏物語』で隠されたことに、「緑子の父の話」がある。

『乳と卵』では、夏子と巻子で銭湯に行って、ミルク風呂に浸かり、さんざん乳房と乳首の話をしたあと、

《それからしばらくふたりは黙って湯に浸かり、サウナに移り、そこで巻子は珍しく別れた緑子の父親の話をした。

「あの人がゆうたことで今でも覚えてて、今でも訳のわからんことがあるねんな。あたしまるまま覚えてるねんけどな、あたし記憶してもうてるねんけどな、あたしと一緒になる前からあの女おって、ずっとおって、おりっぱなしで、最初からあっち戻るてわかってて、ほんならなんであたしと子どもを作ったかってことあたし訊いたわけ、わかってるやんそんなこと、本人やねんからさ、東京に戻るてわかってるやん、自分の情況とか相手のこととか気持ちとかさ。ほんならあの人な、なんてゆうたと思う、これあんたにゆうたっけ、前にゆうたっけ、あの人な、云うで、『子どもが出来るのは突き詰めて考えれば誰のせいでもない、誰の仕業でもないことである、子どもは、いや、この場合は、緑子は、というべきだろう、本質的にいえば緑子の誕生が、発生が、誰かの意図および作為であるわけがないのだし、孕(はら)むということは人為ではないよ』ってな、嘘くさい標準語でな、このままをゆうてん。あんたこれの意味わかる? あたし訳わからんくて今もわからんくてさあ、何をゆうてんのかがわからんのよ、んでそっからあんたも知ってのとおりになって、んであんときに、あたし生れて初めて鼻血が出てんなあ。(以下略)」》

『夏物語』第一部ではこの部分がごっそり削除されている。『夏物語』第二部の「生殖」、「父」の問題に直結する逸話なのに、あえて隠されたのは、かえって直結しすぎるからなのか。

 

 また『乳と卵』では、泥酔して帰宅した巻子が、「緑子の父」すなわち「巻子の元夫」に会ってきたと酔いにまかせて呟くが、『夏物語』では夏子がそう推測するに過ぎず、曖昧にされている。

 さらに、『夏物語』の「笑橋(しょうばし)」は、『乳と卵』でははっきり「京橋」と書かれていた。同じように、『乳と卵』で緑子が「ロボコン」について書き、『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』でシルバニアファミリーの「暖炉」をめぐる逸話に登場する「イズミヤ」は、『夏物語』で「ミズノヤ」に変換されてしまった。

 不明なところは多々ある。

 

 逆に「加えられたこと」には意味があるのだろう。

「コミばあ」について書き加えられた感傷と無償の愛情の時間と空間は、「わたし」のこれまでの人生、社会の厚みと広がりを増した。

『乳と卵』には出てこなかった「ビーズクッション」が、『乳と卵』のリメイクである『夏物語』の第一部にも、新たな第二部にも頻出する。これほど言及されるのはリアリズムを補強するためだけとは思い難い。ほとんどは本来の安楽のためにすぎず、ときどきは追想や夢へのスイッチとなってはいるが、その可塑的小道具が担った意味は不明である。

「ビーズクッション」の出番をいくつかあげれば、第一部の三ノ輪では、

《生き返ったわあ、と言いながら巻子は大きく後ろにのけぞり、わたしは部屋の隅にあったビーズクッションを渡してやった。》

《緑子のほうをみると、部屋のはしっこにあったビーズクッションにもたれて、さっきとおなじようにペンをもち、膝をささえにしてノートを広げている。》

《緑子はビーズクッションのうえでノートをにぎりしめ、体を丸めたまま眠ってしまったようだった。》

《家に着くと、急に眠気がやってきた。歩いているときは息をするだけで皮膚も肺も熱でいっぱいになって、すぐにでも水を浴びたいと思うのに、冷房をつけて五分もすれば汗はみるみるうちに乾いてしまって、まるでなにごともなかったかのように消えてしまう。ビーズクッションには巻子のつけたへこみがそのまま残っていた。緑子が座っていたすみっこには文庫本が何冊か、そのままになっていた。わたしは本を拾って本棚にしまい、昨晩、巻子がしていたのとおなじように、ビーズクッションを抱えるようにうつぶせた。卵にまみれた巻子と緑子。床を何度も何度も三人で拭いて、山のようになったぐしゃぐしゃのキッチンペーパー。いつまでも手をふっていた緑子。笑った巻子。小さくなっていったふたりの後ろ姿。まぶたが一秒ごとに重くなり、手足が少しずつ熱くなっていった。額のずっと奥のほうで、意識の切れはしがひらひらと漂っているのをあてもなく見つめているうちに、わたしは眠ってしまっていた。》

 第二部の三軒茶屋では、

《カーテンもビーズクッションもちゃぶ台も食器もマットも、三ノ輪で使っていたものはほとんどそのままもってきたし、小さなアパートの二階部分で間取りも似たようなものだから(家賃は二万円も高くなっての、六万五千円)、あまり違いを感じないのかもしれなかった。》

《電話を切って部屋にもどると――誰もいないのだから当たりまえなのだけれども、いくつかの小さな本の山、その隣の資料の入った小さなダンボール、ビーズクッションの位置とへこみ、机のうえの目薬、まっすぐに垂れさがっているカーテン、飛び出たティッシュペーパーの形に至るまで、ここからみえる全部がちょっとの変化もなくおなじままなことに気がついて、ため息が漏れた。》

《部屋に帰ってビーズクッションに寝転ぶと、ひどい頭痛がした。目を閉じると暗闇のなかでかたちのない波が何度もやってきた。》

 

<カントとニーチェ

 川上は『作家の読書道』でカント、ニーチェ体験について語っている。

川上 中学生時代、最初は変わらず主に教科書を読んでいました。谷川俊太郎さんの詩を読んで、こういうものがあるのかと見ていましたね。ただ、本というものは身近にあるんだけれども、すごく遠いものに感じていました。それを誰かが書いているとはなかなか思えなかった。自分の世界のことっていう感じがしなかったんです。自覚的に本を読むようになったのは中学3年生くらいからです。自然と読むようになってきて、それで高校生になって図書室に行った時に、『カント入門』みたいな本があったんです。ぱらぱらと読んでみた時に、理解はできないんだけれども絶対に私が知りたいことがここに書いてあるんだっていう直観がありました。あ、見つけた、と思いました。目の前のコップは本当に存在するのか、なんで人間は1とか2とか3とかいう概念がわかるのか、世界中の全員が死んでも世界はまだあると言えるのか……そういったことがいっぱい書いてあった。それで哲学っていうものがあることを知ったんですよね。そこから一生懸命、誰かが噛み砕いて説明してくれているカントやニーチェをまずたくさん読みました。並行して、ふつうのお話ではない、文学というものがあるらしいということがわかってくるんです。いてもたってもいられないような不安が文学と結びつけてくれた感じです。図書室に行って怒濤のように読み始めました。》(WEB本の雑誌「作家の読書道」)

川上 十年前に永井先生と私の小説『ヘブン』について、「ニーチェニーチェを超えた問い」という対談をしました。ニーチェや、たとえば『ヘヴン』の百瀬が言っていることって、やっぱり人間的な道徳的なレベル、つまり「この世の中をうまくやっていくための話」じゃないですか。ニーチェが問題にした善悪については、私たちが作っている文化の側面だけで話ができるように思うんです。加害者である百瀬は自分の行っている行為、つまり悪について「すべてはたまたま」だと言います。加害すること、つまり「悪」に理由などないんですね。ただ、私はカントの定言命法の何も言ってなさがずっと気になっているんです。私たちは正しいことをせよ、行うことは正しいことになっている、というあれらの物言いに、「悪の無意味さ」以上のものを感じるんですよ。つまり、カントの提唱する正しさや善さみたいなものの、この世で悪だと思われているものを越えた底なしの空虚さ、ゆえの、圧倒的な強さというか……私はこの十年、それについてずっと考えています。それを念頭に、出産というもの、私たちの文化以前に存在の前提になっている出産、命について考えたときに……やはり、こうして現に存在してしまっている私たちには決して見えない、言えない、善悪をめぐる決定的な何かがあるんじゃないかと思ってしまう。》(「特別対談 川上未映子永井均 反出生主義は可能か~シオラン、ベネター、善百合子」)

川上 カントの道徳律のあの「標準っぽさ」「何も言ってなさ」にはそういう怖さがあるんですね。構造がそのまま動機でありえる。》

川上 こういう小説書きたいですよね、ニーチェのパワーでカントの枠組みを。》(『六つの星星 川上未映子対話集』、永井均ニーチェと、ニーチェを超えた問い」)

 川上未映子「春の耳の記憶」から、

《3月は Andras SchiffのBeethovenのピアノソナタ30・31・32番をひたすら聴いていた。そこではすべてが完全で透明でありながら完全にカラフルであるという不思議な状態が起きる。人間存在をがんがんに揺さぶるBeethovenがAndras Schiffの音色を帯びることによって離陸し、形而上でも形而下でもない──まるでカントとニーチェのあいだのような特殊な場所に連れ出してくれる。彼の演奏はそれが善きものであれそうでないものであれ、人類と未知のものの関係を想起させる特別なものだ。》(川上未映子Blog2020.05.13)

 

 川上は「境目」、「境界」について、いつも考えている。それは「カントとニーチェのあいだ(境目)」に違いない。

福岡 川上さんは、境目に対してちょっと病的なこだわりがあるわけですね。そこをサラッと通り過ぎちゃう人と、ダメな人がいて、すごくこだわってしまうというのはものを考えていく上で大事な資質だと思いますよ。》(『六つの星星 川上未映子対話集』、福岡伸一「生物と文学のあいだ」)

 松浦理英子との対話では、

川上 『葬儀の日』を読み返すたびに、震えるような感動を覚える箇所があります。

<川の右岸と左岸は水によって隔てられている。同時に水を共有し水を媒介として繋がっている。あるいは水によって統合されている。(中略)

「二つの岸はお互いを欲しているのか。」

 だって両岸がないと川にならないじゃありませんか。そして、そのことから、ある問題が生じます。二つの岸がついに手を取り合った時、川は潰れてしまってもはや川ではない。岸はもう岸ではない。二つの岸であった物は自分がいったい何者なのかわからなくなってしまう。それで苛々するんです、進むべきか渋滞し続けるべきか。いずれにせよ甲斐のないことではないのか、とも。

「川とは何です?」

 私たちもそれを知りたいのです。>

 小説の中の「泣き屋」と「笑い屋」の関係を説明しているように読める一節ですが、「右岸」と「左岸」にはあらゆるものが代入できるのではないでしょうか。男と女、自己と他者、主観と客観……。(中略)

 世の中にはさまざまな両岸関係があるけれど、そのどちらかに真実を求めるのではなく、また無視を決め込んであきらめるのでもなく、決定を下すのでもなく、間に流れる絶対的な「川」を見極めたい――、「私たちもそれを知りたいのです」とあるかないのかわからないものへ向かう姿勢そのものに打たれました。(中略)私の問題もことばを変えればこの川が何であるのか、ということになるのかも知れません。》(『六つの星星 川上未映子対話集』、松浦理英子「性の呪縛を越えて」)

 多和田葉子(『ゴットハルト鉄道』の著者)との対話で、

川上 私の思考の癖として、身体と頭のふたつに分けたくない気持ち、形而上、形而下と分けるのではなく、その真ん中の混ぜ混ぜになった形而中(・・・)を私たちはどうやっても生きているんじゃないかという思いがあるんですね。(中略)

