2019-02-01から1ヶ月間の記事一覧

子兎と一角獣のタピストリ(11)「恋愛小説 from 私小説 to 本格小説」

「恋愛小説 from 私小説 to 本格小説」 《太郎は十メートルと離れていない所に立ったが、そのガラス玉のような眼は現実の世界は見ていなかった。つと天を見上げると、白い月をめがけてお椀の中のものを力の限り投げた。粉々になった人骨は透き通って宙を舞い…

子兎と一角獣のタピストリ(10)「きものは魔物」

「きものは魔物」 京に遊ぶ昼下がり、祇園切通し〈権兵衛〉の親子丼か、〈おかる〉のカレーうどんでご飯たべすると、きまって芸妓か舞妓が前を行く。抜き衣紋から凛と零れた襟足に吸い込まれるように花見小路へ追いながら、ああ、男衆(おとこし)になりたか…

子兎と一角獣のタピストリ(9)「谷崎からみる桐竹勘十郎の顔」

「谷崎からみる桐竹勘十郎の顔」 三世を襲名するばかりのとき、桐竹勘十郎と虎ノ門のレストランでお話する機会をえた。十三歳から三十七年あまり親しんだ吉田簑太郎という名前とも二月公演が最後かと思うと感じるものがあります、と神妙に話しはじめた。舞台…

子兎と一角獣のタピストリ(8)「鈴の鳴るような」

「鈴の鳴るような」 あれは小学二、三年のころ。母にお供してのSKD。すぐ左脇の通路を網タイツのレヴューの女たちが嬌声をあげ跳ねるように駆け抜けていった。春風に誘われて宝塚大劇場で花組公演を観ていると、あのときの得も言われぬ幸福感が甦って来て…

子兎と一角獣のタピストリ(7)「おはんの喜びの声」

「おはんの喜びの声」 鷲田清一に『「聴く」ことの力 臨床哲学試論』という本がある。ターミナル・ケアの場で、「もうだめなのではないでしょうか?」という患者の言葉に対して、励ますこと、なぜと聞き返すこと、同情を示すことではなく、患者の言葉を聴き、…

子兎と一角獣のタピストリ(6)「魂をゆるがすベナレス」

「魂をゆるがすベナレス」 北インド、ベナレス(ヴァラナシ)に行ったのは、その地名を知ってから三十四年めのことだった。 三島由紀夫の輪廻転生と唯識をめぐる物語「豊饒の海」四部作の第二巻『暁の寺』に《ベナレスの魂をゆるがすような景観》とある。昭…

子兎と一角獣のタピストリ(5)「お三輪、葉子、ある女」

「お三輪、葉子、ある女」 横浜桜木町の紅葉坂を能楽堂へと上るとき、『或る女』のヒロイン葉子が坂を下りてくる姿が蘇える。 「有島武郎氏なども美女と心中して二つの死体が腐敗してぶらさがりけり」(斎藤茂吉)の軽井沢情死でばかり記憶されている有島だが…

子兎と一角獣のタピストリ(4)「メイクの言葉」

「メイクの言葉」 1. シーンにあわせて季節にあわせて洋服を選ぶようにメイクもチエンジ。カラーの持つ威力を知って自由自在に自分をプロデュースしてみましょう! 数行を読むだけでわくわくしてくるのはなぜだろう。これから私はメイクのテキストを読みな…

子兎と一角獣のタピストリ(3)「まるで直子は夢の浮橋」

「まるで直子は夢の浮橋」 直子は「僕の目をのぞきこむ。まるで澄んだ泉の底をちらりとよぎる小さな魚の影を探し求めるみたいに」。 直子の顔が浮かんでくるまでの時間は「最初は五秒あれば思いだせたのに、それが十秒になり三十秒になり一分になる。まるで…

子兎と一角獣のタピストリ(2)「ポマールのみだらな香り」

ポマールのみだらな香り ホテル・ニューグランドのレストラン〈ル・ノルマンディ〉に女を誘った。 ブリヤ=サヴァラン『味覚の生理学』にあるように、美食家の麗人が目をかがやかせ唇をつやつや光らせて肉をかじる姿を見るほど楽しいことはない。 ベイ・プリ…

子兎と一角獣のタピストリ(1)「『雪国』の官能の底」

『『雪国』の官能の底』 川端康成はそれと語らないことで語る。 『雪国』の官能といえば、誰もがまず左手の人差指のエビソードを思い浮かべるが、作品のなかには《この指だけは女の触感で今も濡れていて》の具体となる愛撫の場面はもちろんのこと、なぜ左手…

文学批評 「『ノルウェイの森』直子の夢の浮橋」

「『ノルウェイの森』直子の夢の浮橋」 直子は《僕の目をのぞきこむ。まるで澄んだ泉の底をちらりとよぎる小さな魚の影を探し求めるみたいに。》 直子の顔が浮かんでくるまでの時間は《最初は五秒あれば思いだせたのに、それが十秒になり三十秒になり一分に…

文学批評 「ナボコフの蝶」(ノート)

「ナボコフの蝶」(ノート) ナボコフの翻訳書を買い漁り、英語や、ロシア語の原書までいくつか揃えたのは、かれこれ四半世紀も前のことになる。その後、ナボコフの翻訳書は、海外文学紹介の熱がこの国から冷めるのと同期して――私もまた、多くを古本屋に売り…