子兎と一角獣のタピストリ(5)「お三輪、葉子、ある女」

  「お三輪、葉子、ある女」

 

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 横浜桜木町紅葉坂能楽堂へと上るとき、『或る女』のヒロイン葉子が坂を下りてくる姿が蘇える。

有島武郎氏なども美女と心中して二つの死体が腐敗してぶらさがりけり」(斎藤茂吉)の軽井沢情死でばかり記憶されている有島だが、『或る女』を読んでみれば、アンナ・カレーニナに勝るとも劣らない情熱の女早月葉子に惹かれずにはいられない。実際、構成力に優れた『或る女』と『アンナ・カレーニナ』はいくつかの対照を持つ。たとえば恋と苦悩と死への旅立ち、新橋駅とペテルブルグの停車場、ヒロインに魅力を感じつつも批判的な有島に似た古藤とトルストイに似たリョービン。

 葉子は、結婚の相手木部が《ややもすると高圧的に葉子の自由を東縛するような態度を取る》ようになるや、 一緒になって二ヶ月目に夫のもとを去ってしまう自分に正直な女だ。はからずも妊っていた子を産んだあと、木村というキリスト者との結婚を承知して男に会うためにシヤトルまで船出するが、海(外の世界との通い路)の上で船の事務長倉知の野生のとりことなってしまい、病と嘘をついて横浜に戻ってしまう残酷な女ともいえる。けれどもそこまで思い切った反社会的行動にでたのに、紅葉坂の旅館を皮切りに同棲をはじめた倉知はいっこうに入籍しようとせず、《腹部の痛みが月経と関係があるのを気付》いて、もしや妊娠ではと胸躍らせるいじらしい女でもあった。

 貧民窟のような水夫部屋に入ることも嫌がらない女、西洋向きに誂えたけばけばしいきものを脱ぎ捨てて《白く細い喉を攻めるようにきりっと重ね合わされた藤色の襟、胸の凹みに一寸覗かせた、燃えるような緋の帯上の外は、濡れたかとばかり体にそぐって底光りのする紫紺色の袷、その下に慎ましく潜んで消える程薄い紫色の足袋》の凄艶な女は、愛されるよりも愛したがる女であり、しかし愛すれば愛するほど対象は逃げてしまう。

 人の三倍生きてきた女葉子に比べて、古藤をはじめ木部、木村、岡といった男たちの言葉で理解したがる頭でっかち、ストイックな説教くささは、有島が逸脱したいと願いつつその傾向と生涯葛藤した共同体のいかがわしさだ。

 葉子は子宮後屈症と子宮内膜症の併発に苦しみ、おそらくは手術の失敗による予宮底穿孔の激痛にうめき、叫ぶところでロマンは終わる。有島はH・エリスの『性の心理学的研究』を読むことでヒステリーを知り、『或る女』後編を改作したと述べているけれど、あからさまにテーマ性と結びついた部分は理が勝っていて成功したとは言いがたい。

 ところで、有島が与謝野晶子とただならぬ関係にあったという噂は信じがたいが『或る女』にはこんな一文がある。紅椿のような唇の愛子が古藤からもらった書物は《黒髪を乱した妖艶な女の顔、矢で貫かれた心臓、その心臓からぽたぽた落ちる血の滴りが自ら字になったように図案化された「乱れ髪」という標題》だった。

 この「血」に注目してみたい。そして近年、『或る女』葉子をフェミニズムの視点で論ずることが流行っているが、そんなあじけない読みではなく、〈恋愛の現象学〉としての葉子の内面と肉が絡みあい含みあうテクストの赤い織糸をほどいてゆきたい。ヒステリーの執拗底音としたいからか、あきらかに血についての描写が目につく。 一途な葉子の血は、しばしば熱く湧きたち、ときに黒い毒血を小悪魔的に見せつけ、ついに死を予感させて冷たく鬱血する。

《女の本然の差恥から起る貞操の防衛に駆られて、熱し切ったような冷え切ったような血を一時に体内に感じながら》、《冷たい血がポンプにでもかけられたように脳の透間という透間をかたく閉ざした》にみる熱の感覚。《倉地の事を一寸でも思うと葉子の血は一時に湧き上った》、《鼻血がどくどく口から顎を伝って胸の合せ目をよごした》にみるときめきやすさ。《 一度生血の味をしめた虎の子のような渇慾が葉子の心を打ちのめすようになった》、《出来るならその肉の厚い男らしい胸を噛み破って、血みどろになりながらその胸の中に顔を埋めこみたい》、《静脈を流れているどす黒い血が流れ出る》にみる狂おしさ。

 聞く耳を失ってゆく葉子の思いこみの激しさは《肉感的に厚みを帯びた、それでいて賢しげに締りのいい二つの唇》、まるで子宮の粘膜を露出したような「唇」に失調しがちな情をさらけだす。なんども下唇を噛む。たびたび唇を淋しく震わす。昔の男に出くわして唇が白くなる。《際立って赤く彩られた唇》は美貌の女の生命の象徴である。それなのに手術後の下腹部の疼痛に葉子の《かさかさに乾き切った唇からは吐く息ばかりが強く押し出された。そこにはもう女の姿はなかった。》

 ついに男の言葉は無力だった。《情に激して倉知に与えた熱い接吻》に濡れる唇を開き、美しく揃った歯並みをみせて愛に生きたある女の魂が中有へと浮遊する。

 フロベールが「ボヴァリー夫人は私だ」と語った以上に有島武郎は早月葉子でありたかった。夢がかなうとき、有島は一瞬だけ宙を舞う。