 そうしたなかで『ゴットハルト鉄道』は、身体がこちら側だとしたら、その外の世界、境界線の向こう側にあるもののなかに、どんどん身体性を発見し、更新していく。その手腕がとても鮮やかだと思いました。

 私は逆に、身体のなかの細部に外界を発見し、更新していく傾向があるので、方向性は違うんですが、『ゴットハルト鉄道』の境界上で何かを見極めようとすることの発露に、ものすごい頼もしさを感じました。》(『六つの星星 川上未映子対話集』、多和田葉子「からだ・ことば・はざま」)

 

 ハイデッガーニーチェ』からいくつか引用するが、これらは川上の形而上学的希求、文学に求める根幹、気分と合致しているだろう。

《「抽象的思惟は――多くの人々には大変な苦労であるが――私にとっては、好日には祝祭であり陶酔である」。》

《《考察の絶頂》に立って《もっとも重たい思想》を思索するとき、ニーチェは存在を、力への意志を、永遠なる回帰として思索しているのである。これは、きわめて広くかつ本質的な意味では、どういうことなのか。永遠――止住する今としてではなく、果てしなく流転する今の連続としてでもなく、それ自身の中へ打ちかえしてくる今としての永遠――、これこそ、隠された時間の本質でなくて何であろうか。存在――力への意志――を永遠回帰として思惟し、哲学のもっとも重たい思想を思惟するとは、存在を時間として思惟するということである。》

ニーチェが自分の生活に対して行なう(・・・・・・・・・・・・・・・・・)回顧や情況観察は(・・・・・・・・)、あくまでも自分の課題へ(・・・・・・・・・・・)むかう将来的展望である(・・・・・・・・・・・)。この課題そのものが彼にとって本来的な現実なのである。自分自身への関心も、身内の人々への関係も、彼が近づこうとする未見の人々への関係も、すべてこの現実の中で脈動している。》

 

 以下の書評の数々は、どれも「カントとニーチェのあいだ(境目)」、「形而上でも形而下でもなく」をめぐって論じられているのではないか。

 亀山郁夫は『夏物語』を「「欠落(欠損)」と「補償(回復)」」という観点から読み解いたが、そこには「意識の病」があるという。

《『夏物語』のテーマを、あえて抽象的に一括りにすれば、身体的な「欠落」の意識とその補償の願望、より直接的には、「乳房」と「子ども」の回復という問題である。「欠損」は、川上がつねに意識しているテーマの一つであり、たとえば『ヘブン』の愛読者なら、仲間たちからいじめぬかれる「斜視」の主人公をたちどころに思い浮かべるだろう。》

《与えられるべきものを与えられていないという、根源的な不満の解消の要求。それは作家川上が根源的に抱えている意識の病(・・・・)である。》(『文藝別冊 川上未映子 ことばのたましいを追い求めて』、亀山郁夫「存在の根源に達するということ――川上未映子の原点と現在」」)

 岸政彦は「「傷(痛み)」と「わたし(存在)」」の問題を見てとっている。

《傷がまずはじめに存在し、そしてそのまわりに、自己や内面というものがつくられる。川上未映子の場合、その中心にあったのが、おそらく『イン歯ー』で書かれた「わたし」という問題なのだろう。(中略)

 しかし川上未映子は、驚くべきことに、いちばん中心にある「わたし」という個人の実存的な問題から身を引き剥がし、人びとの人生の語りに耳を傾け、生きているということそのものについての、より普遍的な作品を書こうとした。抽象的な理論や、技巧的な文体実験や、激しい生々しさの表現によって突如この世界に現れた川上未映子は、しかしさらにその枠を超えて、おそらくは三作目の『ヘブン』あたりから意図的に、より深い「人生」というものに向かったのである。

 その中心に、「わたしであること」という、解決困難な、根源的な存在の問題を保ったままで、そして、持って生まれた強烈な嫌悪感や憧れや好きという気持ちを手放すこともなく、人生、対話、他者、理解という、普遍的な物語を書こうとした。川上未映子は、自分のなかに存在した「わたし」という問題、大阪での経験、女であること、そういうものたちをなにひとつ捨てないまま、その化け物のような感受性と才能を制御し、飼い慣らすことに成功したのである。》(『文藝別冊 川上未映子 ことばのたましいを追い求めて』、岸政彦「川上未映子にゆうたりたい」)

『夏物語』の前年に書かれた『ウィステリアと三人の女たち』への松浦寿輝の書評は、ほとんど『夏物語』について語っているようだ。「「空虚」―「贈与」―「終末(死)」」の三角形から『夏物語』の「再生(出産・生殖)」を演繹することは容易に違いない。そして、なぜ「男たち」ではなく「女たち」なのかの問題もまたここにあった。

《まず、自己は空虚であり何によっても充填されずただひたすら終末を待つほかはないという生の常態がある。ただし、その無力感を束の間癒やしてくれるかのごときファンタスムが偶発的に出来することはあり、それこそ贈与という出来事にほかならない。自己の欠落部分が贈与されるのだ。自己はその自己を他者から贈与されることによってしか自己たりえないという逆説。

 しかもそのとき主体は世界から贈られた自己を拒むことも、世界に向かって投げ返すこともできない。贈与は拒絶不可能であり、主体は徹底した「被投性」の中に在る。のみならずまた、この贈与は実は主体に円満な自己同一性を充填してくれる恩寵ではなく、むしろ空虚をいちだんと深甚化させ、同一性に亀裂を入れさえする呪いのごときものであることがただちに露わとなる。空虚はたんに質を変え次元を変え、より深刻な空虚となって回帰してくるばかりだ。ではやはり、いずれ必ず訪れる終末(死)という救済に望みを託すほかはないのか。だが、贈与を受け取ることで終末もまたその意味に変質をこうむり、それは事実上もうすでに、今ここに、うっすらした絶望としてたなびき、主体の生を稀薄に侵している裏切りのユートピアにほかならないことが明らかになる。

 川上未映子の創り出した四つの物語は、ひとことで言えば、この過程――贈与を通じての空虚と終末の変質の過程を、簡潔ながらリズミカルな筆致で跡づけてゆくハイデッガー的な実存寓話とでも言うべきものだ。読者の意識を意外に快く乗せるその簡潔なリズムは、なまなましい身体性を介していたるところで負の官能の不吉なはなやぎをまとい、そこに川上氏の小説に固有の艶(あで)やかなニヒリズムが開花する。》

《四短編を経めぐって本の終末(・・)まで一応至り着いたが、残された問題のうちもっとも重要なのは、いったいなぜ「女」なのかという問いだろう。百八十ページに満たないこの薄い本のなかにはたくさんの女たちが登場する。というより、男たちの影が異様なまでに薄い。傍役としてちらほら見え隠れするのは、「汚い顔、たるんだ腹の皮膚、下劣な笑い声、俗物。死ね」と吐き棄てられる事務所の社長だの(「彼女と彼女の記憶について」)、「見た感じはなんでもないようなふうをしているけれど、でもちょっとした表情や目の動かしかたや、口調のはしばしに隠しきれない下品さが漂っている背の低い男」と描写される母親の再婚相手だの(「シャンデリア」)、碌でもない手合いばかりだ。(中略)

 川上氏個人の思いはどうか知らないが、少なくとも本書のテクストそれ自体は、「男たち」とはことごとく、死(終末)を隠蔽しそれへの不安を疎外したハイデッガー的意味での「頽落」のうちに自足し自閉していると語っているかのようだ。「ダス・マン」とはやはり「男」だということか。彼らはなべてみずから贈与を行なう能力も、それを世界から受け取る能力も欠いている(受精可能な精子を妻に贈与できない表題作の夫……)。》(『新潮』2018年5月号、書評『ウィステリアと三人の女たち』「艶やかなニヒリズム」)

 

『夏物語』が本格的な展開をみせるのは、新たに書き起こされた第二部からで、川上は、

《「文学の魅力は、あたりまえと思っていることの根幹を揺さぶることができるところ。生まれることもそのひとつ。今回、生殖倫理について書こうと思ったときに、『乳と卵』の12歳の女の子を思い浮かべました。彼女は小さな反出生主義者。生まれたら幸せにもなる権利はあるけど、生まれなければ悲しみも苦しみもない。そうしたら生まれてこない方がいいのでは? という直感を持っているんです。その彼女の直感が、今回のAID(非配偶者間人工授精)をめぐる生殖倫理のモチベーションに繫がったんですよね。だから別の物語ではなく、3人の人生を書くことにしました」

「語り直しを含めてさらに大きな物語にした理由はいくつもありますが、世代がめぐるということも描きたかった。女性の人生は身体の変化を軸にしています。だから38歳の主人公に、突然〝子どもがほしい〞と言わせたくなかった。12歳から20歳になった緑子の変化も物語のなかで同時に走らせたかったし、彼女らがどんなふうに過去を生きてきたかも描きたかった」》と語っている。(「honto+インタビュー」)

 しかし第二部では、3人の人生とはいっても、巻子は豊胸手術をしたのかもしれずに相変わらずの生活であるし、大学生になった緑子は気が抜けるほどに恋人と幸せそうにしているだけだし、夏子の人生(セックスせずに、子どもが欲しい)に集中しているといって過言ではない。

 表現された「反出生主義者」、「AID(非配偶者間人工授精)」というテーマについては、上野千鶴子の書評(「女たちの「処女生殖」の夢 父の不在と母の過剰」)やいくつかの論考(『文藝別冊 川上未映子 ことばのたましいを追い求めて』(亀山郁夫、岸政彦、斎藤環椹木野衣)、および川上と永井均との対談(「反出生主義は可能か~シオラン、ベネター、善百合子」)があり、さまざまな場で川上が答えている。

 それらについて何らかを生半可に、言葉少なに語ることは、ジョイス『若い芸術家の肖像』の神学論争を正面からとりあげるのと同じほどに、理解が及ぶところではないので、本稿では留保したい。

 ハイデッガーが『ニーチェ』で語っているではないか。

《伝達の乏しさは、実は沈黙とおなじことである。これこそ本当の黙秘なのである。なぜなら、まったく沈黙している人は、かえって自分の沈黙を洩らす結果になるが、被い隠す伝達で言葉少なに語る人こそは、実は自分が沈黙しているということをも黙秘することになるからである。》

                            (了)                                    

        *****引用または参考文献*****

川上未映子『夏物語』(文藝春秋

川上未映子『乳と卵』(文藝春秋

川上未映子『わたくし率 イン 歯ー、または世界』(講談社

川上未映子『ヘブン』(講談社

川上未映子『ウィステリアと三人の女たち』(新潮社)

川上未映子『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』(講談社文庫)

川上未映子『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』(青土社

川上未映子『六つの星星 川上未映子対話集』(福岡伸一斎藤環松浦理英子、多和田洋子穂村弘永井均との対話)(文藝春秋

川上未映子『きみは赤ちゃん』(文藝春秋

*『文藝別冊 川上未映子 ことばのたましいを追い求めて』(亀山郁夫「存在の根源に達するということ――川上未映子の原点と現在」、岸政彦「川上未映子にゆうたりたい」、斎藤環入れ子問題、あるいは新しい「ことばの社会」」、椹木野衣「ゴンドラは運ぶ 生殖と繁殖を乗せて」、等の論考、穂村弘のロングインタビュー、他)(河出書房新社

