2019-01-01から1年間の記事一覧

子兎と一角獣のタピストリ(17)「よるべなさ」

「よるべなさ」 ロラン・バルトを読むこと――それも繰り返し読むこと――の快楽は「よるべなさ」をともにすることにある。『恋愛のディスクール・断章』にしても、『明るい部屋 写真についての覚書』『サド、フーリエ、ロヨラ』『テクストの快楽』『神話作用』…

子兎と一角獣のタピストリ(16)「或日の芥川龍之介」

「或日の芥川龍之介」 《それから何分かの後である。厠へ行くのにかこつけて、座をはづして来た大石内蔵助は、独り縁側の柱によりかかつて、寒梅の老木が古庭の苔と石との間に、的礫たる花をつけたのを眺めてゐた。日の光はもううすれ切つて、植込みの竹のか…

子兎と一角獣のタピストリ(15)「彼岸花」

「彼岸花」 <里見弴/小津安二郎> 映画『彼岸花』に白と赤の文字で「原作里見弴」と流れる。だが一緒に湯ヶ原に泊り込んで、テーマと人物設定を共通項に小津と相棒野田高梧が脚本を、里見が小説を書きあげたという。『文藝春秋』昭和三十三年六月号に小説…

子兎と一角獣のタピストリ(14)「来ないものを待つ」

「来ないものを待つ」 小池昌代の詩から歩く速さで声が聞こえて来る。 詩集『永遠に来ないバス』(1997)。《八月は、金魚売り。/湯気の立つ/アスファルトの上を/小柄な老人の金魚売りがいく/路地の端から端にわたるだけの/淡いささやかな声を上げて》(「ゆれ…

子兎と一角獣のタピストリ(13)「インドシナ・フルーツ」

「インドシナ・フルーツ」 誰にでもいつか行かずにはいられない場所がある。 アンコール。「一番素晴らしかったところならアンコール・ワットだわ」 女の夢みる声を忘れない。《カンボジヤのアンコール・トムを訪れ、熱帯の日の下に黙然と坐している若き療王…

子兎と一角獣のタピストリ(12)「まれ男の「おかる勘平」」

「まれ男の「おかる勘平」」 三年ぶりという團菊祭、豪華絢爛な『外郎売』の團十郎復活口上に胸熱くなりながら歌舞伎十八番のバロックを愉しんだ。菊之助『保名』の清元に血が騒いだのは東京生れのせいか。海老蔵の『藤娘』、雀右衛門のプロンプター添揚巻に…

子兎と一角獣のタピストリ(11)「恋愛小説 from 私小説 to 本格小説」

「恋愛小説 from 私小説 to 本格小説」 《太郎は十メートルと離れていない所に立ったが、そのガラス玉のような眼は現実の世界は見ていなかった。つと天を見上げると、白い月をめがけてお椀の中のものを力の限り投げた。粉々になった人骨は透き通って宙を舞い…

子兎と一角獣のタピストリ(10)「きものは魔物」

「きものは魔物」 京に遊ぶ昼下がり、祇園切通し〈権兵衛〉の親子丼か、〈おかる〉のカレーうどんでご飯たべすると、きまって芸妓か舞妓が前を行く。抜き衣紋から凛と零れた襟足に吸い込まれるように花見小路へ追いながら、ああ、男衆(おとこし)になりたか…

子兎と一角獣のタピストリ(9)「谷崎からみる桐竹勘十郎の顔」

「谷崎からみる桐竹勘十郎の顔」 三世を襲名するばかりのとき、桐竹勘十郎と虎ノ門のレストランでお話する機会をえた。十三歳から三十七年あまり親しんだ吉田簑太郎という名前とも二月公演が最後かと思うと感じるものがあります、と神妙に話しはじめた。舞台…

子兎と一角獣のタピストリ(8)「鈴の鳴るような」

「鈴の鳴るような」 あれは小学二、三年のころ。母にお供してのSKD。すぐ左脇の通路を網タイツのレヴューの女たちが嬌声をあげ跳ねるように駆け抜けていった。春風に誘われて宝塚大劇場で花組公演を観ていると、あのときの得も言われぬ幸福感が甦って来て…