ジェイムズ・ジョイスユリシーズ丸谷才一、永川玲二、高松雄一訳(河出書房、世界文学全集 Ⅱ―13)

ジェイムズ・ジョイス『若い芸術家の肖像』丸谷才一訳(新潮社)

ジェイムズ・ジョイス『ダブリナーズ』柳瀬尚紀訳(新潮社)

ジェイムズ・ジョイスフィネガンズ・ウェイク柳瀬尚紀訳(河出書房新社

丸谷才一編『現代作家論 ジェイムズ・ジョイス』(E.R.クルチウス「ジェイムズ・ジョイスと彼の『ユリシーズ』、他」(早川書房

*『丸谷才一全集 第十一巻』(「Ⅰ ジェイムズ・ジョイス」)(新潮社)

川上未映子村上春樹『みみずくは黄昏に飛びたつ』(新潮文庫

*『群像 2018年6月号』(松永美穂『ウィステリアと三人の女たち』書評「記憶の箱が開くとき」)(講談社

*『新潮 2018年5月号』(松浦寿輝『ウィステリアと三人の女たち』書評「艶やかなニヒリズム」)(新潮社)

*『波 2018年5月号』(蓮實重彦『ウィステリアと三人の女たち』書評「素晴らしきものへの敬意」)(新潮社)

*『文藝 2019年秋季号』(上野千鶴子『夏物語』書評「女たちの「処女生殖」の夢 父の不在と母の過剰」)(河出書房新社

*『文学界 2019年8月号』(「特別対談 川上未映子永井均 反出生主義は可能か~シオラン、ベネター、善百合子」、鴻巣友季子インタビュー、他)(文藝春秋

*『WEB本の雑誌 作家の読書道』(第142回川上未映子)(博報堂

*イベント「川上未映子『夏物語』―ジェンダーと翻訳―」

*「fiat magazine CIAO!」2021.1.8

マルティン・ハイデッガーニーチェ』細谷貞雄監訳(平凡社ライブラリー

 

文学批評 モーリヤック『テレーズ・デスケイルゥ』とデュラス『モデラート・カンタービレ』

 

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 フランソワ・モーリヤック『テレーズ・デスケイルゥ』とマルグリット・デュラスモデラート・カンタービレ』に、プルーストの末裔としての、匂いとイメージの照応をみる。イメージは匂いに誘われたかのように薄暗がりから引き出される。

 

プルースト失われた時を求めて』>

 プルースト失われた時を求めて』の『スワン家の方へ』から、有名な「匂い」の場面をいくつかとりあげるが、匂いは淫蕩なイメージ、背徳的な行為に語り手を導く。エロチックな官能性だけでなく、神聖な宗教的イメージの残酷な冒瀆といった要素もある。

 

《すると火が、まるでパイ生地を焼くように、食欲をそそる匂いをこんがりと焼きあげる。その匂いが部屋の空気を練り粉にし、朝の、陽光をあびた湿った冷気で醗酵させて「膨らませる」と、火はその匂いを幾重にも折りかさね、皺をつけ、膨らませたうえ、こんがりと焼きあげ、目には見えないが感知できる田舎のパイ、巨大な「ショーソン」をつくりあげる。このショーソンでは、戸棚や整理ダンスや枝葉模様の壁紙など外側の、中よりはるかにパリパリした、より繊細で、ずっと評判のいい、それでいて味気ない風味を味わうと、すぐに私は、いつも密かな渇望をいだきつつ、中央に位置する花柄のベッドカバーの、べとべとして、むっとする、消化しにくいフルーティーな匂いにもぐりこむのだ。》

 

《教会を出る段になって祭壇の前にひざまづいた私は、立ち上った拍子に、ふとサンザシからアーモンドのような、ほろ苦く甘い匂いが漏れてくるのを感じた。そのとき花の表面に、はるかに濃いブロンド色をした小さな箇所がいくつもあるのに気づき、その下にこの匂いが隠されているにちがいないと想いこんだ。ちょうど焼けこげた部分の下にフランジパーヌ(筆者註:アーモンドパウダーを加えたケーキ用クリーム)の味が、また茶褐色のそばかすの下にヴァントゥイユ嬢の頬の味が隠されているにちがいないと思うのと同じだ。サンザシは音もなくじっとしているのだが、この間歇的な匂いは、さながらその強烈な生命力のつぶやきであり、それでもって祭壇がうち震えるように感じられるのは、あたかも元気のいい感覚の訪れをうけて震える田園の生け垣を想わせる。そんな感覚が想いうかぶのも、赤茶けた雄蕊をいくつか見ていると、それが春の毒を、きょうは花に変身しているが昆虫の人を刺す力をいまだに宿しているように思えるからであった。》

 プルーストはサンザシの匂いを、控えめに「アーモンドのような、ほろ苦く甘い匂い」と書いているが、実際のサンザシは、精液にも似た強烈な性的臭気を発することから同性愛的な連想もこびりつく。

 

《その小道は、サンザシの匂いでぶんぶん唸っていた。生け垣のつくる形はさながらひとつづきの小礼拝堂で、積み上げられて仮祭壇をつくる散華(さんげ)のような花のむこうに隠れている。花の下には、太陽が、あたかもステンドグラスを通過してきたかのように床に光の格子縞を落としている。サンザシの香りは、まるで私が聖母マリアの祭壇の前にいるかと思えるほど、粘っこく限定された形に拡がり、花はといえば、これまた着飾って、うわの空といったようすで、めいめいが輝くばかりの雄蕊(おしべ)の花束を手にしている。(中略)

 私は、サンザシの前にとどまり、目には見えないがそこを動くことのない匂いを嗅ぎ、その匂いをわが思考に差し出したが、思考にはそれをどうすべきかは判然としなかった。》

 

《それはコンブレーの家のてっぺんの、アイリスの香るトイレに入り、なかば開いたガラス窓の真ん中に天守閣の塔だけが見えていたときのことで、私としては、探検を企てる旅人や、絶望のあまり自殺する人のような悲壮なためらいを胸に、気が遠くなりつつ、わが身のなかで未知の、死にいたるかと思える道をかきわけるようにたどり、とうとうカタツムリの這った跡のような一筋の天然の跡を、そばに垂れ下がってきたカシスの葉につけたのである。》

 自涜である。

 

失われた時を求めて』のドイツへの紹介者、翻訳者でもあったベンヤミンは、卓抜なプルースト論『プルーストのイメージ』の最後で、イメージと匂いを結びつけた。

《もし生理学的文体論というものがあれば、それはプルーストの創作行為の核心へと導いてくれるであろう。そうすれば、追想が嗅覚のなかに保存されるときの(匂いが追想のなかに保存されるときの、では断じてなく)特別な耐久性を知っている者は、匂いに対するプルーストの敏感さを偶然だと見なすわけにはいかなくなるであろう。たしかに、私たちが探究する追想の大部分は、視覚イメージとして私たちのまえに立ち現われる。そして無意志的記憶(メモワール・アンヴォロンテール)の形成する、自由に浮かびあがるイメージも、まだそのかなりの部分は、謎めいたかたちでしか姿を見せない孤立した視覚イメージである。しかしまさにそれゆえに、プルーストの文学の最も内奥にある心の震えに意識して身を委ねるためには、この無意志的想起(アインゲデンケン)の特殊な層、その最深層に自分を移し入れねばならない。そこでは追想のもろもろの要素は、もはや孤立して、イメージとしてではなく、イメージをもたず形ももたず、はっきり規定されてはいないが重みをもって、ある全体について、私たちに知らせてくれるのだ。ちょうど、網の重さが漁師に、どれほど漁獲があったか知らせてくれるように。匂い、それは失われた時(タン・ペルデュ)という海に網を投げる者が得る、重さの感覚である。そして彼の文章は、知性の肉体が行なう筋肉運動の総体であり、この漁獲を引きあげるときのあらゆる労苦、名状しがたい労苦を含んでいる。》

 

<モーリヤック『テレーズ・デスケイルゥ』>

 クリステヴァは『プルースト 感じられる時』でモーリヤックに言及している。

プルーストの後では、フランス文学は、ブルトンアラゴンとともに狂気の愛を讃え、サルトルとともに哲学となり、マルローとともに政治となり、ブランショヌーヴォー・ロマンミニマリズムとともにフローベールの遺産に群がり、セリーヌとともに、情動のプルースト的な探究と競い合いながらも、「フランス=イデッシュ語」的な彼の文体と彼の性欲を拒否する徴候を見せる。(中略)この作品の無道徳を強調するのは、モーリヤックのように地獄の悦楽に好奇心を抱くカトリックモラリストであり、またバタイユのような、神秘的な体験の探求者である。一方はそれを嘆き、他方はそれを賛美することになるわけだが、どちらも驚嘆していることに変わりない。》

 

 辻邦生は、《モーリアックの小説世界の魅力は、息づまるような心理的拷問室のなかで感じる眩暈に似ている。》と述べ、菅野昭正は、《地方性、風土性の枠の上に、一般性、普遍性の枠を重ねあわせようとする。》、《幼い頃から培われた信仰が、ジャンセニスムふうの峻厳なものであったこと》、《人間の原罪の深さと、人間の心の底に宿る不安を厳しく意識すること、人間の魂に内在する悪をみつめる神の視線を懼れること――そういう信仰の芽は幼いときにすでにしっかり植えつけられていたのである。人間の不安や悪の問題に正面から向かいあったパスカルボードレールドストエフスキーが、モーリヤックにとって大きな意味をもつ存在となったのも、むろん信仰との関連においてである。》、《人間の俗悪な面へむかう下降性と、高邁な面へむかう上昇性との交点で成りたっている。といっても、小説のなかで、表面的に大きな部分を占めているのが「悪魔へむかうもの」であり、人間の下降性であることはいうまでもない。》と解説している。

 

 モーリヤックは、『パリ・レヴュー』のインタビューで、《小説を書きはじめる前に、私は、自分の内部に、その場所、環境、色彩、匂いを、ふたたび生きいきとえがきだしてみるんです。自分の内面で、少年時代、青年時代の雰囲気をふたたび生活してみるのです。――私は自分の作中人物となり、その世界となるんですよ。》と語るとともに、小説の危機について言及した。

《小説の危機は、私の考えでは、形而上学的な性格のもので、人間に関するある種の概念と結びついています。心理小説に反対の見解は、本質的に、いまの世代のもっている人間に関する概念――それは一個の人間という全一像(・・・)を全面的に否認するものです。一個人に対するこのような変貌した見方は、かなり前からはじまっていました。プルーストの小説がそれを示しています。『スワン家の方』(これは完璧な小説です)と『見出された時』とのあいだで、私たちは作中人物が解体してしまうのを見ます。小説が進行するにつれて作中人物は消えさってゆくのです。(中略)『囚われの女』からあと、小説は、嫉妬についてのながい瞑想に入ってゆきます。アルベルティーヌはもはや肉体としては存在しません。小説の冒頭では存在していたように思われた人物――たとえばシャルリュスのような――は、彼らをむさぼりくう悪徳と一つにまじりあってしまうのです。

 小説の危機は、こういうわけで、形而上学的なものです。私たちより前の世代の人たちから、すでに、キリスト教的ではありませんでしたが、それでもその人たちは人間個人を信じており、それは魂を信ずるというのと同じことでした。私たちのめいめいが<魂>という言葉によって理解している内容は異なっています。しかしともかくある一定点のまわりに個人という全一像(・・・)がつくられているのです。

 神への信仰は多くの人々から失われています。しかしこの信仰が要求しているような価値が失われたのではありません。善は悪ではなく、悪は善ではなかったのです。小説の衰退はこの基本的な概念――善と悪の認知――の崩壊から由来しています。言語それ自体も、この良心への攻撃によって、意味内容の価値を失ってしまい、空虚になったのです。》

 

 モーリヤック『テレーズ・デスケイルゥ』で、夫を毒殺未遂した嫌疑から免訴となったテレーズは、家の名誉のため偽証し、事件を揉み消した夫ベルナールの待つ、ボルドー南部ランド地方の地のはてアルジュルーズまで、馬車と列車を乗り継ぐ。帰途の追想、イメージは匂いの官感とともにあらわれる。

《弁護士がドアをあけた。テレーズ・デスケイルゥは、裁判所の裏口に通じているこの廊下の中で、顔の上に霧を感じ、ふかぶかと、胸の奥に吸いこんだ。(中略)パン焼き場の匂(にお)いと霧の匂いは、テレーズにとって、もはや、小さな町の夕方の匂いというだけのものではなかった。ついに返してもらえた生活の匂いを、テレーズはそこに見つけた。眠りこんだ大地、草が生(お)いしげりしめっている大地の息吹(いぶ)きに、テレーズは眼をとじた。》

《古い馬車のあのかびくさい匂(にお)い、テレーズはそれが好きだった。まっくらな中でタバコをふかすのはきらいなので、タバコを忘れてきたことを、しまったとも思わず、あきらめた。(中略)もしも免訴にならずに、そのままだったら、判決の前夜にきっと襲われたに相違ない空想に、テレーズは身をまかせる。地震が起ってくれればいいという期待、テレーズは帽子をぬぎ、匂いの強い革に、しきりにゆれる鉛色の小さな顔を押しあて、車の動揺にからだをゆだねる。今夜というときまで、彼女は、追いつめられて、生きてきた。救いだされたいま、テレーズは自分の疲労の深さをはかる。くぼんだ頬(ほお)、とび出た頬骨、とがった唇(くちびる)、それから、ひろい、みごとな額、それが刑の宣告を受けた女の顔を作りだしている――そうだ、男たちはテレーズを有罪とは認定しなかったけれども――永久の孤独という刑の宣告を受けた女の顔を。》

《テレーズは、手さぐりで、駅長の家の庭を横ぎり、夜目には見えぬ菊の花の匂いをかいだ。一等室には誰もいなかった。それにいたとしても、かすかなあかりが一つ、テレーズの顔を照らすにもたりなかった。本を読むことはできない。だが、どんな物語がテレーズには色あせたものに見えないであろうか、おそろしい自分の生涯にくらべて? はずかしさのために、はげしい不安のために、悔恨のために、疲労のために、死ぬことがあるかもしれない、――しかし、たいくつのために死ぬことだけはないであろう。

 テレーズは車室の隅(すみ)に陣どり、目をつぶった。テレーズのような頭のいい女が、この悲劇を理解しうるものにすることがどうしてもできないとは、ありうることに思われるだろうか? そうだ、告白が終ると、ベルナールは彼女を抱き起すだろう。「平気でおいで、テレーズ、もう何も心配しなくてもいい。このアルジュルーズの邸(やしき)で、二人でいっしょに死を待とう。できてしまったことが、僕たち二人をへだてるなどということは、絶対にない。僕は喉(のど)がかわいた。お前自分で台所へ出てくれないか。オレンジエードを一杯こしらえておくれ。にごっていてもかまわない。一息に飲みほそう。その味が、昔の僕の朝のチョコレートを思いださせるとしても、それがなんだろう? ああ、お前おぼえているかい、あの吐き気のことを? お前のやさしい手が僕の頭をささえていてくれた。お前はその緑がかった液体から目をそらさなかった。僕の仮死状態はお前をおびえさせはしなかった。とはいえ、僕の足がなえて、無感覚になったことに、僕が気づいた晩、お前の顔のまっさおになったことといったら! 僕はがたがたふるえていた。お前おぼえているかい? それから、あのまぬけのドクトル・ペドメイが、口もきけないくらい驚いていたっけ、僕の体温がこんなに低くて、脈ばかりはやいのに……」

「ああ!」と、テレーズは考える。「あの人にはわからないだろう。すっかり初めから言いなおさなければならないだろう……」われわれの行為の始まりはどこにあるのか? われわれの運命は、われわれがこれを一つだけ切り離そうとすると、根をつけてひき抜くことのできない植物に似ている。テレーズが自分の子供のときまでさかのぼるだろうか? だが少女時代そのものが一つの終りである。到達点である。》

 菊の花の匂いに誘われたのか、テレーズの夢想、再会するベルナールへの虚しい願望のなかにオレンジエードが登場した。

 

 オレンジエードは『失われた時を求めて』に幾度もあらわれる。

 クリステヴァは『プルースト 感じられる時』で、

《あらゆる食物のなかで、変態を物質化しているもの――氷のように結晶と液体を兼ねているもの、かつて固体であったものを液体化したフルーツ・ジュースなど――は、逃げ去りやすい欲望のたどる気紛れな経路を表わすのにより適している。

 オデットとスワンのすでに消えかかっている関係を実体化しているオレンジエードもそうである。ヴァントゥイユの小楽節と並行して、オレンジエードは、スワンがフォルシュヴィルに抱く嫉妬、あるいはオデットが彼に与え始めている無関心を、きっぱりとした愛に変えるのに貢献している。その愛とは、語り手の不毛な分身alter egoであるユダヤ人の耽美家のかさついた精神を潤すことになる。チッポラの生き写しに対するものである。それ自体混合物であるオレンジエードはまた、となりにあるランプの光や間近にある肘掛椅子や愛する者の憂鬱な夢想をも吸い込んでいる。その味は広がっていく。拡張する感覚が、外と内、病的な辛辣さや意志的な甘美さを混ぜ合わせる場面全体を覆う。「そうした瞬間、彼女が彼らにオレンジエードをつくってやっている間に、突然、調整のきかない反射鏡が、はじめは壁のうえで一つの対象物のまわりにさ迷わせている幻想的な大きな蔭がやがて折り畳まれて、その対象そのもののうちに消えていくのと同じように、オデットについて彼が作り上げているあらゆる恐ろしい揺れ動く考えが消えていき、スワンが目の前にしている魅惑的な体に合流していくのであった。[……]スワンにそんなにも悲しく思われている自分の生活のあらゆる些細なものごとは、しかし、それが同時にオデットの生活の一部になっていたかもしれないのだから、もっとも親しみのあるものでさえ――このランプ、このオレンジエード、そんなにも夢を湛え、あれほどの欲望を物質化していたこの肘掛椅子のように――、どんなにあふれるほどの甘美さと神秘的な密度を持っていることになったことだろう」。》

 

 クリテヴァは言及していないが、最後の「見出された時」のゲルマント大公邸のパーティーで、オレンジエードとナプキンの感触は、熱いハーブティーに浸したマドレーヌの味覚と同じ作用を及ぼす。

《ずいぶん前からゲルマント大公に仕えている給仕頭が私のすがたを目にとめ、立食テーブルまで行かずにすむよう、私の通されていた書斎にまで、プチ・フールの盛り合わせと一杯のオレンジエードを持ってきてくれたので、私は渡されたナプキンで口を拭った。と、まもなく、あたかも『千夜一夜物語』の登場人物が、自分を遠くまで連れていってくれるが自分にしかすがたの見えない従順な守護神を出現させる儀式をわれ知らずやってのけたかのように、新たな紺碧の空の光景が目の前にあらわれた。》

 

 それは最初から始まっていた、むせるような息づまる匂いに閉ざされて。

《サン‐クレールのあの狭い教会の中での、息のつまるような婚礼の当日。婦人連のおしゃべりが、息の切れたオルガンの音をかき消し、彼女たちの香料と体臭が、ふりまかれる祭壇の香を圧したあの婚礼の式の当日、あの日こそ、テレーズが身の破滅を感じた日だった。彼女は夢遊病者のようにおり(・・)の中へはいった。》

 

 テレーズの追想の中、イタリア湖水地方への新婚旅行の帰路パリでのこと。

 アヌ(筆者註:ベルナールの妹で、結婚前の回想には同性愛的な雰囲気があった。アンヌとも表記される)からの三通の手紙には、ユダヤ人の血筋と言われるアゼヴェド家の、肺病やみと噂の息子ジャン・アゼヴェドとの恋と、家族の反対が書き連ねてある。

 硫黄の匂い、オーデコロンによる気付け。

《はやくも、この七月の朝、硫黄(いおう)の匂(にお)いのする暑さが、あたりを領していた。いぶった太陽が、バルコンのむこうに、死んだような家の正面をいっそうきたなく見せていた。ベルナールはテレーズのそばへ歩みよってきていた。しきりにこんなことを叫んだ。「いくらなんでも、ひどすぎる! アヌの奴、お前の友達だが、あんまりな奴だ。まるで妹の奴が……」》

 アヌからの手紙に、ダビデのごときジャン・アゼヴェドの写真が同封されていた。

《シャツの前が少しはだけている……「これが彼のいわゆる認められた最終限度の愛撫なの……」テレーズは目をあげ、鏡の中の自分の顔にびっくりした。食いしばっていた歯をゆるめ、唾(つば)をのみこむのに、すぐにはできなかった。オーデコロンで、こめかみを、額をこすってみた。「アヌがあの喜びを知っているって……じゃ、私は、どうなのだろう? え、私は? どうして、私が知らないというのか?」写真はテーブルの上におかれていた。そばにピンが一本光っていた……

「私があんなことをしたのだ。この私があんなことを……」くだり坂にかかったとみえて、速力のはやくなったゆれる汽車の中で、テレーズはくりかえす。「もう二年になる。あのホテルの部屋で、私はピンをとりあげ、この青年の写真の心臓の場所につきさした。――怒って夢中にさしたのではない。冷静に、まるであたりまえのことのようにしてさしたのだった、――便所の中へ、そうやって孔(あな)をあけた写真を捨てた。そして、水洗装置のひもをひいた」》

《彼は妻にむかって、金はかかるだけかかるだろうが、しかし、今度の旅行の最後の昼飯だから、どこかボワ(訳注 ブローニュの森)のレストランへ行くことにしよう、と言った。タクシーの中で、夫は、今度の解禁のときのために考えている計画のことを話題にした。バリヨンに言いつけて訓練させてあるあの犬をはやく使ってみたいというのだった。母親の手紙には、お灸(きゅう)のおかげで、牝馬(めうま)がもうびっこをひかなくなった、と書いてある……時刻が時刻だけに、このレストランには人影がまばらだった。ナイフやフォークの数がむやみに多いのが、いささか二人をおじけさせた。テレーズはあのときの匂(にお)いを思い出す。ゼラニウムと塩粕(しおかす)。ベルナールはライン産ブドウ酒を呑むのはこれが初めてだった。「こいつはうまい、しかし、さぞかし目の玉の飛び出るほど取るだろうな」が、毎日お祭り騒ぎをするわけではなし。ベルナールの肩がじゃまでテレーズは部屋の中を見渡すことができなかった。》