子兎と一角獣のタピストリ(7)「おはんの喜びの声」

「おはんの喜びの声」 鷲田清一に『「聴く」ことの力 臨床哲学試論』という本がある。ターミナル・ケアの場で、「もうだめなのではないでしょうか?」という患者の言葉に対して、励ますこと、なぜと聞き返すこと、同情を示すことではなく、患者の言葉を聴き、…

子兎と一角獣のタピストリ(6)「魂をゆるがすベナレス」

「魂をゆるがすベナレス」 北インド、ベナレス(ヴァラナシ)に行ったのは、その地名を知ってから三十四年めのことだった。 三島由紀夫の輪廻転生と唯識をめぐる物語「豊饒の海」四部作の第二巻『暁の寺』に《ベナレスの魂をゆるがすような景観》とある。昭…

子兎と一角獣のタピストリ(5)「お三輪、葉子、ある女」

「お三輪、葉子、ある女」 横浜桜木町の紅葉坂を能楽堂へと上るとき、『或る女』のヒロイン葉子が坂を下りてくる姿が蘇える。 「有島武郎氏なども美女と心中して二つの死体が腐敗してぶらさがりけり」(斎藤茂吉)の軽井沢情死でばかり記憶されている有島だが…

子兎と一角獣のタピストリ(4)「メイクの言葉」

「メイクの言葉」 1. シーンにあわせて季節にあわせて洋服を選ぶようにメイクもチエンジ。カラーの持つ威力を知って自由自在に自分をプロデュースしてみましょう! 数行を読むだけでわくわくしてくるのはなぜだろう。これから私はメイクのテキストを読みな…

子兎と一角獣のタピストリ(3)「まるで直子は夢の浮橋」

「まるで直子は夢の浮橋」 直子は「僕の目をのぞきこむ。まるで澄んだ泉の底をちらりとよぎる小さな魚の影を探し求めるみたいに」。 直子の顔が浮かんでくるまでの時間は「最初は五秒あれば思いだせたのに、それが十秒になり三十秒になり一分になる。まるで…

子兎と一角獣のタピストリ(2)「ポマールのみだらな香り」

ポマールのみだらな香り ホテル・ニューグランドのレストラン〈ル・ノルマンディ〉に女を誘った。 ブリヤ=サヴァラン『味覚の生理学』にあるように、美食家の麗人が目をかがやかせ唇をつやつや光らせて肉をかじる姿を見るほど楽しいことはない。 ベイ・プリ…

子兎と一角獣のタピストリ(1)「『雪国』の官能の底」

『『雪国』の官能の底』 川端康成はそれと語らないことで語る。 『雪国』の官能といえば、誰もがまず左手の人差指のエビソードを思い浮かべるが、作品のなかには《この指だけは女の触感で今も濡れていて》の具体となる愛撫の場面はもちろんのこと、なぜ左手…

文学批評 「『ノルウェイの森』直子の夢の浮橋」

「『ノルウェイの森』直子の夢の浮橋」 直子は《僕の目をのぞきこむ。まるで澄んだ泉の底をちらりとよぎる小さな魚の影を探し求めるみたいに。》 直子の顔が浮かんでくるまでの時間は《最初は五秒あれば思いだせたのに、それが十秒になり三十秒になり一分に…

文学批評 「ナボコフの蝶」(ノート)

「ナボコフの蝶」(ノート) ナボコフの翻訳書を買い漁り、英語や、ロシア語の原書までいくつか揃えたのは、かれこれ四半世紀も前のことになる。その後、ナボコフの翻訳書は、海外文学紹介の熱がこの国から冷めるのと同期して――私もまた、多くを古本屋に売り…