《テレーズは窓をあけた。この夜あけ前の時刻に、たった一台の砂利車ががらがら音をたてている石の深淵をのぞきこみながら、手紙をこまかくひきさいた。紙きれがひらひら舞い、下の方の階のバルコンの上にとまった。この若い人妻の吸いこんだ植物の匂いは、どこの田舎からこのアスファルトの砂漠まで運ばれてきたものであろう? 舗道の上にぐじゃぐじゃにつぶれている自分のからだが小さく見える。そのありさまをテレーズはまざまざと思いうかべた、――そして、そのまわりに、警官や群衆が右往左往する姿を……テレーズよ、自殺をするにはあまりに空想が多すぎるではないか。》

《どんなことをしても、アヌがドギレムとの結婚をはずしてはならない。部屋の中に立ちこめているチョコレートの匂いがテレーズをむかむかさせた。この軽い違和は、ほかのいくつかの徴候を確証するものだった。妊娠なのだ、もう。「はやいほうがかえっていいよ。すんでしまえば、それからはもう考えなくてすむ」とベルナールは言う。それから、彼は、尊敬の気持をこめて、数えきれぬ松の木のただ一人の支配者を胎内に宿している女を、つくづくながめた。》

 

 旅行から帰って来た。ゼラニウムの刺激的な匂い。

《庭で、テレーズは若い娘といっしょになった。去年の服がだぶだぶのいたましい娘。「どうだった?」仲よしのテレーズが近よってくるとすぐにアヌはこう叫んだ。庭の中の道の灰のような土、かわききってきしるような音をたてる草原、枯れたゼラニウムの匂(にお)い、それから、この八月の午後に、どんな植物よりもしおれているこの少女、どれ一つとして、テレーズの胸の底に、ありありと思いうかべられないものはない。》

 

《例のマノの大火事の当日だった。家じゅうの者が、大急ぎで昼飯を食べている食堂に、男たちがどやどやとはいってきた。火事はサン‐クレールからは非常に遠いらしいと断言する者もあり、早く警鐘を鳴らすべきだと言いはる者もあった。樹脂の焼ける匂(にお)いが、酷熱の日の空をみたし、太陽は薄ぎたなくよごれて見えた。テレーズはあのときのベルナールの姿をありありと見る。顔をわきにふりむけ、バリヨンの報告に聞きいっている姿を。毛だらけの大きな手がコップの上にかざされたまま、われを忘れ、ファウラー氏液の滴が水の中にしたたっていた。暑さにぼんやりしたテレーズが、薬の分量がいつもの倍だということを注意しようと思うひまもなく、夫は一息にコップの薬を飲みほしてしまった。みんな食卓を離れてしまっていた、――残ったのはテレーズ一人で、この悲劇には関心を持たず、いや、自分の悲劇以外のすべての悲劇に関心を持たなかったのであるが、ぼんやり、この騒ぎにはまるで赤の他人といった態度で、みずみずしいはたんきょう(・・・・・・)(筆者註:アーモンド)を割って食べていた。警鐘はまだ鳴らなかった。やっと、ベルナールが帰ってきた。「今度は、お前の勝ちだ。騒がなくてよかったよ。燃えているのはマノの方角だ……」彼はこうきいた。「僕は薬を飲んだっけね?」それから、返事も待たず、ふたたび、コップの中に垂らしはじめた。テレーズはめんどうくさくてだまっていた。むろん、疲れていたのである。この瞬間に、彼女は何を望んでいたろうか? 「初めから、だまっていようと思っていたなどということはありえない」

 とはいえ、その晩、吐いたり泣いたりして苦しんでいるベルナールの枕もとで、日中のできごと(・・・・)についてきいたドクトル・ペドメイにむかって、彼女は食卓で目撃したことを何一つ語らなかった。》

 

 ベルナールは世間体からテレーズをアルジュルーズに幽閉する。

《テレーズは、窓の前に立ちつくしていた。白い砂利が少し見え、柵(さく)で家畜の群れからまもられている菊の花の匂(にお)いが鼻をついた。そのむこうには、一かたまりの黒いかし(・・)の木が松林をかくしている。が、松脂(まつやに)の匂いが夜の闇(やみ)の中にいっぱい立ちこめている。目には見えぬが、すぐまぢかまで迫っている敵の軍勢といったかっこうで、松林が家をとりまいていることを、テレーズは知っている。この番人たち、その低い嘆きの声に彼女はじっと耳をすましているが、この番人たちは、彼女が幾冬をかさねて衰え、酷熱の日にあえぐのを、見るであろう。彼らはこの緩慢な窒息作用の目撃者となるであろう。》

 

《ベルナールは、その日は外出しなかった。テレーズはタバコをふかしていたが、吸殻を投げ捨てると、階段の踊り場の上に出てみた。夫が、階下の一室から別の部屋へ歩きまわっている足音が聞えた。パイプでくゆらすタバコの匂(にお)いが、部屋の中まで流れこんできて、テレーズのふかすブロンド・タバコの匂いを消した。彼女は昔の自分の生活の匂いを認めた。雨の季節の第一日……火の消えかかっているこのだんろの片隅(かたすみ)で、どれだけ、こうして、日を送らなければならないのだろうか?》

 

 アヌの婚礼を待ってベルナールはテレーズを放してくれる、パリの深い底へ沈めるように。

婚礼の直後、世間体を思ったベルナールはテレーズについてパリまで来てしまったが、はやく南部行きの汽車に乗ってランドに帰りたい。

《彼女は人間の流れをじっとながめた。彼女のからだがぶつかってゆくと、開き、まきこみ、ひっぱってゆくに相違ない、この生きたもののかたまり。もう何もすることはない。ベルナールはまた時計を出して見た。

 ――十一時十五分前か、これからホテルへよればちょうど……

 ――旅行をなさるのに暑すぎなくていいわね。

 ――それどころか、今夜あたり、自動車の中では、外套(がいとう)でも着なくては。

 テレーズは、頭の中で、彼が車を走らせてゆく街道を思いうかべた。冷たい風が自分の顔をなでるような気がした。沼の匂いのする風、樹脂の匂いのする木くず、草を焼く火、薄荷(はっか)、霧。彼女はベルナールをながめた。そして例の微笑をうかべた。昔、ランドの婦人たちに、「あの人を美しいと言いきるわけにはゆきませんよ。けれども、まあ、じつにすばらしい魅力ですね」と言わせた微笑を。もしもベルナールが「許す、いっしょにおいで……」と言っていたなら、彼女は立ちあがって、いっしょについていったであろう。が、一瞬、心をゆり動かされたことにいらだったベルナールは、それが過ぎるともう、なれない動作にたいする嫌悪(けんお)、毎日習慣的にかわしている言葉とは別の言葉にたいする反撥(はんぱつ)を、感じるばかりだった。ベルナールは、彼の馬車と同じように、「道幅に合わせて作られた」人間である。彼はわだち(・・・)を必要とする。》

 

 匂いの役割は、いつしか料理、飲み物に変化してゆくかに見えるが、クリステヴァプルーストにおいて、《口による快楽と、それが引き金になって現れる溢れんばかりの回想とを思い起こしてみるとよい。感覚能力の原初的(アルカイック)な投錨である飲み物と食べ物は、語り手と登場人物たちの欲望の中心的な場所を占めている。》といったことはなく、小説の舞台ランド地方のように不毛だ。

 保存食ともいえる油づけ(コンフィ)、冷製の肉は死体のようでもある。

 出てくるブドウ酒(ワイン)は、ボワでのライン産もそうだったが、忌避するかのように地元ボルドー産以外である。

 

《あかつきの鶏が、小作地の人々をめざめさせる。サン‐クレールの教会の鐘が東風に乗って鳴っている。テレーズのまぶたがやっととじる。と、また、男のからだが動く。彼は、大急ぎで、百姓の着物を着る(冷たい水にそそくさと顔をつけただけで)。彼は犬のように台所へ飛んでゆく。台所の戸棚(とだな)の中の残りものに鼻を鳴らしながら。ほんの一口、大急ぎで食べる。冷たい鶏の油づけを一切れか、それともブドウの一房か、にら(・・)いりのパイ、一日のうちでの彼のいちばんのごちそう! 彼は、あごを鳴らしているフランボとディアーヌにもわけてやる。霧はまるで秋の匂(にお)いがする。ベルナールがもはや苦しまなくなる時刻、ふたたび身うちに、全能の若さを感じる時刻である。》

《田舎では、たくさんの女が産褥(さんじょく)で死ぬ。テレーズは、自分も母親と同じようにして死ぬだろう、たしかに、母親と同じ運命が自分を待っていると断言して、クララ伯母を何度も泣かせた。テレーズはそのたびに、「いいわ、死んだって、平気よ」とつけ加えることを忘れなかった。それはうそだった! このときほど、彼女が、生きることをはげしく願ったことはなかった。それに、また、ベルナールも、このときくらい心づかいを見せてくれたこともない。夫は私のことを気にかけてくれたのではない。私がおなかの中に持っていたものを心配していたのだ。あのぞっとするような声で、くどくどと夫のくりかえしたことを、私は一度だって実行したことがない。「野菜の裏ごしを食べなくちゃだめだよ……魚を食べちゃだめだ……今日はもう散歩は十分じゃないか……」乳の質がいいためにだいじにされる赤の他人の乳母(うば)以上に、私はこれらの言葉から心を動かされなかった。》

《アルジュルーズ以外の場所では生きてゆけないという理由で、クララ伯母は、私の枕もとに侍ることを承知しなかった。そのかわり、たびたび、どんなお天気のときでもおかまいなしに、例の「道幅に合わせた」二輪馬車を飛ばして来てくれ、私が子供のころには好きだった砂糖菓子、いまでも好きだと伯母の思っている砂糖菓子、を持ってきてくれた。裸麦の粉と蜂蜜をかためた例の灰色の玉でミックと呼ばれるもの、フーガスとかルーマジャドとか呼ばれる菓子、を持ってきてくれた。》

《クララ伯母は、息を切らしながら、燭台(しょくだい)を片手に、階段をあがった。

 ――お前たち寝ないのかね? テレーズは疲れているだろうに。部屋にスープとひなどり(・・・・)の冷肉がそろえてありますよ。

 が、夫婦は、ひかえ間の中につっ立ったまま、動かなかった。》

《七時ごろ、バリヨンの女房が、ハム・エッグを一皿持ってきたので、彼女は食べることをこばんだ。脂(あぶら)の匂いがむかむかしてやりきれないというのに! いつでも、油づけかハムばかり。バリヨンの女房は、これ以上のさしあげられるものがない、と言う。ベルナール様が家禽(かきん)の料理をすることをさしとめなされたので。》

《その日は、とうとう床を離れず、身じまいもしなかった。タバコが吸いたいばかりに、鶏の油づけを二口三口食べ、コーヒーを飲んだ(食べものがはいっていないと、彼女の胃はタバコを受けつけなかった)。夜のあいだのあの空想のいとぐち(・・・・)をもう一度見つけようとこころみた。それに、アルジュルーズでは、昼でも夜以上に物音がしない。午後はほとんど夜以上に暗くないとは言えなかった。一年でいちばん日の短いこのごろ、間なしに降りしきる雨が、時を一様化し、すべての時間をとけあわさせる。一つの薄あかりが動かぬ沈黙の中に別の薄あかりに追いつく。が、テレーズは不眠症になり、彼女の夢は、ますますはっきりした形をとってきた。順序をたてて、彼女は、自分の過去の世界から、忘れていた顔や、遠くから好もしく思った唇や、不意のめぐりあいや、夜偶然にすれちがったというような事実が、罪を知らぬ彼女の肉体に近づけたおぼろな肉体を、捜し求めた。テレーズは幸福を構成し、歓喜を発明していた。一つの不可能な恋愛を無からつくりだしていた。

 ――寝たきりだよ。油づけもパンも残してばかりいてさ――と、それからしばらくして、バリヨンの女房がバリヨンに言った。――だけんど、ブドウ酒のびんをきれいにあけることといったら、びっくりするから。あの女ときたら、やるだけ、いくらでも飲んでしまうて。それにまた、タバコで敷布に焼けこがしをこしらえてさ。いまに、きっと火事を出してしまうから。》

《テレーズはふたたび目をあける。ベルナールが彼女の前に立っている。コップを手に持っていて、こんなことを言う。「ぐっと飲んでごらん。スペインのブドウ酒だよ。とても力がつくから」それから、この男は、いつでもやろうときめたことは実行するので、台所へはいってゆき、いきなりどなりたてる。きんきん声のバリヨンの女房の方言を聞きながら、テレーズは、こんなことを考える。「ベルナールは心配になったのだ。きっとそうだ。何を心配したのか?」ベルナールはひきかえしてくる。(中略)テレーズは、自分の正面に腰をおろしてだんろの火をいじっている夫を、じっと見まもる。が、彼女は、夫の大きな目がほのおの中に見ている姿を、『プチ・パリジャン』紙の赤と緑の二色ずりの付録「ポワチエの女囚」(筆者註:1900年頃、ポワチエでおきた事件。家族の反対する恋愛のために二十五年間幽閉されていた女が、著名の手紙の告発で救出された。同じように世間から告発されることをベルナールは怖れた)の絵を、おしはかるよしもない。》

 

 モーリヤックは『テレーズ・デスケイルゥ』執筆と並行して評論『ジャン・ラシーヌの生涯』を著したが、「古典主義作家ではラシーヌパスカルの他に師はいない。二人が師なのは、彼らに自分の兄弟を見出すからである」と序文に記している。

 なるほど『テレーズ・デスケイルゥ』には、ラシーヌ『フェードル』の影がある。

 ロラン・バルトは『ラシーヌ論』の作品論で次のように指摘したが、テレーズはフェードルの分身、同族、末裔である。

《冒頭からフェードルは、自分が罪深いことを知っている。彼女が罪ある身だということが問題なのではなく、彼女が沈黙していることが問題なのだ。そこにこそ、彼女の自由もかかっている。フェードルはこの沈黙を、三度破る。すなわち、エノーヌの前で(一幕三場)、イポリットの前で(二幕五場)、テゼーの前で(五幕七場)。この三回の沈黙の破棄は、段階的に重みを増す。その度ごとに、フェードルは、言葉の一層純粋な状態に近づく。》

《事物は、まさにそれが隠された瞬間から、罪あるものとなる。ラシーヌ悲劇の人間は、自分の秘密を解き明かさない、これが彼の苦しみ=悪である。あからさまに病気と同一視すること以上に、罪過の外面的(・・・)=形式的(・・・)性格を証すものはない。フェードルの客観的な有罪性(不倫、近親相姦)とは、結局のところ、秘密による苦しみに自然の姿を与え、外的形式を内容へと有効に変形するために、後から付け加えられた、人為的な構造物にすぎない。この逆転は、ラシーヌ悲劇の構築全体を成立させている運動にほかならない、より一般的な運動と合致する。すなわち、《悪》は、それが空虚である度合いに比例して恐るべきものであり、人間はただ形式によって苦しむのである。これこそラシーヌが、フェードルにとっては罪そのものが罰であると語るとき、フェードルについて極めて適切に言い表わしたことなのである。フェードルの努力のことごとくは、おのが罪過を満たす(・・・)ことにある、つまり、《神》を免罪することにあるのだ。》

『テレーズ・デスケイルゥ』では、第二章の、裁判所からニザン街道を行く馬車のかびくさい匂いの中で、

《すべてを言おうと決心したことだけで、事実、テレーズには、すでに一種のえも言われぬこころよい身うちのゆるみを知るのに十分だった。「ベルナールに全部うちあけよう、全部言ってしまおう……」

 何を夫に言おうというのか? どういう告白から始めるか? 欲望と決意と予見不可能の行為との混沌(こんとん)とした奔流をせきとめるのに、言葉だけでたりるだろうか? みんな、どんなふうにするのだろうか、己(おの)れの罪を知っているすべての人たちは?……「私は、自分の罪を知ってはいない。人が私に着せている罪を、自分は犯すつもりはなかった。自分が何をするつもりだったのか、自分にはわからない。自分の身うちに、それからまた自分の外に、あのがむしゃらな力が、何をめざして働いていたのか、一度も自分にはわからなかった。その力が、進んでゆく途中で、破壊したもの、それには、自分自身うちひしがれ、びっくりしたではないか……」》

 テレーズが弁解の言葉を用意するなかで、ベルナールのことを、《若者としては、彼は決してそんなに醜いほうではなかった。このできそこないのイポリット(訳注:ギリシャ神話・テゼ王の息子。義母フェードルに求愛された)(筆者註:モーリヤックはラシーヌ『フェードル』を意識している)は――若い娘よりは、ランドに追いつめる兎(うさぎ)のほうに、よけい気をとられている若者は……》と作者モーリヤックは揶揄する。

 

 テレーズの「告白」はなされずに最終十三章まで来る。パリのカフェ・ド・ラ・ペのテラスで。

《――テレーズ……一つききたいことがあるのだ……

 ベルナールは目をそらした。この女の視線をささえることは、どんな場合でも、彼にはできないことだった。それから、大急ぎで、

 ――知っておきたいのだ……例のことは、例のことは、僕を憎んでいたからなのかい? 僕がおそろしかったからか?

 彼は、自分自身の言葉に聞きいりながら、驚きをおぼえ、いらだたしさを感じる。テレーズはにっこり笑い、それから、まじめな顔でじっと夫を見つめた。とうとう! ベルナールが彼女に問いをかけた。もしもテレーズが、ベルナールの位置に立ったとしたなら、まっさきに彼女の頭にうかんだに相違ないその問いを! ニザン街道を走っているあいだじゅう、馬車の中で、それからサン‐クレール行きの軽便鉄道の中で、長い時間をかけて用意したあの告白、あの探究にあかした夜、しんぼう強いあの探索、自分の行為の源泉にさかのぼるためのあの努力、――つまり、あのしんの疲れる自分自身への帰還、それが、ことによったら、むくいられるときに達したのだ。(中略)

 ――私は、どんなに、全部あなたに知っていただきたいと思ったか知れませんわ。私がどんな苦しみに身をまかせたか、あなたがごぞんじだったら、ただ、はっきり見たいということのために……でも、あなたに聞いていただけるようなすべての理由は、私の口から出るともう、うそっぱちなものに思えそうなのですもの、ほんとにわかっていただけるかしら……

 ベルナールはいらだった。

 ――とにかく、一度は、お前が決心をした日があったのだろう……お前が行動に訴えた日が?

 ――ええ、そうよ、マノの大火事の日ですわ。

 二人は額をよせ、声をひそめてしゃべっていた。このパリの十字街で、この軽快な太陽の下で、外国タバコの匂(にお)いが流れ、黄と赤の窓かけのあおられている、少し涼しすぎるこの風の中で、あの酷熱の午後を、煙でいっぱいの空を、くろずんだ青空を、焼けた松かさの放つあの鼻をつくたいまつ(・・・・)のような匂いを、――そしてしだいに罪が形をなしていった眠っていたあのときの彼女自身の心を、思いうかべることが、テレーズには、ふしぎな気がする。

 ――どういうふうにしてああなったか、これから申しますわ。正午でもあいかわらず薄暗い、あの食堂にいたときでした。あなたは何かしゃべっていらっしゃいました。少しバリヨンの方をふりむいて、コップの中にたらしている薬の滴の数を数えることを忘れながら。

(中略)

 ――聞いてちょうだい、ベルナール、私の言っていることは、私の無実をあなたに思いこませようというためではありません。まるでちがいますわ!

 彼女は自分に罪をおわせるのにふしぎな情熱をつぎこむ。このように夢遊病者のような行動に出たことは、テレーズの言うことを聞いていると、彼女が、何ヵ月も前から、罪深い考えを養い、心の中に迎えていたと解さなければならぬ。それに、最初の動作をすましてしまうと、じつに明晰(めいせき)な熱烈さで、彼女は自分のくわだてを遂行したではないか! そして、なんという執拗(しつよう)さで!

(中略)

 ――私が何を望んでいたかですって! 私が何を望まなかったかを言うほうがむろんやさしいでしょうよ。》

 

 小説は、ともかくも次のように終わる。

《テレーズは、ベルナールの杯の底に残ったポルトのしずくを、長いこと見つめた。それから、ふたたび、通行人の顔をつぎつぎにながめた。(中略)空腹をおぼえたので、立ちあがって、オールド・イングランド(筆者註:パリ、オペラ・ガルニエ広場のカフェ・ド・ラ・ペからほど近い英国風紳士服店)の鏡の中に、自分の姿である若い女をながめた。ぴったりからだについた旅行着がよく似合っていた。が、アルジュルーズ時代のなごりで、顔だけはまだむしばまれたようなあとがとれなかった。とびでた頬骨(ほおぼね)、肉の落ちた鼻。テレーズはこんなことを考えてみる。「私の顔は年がわからない」彼女は(たびたび夢想の中でしたように)ロワイヤル街で昼食を食べた。帰りたくないのに、なぜホテルへ帰るのか? プイイ(筆者註:ブルゴーニュ・ワイン)の小びんのおかげで、ぽっと身うちのほてるまんぞく感がわいてきた。タバコをたのんだ。隣のテーブルにいた若い男が、ライターをすって彼女の方にさしだした。(中略)

テレーズは少し飲み、たくさんタバコをふかした。みちたりた女のように一人で笑った。念いりに、頬と唇のべに(・・)をひきなおした。それから、往来に出ると、あてもなく歩き出した。   (了)》

 

 モーリヤックの「インタビュー集」から。

《◇もしよければ、あなたの最も重要な作品のひとつ『テレーズ・デスケィルー』(一九二七)に話題を移しましょう。もしテレーズを定義しなければならないとしたら、どのような表現でなさいますか。

⇒彼女は、存在の困難さそのものの体現です。それは、ひとりの女性のなかにある不適応性の物語なのです。(一九六六)》

《◇あなたの映画のなかで、アンヌはもっとも重要な人物であるとお思いになりませんか。実際、テレーズにベルナールとの結婚が失敗だったとわからせたのは、アゼヴェドに対するアンヌの恋なのですから。

⇒アンヌ、あれは試金石です。テレーズのドラマとは、「道のない土地」に住んでいることです。同じような土地に住んでいる人たちの数は、今も変わっていません。テレーズ・デスケィルーは、人生の犠牲者です。彼女の居場所は、この地上にはありません。ランド地方が今もそうであるように、がっしりとした階級制度でかためられた土地に生きてきたのです。そこに悲劇が起こりました。わたしの言うのは、むろん、一九二〇年のランド地方のことです。テレーズ・デスケィルーのドラマは、当時、ほとんどすべての家庭で起こっていました。女の子は、裕福な家庭の出身である場合、サクレ=クール女学院で教育を受け、そうでない場合は、小作農の生活を送っていたのです。当時、既婚女性のある人たちの犠牲的な生活は、今日では想像を絶するものでした。(一九六二)