短歌批評 「鏡/くちびる/馬」

「鏡/くちびる/馬」 だいぶ前のことになる。豆ゆりという祇園舞妓の京舞を観た。舞妓になって二年めだという。一年めの舞妓はアイラインを入れず、上唇に紅を差さない、と細面の大人びた美しさを崩してはにかんだ。きっと一年めの舞妓は愛を与えるには幼す…

短歌批評 「『茂吉への返事』と『アンジェリコへの親密な手紙』」

「『茂吉への返事』と『アンジェリコへの親密な手紙』」 《わたしはこゝで、駁論を書くのが、本意ではありません。そんなことをしては、忙しい中から、意見して下された、あなたの好意を無にすることに当りませう》ではじまる折口信夫の『茂吉への返事』は、…

短歌批評 「みだれ髪」

「みだれ髪」 与謝野晶子『みだれ髪』は不幸な歌集である。名のみことごとしくて読む者がいない。俵万智の現代語訳や写真とのコラボレーションで装いを新たにし、コマーシャルに使われたとしても、歌集全体を読まれることがない。比較するに、斉藤茂吉『赤光…

文学批評 「老恋(おいたるこい)と接吻(くちづけ)」

「老恋(おいたるこい)と接吻(くちづけ)」 1.恋愛文学 辻邦夫と水村美苗による往復書簡『手紙、栞を添えて 1996.4.7~1997.7.22』の、辻からの第一書簡は、のっけから「なぜ、恋愛小説が困難に?」だった。《先日、同業の友人と話していて…

短歌批評 穂村弘『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』――「恋文は返事を待っている?」

『キャラクター小説の作りかた』(2003年)という大塚英志の本があった。その第四講「架空の「私」の作りかた」から少し長くなるが紹介したい。 《今、ぼくの手許には『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』という不思議な本があります。カバーはウサ…

短歌批評 「開かれた歌 ―――釋迢空『倭をぐな』をとおして」 

「開かれた歌 ―――釋迢空『倭をぐな』をとおして」 ウンベルト・エーコの『開かれた作品』(1967年刊)の序文は次のような文章からはじまる。 《芸術作品は基本的に曖昧なメッセージ、単一の意味表現(significante)の中に共生する多様な意味内容(signific…

短歌批評 「岡井隆の蜜と乳」

「岡井隆の蜜と乳」 岡井隆の歌に特徴ある語彙は何だろう。 まず「性愛」があげられよう。他の歌人にはあらわれることすらめったにない語にも関わらず、岡井には数十首もの「性愛」の語の歌、連作がある。「性愛」の語は、象徴的意味をもたせるにはすでに充…

文学批評  「見るという不埒(隙見(すきみ))」(メモ)

「見るという不埒(隙見(すきみ))」(メモ) 見るという不埒を犯したものはその報いを受ける。受けねばならない。見られるものは挑発する。見られたものは禁を犯したものの死を神託のように正当化する。ディアーナとアクタイオンの神話はそのように悦楽にけ…

短歌批評 水原紫苑「『くわんおん(観音)』の恋」(習作)

水原紫苑「『くわんおん(観音)』の恋」(習作) 水原紫苑の歌集『くわんおん(観音)』から「恋」という語のある歌を読んでみる。「恋」という語がなくても恋の歌はあるし、恋と愛との使い分けは曖味だから、「愛」という語のある歌も恋の歌と解すべきもの…

短歌批評 「花ひらく死への法悦」

「花ひらく死への法悦」 松平盟子の歌集をあてどなく読み返していると、幾つかのことがみえてくる。君という語がない。かわって男、恋人を用いる。恋という語が登場しない。抱かれるもない。口づけですら見つけるのに苦労する。与謝野晶子の歌の特徴について…

短歌習作

*「角川短歌」佳作 (1998~1999) ベイビーブルーのペディキュア塗れば天使たち舞いおりてくる息も乱さず (江畑實選) 共に生きるもののけ姫の問いかけにインターネットの豊かさの意味 (高瀬一誌選) コンパクトに顔みつめいる美少女のめじりく…