◇テレーズ・デスケィルーは、今日もまた存在するとお考えでしょうか。

⇒もちろんですとも。条件は変わりましたが、テレーズ・デスケィルーは生き残っています……。毒を盛った女は、復活します。彼女は夫に砒素を盛ったのです。我慢のならなかったでっぷり肥えた夫ベルナールに。とはいえ、他の男よりも悪いというわけではないのですが。この小説は――映画もですが――、人なみすぐれた女性を犯罪へと押しやるこの嫌悪の物語です。その女性の敗北とわが身に受ける罰の物語なのです。(一九六二)

◇このようなタイプの女性が「生き残って」いるとどうして言い切れるのですか。テレーズ・デスケィルーのような女性は、怪物なのでしょうか。

⇒テレーズ・デスケィルーが怪物ですって。小説の序文にはそのように書きましたが、当時としては必要であった慎重さ、警戒心のためでした。実際には、全面的にこの女性の味方です。わたしにとって怪物性とは、行為にあるのではなく、魂の不在にあるのですから……。(一九六二)》

 

『パリ・レヴュー』誌のインタビューで、モーリヤックは小説の技法論として、

《『テレーズ・デスケールー』のなかでは無声映画からヒントを得た方法――つまり前もって行う説明の省略、突然の情景提示、フラッシャ・バックなどを用いました。それは、当時では、斬新で、意表をついた方法だったのです。》と答えているが、ここにはデュラスの映画的手法と共通項がある。

 

<デュラス『モデラート・カンタービレ』>

 デュラスの『モデラート・カンタービレ』で、ブルジョワの女アンヌ・デバレードと失業者ショーヴァンは、偶然目撃した情痴事件について男が女を殺害した海辺のカフェで毎日ワインを飲みながら語り合い、夢想するうち――女が男に自分を殺してくれとせがんだのではないか――、しだいに狂おしい熱情(パッシオン)に昇りつめてゆく。

 7章と最終8章は匂いと料理からなるが、その前の3章から伏線がある。

 木蓮の匂いの記憶とともに、男が女を殺した心理についてのアンヌの詮索がはじまる。

 

 デュラスの小説に登場する女の特徴として、エレーヌ・シクススはミッシェル・フーコーとの対談で、

《デュラスの作品でとても美しい言回しがあると思うと、それはきまって受動態、つまり誰かが(・・・)見つめられている(・・・・・・・・)、といった文章なんです。《彼女は》見つめられ、見つめられているのを知らない。ここで視線は主体の上に投げかけられているんですが、主体は視線を受けとっていない。》と指摘したように、アンヌもまた「見つめられる」人である。モーリヤックのテレーズが「見る」人だった(たとえばマノの大火の日、ベルナールが薬の量を間違えるのを見とどける)のに対して。

 

 匂いとイメージ。

《彼女はつとめて話題を探し出した。

「わたしは海岸通りの一番端に住んでるの、町の終わる最後の家よ。ちょうど砂丘の真前にあたるの」

「お宅の庭の柵の、左の角にある木蓮(マグノリア)は満開ですね」

「ええ、ちょうど今頃はあまり花が多いので、夢にまで出てきて、その翌る日一日じゅう気持ちが悪くなるくらいよ。とてもたまらないので窓を閉めておくの」

「今から十数年前に結婚なすったのもあの家ですか?」

「ええあの家よ。わたしの部屋は二階の左手にあって海に面してるの。この前あなたは、あの男が女を殺したのは、女にそう頼まれたからだ、要するに女の気にいるためだっておっしゃったわね?」

 彼は質問に答えず手間取っていたがようやく彼女の肩の線を見やった。

「今頃窓を閉めておいたら、さぞかし暑くて寝苦しいでしょう」と彼は言った。

 アンヌ・デバレードは、話題のうわべの必要度以上に真剣になった。

木蓮の匂いってすごく強いのよ、わかるかしら」

「わかりますよ」

 彼は彼女の肩の直線から視線をはずし、彼女から眼をそらした。

「二階には長い廊下がありませんか、あなたやお宅のほかの人たちが行ったり来たりして、みんなを結びつけると同時に切り離す役目をする非常に長い廊下がないですか?」

「そういう廊下があってよ」とアンヌ・デバレードは言った。「しかもあなたの言った通りよ。お願いだから言ってくださらない、どうやってあの女が、ああすることこそ男に対して自分が望んでいたことなんだって発見するようになったのか、どうやって彼女が男に対する欲求をあそこまで悟ったのか」

 彼の眼が、いささか凶暴性をおびて、ふたたび彼女の眼をじっと見つめた。

「ぼくの想像では」と彼は言った。「ある日、暁方かなんかに突然、彼女は男に対する自分の欲求を悟ったんですよ。自分の欲求が何であるかを男に打ち明けるくらい、すべてが彼女にとって明瞭になった。そうした種類の発見には、ぼくが思うに説明は不可能ですよ」》

 

 匂いと料理とワイン。

《三代がかりで購入したという銀の皿に乗せられて、一匹まるごと冷やした鮭が出る。宮中の小姓よろしく、黒い服に白の手袋をはめた一人の男がそれを運び、晩餐開始の沈黙のうちにそれぞれの客に差出してゆく。それを話題にとりあげないのがたしなみというものである。

 庭園の北のはずれでは、木蓮がその香を発散し、それは砂丘から砂丘をわたって消えてゆく。今宵、風は南風である。一人の男が海岸通りをさまよい歩いている。一人の女がそれを知っている。

 鮭は儀式的に手から手へ渡されてゆく。この儀式を乱すものといえば、各人の胸に秘めた危懼――これほどの完璧さが、あまりにも明白な一人の非常識のために、にわかに破壊され傷つけられるのではないかという危懼の念をのぞいて、何もない。外では、初春の夕闇のうちに、庭園の木蓮が、その葬儀ともいうべき開花に精を出している。

 吹き行き吹き来り、町の中の障害物にぶつかってはまた吹きぬけてゆく風の波にのって、その香は、男に届いたり彼から離れたり交互にそれを繰り返している。

 台所では女たちが、額に汗をうかべ、腕によりをかけて次の料理を仕上げ終わり、オレンジの経帷子に覆われた鴨の死体を剥いでいる。そうしているうちにも、大洋の広々とした水からあげられた、バラ色の、蜜のような味のする鮭は、ほんのわずかな時間の経過のうちに醜く変わり、完全なる消滅に向かって避けることのできない歩みを続けている。また一方、鮭の消滅に伴うこの儀式に、何か失態が生じるのではないかという懸念も次第に雲散霧消してゆく。(中略)

 アンヌ・デバレードは絶えず飲んでいる。今宵このポマール(訳註:ブルゴーニュ産の赤ぶどう酒)は通りにいる男のまだ触れたことのない唇の、すべてを忘れさせてくれる味がする。(中略)

 木蓮の花弁はなめらかで、つるつるした穀粒のような感触である。彼女の指は、穴があくまで花弁をもみくちゃにし、それからはっと狼狽して中止し、テーブルの上に置き直され、待機の姿勢で、さりげない体裁を整えようとするがそれも空しい。なぜなら向かいの男が彼女の指に気づいたから。アンヌ・デバレードはほかにすることがなかったんだという意味の言訳の微笑をうかべようとするが、酔いが廻って、その顔は酩酊の度合いを、羞恥の色もなく、あからさまに表にあらわしている。重苦しい視線がじっと彼女にそそがれているが、その視線は感覚反応を失っている。さんざん煮え湯を飲まされて、その視線はすでにどんなことにも驚かなくなってしまっているのだ。こんなことになるだろうと、とうから予測していたのだ。

 アンヌ・デバレードは、眼をなかば閉じながら、またグラスの酒を一杯全部飲む。彼女はもはやそうする以外何もできなくなっている。彼女は飲むことによって、これまでの隠微な欲求の正体を確認し、この発見に言語道断な慰めを見出す。(中略)

 アンヌ・デバレードは料理をことわったところだ。しかし彼女の前にはまだ皿が置かれたままである。極めて短い時間だが顰蹙(ひんしゅく)を買う時間だ。彼女は辞退の申し出を繰り返すため、教わった通り手を上げる。それ以上に無理に押しつけられない。テーブルの彼女のまわりは沈黙に陥った。

「みなさんに悪いんですけど、わたしは食べられそうにないんです」

 彼女はもう一度、花の高さに手を上げる。花は胸の間で萎れかけ、その香は庭園を越えて海にまで達する。

「おそらくその花のせいじゃないか?」と突っ込まれる。「その匂いはひどく強いから」

「いいえ、この花にはなれてます、なんでもないんですの」(中略)

 アンヌ・デバレードは満たされたばかりのグラスをもう一度取って飲む。彼女の妖女のような腹は、人とはちがって酒の火気によって養われるのだ。両側から重い花を囲む重い胸は、うって変わった憐れな花の姿に疼(うず)き、彼女は悲痛な思いを抱く。声には出さないが一つの名前を一杯にふくんだ彼女の口の中を酒が流れる。 この無言の出来事のため腰が割れるように痛む。》

 

《アンヌ・デバレードは、モカのアイスクリームを、干渉を避けるために少し食べるだろう。》

 クリステヴァは『プルースト 感じられる時』で、《アイスクリームは、『囚われの女』の有名なページのなかで、語り手とアルベルチーヌとの愛を、象徴するというよりも、実現し、あるいは受肉させ具現化している。オレンジエードと同じように、アイスクリームは、アルベルチーヌの愛とアルベルチーヌに対する愛の、媒体であると同時に実在(・・・・・・・・・・・)となっている。渇望、貪欲さ、なめらかさ、溶けかかった姿、消滅、束の間の快楽、凍るように冷たい欲望、抵抗力のある岩、難攻不落の山、体にも温泉源の火があることを知ることのないよう運命づけられた恋人たちの幻想(ファンタスム)の岩盤。口唇の欲望の激しさを含意として示しているアイスクリームは、感度のよい繊細な口蓋palaisに結びつけられている。豪奢な宮殿palais、ヴェネチアまたはホテル・リッツ。アイスクリームはまた、記念碑の如く聳えるゼリー、宙吊になっていて、凝結しているだけにいっそう艶かしい欲望と不可能性との壮麗なゼリーでもあるだろう。主人公がそれを食べたいと思うまさにその瞬間に溶けだすかもしれないが。》と論じたが、アンヌはあまりにそっけない。

 

 アンヌ・デバレードは子供を取り上げられる。

《「今週からね、わたし以外のほかの者があの子をジロー先生のレッスンへつれてゆくことになったのよ。わたしの代わりをほかの者がやることを、承知したの」》

《アンヌ・デバレードが言った。

「あの子はね、あなたに話す暇がなかったけど……」

「知ってます」とショーヴァンが言った。

 彼女はテーブルの上から手を引っ込め、相変わらずそこに置かれているショーヴァンの手をじっと見つめた。彼の手は震えていた。それから彼女はおだやかな口調で、堪(こら)えきれなくなった歎きを訴え始めたが――ラジオの音に消され――それは彼にしか聞き取れなかった。

「時々あの子は」と彼女は言った。「わたしの想像の世界に生きているような気がして……」

「お子さんのことはわかっています」ショーヴァンがにべもなく言った。》

『テレーズ・デスケイルゥ』でも、夫ベルナールは娘マリをテレーズから引き離した。

《――マリは?

 ――マリはあす、女中といっしょに、サン‐クレールへやる。それからお母さんに南仏へつれていってもらう。健康のためという理由にすればいい。まさか、あの娘(こ)を手もとにおかせてくれなどとは言わないだろう? あの娘だって、安全をはかっておいてやらなければならん! 俺がいなくなった後は、あの娘が二十一になれば、財産はあの娘のものだからな。ご亭主のつぎは、子供がねらわれる番だ……ないとは言えないだろう。》

 

 理解することの不可能性。

《「彼があの女に会うまでは、いつか自分があんな欲望を抱くようになろうとは、夢にも思っていなかったでしょうね」

「彼女は彼の意向にすっかり同意したわけね?」

「感嘆したくらいですよ」

 アンヌ・デバレードはショーヴァンの方にうつろな視線をあげた。彼女の声はかぼそくなり、子供の声のような感じを与えた。

「いつかはああなりたいというその欲望が、なぜそんなにすばらしいものに思われてきたのかしら、そこのところをすこし知りたいわ」

 ショーヴァンは依然として彼女の方を見なかった。彼の声は、落ち着いた、響きのない声で、よく通らなかった。

「知ろうとしても無駄ですよ。そんなところまで理解することは不可能です」

「こういったことは、放っておくほかはないっていうわけ?」

「そういうことですね」

 アンヌ・デバレードの顔は生気を失い、ほとんど間抜けのような表情になった。彼女の唇は蒼白さを通りこして灰色になり、泣き出す前のように震えていた。

「男の意志をさまたげるために何かしようとするような気持ちは彼女に全然ないのね」と彼女は小声で言った。

「ないでしょうね。もうすこし飲みませんか」

 彼女は前と同じようにちびちび飲んだ。それから彼も飲んだ。彼の唇もまた、グラスの上で震えていた。》

 

 小説はこう終わる。『テレーズ・デスケイルゥ』のテレーズのように、あてもなくアンヌが歩き出して。

《「怖いわ」とアンヌ・デバレードはつぶやいた。

 ショーヴァンはテーブルに体を寄せて彼女を求め、求めながらやがて諦めた。

 その時彼女が、彼のなし得なかったことをやってのけた。彼女は、二人の唇が接するくらいの近さまで彼の方へ体を乗り出した。二人の唇は重なり合った。先刻、彼らの冷たい震える手が行なったのと同じ死の儀式にのっとり、触れ合わねばならぬという意志のもとに、彼らの唇はそのままの姿勢を続けた。儀式は成就された。(中略)

「わたしはあんな風になれそうもないわ」と彼女はつぶやいた。

 それはもはや、彼の耳にはいらなかったかもしれない。彼女は上着の前を合わせ、ボタンをかけ、体をきつく締めあげ、またしても荒々しい呻き声をあげた。

「とてもだめだわ」と彼女は言った。

 それはショーヴァンの耳にはいった。

「もう一分」と彼は言った。「そしたらぼくたちもああなれるかもしれない」

 アンヌ・デバレードはその一分を待った。そして椅子から立ち上がろうとした。ようやくの思いで彼女は立ち上った。ショーヴァンは他所(よそ)を見ていた。男たちはなお、この姦婦に眼を向けるのを避けた。彼女は立っていた。

「あなたは死んだ方がよかったんだ」とショーヴァンが言った。

「もう死んでるわ」とアンヌ・デバレードは言った。(中略)

 彼女は、カウンターにたむろする男たちを通り過ぎ、その日の終わりを示す赤い光線を浴びて西日に向かい合った。

 彼女が去ってしまうと、女主人はラジオのヴォリュームをあげた。幾人かの男が、音が大きすぎると不平を言った。   (了)》

 

 デュラスはインタビューで、

《「他の視線と絶えず交差し、そして他の視線へと吸いこまれるひとつの視線。視線は、それによって登場人物と物語の現実が明らかにされる真の認識手段にとどまっています。たがいに重なり合う視線。登場人物のひとりひとりがだれかを見つめ、そのだれかから見つめられる。(中略)男女一組のあいだに情熱が燃えあがるのを目撃する、第三の人物の絶えざる存在という仮説を確認したいかのようですね。」》と訊かれて、次のように答えている。

《「わたしはつねに、愛は三人で実現すると考えていました。一方から他方へと欲望が循環するあいだ、見つめているひとつの目。精神分析は、原風景の執拗な繰り返しについて語ります。わたしは、ひとつの物語の第三の要素としての書かれた言葉(エクリチュール)を語るでしょう。だいいち、わたしたちは、自分がしていることと完全に一致することは決してありません。わたしたちは自分がいると信じているところに完全にいることはない。わたしたちとわたしたちの行動のあいだには、隔たりがある。そしてすべてが起こるのは外部において(・・・・・・)なのです。登場人物たちは、自分たちの眼前でさらにもう一度、展開する「原風景」から除外されていると同時に、そのなかに包含され、自分もまた見られるためにそこにいることを知りながら、見るのです。」》(『私はなぜ書くのか』)

 デュラスは答える。

《「アンヌ・デバレードの生きている世界はまだわれわれと同じ世界です。そこからどうにかして離れるために、彼女は個人的体験を仲介とするほかなかった。詩的、情熱的興奮が彼女には必要だった。知的、精神的、政治的経験というのは彼女には手が届きません。ブルジョワジーの大半の女性に特有な澱みのなかで硬直していたからです。でも彼女は、パッション熱情に関しては、すばらしい天分をさずかっていたし、熱情というものは、知性よりもその動きを抑制しにくいものなのです。それが彼女にとっての唯一の通路だったのです」》(インタビュー「テレラマ」)

《「アンヌ・デバレードというのは、突如として別のものを感じ、見てしまうブルジョワ女性です。厳密にいえばとうてい生きてはゆけない社会環境の中で、彼女は熱情―殉教(パッシオン)の剽窃を通して死ぬことになるのです。彼女の受ける変化は不可逆的なものですが、そのあと、彼女にはなにひとつ提供されません。子供まで取りあげられてしまったのです。」》(インタビュー「ル・モンド」)

《「彼女にはもはやなにひとつ残されていません。私の考えでは、彼女はおそらく狂気に向かって歩いて行くのです。」》(インタビュー「ル・モンド」)

 

 ピーター・ブルック監督の映画『モデラート・カンタービレ』について、デュラスは女主人公を演じたジャンヌ・モローへインタビューしながら自らも語っている。

撮影現場とされたジロンド川は『テレーズ・デスケイルゥ』の舞台ボルドーを貫くガロンヌ川下流域名である。とっさにデュラスがでっちあげたアンヌの少女時代はテレーズのそれをイメージさせないか。

《――(ジャンヌ)『モデラート』のときには、死んだも同然でしたね、女主人公がそうだったように。『ジュールとジム』のときも同じでした。

(デュラス)わたしは『モデラート』が撮影されていたとき、毎日ジャンヌに会っていた。だから役を「自分のものにする」ために、彼女がいかなる知識、いかなる決意を込めるか知っている。

 撮影の直前、彼女がわたしたちから離れざるをえないその危機的な時期に、映画が撮影される予定のジロンド川河口べりの小さな町ブレーに彼女は住みこんだ。そこは藺草(いぐさ)の町で、鴨、チョウザメ、グラ―ヴ岬の赤ぶどうで知られている。

――(ジャンヌ)一週間、わたしはブレーじゅうをほっつき歩きました。あの町が頭のなかだけではなく足にも叩き込まれるまでね。すこしづつわたしはブレーの住民になっていったのです。

(デュラス)いつも彼女は、自分が演じる予定のヒロイン、アンヌ・デバレードについていっそう知りたがった。アンヌの青春について、少女時代について、わたしに絶えず情報を求めた。もっと、もっと。撮影台本のなかでは検討されていないこれこれの状況においてアンヌならばどうしたか知ろうとした。ある日わたしは彼女のためにアンヌの素性をでっちあげた。「あなたはリモージュの近郊で生まれたのよ。お父さんは公証人でした。三人の兄弟がいたの。あなたは孤独で夢見がちな少女時代を過しました。毎年秋に行っていたソローニュ地方で、ある日、猟をしていて、あなたはやがて夫になるデバレード氏に遭ったのです。二十歳の時でした。等々」ジャンヌは驚嘆していた。「そのとおりよ……まったく……。なぜもっと早く言ってくれなかったの?」わたしは彼女のために、彼女を助けるために、たったいまでっちあげたのだと白状した。》(『アウトサイド』)

 いや、デュラスがでっちあげた少女時代だけでなく、アンヌ・デバレードとテレーズ・デスケイルゥは、まるでラカン「二人であることの病い」のパパン姉妹のような鏡像に違いない。                                              

                                   (了)

          *****引用または参考文献*****

*モーリヤック『テレーズ・デスケイルゥ』杉捷夫訳(新潮文庫

*モーリアック『テレーズ・デスケルウ』遠藤周作訳(講談社文芸文庫

*モーリヤック『テレーズ・デスケルー』福田耕介訳(上智大学出版)

*『筑摩世界文学大系55 ジイド、モーリヤック』(「解説」菅野昭正所収)(筑摩書房

*『モーリヤック著作集1~6』遠藤周作高橋たか子他訳(月報「小説家の意識と在り方」辻邦生所収)(春秋社)

*キース・ゴシュ編『フランソワ・モーリヤック インタビュー集 残された言葉』田辺保・崔達用訳(教文社)

*『作家の秘密 14人の作家とのインタビュー』(「フランソワ・モーリアック辻邦生訳所収)(新潮社)

*クロード・エドモンド・マニー『現代フランス小説史』(「第五章 静寂主義の小説家――フランソワ・モーリヤック」若林真訳所収)(白水社

*『グレアム・グリーン全集2 神・人・悪魔 八十のエッセイ』(「フランソワ・モーリアック」所収)前川祐一訳(早川書房

サルトル『シチュアシオンⅠ』(「フランソワ・モーリヤック氏と自由」所収)小林正訳(人文書院

遠藤周作『私の愛した小説』(新潮社)

*『遠藤周作文学論集』(講談社

遠藤周作カトリック作家の問題――現代の苦悩とカトリシズム』(早川書房

マルグリット・デュラスモデラート・カンタービレ』田中倫郎訳、解説(河出文庫

*『マルグリット・デュラス 生誕100年愛と狂気の作家』(吉田喜重「モラルと反モラルのはざまで」、郷原佳以「三角関係の脱臼――書くことと愛、ブランショとデュラス」他所収)(河出書房新社

*『ユリイカ 増頁特集 マルグリット・デュラス』(ミッシェル・フーコー/エレーヌ・シクスス「外部を聞く盲目の人デュラス」、ジャック・ラカンマルグリット・デュラス賛――ロル・V・シュタインの歓喜について」、瀬戸内寂聴「デュラス、愛と孤独」他所収」(青土社

*デュラス『愛人 ラマン』清水徹訳(河出文庫

*デュラス『私はなぜ書くのか』聞き手レオポルディーナ・パッロッタ・デッラ・トッレ、北代美和子訳(河出書房新社

*デュラス『アウトサイド』(「ジャンヌ・モローの静かな日常」所収)佐藤和生訳(晶文社

プルースト失われた時を求めて吉川一義訳(岩波文